幼女聖女はスローライフを守りたい ~私、またやってしまいました?~
目が覚めたら、可愛い幼女になってました。
「…え、ここどこ…? ていうか私、腕めっちゃ短っ!」
見渡せば、ふわふわの天蓋付きベッド。やたら高い天井、キラキラのシャンデリア。やたら豪華な部屋の真ん中で、私はちっちゃい手足をばたばたさせていた。どう見ても三次元の貴族の部屋だ。
え、何これ、現実? 夢オチじゃなくて?
「お嬢様〜? お目覚めでいらっしゃいますか〜?」
ノックとともにドアが開き、すらりとした金髪メイドが現れる。その優雅な所作、完璧な微笑み。どう考えてもファンタジーRPGの世界観に登場する“高級サポートキャラ”って感じのビジュアルだ。
「…お、お嬢様って私のこと?」
「はい、もちろんですわ。ローゼンベルク伯爵家のご令嬢、アメリア様。今日はお庭でピクニックのご予定でございますわよ」
「アメリア…あ、私、アメリアって名前なのね…?」
そして私は気づく。
この体の名前はアメリア・ローゼンベルク(7歳)。
前世ではブラック企業に勤めるOL、**佐藤美月(29歳・独身・貯金残高2万)**だった私。
え、これ、転生じゃん! ガチの異世界転生じゃん!
「というわけで、転生して幼女になりました〜☆」
…と、言っても誰にも信じてもらえないので、口には出さない。
ちなみにこの世界、魔法と貴族とお城が存在する、いわゆる“お約束系ファンタジー世界”らしい。現地の人間は誰も驚かないし、むしろ「またドラゴン暴れてるんですって」「うちの旦那、スライムに転職してて」なんて会話が日常に溶け込んでる。
ヤバい。私、すごくこの世界、好きかもしれない。
なにせ、前世では毎日終電。納期に追われ、クライアントに怒鳴られ、上司には「根性が足りない」と言われ、締め切りが守れない同僚の尻拭いをしながら、残業代は出ない。
その結果、オフィスのトイレで倒れて心臓が止まったわけだが
「まあ、死んだのはともかく…こっちの人生、最高にハッピーじゃん?」
7歳児ボディ、ふわふわドレス、メイドと執事に囲まれて「お嬢様」と呼ばれる生活。
異世界転生って、最高のご褒美かよ!
…ただし、一つだけ問題がある。
「…ちょっと手をかざしたら、花が満開になったんだけど…」
「お嬢様!? 今のは、奇跡の御業ですの!? 花が…! 一瞬で…!」
「わ、私何もしてないよ〜!? 気のせいじゃない!? 妖精さんのいたずらじゃない!?」
うっかり、やらかしました。
どうやら、前世の激務ストレスが原因か、“聖女級の魔法力”というとんでもチートがついてきてしまったらしい。
空を飛ぶ、小鳥を治す、雨を晴れに変える…その気がなくても、ポンと手を出すだけで、なんか奇跡が起きる。
完全にスローライフ終了のお知らせ。
いやだ! 私、働きたくない! せっかく幼女になったのに!
私は決意した。
この聖女パワーは、全力で隠し通す!
その日、庭の噴水が突然溢れ出した。
その翌日、通りかかった犬のケガが勝手に治っていた。
さらに次の日、雨が降ると同時に、私のいる場所だけ晴れた。
メイドたちは口々に言う。
「これが“奇跡の令嬢”…」「やはり神が遣わした…」
ちがう。
私はただ、まったり過ごしたいだけのOL上がりの幼女です。
困った私は、苦し紛れに閃いた。
そうだ、幼馴染の王太子レオンくんに全部押し付けよう。
「これ、私がやったら面倒くさいことになりそうだから、レオンくんがやったってことにしてくれない…?」
「うん、いいよ。僕、アメリアが困ってるなら、なんでも引き受ける」
か、神か…!? この子、王族のくせに優しすぎでは!?
こうして、今日も私は
「また私、やってしまいました…? ってことにして、お願いレオンくん!」
「…また僕のせいになるけど、いいよ」
スローライフ(他人任せ)ライフを満喫するのであった。
「うーん…今日もいい天気…。これ、私が原因だったりしないよね?」
というわけで、今日もお庭でのんびりスコーンを食べております。
もちろん、カモミールティーも忘れていません。ええ、優雅です。スローライフです。前世じゃコンビニのパンと缶コーヒーが主食だった私、完全勝利。
でも
「アメリア様ぁぁぁ! また、また村で作物が大豊作ですの!!」
「お嬢様が畑の前を通っただけで…っ、たった三日でトマトが実りましたぁ!」
あれ? ちょっと、ちょっと待って?
