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孟子  作者: Eliphas1810
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万章 上

 万章 上


 万章、問、曰。

「『舜、往、于、田、号泣、于、旻天()』。

何為(どうして)(それ)、号泣、也?」


 孟子、曰。

「怨、慕、也」


 万章、曰。

「父母、愛、(これ)、喜、而、不、忘。

父母、悪、(これ)、労、而、不、怨。

然、(すなわち)、舜、怨、乎?」


 曰。

「長息、問、於、公明高、曰。

『舜、往、于、田、(すなわち)、吾、既、得、聞、命、矣。

号泣、于、旻天()、于、父母、(すなわち)、吾、不、知、也』。

公明高、曰。

(これ)、非、(なんじ)、所、知、也』。

(かの)公明高、以、孝子之心、(なす)、不、若是(このよう)(さっぱりとしている)

『我、竭、力、耕、田、共、為、子、職、而已(のみ)、矣。

父母、()、不、我、愛、於、我、何、哉?』。

帝( = 堯)、使(させる)(その)子、九男、二女、百官、牛、羊、倉廩、備、以、(つかえる)、舜、於、畎畝(田畑)之中。

天下之士、多、就、(これ)、者。

帝( = 堯)、(しようとする)(全て)、天下、而、遷、(これ)、焉。

(ため)、不、順、(によって)、父母、(のよう)、窮、人、無、所、帰。

天下之士、悦、(これ)、人、()、所、欲、也。

而、不足、以、解、憂。

好色、人、()、所、欲。

妻、帝( = 堯)之二女、而、不足、以、解、憂。

富、人、()、所、欲。

富、有、天下、而、不足、以、解、憂。

貴、人、()、所、欲。

貴、(なる)、天子、而、不足、以、解、憂。

人、悦、(これ)、好色、富、貴、(ない)(たりる)、以、解、憂、(もの)

(ただ)、順、(によって)、父母、可、以、解、憂。

人、(わかい)(すなわち)、慕、父母、知、好色、(すなわち)、慕、少艾(若く美しい女性)、有、妻子、(すなわち)、慕、妻子、仕、(すなわち)、慕、君、不、得、於、君、(すなわち)、熱中。

大孝、終身、慕、父母。

五十、而、慕、(もの)、予、(において)、大、舜、(みる)(これ)、矣」



 万章が孟子 先生に質問して言った。

「『舜は、田畑へ行くと、天を仰いで号泣した』と言われています。

どうして号泣したのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「(父母を)怨むほど慕っていたからである」


 万章が言った。

「父母が、その子を愛したら、その子は喜んで忘れないべきです。

父母が、その子を嫌っても、その子は、労苦しても、怨まないべきです。

そうであるならば、舜は、(父母を)怨んでしまったのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「長息が、公明高に質問して言いました。

