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第3話 『理想の世界』の生まれ方

「余計なもので溢れ返ったこんな世界、処分してしまった方がいいんだよ。 ねえ、そうは思わない? ()()()()。」

「えっ?」


 ホームルームを終えて、至極のんびりと帰り支度をしていた僕に驚きの声をあげたのは隣の席に座る工藤さんだ。

 何時ものように工藤さんへと視線を向けてみると、工藤さんは机の上に腕を乗せた状態のまま『ポカーン』とでも表現すればいいのだろうか、あまり見掛けない表情を浮かべていた。


 今日の工藤さんは表情豊かだなぁ。

 興味深く眺めていると、工藤さんは「んんっ!」と咳払いしながらもすぐに再起動してみせる。ただ、それでもいつもの凛々しい表情までは取り繕えなかったようで、工藤さんの瞳はゆらゆらと揺らいでいた。


「その……佐藤くん、大丈夫?」

「あはははは。 おかしな事を言うね、工藤さん。 勿論、大丈夫だとも。 大丈夫じゃないのは()()()()だけさ。」


 そう、今回世界滅亡を企てているのは工藤さんではない。僕だ。なんてことは無い。僕にも『世界が滅んでほしい』と思うことがあっただけである。




 有形無形問わず、この世界は『もの』で溢れ返っている。

 その溢れ様と言ったら、犬も歩けば棒に当たるぐらいなのだから、人なんて歩かずともなにかしらに当たると言って良いだろう。

 そのことに対して、「『もの』が不足しているよりは良いじゃないか」などと言う人もいるけれど、そんな考えは僕からすればナンセンスだ。

 なぜ、選択肢を二極に絞る必要がある?「でもそれって『もの』に満足しているよりは良くないじゃないか」と言い返されればお終いである。


「確かに、この世界には余計なものが多過ぎるのかもしれないわね。」

「『かも』じゃないよ。 多過ぎるんだ!」

「今までにない程に強気ねっ!?」


 それはそうだろう。なにせ今日の僕は荒ぶる神(工藤さん)を鎮める巫女ではなく……いや、僕が男であることを考えると巫女と言うよりも人身御供、生贄だったわけだけれど。ともあれ今回に限っては僕こそが神なのだ。

 それに、この世界に対して不満の多い工藤さんなら共感してくれると思っていた。それならば、たまには僕の話に付き合ってもらおうじゃないか。


「それなら、まずはどんな『余計なもの』を処分したいのかしら?」


 帰り支度の手を止め、椅子に座り直した僕に工藤さんはかつて僕が行ったのと同様の質問を投げかける。

 それではまずここから始めよう。僕による、『僕の世界』の一斉処分を。



「良い質問だね。 やはりまずは『友達付き合い』がなくなればいいと思うんだ。 いや、勘違いしないでほしいんだけど、なにも『友達』がなくなってほしいわけではないんだよ? 『友達』は大切だけれど……『友達』だからって付き合いを強制されるのは間違っている。」


 友達だからって『何をするにも一緒』なんてものは常々不要だと僕は思っていた。親しき仲にも礼儀ありと言うように、仲が良くても遠慮と距離感は必要なはずだ。

 そも、『友達』とは常に一緒に居れば良いというものでは無いだろう!


 僕の内なる想いがどれほど伝わったのかは分からない。

 それでも工藤さんなら真っ先に賛同してくれると思っていたのだけれど……僕の条件を前に工藤さんはコテンと首を傾げていた。

 あれ、おかしいな?



「ねえ、佐藤くん。 あたかも『友達付き合い』に悩まされた経験談のように語っているけれど……佐藤くんは悩まされていないでしょう? 『友達』いないんだから。」

「…………。」


 例え事実だとしても、言って良いことと悪いことがあると思うんだ。それに今話しているのは僕個人の話ではなく、僕の世界に『余計なもの』の話なのだ。そこに、僕の『友達』の有無は、関係ないだろうッ!?

 これにはさすがに一矢どころか百矢ぐらいで報いたかったのだけれど、この手の話題は刺した分だけ自分にも返ってくる。自滅覚悟でもなければそれらの手段は用いれなかった。そして僕はまだ滅びたくはない。



「……そんなことを言う女子は、嫌われるよ。」

「!?!?」


 負け惜しみとして一般的な見解を述べるに留めたのだけれど、僕の言葉は思いのほか刺さったみたいで工藤さんからは動揺が伺える。

 他人にどう思われても気にしないタイプだと思っていたんだけど……違ったのかな?ともあれ、これは僕をボッチにしたお返しだ。



****



「次が最後だよ。」


 ここまでにいくつもの条件を持ち上げてきたけれど、それも次で最後である。

 実の所を言うと本当に処分したいものなんてこの『最後の条件』だけなのだけれど、条件を告げようとする度に手を組んで真剣な表情で祈る工藤さんの姿が可愛らしくて、ついつい条件をかさ増ししてしまったのだ。