私、何もしてない。ほんとに、何もしてないよ!?
「奇跡のお嬢様!」「村に恵みをもたらす神の子!」
いやいやいやいや、落ち着け村人たち。
ただ私が散歩してただけで、収穫率が三倍になるとかおかしいじゃん。
これ完全に、私の聖女チートが勝手に発動してるやつ!!
その夜、私は執事さんにこっそり相談した。
「ねえ、アルバートさん…もし仮に、すごくすごーく、強い魔法の力を持ってたとして、それを誰にも知られたくなかったら、どうしたらいいと思う?」
「…恐れながら、アメリア様は“もし”ではなく、確実にお持ちでいらっしゃいますな」
「!?」
「この一週間で、雨は止まり、作物は実り、動物たちはなつき、屋敷の水道管の不調すら直りました。これはまさに“神の奇跡”。それがアメリア様の周囲でだけ、立て続けに起こっているのです」
ちょっと、待って。私、完全にヤバいやつじゃん。
「…じゃあ、私、このままだと目立ちすぎてヤバイ?」
「正直に申しますと、“聖女候補”として王宮からお声がかかる可能性が…」
それだけは、絶対にイヤだ!!!
聖女? 王宮? 働かされる未来しか見えないんですけど!?
せっかくブラック企業から逃げてきたのに、再就職ルートとか何の罰ゲーム?
私は、決意した。
「よし、こうなったら…もっとレオンくんに押し付けよう!」
「…というわけで、レオンくん」
「…うん。わかった。今回の奇跡も僕ってことで」
「ありがとう! レオンくんマジ聖人!」
この子、ほんとに天使なのでは?
7歳の王太子ってだけでも尊いのに、さらに包容力まで備えてるとか、やばくない?
ちなみにレオンくんとは、幼稚園ならぬ“貴族子弟の学び舎”で出会った幼馴染である。小さな王子様という立場ながら、妙に庶民感覚に近くて、やたら気が合う。あと、何かと私の言うことを信じてくれる。前世にいたら絶対推してた。
「でもアメリア。そろそろ、本当のことを言った方がいいんじゃないかな?」
「え、何が?」
「“奇跡を起こしてるのは僕じゃなくて、君だ”って。王宮の人が、本気で僕を勇者扱いしてる」
ごめん、それちょっと面白い。
でも笑ってる場合じゃなかった。だって、
「レオン様、王宮からのお使いです! “次期勇者としての研修に、ぜひご同行を”とのお達しが!」
「…え、ぼ、僕が!?」
「え、ちょ、マジで!?」
ついに、レオンくんが王宮に連れて行かれるフラグ、立ちました。
「…というわけで、行ってらっしゃい、レオンくん。あと、ほんとごめん」
「…ううん、アメリアの笑顔が守れるなら、僕は勇者でもいいよ」
この子、もうプロポーズしてるのでは?
というわけで、今日も私はスコーンを食べながら、
「奇跡を起こす少年王太子レオンくん」の評判をニヤニヤ眺めていた。
いやほんと、スローライフ最高です(他人任せだけど)。
「アメリア、僕の胃が…ちょっと、痛いかもしれない…」
と、開口一番。
胃を押さえて顔をしかめる幼なじみ王子、レオン・アルフォンス・シュタイン王太子(7歳)。
それはそうだよね。
王宮から「奇跡の王子」とか「聖なる少年」とか呼ばれて、やたらスケジュール詰め込まれて、しかも本当はその全部、私のせい。
いや、わかってる。ほんと申し訳ないと思ってる。
でも、だってさ。
「え、だってレオンくん、王子だし、しょーがなくない?」
「その理屈はおかしい」
知ってる。
でも、今日も私の周囲では奇跡が絶好調なんです。
【事例1】スープに入れた野菜が、突然黄金色に輝き出した件。
「きゃっ、アメリア様! スープが、スープが…っ、これは神託!? 神託なんですか!?」
「え、違う違う違う、ただのキャベツのポタージュだから!?」
どうやら、私の気分が良いと料理が勝手にパワーアップするらしい。
まるで料理アニメみたいに、湯気がキラキラしてた。美味しかったけど怖かった。
【事例2】病気の老犬に撫でただけで、三段ジャンプを決められた件。
「アメリア様、ルドルフが! あの足腰の悪かった老犬が空を跳ねております!!」
「それは私もビックリです!!」
というわけで、村の犬にも聖女チートが適用されてる模様。
もう何が何だかわからない。
そして極めつけが今日。
王宮の使者が、再び私たちの学び舎にやってきた。
「王太子殿下、勇者訓練の第二課程として、神殿での“祈祷演習”がございます」
「…やるの? 本当に、僕が?」
「当然でございます。先日も、王子の祈りで病床の公爵夫人が跳ね起きたとか!」
いやそれも、私が一緒にいただけなんだ。ごめんて。
レオンくんはちらりと私を見る。私は目をそらす。
ええ、そうですとも。私です。
あなたが祈ってた後ろで、こっそり「よくなーれ★」ってやってたの私です。
でも
「…僕、もうちょっとだけ頑張るよ。アメリアの平穏のために」
って、なにそのイケメン発言!? え、あなた7歳ですよね!?
