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第1話 『理想の世界』の作り方

「この世界は(うるさ)すぎるわ。 大半の人々が居なくなってしまえばいいのに。 ねえ、貴方もそうは思わない?」


 ホームルームを終えてのんびり帰り支度をしていた僕に物騒な内容で語りかけてきたのは隣の席に座る女子、工藤さんだ。


 彼女が誰かに話しかけるなんて……珍しいな。驚きから、彼女へと視線を向ける。

 華奢な顔立ちと風で微かに波打つ漆黒の長髪。夏らしい薄手の制服から垣間見える玉の肌はこの猛暑でじわりと汗ばんでいてもおかしくないのに、そんな様子は一切感じられない。

 総じて、手折れやしないかと触れるのを躊躇わせる雰囲気はなるほど、『深窓の令嬢』と呼ばれるだけの近寄り難さを憶える。


「なによ。 私が話しかけたら、おかしい?」

「いや、珍しいなと思っただけだよ。」

「……そう。」


 物憂げな表情を浮かべておいて考えていることが人類滅亡なのだから、『おかしい』か『おかしくない』かで言えば『おかしいよ』とはさすがに言わないでおく。僕はまだ滅びたくない。

 僕からの視線を煙たがるように、彼女の顔はプイと反対に逸れた。


 そう、真に近寄り難きは手折れるどころか心折りにくる彼女の性格。隣席から見る彼女は紛れもなく『心喪の冷嬢』なのである。

 そんな彼女がわざわざ話しかけてきてくれたのだから、好奇心を抱こうと言うもの。椅子に座り直した僕は彼女が言ったことを改めて考えてみることにした。




 この世界はどこへ行っても『人の気配』、『人の立てる物音』で溢れ返っている。一人になりたいと思っても、僕が生活する空間で真に一人きりになれる場所なんて……どこにも存在しない。

 それはなんて(わずら)わしいのだろう。彼女の言うことも分からないではない。


「確かに、この世界には人が多過ぎるのかもしれないね。」

「『かも』じゃないわよ。 多過ぎるのよ。」


 僕の返答はどうやら彼女のお気に召したらしく、彼女の視線は再び僕へと向けられた。それならば、彼女の話に付き合うのも(やぶさ)かではない。

 ただ、問題があるとするならばそれは僕と彼女は特段『仲が良いわけでは無い』と言うことだろう。


 この場には今、僕と彼女しかいない。であるならば彼女が話しかけた相手が僕であることは間違いないだろうけれども……果たして、彼女にとって僕は『居なくなってほしい人』か、それとも『居てもいい人』なのか。どちらだろう。


 ここで安直に「僕は『居ていい人』? それとも『居なくなってほしい人』?」なんて聞くわけにはいかない。そんなことをわざわざ聞いてくる人に彼女が『居てほしい』と思わないことぐらいは今の僕でも分かる。