『舜が、田畑に行った、と私、長息は既に聞いた事が有ります。

舜が、天を仰いで、父母について号泣した、事について、私、長息には分からない、理解できないのですが』と。

公明高は言いました。

『それは、あなた、長息には(未だ)分からない境地なのである』と。

その公明高は、親孝行な子の心を、そのように、『さっぱりとしていない』としています。

『私、舜は、力を尽くして、田畑を耕して、子が()すべき務めを(父母に)捧げているばかりである。

それなのに、父母が、私、舜を愛してくれないのは、なぜなのか?』と。

堯は、九男二女の自分の子達と、諸々の役人を、牛、羊、穀物の倉を備えさせて、田畑の中で耕していた舜に仕えさせた。

天下の『一人前である者』達で、この舜につき従う者達が多数に成った。

堯は、天下の統治権を全て、この舜に移そうとした。

しかし、(舜は、)父母が従ってくれない(ため)に、困窮している人に帰る場所が無いかのようであった。

天下の『一人前である者』達に喜ばれる事は、人が(ほっ)する物である。

しかし、舜の心配を解くには不足だったのである。

好色な事は、人が(ほっ)する物である。

舜は堯の二人の娘達と結婚したが、舜の心配を解くには不足だったのである。

富は、人が(ほっ)する物である。

天下という富を所有しても、舜の心配を解くには不足だったのである。

高貴な地位は、人が(ほっ)する物である。

高貴な天子に成っても、舜の心配を解くには不足だったのである。

人に喜ばれる事、好色な事、富、高貴な地位でも、舜の心配を解くには不足なものだったのである。

ただ父母が従ってくれる事だけが、舜の心配を解く事ができたのである。

人は、若ければ父母を慕い、好色な事を知れば若く美しい女性を慕い、妻子を持てば妻子を慕い、君主に仕えれば君主を慕い、君主の関心を得られなければ(君主の関心を得ようと)熱中する。

しかし、大いなる、親孝行な子は、一生、父母を慕うのである。

五十歳でも父母を慕う者について、私、孟子は、大いなる舜によって、見聞きする事ができたのである」





 万章、問、曰。

「『詩』、云。

『娶、妻、如之何(これをどうする)

必、告、父母』。

信、(この)言、也、宜、(ない)(のよう)、舜。

舜、()、不、告、而、娶、何、也?」


 孟子、曰。

「告、(すなわち)、不、得、娶。

男女、居、()、人之大倫、也。

(もし)、告、(すなわち)、廃、人之大倫、以、(うらむ)、父母。

(ここ)、以、不、告、也」


 万章、曰。

「舜、()、不、告、而、娶、(すなわち)、吾、既、得、聞、命、矣。

帝( = 堯)、()、妻、舜、而、不、告、何、也?」


 曰。

「帝( = 堯)、(また)、知、告、焉、(すなわち)、不、得、妻、也」


 万章、曰。

「父母、使(させる)、舜、完、廩、(すてる)、階。

瞽瞍、(もやす)、廩。

使(させる)(さらう)、井。

出。

従、而、(おおう)(これ)

象、曰。

(はかる)(ふたをする)、都君( = 舜)、(みな)(わが)績。

牛羊、父母、倉廩、父母、干戈(武器)、朕、琴、朕、()、朕、二(兄嫁)使(させる)、治、(わが)(寝床)』。

象、往、入、舜、宮。

舜、在、牀、琴。

象、曰。

鬱陶(心が塞いでいる)、思、君、(のみ)』。

忸怩(じくじ)

舜、曰。

(これ)(この)臣庶、汝、(それ)、于、予、治?』。

不、識?

舜、不、知、象、()(しようとする)、殺、己、()?」


 曰。

(どうして)、而、不、知、也?

象、憂、(また)、憂。

象、喜、(また)、喜」


 曰。

「然、(すなわち)、舜、偽、喜、(もの)()?」


 曰。

「否。

昔者(むかし)、有、(おくりものをする)、生、魚、於、鄭、子産。

子産、使(させる)校人(池などの役人)(かう)(これ)、池。

校人(池などの役人)(にる)(これ)

反命(結果を報告する)、曰。

『始、舎、(これ)圉圉(弱っている)焉。

(しばらく)(すなわち)、洋洋焉。

攸然(悠然)、而、逝』。

子産、曰。

『得、(その)、所、哉。得、(その)、所、哉』。

校人(池などの役人)、出、曰。

(だれが)、謂、子産、智?

予、既、(にる)、而、食、(これ)

曰。得、(その)、所、哉。得、(その)、所、哉』。

故、君子、可、欺、以、(その)方。

難、(あざむく)、以、非、(その)道。

彼、以、愛、兄、()(みち)、来。

故、誠、信、而、喜、(これ)

(どうして)、偽、焉?」



 万章が孟子 先生に質問して言った。

「『詩経』で言われています。

『妻と結婚するには、どうするのか? (と言うと、)

(事前に)必ず、父母に告げ知らせるのである』と。

この言葉を信じるならば、舜のようにしないのが当然です。

舜が、(父母に)告げ知らせず結婚したのは、なぜでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「(父母に)告げ知らせたら、結婚でき得なかったからである。