私の中の乙女ゲー脳が爆発しかけました。
とはいえ、限界も近かった。
「…う、ううん。なんだか最近、視線を感じるのよねぇ…」
それは“宮廷魔術師団の監視班”の皆さんでした。
最近、私の行動を“王子補佐官の護衛”という名目でめっちゃ見てる。
え、なんかバレてきてない? バレてるよね??
「これは由々しき事態ですわ、アメリア様!」
「何が?」
「聖女力を隠すには、まず第一に“絶対に他人の前でキラキラしない”こと!」
言ってる本人が、スカートのフリルまで光ってるメイドのエリナさんである。
でも、言ってることは正しい。
よし、ここは逆転の発想で行こう。
「レオンくん、ちょっと今度から“僕が聖女じゃないです”って言っていこう!」
「…それ、僕が“詐欺でした”って全国放送するってこと?」
「…うん」
「うわぁ、胃が…胃がまた…」
そんなこんなで、私は今日も全力で魔力を隠しながら、
可愛い幼女としてスコーンをつまみ、
王太子に胃痛を押し付ける、
とても平和な(当社比)一日を過ごしました。
え? もういっそ聖女として名乗り出ればいいのでは、って?
それをやったら、仕事が増える。
社畜だった私には、それが一番恐ろしいのです。
「アメリア様、あなた…もしや“本物”では?」
朝っぱらから、エリナさん(忠犬系メイド)が目をきらっきらさせて詰め寄ってくる。
「へ? 本物って、何の話?」
「とぼけても無駄ですわ! 昨日、学び舎で起きた“奇跡の本棚倒壊事件”!」
あれは、私がこっそり落ちた本を魔法で拾おうとして失敗して、逆に全部の本棚がぐらぐらーって…そのあと、倒れる寸前で光のバリアが展開されて、机も椅子も人間も全員無傷だった事件。
「私は見てしまったのです、あのときアメリア様の指先がキラッと…!」
「反射光じゃない?」
「魔力反応でした!! 感動で震えが止まりませんわ!」
バレてる、バレとるやんけ。
ていうか、エリナさん、感動してる場合じゃない。
「ええと…お願いだから、内密に…」
「もちろんですわ! これはわたくしの胸の奥底に秘めておきます…ただし!」
「ただし?」
「アメリア様の聖女的奇跡を間近で観察させてくださいまし!」
つまり四六時中つきまとってよいという許可を今ここで求められている。
…なんというか、熱量がすごい。スローライフが…ちょっとざわついてきた。
「…ふーん。で、エリナにはバレたのか」
その日の午後、レオンくん(7歳王太子)のため息が学び舎の空に響いた。
いや、あなたももうちょっと慰めて??
「でもほら、エリナは秘密守るって言ってたし!」
「“観察させてくださいまし”って言われたんでしょ?」
「うん…」
「僕の胃が死ぬ音がする…」
ちなみに本日のレオンくんのおやつはカモミールティー。7歳にして胃に優しいライフスタイル。
「だいじょぶ、だいじょぶ。最悪、私が“あなたがやりました!”ってまた押し付けるから!」
「いやそれ、最悪なんだけど!? あ、いや違う、ありがとう…?」
ありがとうの語尾が迷子。
それからというもの、エリナの“メイドとしての業務範囲”が著しく拡張された。
・朝起こしに来る(今までもあった)
・着替えを手伝う(まぁ普通)
・おやつの時間にお茶とメモ帳を持ってついてくる(!?)