 ちなみに、僕の予想ではまだ工藤さんは僕の世界に存在している。


「最後に、『リア充』は僕の世界には余計だ。 ヤツらは居なくなってしまえばいい。」

「それは……。」


 その問いを聞いたことでなにかを察したらしい工藤さんはとても気まずそうに、思い当たった節を口にした。



「その、もしかしてなんだけど。 佐藤くんが世界を滅亡させようとしているのって…………今日が()()()()()()()()なのと、なにか関係していたりする?」

「あははははははは、そういえば今日はバレンタインデーなんだっけ? いやぁ、うっかり忘れていたよ。 なにせ、1個もチョコを貰っていないからね!」


 あはははは、まさかその程度のことで世界滅亡を企んだりするわけがないじゃないか。でも学生にとってバレンタインデーとは青春の集大成。仮にそれが原因で世界が滅亡することになろうともなんらおかしくは無いだろう。だから僕も滅ぼそうと思います。


「それで、工藤さんは僕の世界に残ってくれるのかい?」


 笑って誤魔化しながら、結末を工藤さんに問う。今日まで幾度も話相手になってくれている工藤さんなのだ。出来ることなら僕の世界に残っていてもらいたい。



「……私は、佐藤くんの世界には残れないわ。 だって、私はリア充になりたいもの。」

「そう、それは残念だよ……。」


 熟考の末に僕の世界に留まれない理由を語った工藤さん。なりたいと思って実際になれるかどうかは別だけれど、リア充を目指すと言うのであればそれを引き止めることは出来ない。

 工藤さんを僕の世界から消してしまおう、そう思った時だった。


「だから、『最後の条件』の訂正を求めるわ!」

「えぇぇ?」


 工藤さんは急になにを言い出すのだろう。

 これから行うのは『僕にとっての理想の世界』を生み出す為の一斉処分なのだ。工藤さんに選択の自由はありはしない。


「言いたいことは分かっているわ。 理由もなく訂正を願い出ても聞き入れてはくれないのでしょう? でも、それはつまり『訂正が必要な理由』さえあれば訂正を受け入れる余地はある、のではないかしら?」

「なるほど?」


 工藤さんの言い分は一理あるかもしれない。しかし、この条件ばかりは僕だって引き下げるつもりはないのだ。余地はないに等しい。


「そこまで言うなら、聞かせて貰おうか。 工藤さんの言う、『訂正が必要な理由』とやらを。」

「それは……。」


 腕を組んで不退転を体現する僕へ、工藤さんが差し出した次なる一手は……と言うか、実際に工藤さんの手が差し出してきたもの、それは綺麗にラッピングされた手乗りサイズの小箱であった。


「これを、佐藤くんにあげるわ。 どうっ? これで佐藤くんもリア充の仲間入りよ! このままでは佐藤くんまで滅んでしまうけれど……それでも良いのかしらっ?」

「おおおお……!!」


 受け取った小箱はラッピングに包まれている為、中身が分かる訳では無いけれど、工藤さんが言うことを信じるならこれはチョコであるらしい。

 実を言うと、『工藤さんからチョコ貰えないかなぁ』と期待していたのはある。去年までのバレンタインデーと違って可能性を感じていただけに、貰えずに帰宅することになって尚更に『リア充憎し』となっていたのである。

 まさか5円チョコ以外をバレンタインデーに貰える日がこようとは……よし、来年も同じ手を使おう。



「ちなみに、これって義理? それとも本命?」

「そういうことを直接聞いてくるのってマナー違反だと思うのだけれどっ!?」


 あはははは、これから世界を滅亡させようとしている僕に常識(マナー)が通用するわけないじゃないか。それに、未だ恋を知らない僕ではあるけれど……焦がれる事への憧れは人並みに持ち合わせている。


「そんなことを言っていていいのかな? 世界の命運は今、工藤さんの手にかかっているんだよ?」

「私のチョコに『余計なもの』を乗せないで貰えるかしらっ!」


 既に僕の期待が乗っているので、それはもう手遅れである。でも、よく考えてほしい。こんなタイミングでチョコを手渡されようものなら、それは工藤さんの慈悲による義理チョコとしか思えないではないか。

 勿論、義理であっても嬉しいことには変わりない。変わりないけれども……義理なら僕は世界滅亡を止めたりはしないぞッ!!



 僕の気迫と覚悟に降参したのだろう、両手を上げた工藤さんはまるで白旗を振っているかのようだけれど……手から顔まで全てが赤く染まっているので、この場合振られているのは白旗と赤旗、どちらなのだろう。


「せ、世界の救世主には、優しくしなさいよねっ?」


 ふむふむ、それってもしかして?

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