男女が(結婚して)一つ屋根の下で暮らすのは、人の大いなる倫理、道理なのである。

もし(父母に)告げ知らせたら、人の大いなる倫理、道理をやめてしまって、父母を怨んでしまう。

このため、(父母に)告げ知らせなかったのである」


 万章が言った。

「舜が(父母に)告げ知らせずに結婚したのは、私、万章は既に聞く事ができ得ました。

堯が、舜に結婚をさせて、(舜の父母に)告げ知らせなかったのは、なぜでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「堯もまた、(舜の父母に)告げ知らせたら、結婚させる事ができ得なかったからである」


 万章が言った。

「(舜の)父母は、舜に穀物の倉を完全に直させている間に、はしごを捨てました。

そして、(舜の父である)瞽瞍は、穀物の倉(ごと舜)を燃や(そうと)しました。(しかし、舜の殺害に失敗しました。)

(舜の父母は、舜に)井戸を(さら)させました。

(舜は、命の危険を察知して、)逃げ出しました。

そして、(舜の父母は、)井戸に(蓋をして)覆いました。

(舜の弟である)象は言いました。

『舜(を井戸に入れて井戸)に(ふた)をするように計画できたのは、皆、私、象の功績なのである。

牛や羊は父母に、米や穀物の倉も父母に、武器は私、象に、琴も私、象に、弓も私、象に、兄である舜の二人の嫁には私、象の寝床で(性的な)奉仕をさせよう』と。

象が、舜の宮殿に行って、入りました。

舜が、床にいて、琴を弾いていました。

象は言いました。

『心が塞いでいて、君主である、舜の事ばかり思っていました』と。

象は、とても恥ずかしくなりました。

舜は言いました。

『これらの臣下達を、あなた、象は、私、舜の所で、統治してみますか?』と。

どうでしょう?

舜は、弟である象が、自分を殺そうとしているのを知らなかったのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「どうして知らないであろうか? いいえ! 知っていた!

ただ、象が心配していたら、舜もまた心配に成ったのである。

象が喜んでいたら、舜もまた喜んだのである」


 万章が言った。

「そうであるならば、舜は、嘘で喜んでいたのですか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

昔、生きている魚を、鄭という国の子産に、贈った者がいました。

子産は、池の役人に、その生きている魚を池で飼わせようとした。

池の役人は、その生きている魚を煮て食べてしまった。

池の役人は、子産に結果を報告して言った。

『初めは、あの生きている魚を、池に入れると、弱っていました。

しばらくすると、水が満ちあふれているように元気に満ちあふれて泳ぐように成りました。

悠然と、ゆったりと、泳いで行って見えなく成りました』と。

子産は言いました。

『良い居場所を得たのか。良い居場所を得たのか』と。

池の役人は、子産の所を出ると、言いました。

『誰が、子産は智者である、と言っているのか?

私は既に魚を煮て食べてしまいました。

それなのに、子産は言いました。良い居場所を得たのか、良い居場所を得たのか、と』と。

そのため、王者を、正しい方法を悪用して、だます事はできます。

しかし、王者を、正しくない方法を利用して、だますのは難しいのです。

彼、象は、兄である舜を愛しているかのような方法を悪用して来ました。

このため、舜は、それを、まことに、信じて、喜んだのです。

どうして、嘘で喜んだであろうか? いいえ!」





 万章、問、曰。

「象、日、以、殺、舜、(なす)(こと)

立、(なる)、天子、(すなわち)、放、(これ)、何、也?」


 孟子、曰。

「封、(これ)、也。

(ある)、曰。『放、焉』」


 万章、曰。

「舜、流、共工、于、幽州。

放、驩兜、于、崇山。

殺、三苗、于、三危。

(ころす)、鯀、于、羽山。

四、罪、而、天下、(みな)、服。

誅、不仁、也。

象、至、不仁。

封、(これ)、有庳。

有庳之人、(なに)、罪、焉?

仁人、(もとより)如是(このよう)、乎?