・アメリアの視線の先をメモる(怖い)
・寝言に反応して起きてくる(なぜ)
「ねえエリナ、これ観察っていうより、監視じゃない?」
「気のせいですわ♡」
笑顔が怖い。
ちなみに今日の記録には、「アメリア様、本日のくしゃみ回数:7回」って書いてあった。
それ、何の役に立つの???
そして、事件は起きる。
「レオン様、アメリア様! 大変ですわ!」
ある日の昼休み。エリナがバッと扉を開け放ち、風をまとって突入してきた。
「学び舎の“神聖魔法研究会”が、アメリア様の魔力に目をつけました!」
「なんで!? 何がバレたの!?」
「“教室に残った魔力反応を追ったら、全部アメリア様の席から発せられていた”とのことですわ!」
ぎゃーす。
もう、それバレてるよね。普通にアウトだよね。
「でも、まだ名指しはされてませんわ! 彼らは“レオン様の魔力が強すぎる”と結論づけたようです!」
「…ごめん、もう胃薬持ってきて…」
7歳の王太子にこのセリフを言わせてる私って何。
「レオンくん…ほんと、ありがとうね…」
「いいよ…アメリアが、笑ってくれてるなら…それでいいから…」
あかん、イケメンすぎて私が吐血する。
「でも、ほんとにヤバくなったら、全部自白するから! 一緒に逃げよ!」
「うん、それ、全然安心できない…」
というわけで、スローライフは今日も全力で崩壊寸前。
でも、レオンくんと私、ふたりなら、なんとかなる…かな?
今日こそ、何も起こらないはずだった。
おやつはイチゴのショートケーキ。紅茶はダージリン。
天気もよくて、お昼寝もばっちり。
これぞ、理想のスローライフ。これ以上、何を望むというのか。
…なのに、事件ってやつは空気を読まない。
「アメリア・ローゼンベルク嬢ですね?」
教室の扉が、がらっ、と開いた。
「我々、神聖魔法研究会の者です」
げぇっ!!!!
白衣! 丸眼鏡! とんがったペンと、魔力測定器!
なにその、科学と魔法の融合みたいなビジュアル!?
そして言い逃れできないほどの人数と熱量!!
「本日は、貴女様に関して非常に興味深い魔力反応が検出されまして…」
「な、なんのことかな〜?」
「ご安心ください。あくまで観測と分析です。切ったり貼ったりはしません」
いや、するつもりあったの!?!?
私は後ずさり。エリナは前に出て私をかばい、レオンくんは無言で椅子を引き寄せた。
すごくさりげなく、私と自分の間にスペースを作っている。
「え、何それ、私はもうレオンくんの後ろに逃げていい感じ?」
「いいよ。ほら」
優しい。なにこの王子、優しさと察し力でできてるの?
「で、どんな“サンプル”が欲しいんですか? 抜け毛とか?」
「いえ、魔力の流れが可視化できる特製マントを着て、簡単な魔法を」
「無理でーす!!!」
間髪入れずにお断り。
「ご安心ください。魔力の適性値が高すぎる場合、王族であってもサンプル提供の義務はありません」
「ってことは?」
「…アメリア嬢が、“王族と同等”と認められれば、我々もこれ以上は…」
待って、今、めっちゃ大事な伏線チラ見えたよね???
「つまり私はレオンくんに、もう押し付け続けるしかないってこと!?」
「…おいで」
レオンくんが両手を広げて、私を庇うように一歩前に出る。
「アメリアの魔力は、僕が使ったものです」
「ですが、レオン殿下…学び舎の他の教室でも、同様の反応が」
「僕は風の魔法も得意だって、知らなかったんですか?」
フォローが完璧すぎる。
研究会の人たち、明らかに目を泳がせながら、ざわざわと引き下がっていく。
マント持ってきてた人、泣きそうになってる。
「…あぁ、また押し付けてしまった…」
「いいよ。アメリアが困ってる顔は、あまり見たくないから」
ま、まぶしい! 優しさで目が潰れる!!