 会話から、少しずつ彼女のことを探っていくしかない。


「それなら、まずはどんな人が居なくなってほしいの?」

「良い質問ね。 やはりまずは『声が大きい人』それに『お喋りな人』が居なくなればいいと思うの。 そうすればその分、世界は静かになるでしょ。」


 そうだね、そうすれば世界は静かになるだろうね。ただし、彼女の言葉をそのまま受け取るとクラスの半数が居なくなってしまうのだけども。

 幸いなことに友達のいない僕はその条件下でも生き残れるだろうけれど、そもそも声の大小だけで人を居なくして良いのだろうか。


「それだと見た目とか関係なしに居なくなってしまうことになるけど?」

「そりゃあ、見た目は良いに越したことはないけれど。 でも、見た目の善し悪しで煩さは変わらないから。」


 なるほど、まずは煩さの軽減第一であるらしい。実に彼女らしい。


「それなら、せめて年齢に制限を付けようよ。 このままだと赤ちゃんが全滅してしまう。」

「私の静寂を邪魔するならそれも辞さないつもりだけれど……そうね、一理あるわ。 それなら、15歳以上からにしましょう。」

「16歳以上では駄目だろうか?」

「15歳も16歳も変わらないでしょ。でも、どうせだから15歳にしておくわ。」


 変わりあるんだよ、僕にとっては。それだとこのクラスの生徒全員『居なくなってほしい人』の対象に加えられてしまうんだよ。


「……ああ、それから『慌ただしい人』も追加しましょう。他人に立てられる物音って不快なのよね。」


 そう付け加えながらも、彼女の視線は廊下を駆ける男子生徒へと向けられていた。気持ちは分かる。分かるけど……その一言で男子生徒の大半が居なくなったよ。



****



「次が最後よ。」


 ここまでにいくつもの条件が持ち上げられたけれど、どうやらそれも次で最後になるらしい。今のところ僕は『居なくなってほしい人』には含まれていないと思うので、これにより僕の生存が決定する。ここまで来たなら、せっかくだから生き残りたい。


 ちなみに、僕以外のクラスメイトは軒並み居なくなってしまった。彼女の世界は大層静かになっただろう。



「最後に、『私に関心のある人』は居なくなってほしいわね。 無闇矢鱈と話しかけられたくないもの。」

「それは……。」


 それは『とても彼女らしい条件だな』と納得すると共に『これは詰んだな』と思った。

 関心をなくせば彼女の世界に居続けて良いようではあるのだけれど……関心をなくしてまで彼女の世界に居る意味があるだろうか。


「それで、貴方は私の世界に居るのかしら?」


 あまつさえ、結末を僕に問うてくるのだから彼女は性格が悪い。果たして、なんて返答するのが正解なのだろう。


 特別、彼女に『関心がある』わけではない。

 しかし、だからと言ってわざわざ『関心がない』と言いたい訳では無いのだ。全く関心がないのなら、そもそもこのような話に付き合ったりしていない。



「……僕は工藤さんの世界には居られないみたいだ。」


 熟考の末、僕は正直に打ち明ける事にした。

 解釈によっては『僕は君に関心を抱いている』と言っているようなものなのだけれど、そんな僕の回答に対しても彼女は素っ気なく「そう、それは残念ね。」と答えるだけだった。

 本当に残念がっているのかはわからない。


「それで、工藤さんの世界には工藤さんの他に誰が居るの?」

「私の他に?」


 恥ずかしさを押して告白したと言うのに無下にされ、手痛く切り捨てられた僕はこれ以上話を振られたくなかったので自分から話を振ることにした。

 彼女の世界に一体誰が残っているのか、それに興味があったのもある。



「……駄目ね。 考えてみたのだけれど、誰も居ないみたいだわ。 静かなのは良いことだけれど、静かすぎるのも由々しき事態よね。」


 ふぅ、とため息を零しながら困惑を語る彼女を見て、どうやら僕は一矢報いることができたようである。

 これは、僕を亡き者にしたお返しだ。





「それなら、仕方がないわね。 仕方がないから最後の条件に一文追加するわ。 『私に関心のある人』は居なくなってほしい……けれど、『私が関心のある人』なら居ても良いことにするわ。」

「え?」

「それで、佐藤くんは『この世界』と『私の世界』、どちらに居たいかしら? 私の世界だと、私と2人きりに、なるのだけれどっ。」


 まるで、前もって言うべき台詞を考えていたかのように僕の反応を待つことなく新たな選択肢を提示した工藤さん。それに、これまでは感情を乗せることなく問うてきていたと言うのに、何故ここにきて何かを(こいねが)う表情を浮かべているのだろうか。

 そんな表情をされてしまっては……お手上げだ。僕は両手を上げて白旗を振りながら、負けを認める。


「実は僕もこの世界は少し、煩いと思っていたんだ。」


 たまには静かな世界でバカンス気分を味わうのも悪くなさそうだ。

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