在、他人、(すなわち)、誅、(これ)

在、弟、(すなわち)、封、(これ)


 曰。

「仁人、()、於、弟、也、不、(かくす)、怒、焉。

不、宿(とどめる)、怨、焉。

親愛、(これ)而已(のみ)、矣。

親、(これ)、欲、(その)貴、也。

愛、(これ)、欲、(その)富、也。

封、(これ)、有庳、富貴、(これ)、也。

身、(なる)、天子。

弟、(なる)、匹夫、可、謂、『親愛、(これ)』、乎?」


「敢、問。

(ある)、曰。放』、(とは)、何、謂、也?」


 曰。

「象、不、得、有、為、於、(その)国。

天子、使(させる)、吏、治、(その)国、而、納、(その)貢税、焉。

故、謂、『(これ)、放』。

(どうして)、得、暴、(かの)民、哉?

(いえども)、然、欲、常常、而、(あう)(これ)

故、源源(次々と)、而、来。

『不、及、貢。

以、政、接、于、有庳』。

(これ)(これ)、謂、也」



 万章が孟子 先生に質問して言った。

「弟である象は、日々、舜を殺すのを一大事としていました。

舜は、擁立されて、天子と成りましたが、この象を追放しただけなのは、なぜでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「象に領地を与えて封じたのである。

ある人が『象を追放した(ような物である)』と言っただけなのです」


 万章が言った。

「舜は、共工を幽州に追放しました。

(舜は、)驩兜を崇山に追放しました。

(舜は、)三苗を三危で殺しました。

(舜は、)鯀を羽山で殺しました。

これら四人を処刑したので、天下の人々は皆、心服しました。

思いやりの無い愚者に天誅を下したのです。

象は、思いやりの無い愚者の至りです。

しかし、(舜は、)この象に有庳という領地を与えて封じました。

有庳の人々に、何か罪が有ったのでしょうか?

それとも、思いやり深い人は、(もと)より、次のようなのでしょうか?

他人であれば、天誅を下す。

弟であれば、領地を与えて封じる(、というように)」


 孟子 先生は言った。

「思いやり深い人は、弟に対して、怒りを隠しません。

しかし、怨みを(いつまでも)留めません。

(思いやり深い人は、)弟に親愛の情を(いだ)くだけなのです。

(思いやり深い人は、)弟に親愛の情を(いだ)いて、弟に高貴な地位を得て欲しいのです。

(思いやり深い人は、)弟に親愛の情を(いだ)いて、弟に富を得て欲しいのです。

(舜は、)象に有庳という領地を与えて封じて、象に富と高貴な地位を得させました。

(舜は、)自身は、天子と成りました。

弟である象が庶民のままであって、『象に親愛の情を(いだ)いている』と言えるでしょうか? いいえ!」


 万章が言った。

「あえて質問します。

『ある人が、象を追放した(ような物である)、と言っただけなのです』とは、どのような事を言っているのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「象には、国を統治するのは、でき得ない。

天子である舜は、(象の代わりに、)役人に、国を統治させて、税を(象に)納めさせた。

そのため、(ある人は、)『象を追放した(ような物である)』と言ったのです。

どうして、象が、その国民達に暴政をする事ができ得たでしょうか? いいえ!

しかも、舜は、常々、象と会いたいと(ほっ)したのである。

このため、象も、次々と、舜の所へ来ました。

『朝貢、外交の時期に(およ)んではいない。

しかし、舜は、政治を理由に、有庳の王(であり弟である象)と接見した』と言われています。

この言葉は、このような事を言っているのです」





 咸丘蒙、問、曰。

「語、云。

『盛徳之士、君、不、得、而、臣。

父、不、得、而、子。

舜、南面、而、立。

堯、(ひきいる)、諸侯、北面、而、朝、(これ)

瞽瞍、(また)、北面、而、朝、(これ)

舜、(みる)、瞽瞍、(その)容、有、蹙。

孔子、曰。於、(この)時、也、天下、(あぶない)、哉。岌岌(危険である)、乎』。

不、識?