「でも、ありがと。今度、ケーキ一緒に食べよ」
「うん、それは嬉しい」
幼女(自称OL)と王子(胃弱)、小さな誓いを胸に刻む。
その夜。
「で、どういうことですの!!??」
帰宅後の我が家で、エリナの声がリビングに響き渡った。
「“レオン様に魔力をなすりつける”などというスキルが、どこに存在しますの!?」
「私のオリジナル技術だよ!」
「もはや新魔法開発者ですわよ!? いっそ研究会に入会なさればよろしいのでは!?」
なんでそんなにテンション高いのエリナさん。
あなた、すっかり推し活のオタクみたいになってるよ…。
「とりあえず、スローライフ継続のために、明日は静かにしよう…」
「…それ、毎日言ってませんこと?」
「言ってる」
でも、願わずにはいられない。
明日は静かに、ゆったり、誰にも見つからずに、ケーキを食べたいだけなんだ。
でも、運命の次なる爆弾は、すぐそこまで迫っていたのだった。
朝の光が、カーテン越しにやわらかく差し込む。
「ふわぁ…」
目をこすりながら、私はベッドの上で伸びをした。
今日こそ、穏やかで平和な一日になる。ケーキと紅茶と、優雅なひととき。
魔力事件?研究会?聖女の奇跡?そんなのは、ぜんぶ昨日で終わり!
私はまだ七歳だし、OLの記憶はあるけど、責任ある仕事からは卒業したんだ!
まったりスローライフを満喫するために、今日も頑張って何もしないぞ☆
と、思っていたのに。
「アメリア、おはよう」
リビングに行ったら、レオンくんがいた。
「って、えっ、なんでいるの!?」
「今日は、公務がない日なんだ。だから、遊びに来た」
「王太子が“暇だから遊びに来た”とかある!?親衛隊とかどうしたの!?」
「ちゃんと門のところで待たせてあるよ」
「それはそれで王子っぽいけど、余計に変だよ!!」
でも、レオンくんは真面目な顔をしていた。
そして、手には、小さな箱を持っている。
「アメリア、ちょっと話があるんだ」
「え、なにその展開!?怖い!!」
「怖くないよ。…その、これ」
そっと差し出された箱を開けると、中には小さなリングが入っていた。
指輪というより、おもちゃに近いけど
「これ、婚約指輪…?」
「うん。僕たち、婚約しよう」
ちょっと待って????
「はい、婚約ってなんですか!?幼女に聞いてるよ今!」
「結婚を約束すること。だから、大人になったら、アメリアと結婚したい」
「いや、気持ちは嬉しいけど、理由によっては全力で逃げるよ!?ねぇ!?」
レオンくんは、少しだけ照れながら、真面目に答える。
「アメリアの魔力を守るには、僕が一番適任なんだって、父上も母上も言ってた」
王宮総出で話進めてたの!?
「あと、アメリアのこと、好きだから」
「…はい、幼女は混乱中です。再起動にしばらくお時間をいただきます」
え、待って。好きって。え、今、好感度カンストの告白イベント発生した?
でも、私は転生OL。仕事に疲れて、癒しを求めてきたんだ。
スローライフが目標で、恋愛はオマケというか、お茶菓子レベルの立ち位置で…
「じゃあ、こうしよう」
「…?」
「婚約は仮ってことで。でも、私が大人になるまでにレオンくんが飽きてたら、取り消しね?」
「うん。いいよ。でも、僕は飽きないと思う」
「…ほんと、優しいなぁ。レオンくん」
私は、リングを指にはめた。ちょっとゆるいけど、なんだかあったかい。
こうして、私たち七歳同士の、仮婚約が成立した。
でも、これって、スローライフからどんどん遠ざかってない…?
