第5話 鏡花①
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プロローグ 人の評価なんて
――冬真が死に、美月がループをするちょっと前の話
今日も教室は騒がしい。
くだらん話で笑って、意味もなく声張り上げて、気づいたらチャイム鳴ってる、いつもの昼休み。
「はぁーあ……何しとんねん、お前〜」
思わずそう言ってしもたら、周りがどっと笑う。
別にオチなんかない。でもそれでええ。
うちは、
頭がいいからこの学校に来たんちゃう。
たまたま点数取れただけ。たまたま要領よかっただけ。
それを勝手に「秀才」とか「天才」とか、
レッテル貼られるのが昔から嫌いやった。
「頭いいんやから、できて当たり前やろ」
「どうせ理解できるんやろ?」
――知らんがな。
できへんときだってあるし、考えたくない日だってある。
それを「頭がいい」という一言で片づけて、失敗したら落胆する顔向けてくる。
そんな奴らが、ほんまに嫌いや。
「俺は頭悪いからさ〜」
そう言って笑う奴らを、うちは横目で見る。
だからなんやねん。
頭悪いから、価値ないんか?
努力せんでええんか?
そんなこと言う奴の方が、よっぽど頭使ってへん。
「頭悪いからできへん」
「頭いいからできる」
――それ、ただの言い訳やないの。
そこらへん、神谷はほんまに単純で、馬鹿で、アホで、でも妙にまっすぐや。
できへんかったら悔しがるし、できたら全力で喜ぶ。人の目なんか、気にしてへん。
あいつは、あいつらしく生きてる。
そこに、うちは惚れた。
人の評価なんて、要らん。
成績も、噂も、他人が勝手につけた点数も。
うちは、こんなうちが好きや。
拗ねて、ひねくれて、でも自分の気持ちだけは誤魔化さへん、このうちが好きや。
そして、こんなうちを丸ごと受け止めて、「すげぇな」って笑う神谷が――
大好きや。
だから、あれを見たときは。
ほんまに、心臓が止まるかと思った。
◇◆◇
エピローグ なんの根拠もない不安
その日は、なんとなく図書館に寄っただけやった。
特別な理由はない。授業の合間、静かな場所に行きたくなっただけ。
紙の匂い。古い本の背表紙。ひんやりした空気。
落ち着く。ほんまに、落ち着く場所や。
何気なく本を抜こうとした、その時。
――指先に、紙の感触が当たった。
「……?」
本と本の隙間。
不自然に挟まった、一枚のメモ。
誰かが、わざと隠したみたいに。
広げてみる。
『Desperatio eius quem maxime amas appropinquat.Nunc,
ultimo momento, amorem tuum clama.Nunc, circulum lude.』
「……なに、これ」
見慣れへん言葉。英語でもない。ドイツ語でもない。
でも、どこかで見たことある文字の並び。
「……ラテン語、やんな……?」
自習でちょっとだけ触れた。意味までは、はっきり覚えてへん。
スマホで調べて、翻訳を見た瞬間――
息が、止まった。
「最愛の人の絶望が迫る。今、最後の瞬間に、愛を叫び、輪を奏でよ……?」
意味が、分からん。
いや、意味は分かる。でも、理解したくない。
最愛の人。絶望。最後の瞬間。
――誰のことや。
「……気持ち悪……」
誰かの悪ふざけ。そう思いたかった。
けど、このメモには、根拠のない確信があった。
胸の奥が、じわじわ冷えていく。
理由なんか、どこにもない。
神谷は元気。うちも元気。毎日は、平和そのもの。
それやのに。
「……なんでやろ」
笑ってたはずの未来に、ひびが入った気がした。
この瞬間が――うちの人生の、分岐点やった。
このメモを見つけたことで、うちは“知らんふり”ができんくなった。
まだ、何も起きてへん。
まだ、誰も死んでへん。
それでも、確かに運命は、動き出してた。
――これは、うちが真実を知る物語の、始まり。
そして、この時のうちは、まだ知らん。
この「なんの根拠もない不安」が、やがて血の記憶に変わることを。