(この)語、誠、然、乎、哉?」


 孟子、曰。

「否。

(これ)、非、君子之言。

斉東野人之語、也。

堯、老、而、舜、摂、也。

『堯典』、曰。

『二十有八載、放勲( = 堯)、(すなわち)徂落(死ぬ)

百姓、(よう)、喪、考妣(亡くなった父母)

三年、四海、遏密八音』。

孔子、曰。

『天、無二、日。

民、無二、王』。

舜、既、(なる)、天子、矣、(また)(ひきいる)、天下、諸侯、以、(なす)、堯、三年、喪、(これ)、二、天子、矣」


 咸丘蒙、曰。

「舜、()、不、臣、堯、(すなわち)、吾、既、得、聞、命、矣。

『詩』、云。

普天之下(遍く天下)(ない)、非、王土。

率土之浜(地の果てまで)、莫、非、王、臣』。

而、舜、既、(なる)、天子、矣。

敢、問。

瞽瞍、()、非、臣、如何(どうして)?」


 曰。

(この)詩、也、非、(これ)(これ)、謂、也。

労、於、王、(こと)、而、不、得、養、父母、也。

曰。

(これ)(ない)、非、王、事。

我、独、賢労(他の人よりも苦労する)、也』。

故、説、詩、(もの)、不、以、文、害、辞。

不、以、辞、害、志。

以、意、(むかえる)、志。

(これ)(なす)、得、(これ)

(もし)、以、辞、而已(のみ)、矣。

雲漢之詩、曰。

『周、余、黎民(庶民)(ない)、有、孑遺(残り)』。

信、(この)言、也、是、周、無、(のこっている)、民、也。

孝子之至、(ない)、大、乎、尊、親。

尊、親、()、至、(ない)、大、乎、以、天下、養。

(なる)、天子、父、尊之至、也。

以、天下、養、養之至、也。

『詩』、曰。

『永、言、孝、思。

孝、思、(これ)、則』。

(これ)(これ)、謂、也。

『書』、曰。

(つつしむ)、載、(あう)、瞽瞍、夔夔(畏敬して)斉栗(慎む)

瞽瞍、(また)(まことに)(したがう)』。

是、(なす)、『父、不、得、而、子』、也」



 咸丘蒙が孟子 先生に質問して言った。

「次のように、言われています。

『徳、善行が大いなる、一人前である者を、君主は、臣下にでき得ない。

父も、子にでき得ない。

舜は、天子に成って、南を向いて立ちました。

堯は、諸侯を率いて、北を向いて、舜の朝廷に集まった。

舜の父である瞽瞍もまた、北を向いて、舜の朝廷に集まった。

舜は、瞽瞍を見ると、その顔をしかめました。

孔子は言いました。この時、天下は危険であった。岌岌と危険であった、と』と。

どうでしょう?

この話は、まことに、その通りなのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

この話は、王者が言っている話では、ありません。

斉という国の東の無学な人の作り話です。

堯が老いてから、舜は摂政に成りました。

そして、『書経』の『堯典』で言われています。

『(舜が摂政に成ってから)二十八年後に、堯は死んだ。

全ての人々が、自分の亡くなった父母の喪に服すように、喪に服した。

三年間、天下の全ての人々は、音楽を演奏せず静かにして喪に服した』と。

孔子 先生は言いました。

『天に、太陽は、唯一無二である。

人々に、王は、唯一無二である』と。

仮に、舜が、(堯の生前に)既に天子に成っていたら、また、天下の諸侯を率いて堯に対する三年間の喪に服していたら、天子が二人いた事に成ってしまいます(。だから、作り話です)」


 咸丘蒙が言った。

「舜が堯を臣下にしなかった事は、私、咸丘蒙は既に聞く事ができ得ました。

『詩経』で言われています。

(あまね)く天下に、王の領土ではない所は無い。

地の果てまで、王の臣下ではない人はいない』と。

しかし、舜は既に天子に成っています。

あえて質問します。

舜の父である瞽瞍が舜の臣下ではないのは、どうしてでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「その詩経の詩は、そのような事を言っている訳ではないのです。