「アメリア」
「うん?」
「結婚式のケーキって、大きいのがいいかな。僕はショートケーキがいいと思うんだけど」
「式の話、早すぎない!?」
「今のうちから準備しておかないと」
「…うん、私、たぶん一生振り回される気がする」
でも、不思議とイヤじゃない。
優しい王子と、のんびりお茶して、ちょっとだけ特別な時間を過ごす。
それが、私の新しいスローライフになっていくかも、しれない。
その日の夕方。
エリナに仮婚約の話をしたら、盛大にお茶を噴き出された。
「な、なな、七歳で婚約!?お子さまランチの年齢ですのに!!」
「王族って、そういうとこあるから…」
「どうしてそう、平穏を保てませんのアメリア様ぁぁぁ!」
彼女の叫びが、邸宅にこだました。
でも、私は少しだけ微笑んで。
この未来も、悪くないかなって思った。
「アメリア様、こちら本日のおやつでございます」
そう言って、執事のヴィルさんが銀のプレートを差し出した。そこに並ぶのは
「うわぁぁ、マカロンだ!!カラフルで、ぷにぷにで、最高にスイーツ!!」
「ふふふ。今日は王都で評判の“甘味処ペルル”のものをお取り寄せしました」
「わたし、転生してよかった…」
そう、こういう時間のために私は生きてるんだ。
前世じゃ、残業でコンビニスイーツがご褒美だった。だけど今は違う。目の前に、キラキラした夢がある。
しかも今日は、あのレオンくんも来る予定。
「アメリア、お待たせ」
「きたーーーっ!!レオンくん、ちょうどマカロンタイム!」
「マカロンタイムってなに…? あっ、これって“ペルル”のじゃない?」
「そうだよ。今日のおやつは、優雅にふんわりスイーツで決まりっ!」
そう言って、私が一口かじろうとしたそのとき
「ごきげんよう、アメリア様!」
エリナが、ばーんと扉を開けて登場した。
「エリナ!?もう、扉はノックしてから開けてって言ってるでしょー!」
「すみませんっ。でも今日はどうしても言いたいことがっ!」
「な、なに?」
「アメリア様の婚約者候補としての、王太子レオン様とのスイーツ相性を試すため、我が家伝統のスイーツバトルを開催いたします!!」
「…はい?」
「えっ」
レオンくんと私、同時に止まった。
「わたくし、このスイーツバトルに全身全霊を捧げますわ!」
何その全力のテンション。
「えーと、どういうルール?」
「簡単です!お互いに最高のお菓子を用意して、どちらが相手を笑顔にできるかを競います!」
「ただのおやつタイムが、なんで急にバトルに!?」
「これは…友情の証なのですわ、アメリア様!レオン様のこと、わたくしも好きですけれども、今はアメリア様の味方!」
「ややこしいなー!?好きだけど味方って、どっちなのー!?」
「エリナの気持ちはありがたいけど、ぼく、戦うつもりないよ?」
「でも、すでに準備してしまいましたの。はい、こちらがわたくしのスイーツ」
ばばんっ、とエリナが差し出したのは、なんと豪華なパフェタワー!
「こ、これは…三層構造、苺、チョコ、バニラ…生クリームが滝のように…!」
「どうぞ、お召し上がりください、アメリア様!」
うっ…美味しそうすぎる。けど、今はマカロンが…!
「レオンくん、あなたは?」
「ぼく? えっと…はい、これ」
彼が差し出したのは、手作りのプリン。ちょっと形はいびつだけど
「…もしかして、手作り?」
「うん。お母様に教わったんだ。アメリアが甘いもの好きって知ってたから」
「えっ、えっ、手作り!?王太子がプリン作ったの!?尊い!!」
こっちは、気持ちが重すぎる…!
「それでは、アメリア様!どちらが勝者か、選んでください!」
「ええぇええええぇ!?」
スイーツと感情のはざまで、私は震える。スローライフが…また遠のいていく気がするよ…!
でも。
「…決めた」
私は、レオンくんのプリンをそっとひと口。とろけるような甘さ、ちょっと不格好なやさしさ。
「こっち。レオンくんの勝ち!」
「やった…!」
「くっ…負けましたわ!!でも、これからもスイーツ修行、精進いたしますっ!」
「なんのための!?誰のための修行なのそれ!?」
そしてこの日、「スイーツ騎士団(仮)」が結成されたとかされなかったとか。
甘くて、騒がしくて、でもちょっとだけ胸があったかい。
これが、私たちの、ちょっと変わったスローライフ。
「アメリア様、お目覚めの時間でございます」
聞き慣れた執事・ヴィルの声で、朝が始まる。
私はふわっと目を開けて、天蓋付きベッドの中で小さく伸びをした。
