第4話 最後の輪廻
◇◆◇
また、雨の音で目が覚めた。
見慣れた天井。
冷たい風。
そして、何よりも――同じ日。
「……戻って、きたのか。」
冬真はゆっくりと手を握る。
血も、傷も、残っていない。
それでも、胸の奥はひどく痛んでいた。
何度も死んだ記憶が、心を蝕む。
机の端には、
美月からもらったメモ帳がある。
“今日の放課後、屋上で会おう”――
笑顔のマーク付き。
前のループでは、その屋上で、
彼女は血を流して倒れていた。
「……もう、繰り返したくない。」
冬真は立ち上がる。
冷えた息を吐きながら、
鏡の前の自分に言い聞かせる。
「今度こそ、守る。
復讐なんていらない。愛だけでいい。」
◇◆◇
教室。
神谷は今日もいつものように笑っている。
周囲の人間が取り巻き、
世界は平然と続いている。
だが冬真はもう、感情を表に出さなかった。
怒りも、恐怖も、悲しみも――
すべて心の奥に沈めた。
昼休み、美月が近づいてくる。
「冬真くん、ちょっと話……いい?」
小さな声。
その瞳は、どこか怯えている。
(やっぱり……あのときも、
こうやって俺に助けを求めてたんだ)
「……あぁ。放課後、屋上で待ってる。」
彼女は少し驚いた顔をして、
それでも笑った。
「うん、ありがとう。」
その笑顔が、冬真の決意を強くする。
◇◆◇
放課後。
夕暮れの屋上。
空は燃えるように赤く、風が吹き抜ける。
そこに美月が立っていた。
「冬真くん……私、
ずっと言えなかったの。神谷くんに……」
冬真は静かに頷いた。
「全部、知ってる。」
「……え?」
「お前が無理やりにされたことも、脅されてたことも。俺はもう、怒ってない。」
美月の瞳が揺れる。
涙が、頬を伝って落ちた。
「どうして……どうしてそんなこと言えるの? あんな酷いことされたのに……?」
「俺も最初は復讐しようと思った。でも、それでお前が泣くのを見て……わかったんだ。俺が本当に欲しかったのは“勝つこと”じゃない。お前の笑顔なんだ。」
彼は一歩近づく。
そして、彼女の手を取った。
「だから、逃げよう。
全部捨てて、どこか遠くへ――」
その瞬間。
屋上の扉が、乱暴に開いた。
神谷だった。
狂ったような笑い声が響く。
「やっぱりいたか、冬真!
二人でコソコソと……!」
右手には、ナイフ。
狂気が宿るその目を、
冬真は真正面から見据える。
「神谷。もう終わりにしよう。」
「終わり? 終わらせるのは俺だ!」
神谷が突進してくる。
冬真は美月を背にかばい、
腕で刃を受け止めた。
血が噴き出す。
だが、離さない。
絶対に。
「冬真っ!やめて!逃げて!」
「逃げない……!
俺はもう、逃げない……!」
痛みで意識が霞む。
それでも、彼は笑った。
過去のすべてのループが、
心の奥で叫んでいる。
――守れ。今度こそ、彼女を。
冬真は神谷の手を掴み、全力で押し返す。
バランスを崩した神谷が後ろへ倒れ――
手すりの外へ、落ちていった。
直後、生々しい音が響いた。
静寂。
風だけが、二人の間を通り抜けた。
「……終わった、の?」
「……あぁ。」
冬真は笑った。
だが、その胸には深く刃が刺さっていた。
血が止まらない。
視界がぼやけていく。
「ダメっ!そんな……
なんで、なんで私なんかのために!」
「お前だから、だよ。」
彼は微笑む。
震える手で、美月の頬を撫でる。
「俺の世界は、お前でできてた。
だから……お前が笑う世界で、
終わりたい。」
「……やだ、やだよ……
お願い、行かないで……!」
「美月。愛してる。」
その言葉を残して、冬真の体は崩れ落ちた。
空は赤から夜へと染まり、
最期の夕陽が、彼の頬を照らしていた。
◇◆◇
冬真の意識が薄れていく中、
彼の心にはひとつの思いだけが残っていた。
(どうか……彼女が幸せになれますように)
(今度こそ、この時間が……
永遠になりますように)
◇◆◇
その夜。
美月は冬真の冷たい手を握り、涙を流した。
雨が降り出す。
その雨音の中、冬真の唇がかすかに動く。
「……もう……ループなんて、
しなくて……いい……」
そして、静かに息を引き取った。
◇◆◇
つづく→最終話