王によって苦労させられて、父母を養う事ができ得ない事を言っている詩なのです。

次のようにも、言われています。

『これは、王の仕事です。

それなのに、私、独りだけが、他の人よりも苦労している』と。

そのため、詩を説明する者は、文字によって、文字の意味を損なわないようにする必要が有ります。

また、文字の意味によって、詩の真意を損なわないようにする必要が有ります。

文字の意味によって、詩の真意を迎え受けるのです。

こうする事で、初めて、詩を説明でき得るのです。

もし、文字の意味だけにとらわれると、詩の真意を損なってしまいます。

例えば、雲漢の詩で、言われています。

『周での出来事の後、庶民に、生き残りはいなかった』と。

この詩の言葉を文字通りに信じてしまうと、周王朝では、生き残っている庶民がいない事に成ってしまいます。

親孝行な子の至りは、親を尊重する者よりも、大いなる者はいないのである。

親を尊重する事の至りは、天下によって親を養うよりも、大いなる物は無いのである。

天子の父に成れる事は、親を尊重する事の至りなのである。

天下によって親を養うのは、養う事の至りなのである。

『詩経』で言われています。

『永遠に、親孝行を思う。

親孝行を思えば、規則、見本と成るのである』と。

この『詩経』の詩は、このような事を言っているのである。

『書経』で言われています。

『(舜は)、慎んで、父である瞽瞍と会ったが、畏敬して慎んでいた。

瞽瞍もまた、まことに、(舜の意思に)従った』と。

これが、『父も、子にでき得ない』なのである」





 万章、曰。

「『堯、以、天下、(あたえる)、舜』。

有、(これ)?」


 孟子、曰。

「否。

天子、不能、以、天下、(あたえる)、人」


「然、(すなわち)、舜、有、天下、也、(だれが)(あたえる)(これ)?」


 曰。

「天、(あたえる)(これ)


「『天、(あたえる)(これ)』、(とは)諄諄(くり返し丁寧に教える)然、命、(これ)、乎?」


 曰。

「否。

天、不、言。

以、行、()(こと)、示、(これ)而已(のみ)、矣」


 曰。

「『以、行、()(こと)、示、(これ)』、(とは)如之何(どうする)?」


 曰。

「天子、能、薦、人、於、天、不能、使(させる)、天、(あたえる)(これ)、天下。

諸侯、能、薦、人、於、天子、不能、使(させる)、天子、(あたえる)(これ)、諸侯。

大夫、能、薦、人、於、諸侯、不能、使(させる)、諸侯、(あたえる)(これ)、大夫。

昔者(むかし)、堯、薦、舜、於、天、而、天、受、(これ)

(あらわす)(これ)、於、民、而、民、受、(これ)

故、曰。

『天、不、言。

以、行、()(こと)、示、(これ)而已(のみ)、矣』」


 曰。

「敢、問。

『薦、(これ)、於、天、而、天、受、(これ)(あらわす)(これ)、於、民、而、民、受、(これ)』、如何(どうする)?」


 曰。

使(させる)(これ)、主、祭、而、百神、(うけいれる)(これ)

(これ)、天、受、(これ)

使(させる)(これ)、主、事、而、事、治、百姓、安、(これ)

(これ)、民、受、(これ)、也。

天、(あたえる)(これ)、人、(あたえる)(これ)

故、曰。

『天子、不能、以、天下、(あたえる)、人』。

舜、(たすける)、堯、二十有八載。

非、人、()、所、能、(なす)、也。

天、也。

堯、崩。

三年之喪、(おわる)、舜、避、堯之子、於、南河之南。

天下、諸侯、朝覲、(もの)、不、(いく)、堯之子、而、(いく)、舜。

訟獄、(もの)、不、(いく)、堯之子、而、(いく)、舜。

謳歌、(もの)、不、謳歌、堯之子、而、謳歌、舜。

故、曰。

『天、也』。

(それ)、然、後、(いく)、中国、(位につく)、天子、位、焉。

而、居、堯之宮、(せまる)、堯之子、(これ)、篡、也。

非、天、(あたえる)、也。

『泰誓』、曰。

『天、視、(より)(わが)民、視。

天、聴、(より)(わが)民、聴』。

(これ)(これ)、謂、也」



 万章が孟子 先生に言った。

「『堯は、天下を舜に与えた』と言います。

これは実際に有った事でしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

天子が、天下を、人に与える事は、できません」


 (万章が言った。)