「ん…今日は…なんだっけ…?」
「本日より、王立初等学院・魔法科にご入学です」
「…え?」
その一言で、頭が一気に覚めた。
「わ、わたし、入学なんて言ってないよ!?ほら、スローライフを希望してたじゃん、ね!?ゆるふわ生活、日々是ぽかぽか!」
「陛下の勅命にございます」
「国王の命令には逆らえないやつだーっ!!」
こうして、私は半泣きで制服に着替え、魔法学院へと向かうことになったのだった。
「アメリア様、初等部の魔法科にようこそいらっしゃいました」
入学式の会場で出迎えてくれたのは、見た目十歳くらいの、ふわふわした優男系少年。
「えっと、あなたは…?」
「わたくし、リュカ・フォン・ディアス。風属性の魔法を得意としております。以後お見知りおきを」
「どうも、アメリア・ローゼンベルク、7歳。無属性で非力で無難に暮らしたい系です」
「なんとも不思議な自己紹介ですね…?」
そうこうしているうちに、校長先生が壇上に現れた。
「新入生諸君、ようこそ王立初等学院へ!我が校は実力主義!魔法の才能があれば年齢も身分も関係ない!」
(むしろ関係あるじゃん…王族とか貴族ばっかりじゃん…)
そう、私は魔力量“SSS”の超規格外扱いで、この学院にぶち込まれた。
本人の意思ガン無視で。
魔法を隠しながら、地味に生きていくつもりだったのに。
「そして、入学試験を兼ねた“魔力適性実技”を、今から行います!」
「ええぇ!?今日から!?制服すら慣れてないのに!?お昼ご飯すら食べてないのに!?」
「なんていうか、すごくワタワタしてらっしゃいますね…」
リュカくんが困ったように笑っていたけど、私だって本気で焦ってた。
魔力適性試験とは
「この巨大な魔力石に向かって、魔法を撃ってください」
と、にっこりした試験官のお姉さんが言った。
「…撃てるかぁ!!魔法って何!?どのボタン!?説明書プリーズ!」
「魔力の流れに意識を向け、想像を形にしてはい、どうぞ」
「ざっくり!!ざっくりすぎる!!」
しかたなく、私は魔力をちょっとだけ流してみた。
どん。
…石が、半分、砕けた。
「…えっ」
「あ、あああああアメリア様!?石が、石が!!」
「やばっ、やばいやばいやばい!ちょっと力入れすぎたかも!?というか、またやっちゃった系!?あれぇ!?私のスローライフどこ!?」
教室中が騒然となり、試験官も目を白黒させてる。
「こ、これは…魔力測定不能、認定です!!」
「測定不能!?なんで“ただの幼女”が!?やっぱり規格外なんだよこの子!!」
「ひぃぃ、またチートバレ…ッ!」
そのとき。
「おちついて、アメリア」
声の主はレオンくん。今日から同じ学院の生徒として、彼も入学していた。
「レオンくん…!」
「だいじょうぶ。ぼくが“また僕がやったことにしておく”から」
「…レオンくんんんん!!」
こうして、私はまたレオンくんに手柄を押しつけて、スローライフの維持に成功した。いや、たぶん。
でもこの学院、平穏とは程遠い気配がぷんぷんしている。
「アメリア様、入学初日にして…伝説、作りましたね」
「いらんわそんな伝説ー!!」
「アメリア様、今年の学園祭では、初等部による演劇が披露されます」
「ふむふむ。観る側だよね?」
「いえ、出る側です」
「…へ?」
執事ヴィルの言葉に、私は紅茶をこぼした。
今、どういうホラーを聞いたのか、頭が追いつかない。
「演目は、“初代聖女と竜騎士の伝説”アメリア様には、初代聖女役をお願いいたします」
「いやいやいや!!無理無理!!そんな重要ポジション、目立ちまくりだよ!?主役とか、私のスローライフが大惨事じゃん!?」
「学内投票の結果です。圧倒的得票数で」
「だれ!?誰が入れたの!?名前出して!特定して!!」
「ちなみに、王太子レオン様が百票すべて投票された模様です」
「レオンくぅぅぅぅん!!またお前かぁぁぁ!!」
リハーサル初日。
舞台に立った瞬間、心が折れかけた。
広すぎる。視線が集まりすぎる。セリフが飛びそう。
「アメリア様、よろしくお願いしますね!」
もうひとりの主役、竜騎士役のリュカくんは、キラキラした笑顔で手を振ってきた。
「こ、こちらこそ…」
この子、まさかの演劇部所属らしく、テンションがやたらと高い。
「さぁ、いきましょう!“我が剣は聖女のために!”って台詞、全力で言いますから!」
「ふ、不安しかない…!」
私はこの時点で既に胃が痛い。
本番一週間前。
私は覚悟を決めて、セリフ練習に励んだ。レオンくんが毎日、放課後付き合ってくれるおかげで、少しずつ形にはなってきたけど。
