第4話 真相
◇◆◇
プロローグ 繰り返される過ちを
「冬真、お前なんかだるそうじゃね?」
教室に入るなり、神谷がそう声をかけてきた。
いつも通りの軽い口調。
昨日までの記憶がなければ、俺はきっと何も疑わなかった。
――この時は、まだ分からなかった。
いや、正確には「考えようとしなかった」。
なぜ神谷が、朝から栄養ドリンクを持っていたのか。
それを、聞くべきだったんだ。
俺はまず、前回と同じように話す。
朝から体調が優れないこと。
理由が分からない倦怠感があること。
すると神谷は、
まるで台本でもあったかのように、
鞄の中から一本の栄養ドリンクを取り出した。
「これ飲んどけ。元気出るって」
――まただ。
喉の奥が、ひくりと鳴る。
胸の奥で、小さな警鐘が鳴っている。
なのに、不思議なことに、
その光景に強烈な違和感はなかった。
昨日も、確かに同じことがあった。
そう「知っている」はずなのに、
感情だけが追いついてこない。
でも、今回は違う。
俺はドリンクを受け取る前に、
ほとんど反射的に問いかけていた。
「……それ、どこで買ったんだ?」
神谷は一瞬だけ目を瞬かせ、
それから少し考えるような素振りを見せる。
「うーん……ああ、俺の彼女、覚えてるか?」
「彼女?」
「放課後行くファミレスに勤めてる、鏡花。
あいつがくれたんだよ。もしもの時にって」
鏡花――
その名前を聞いた瞬間、
記憶の奥がざわついた。
「鏡花って……まさか、
めっちゃ頭いいって噂の、あの鏡花か?」
神谷は、あっさりとうなずく。
「そうそう。学年トップの」
俺の記憶でも、鏡花は常に成績上位だった。
いや、上位どころじゃない。
この高校のレベルは決して低くないのに、
彼女はずっと“別格”だった。
――そんな彼女が、
なぜ神谷と付き合っている?
なぜ、俺に関わる?
頭の中で、疑問が次々と浮かぶ。
それでも、
神谷自身に悪意は感じられない。
少なくとも、今の神谷は――
俺を殺そうとする人間には見えなかった。
「……神谷は、怪しくない」
口に出さず、心の中で結論づける。
だとしたら可能性は一つ。
――鏡花。
無きにしも非ず。
むしろ、可能性としては十分すぎる。
だが、それでも分からない。
なぜ俺を殺す必要がある?
動機が、何一つ見えてこない。
考えがまとまらないまま、
俺はドリンクを受け取らず、
軽く笑ってこう言った。
「それなら、俺はいいよ。
お前のために用意したんだろ?」
神谷は少し驚いた顔をしたあと、
「そうか?」と気を使うようにドリンクを引っ込めた。
――これは、安全性を確かめるためだ。
俺はそう自分に言い聞かせる。
その後は、何事もなかったかのように授業を受け、
気づけば、無事に放課後を迎えていた。
◇◆◇
放課後。
前回と同じメンバー、同じ流れで、
俺はファミレスに誘われた。
断る理由は、あったはずなのに。
それでも俺は、
あえて同じ選択をした。
同じように席に着き、
同じようにメニューを開き、
今回も俺はグラタンを注文する。
スプーンを持つ手が、少しだけ震えた。
――もし、原因が食事なら。
――もし、毒があるなら。
慎重に一口、口に運ぶ。
「……」
美味い。
昨日感じた、あの違和感がない。
クリームの味も、温度も、すべて普通だ。
――やっぱり、ドリンクか。
確信が、静かに形を成していく。
その後も、特に異変は起きなかった。
俺は無事に家へ帰り、
一人になった部屋で、深く息を吐く。
「……鏡花、か」
やっぱり、注意すべきは彼女だ。
念のため、
俺は美月に電話をかけることにした。
「もしもし、急にごめん」
『ううん、大丈夫。どうしたの?』
「……鏡花って、知ってるか?」
『知ってるけど……なんで?』
俺は一度、言葉を選ぶ。
信じてもらえないかもしれない。
それでも、言わなきゃいけない。
「俺、変なこと言うかもしれないけど……
昨日、美月のメモを拾っただろ」
『……うん』
「最初は何だろうって思ってた。
でも俺、今日――
寝てる間に誰かに殺されて、
ループしてる」
電話の向こうが、静まり返った。
そして――
美月は、こう言った。
◇◆◇
エピローグ 美月の告白
電話の向こうで、
ほんの一瞬、息を呑む音がした。
『……冬真』
その声で、分かった。
冗談だと思われていない。
笑われることも、否定されることも、なかった。
「……やっぱり信じないよな。
ごめん、変なこと――」
『違う。信じる』
即答だった。
『冬真、それ……本当。
たぶん、間違ってない』
胸の奥が、強く締めつけられる。
「……美月?」
『落ち着いて聞いて。途中で切らないで』
今まで聞いたことのないほど、
真剣で、切実な声。
『冬真はね……
一度じゃない。何度も、同じ時間を生きてる』
「……え?」
『最初は、冬真だけがループしてた。
でも途中から、私も巻き込まれた』
言葉一つ一つが、重く、沈んでいく。
『最初の未来で……
冬真は、私を守って死んだ』
世界の音が、遠のいた。
「……俺が?」
『うん。屋上で。
ナイフを持った神谷から、私をかばって』
脳裏に、鮮明でも曖昧でもない映像が走る。
冷たい風。
胸を貫く、耐えがたい痛み。
「……待て、それなら神谷は……」
『最初の神谷は、今とは違った』
美月は続ける。
『でもね、冬真。
運命は固定されてない』
声が、かすかに震えた。
『何が“引き金”になるかは、毎回違った。
神谷のときもあった。
事故のときもあった』
喉が、ひくりと鳴る。
『だから私は、必死で未来を変えた。
人間関係を変えて、出来事をずらして、
神谷と冬真が敵対しないように……』
「……じゃあ、あのメモは」
『冬真が、最後に残した言葉』
沈黙。
『“美月を守る。
同じ未来を繰り返さない”』
『それを書いた冬真はね、
全部分かった上で――
それでも、笑ってた』
胸が、苦しくて息ができない。
「……俺は、どうすればいい?」
しばらくして、
美月はゆっくり答えた。
『今度は、冬真が“選ぶ番”』
『誰を信じるか。
誰から距離を取るか』
『それは、神谷かもしれない。
鏡花かもしれない』
『私は、全部は言えない。
言った瞬間に、未来が壊れるから』
「……じゃあ」
『でも、一つだけ約束して』
声が、はっきりと強くなる。
『“誰かの善意を、疑う勇気”を持って』
『優しさだけで生きると、
冬真は死ぬ』
その言葉が、深く突き刺さった。
『私は、もう一度あなたを失う未来を見たくない』
『だから……生きて』
通話が切れる。
◇◆◇
冬真は、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。
自分が死んだ未来。
誰かを守って終わった世界。
そして今――
守られる側だったはずの自分が、
選択する側に立たされている。
「……なるほどな」
静かに、息を吐く。
善意。友情。信頼。
それらは、必ずしも安全じゃない。
机の上にメモ帳を置き、
新しいページを開く。
――疑え。
――でも、恐れるな。
――生き延びろ。
これは復讐の物語じゃない。
愛だけでも足りない。
“真実を見抜く物語”だ。
そして、冬真はまだ知らない。
誰が、何のために、
このループを仕組んだのかを――。