「そうであるならば、舜は天下を所有しましたが、誰が、この天下を与えたのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「天の神が、天下を与えたのである」


 (万章が言った。)

「『天の神が、天下を与えたのである』とは、(天の神が、)諄諄と、くり返し丁寧に天下に命令したのですか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

天の神は、(音波では)話しません。

行動と、その結果である事象で、示すだけなのです」


 (万章が言った。)

「『行動と、その結果である事象で、示す』とは、どのようにする事を言っているのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「天子が、人を、天の神に推薦しても、天の神に天下を与えさせる事は、できません。

諸侯が、人を、天子に推薦しても、天子に諸侯の地位を与えさせる事は、できません。

役人が、人を、諸侯に推薦しても、諸侯に役人の地位を与えさせる事は、できません。

昔、堯は、舜を、天の神に推薦して、天の神は、それを受け入れてくれました。

堯が、舜を、人々に表すと、人々も、舜を受け入れてくれました。

そのため、次のように、言われています。

『天の神は、(音波では)話さない。

行動と、その結果である事象で、示すだけなのです』と」


 万章が言った。

「あえて質問します。

『堯は、舜を、天の神に推薦して、天の神は、それを受け入れてくれました。堯が、舜を、人々に表すと、人々も、舜を受け入れてくれました』とは、どのようにする事を言っているのでしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「堯は、舜に、神々の祭儀を主催させて、全ての神々が舜を受け入れてくれた(ので、異常現象は起きなかった)。

これが、天の神が舜を受け入れてくれた事なのである。

堯は、舜に、政治を主導させると、善く政治できて、全ての人々に安らぎをもたらした。

これが、人々が舜を受け入れてくれた事なのである。

天の神が天下を舜に与えてくれたのですし、人々が天下を舜に与えてくれたのです。

そのため、次のように、言われています。

『天子が、天下を、人に与える事は、できない』と。

舜は、二十八年間、堯を助けました。

これは、(実は、)人だけで可能な事ではないのです。

これは、天の神による物だったのです。

堯が死にました。

堯に対する三年間の喪が終わると、舜は、堯の子を避けて、南河の南へ行きました。

しかし、天下の諸侯のうち天子に会う必要が有った者達は、堯の子の所へ行かず、舜の所へ行きました。

訴訟する必要が有った者達は、堯の子の所へ行かず、舜の所へ行きました。

賛歌を歌っていた者達は、堯の子の賛歌を歌わず、舜の賛歌を歌いました。

そのため、次のように、言ったのです。

『天の神による物』と。

その後、舜は、国の中央に行って、天子の位につきました。

仮に、舜が、堯の宮殿に居たまま、堯の子に退位を迫ってしまっていたら、これは、簒奪に成ってしまいます。

天の神が(直接的に物質的に)天下を舜に与えた訳ではないのです。

『書経』の『泰誓』で言われています。

『王である私の国民達の目によって、天の神は、王である私の行動を見ます。

王である私の国民達の耳によって、天の神は、王である私の言葉を聞きます』と。

この『書経』の『泰誓』の言葉は、このような事を言っているのです」





 万章、問、曰。

「人、有、言。

『至、於、禹、而、徳、衰、不、伝、於、賢、而、伝、於、子』。

有、(これ)?」


 孟子、曰。

「否。

不、然、也。

天、(あたえる)、賢、(すなわち)(あたえる)、賢。

天、(あたえる)、子、(すなわち)(あたえる)、子。

昔者(むかし)、舜、薦、禹、於、天。

十有七年。

舜、崩。

三年之、喪、(おわる)、禹、避、舜之子、於、陽城。

天下之民、(したがう)(これ)(よう)、堯、崩之後、不、(したがう)、堯之子、而、(したがう)、舜、也。

禹、薦、益、於、天。

七年。

禹、崩。

三年之喪、(おわる)、益、避、禹、子、於、箕山之(山の北側)