「…聖なる光よ、我らを守りたまえ」
「すごくいい感じ。アメリア、ぜったい本番うまくいくよ」
「ほんとにぃ…?」
「うん。だって、アメリアは誰よりも優しくて、強いから」
(…うぅ、そんな真っ直ぐな目で言われたら、頑張るしかないじゃんか…)
スローライフのためだと思って始めたセリフ練習なのに、なんだか最近、ちょっと違う気持ちも芽生えてる。
それが何なのか、まだ分からないけど
「明日も…練習、つきあってくれる?」
「もちろん!」
レオンくんの笑顔は、ちょっとだけ眩しかった。
そして、迎えた本番当日。
「緊張してきたあああああ!!」
「アメリア様、深呼吸です!ほらっ、スーハー、スーハー!」
「スーハーじゃ足りないよ!!酸素もっと!!」
舞台袖でパニックの私に、リュカくんが軽く肩を叩く。
「だいじょうぶ、アメリア様。あなたの魔法のような演技で、みんなを魅了してしまいましょう!」
「うまいこと言った風でハードル上げないで!?お願いだから普通にやらせて!!」
でも幕が上がった瞬間。
目の前の客席が、じわじわと見えてきて。
それ以上に、私を見ている誰かの視線に、すごく気づいた。
(レオンくん…)
彼のまっすぐな瞳が、私を見ている。
逃げ出したくてたまらなかったこの舞台が、ほんの少しだけ、愛おしく思えた。
「…私は、“希望”を信じる。たとえこの世界が、どんなに暗くとも…!」
台詞が、自然と口から出た。
光魔法の演出が舞台に広がり、歓声がわき起こる。
「すごい…本物の聖女みたい…!」
「魔法の演出がリアルすぎる!」
(違うんだよ、本物なんだよ…!でも言えないよ!!)
この後も、演劇は大成功。
観客席からは割れんばかりの拍手。そして終演後、レオンくんがそっとつぶやいた。
「ねえ、アメリア…いつか本当に、聖女になっちゃったら、僕のそばにいてくれる?」
「な、なにその告白っぽいの…!?ずるいよぉ…」
気づけば、また私のスローライフは波乱の予感。
「アメリア様の演技、あれは…ただの演出とは思えませんでした」
演劇祭の翌日。
朝から校長室に呼び出された私は、ちょこんと椅子に座っていた。
目の前には、初等部の校長先生と魔法担当の教師、そして…私が最も恐れる存在。
「こんにちは、聖女様」
王国の大司教さまがにっこり微笑んでいた。
\おわったあああああああ!!!/
スローライフ、終了のお知らせ!!!
まさか国教トップ直々に現れるとは、誰が想像した!?
私じゃなかったら即死だった。
「えっと、その…演出、すごくがんばっただけで…!」
「あの光は、私の記憶する“奇跡”そのものでした。アメリア様、隠す必要はありません。神は貴女を選ばれたのです」
「選んでない選んでない!!リストの見間違い!!いやほんとに、私はただの庶民魂幼女なんですぅぅぅ!!」
必死で否定する私に、校長先生が優しく言った。
「どうか、信じてください。アメリア様は皆の希望なんです。聖女として、王国に力をお貸しいただけませんか」
「やだ…私、目立ちたくない…スローライフがしたいだけなのにぃ…!」
涙目で首を横に振る私。
そのとき。
「アメリアは、聖女にならなくていい!」
バンッと扉が開き、レオンくんが駆け込んできた。
顔を真っ赤にして、大人たちに向かって叫んだ。
「アメリアがいやだって言ってるのに、勝手に決めるなんて間違ってる!彼女は僕の、大事な友達なんです!」
「レオン…」
「アメリアは、いつも僕を助けてくれた。だから今度は、僕がアメリアを守る!」
(なにそれ、ずるいじゃん…そんなに優しくされたら、断れないじゃんか…)
私はレオンくんの手をぎゅっと握った。
「…ありがとう。でも、大丈夫。私は…大丈夫だから」
「ほんとに?」
「ほんとに」
スローライフ、守れないかもしれない。
でも私にはレオンくんがいる。
それだけで、ちょっとだけ勇気が湧いた。
「でもね、レオン。ひとつだけ、お願いがあるの」
「なに?」
「全部の“手柄”は、これからも君のものってことで!」
「…やっぱりそうなるのか…」
苦笑いするレオンくん。
私はふふっと笑って、小さくつぶやいた。
「これからも、ずっと一緒にいてくれる?」
「うん、もちろん!」
こうして、私のスローライフ(仮)は、新たな局面へ。
隠れ聖女の“またやってしまいました”な日々と、
やさしい幼なじみの王太子との、ちょっとずつ進む恋の予感。
これからも、ふたりのほのぼのストーリーは続くのです。
おしまい