朝覲、訟獄、(もの)、不、(いく)、益、而、(いく)、啓。

曰。

(わが)君之子、也』。

謳歌、(もの)、不、謳歌、益、而、謳歌、啓。

曰。

(わが)君之子、也』。

丹朱之不肖。

舜之子、(また)、不肖。

舜、()(たすける)、堯、禹、()(たすける)、舜、也、歴、年、多、施、(恩恵)、於、民、久。

啓、賢、能、敬、承継、禹之道。

益、()(たすける)、禹、也、歴、年、少、施、(恩恵)、於、民、未、久。

舜、禹、益、相、去、久遠、(その)子之賢、不肖、皆、天、也。

非、人、()、所、能、(なす)、也。

(ない)(これ)(なす)、而、(なる)(もの)、天、也。

(ない)(これ)、致、而、至、(もの)、命、也。

匹夫、而、有、天下、(もの)、徳、必、(のよう)、舜、禹、而、(また)、有、天子、薦、(これ)(もの)

故、仲尼( = 孔子)、不、有、天下。

継、世、而、有、天下、天、()、所、廃、必、(のよう)、桀、紂、(もの)、也。

故、益、伊尹、周公、不、有、天下。

伊尹、(たすける)、湯( = 湯王)、以、王、於、天下。

湯( = 湯王)、崩。

太丁、未、立。

外丙、二年。

仲壬、四年。

太甲、顛覆、湯之典刑()

伊尹、放、(これ)、於、桐、三年。

太甲、悔、(あやまち)、自、怨、自、(おさめる)、於、桐、処、仁、遷、義、三年、以、聴、伊尹、()、訓、己、也、復帰、于、亳。

周公、()、不、有、天下、(ちょうど〜のよう)、益、()、於、夏、伊尹、()、於、殷、也。

孔子、曰。

『唐( = 堯)、虞( = 舜)、禅。

夏后、殷、周、継。

(その)義、一、也』」



 万章が孟子 先生に質問して言った。

「人々は言っています。

『禹に至って、徳、善行、善が衰退してしまい、賢者に王位を伝えず、天子の子に王位を伝えた』と。

これは実際に有った事でしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

そうでは、ありません。

天の神が王位を賢者に与えるのであれば、賢者に与えられます。

天の神が王位を天子の子に与えるのであれば、天子の子に与えられます。

昔、舜が、禹を天の神に推薦しました。

それから、十七年が経ちました。

舜が死にました。

三年間の喪が終わると、禹は、舜の子を避けて、陽城という所へ行きました。

天下の人々は、堯の死後、堯の子に従わず、舜に従ったように、禹に従いました。

禹は、益という人を天の神に推薦しました。

それから、七年が経ちました。

禹が死にました。

三年間の喪が終わると、益は、禹の子を避けて、箕山の北に行きました。

天子に会う必要が有った者達や、訴訟をする必要が有った者達は、益の所へ行かず、禹の子である啓の所へ行きました。

天子に会う必要が有った者達や、訴訟をする必要が有った者達は、言いました。

『私達の君主の子である』と。

賛歌を歌う者達も、益の賛歌を歌わず、禹の子である啓の賛歌を歌いました。

賛歌を歌う者達も、言いました。

『私達の君主の子である』と。

堯の子である丹朱は、親である堯に似ず、愚者でした。

舜の子もまた、親である舜に似ず、愚者でした。

舜は堯を助けて、禹は舜を助けて、多くの年数が経っていましたし、長期間、恩恵を人々に施しました。

禹の子である啓は、賢者で、禹の道理、真理を敬って継承する事ができました。

益は禹を助けて、少しの年数しか経っていませんでしたし、恩恵を人々に施すのが未だ短期間でした。

舜と禹と、益の年数の差が大きい事や、その子が賢者であるか、親に似ず、愚者であるか、という事は皆、天の神による物なのです。

これらは、人に可能な事ではないのです。

人がしなくても、そう成ってしまうものは、天の神による物なのです。

人がしなくても、そう成るに至ってしまうものは、天の神による運命による物なのです。

庶民であったが天下を所有する者は、『徳』、『善行』が必ず舜や禹のようであり、また、天子が、その者を天の神に推薦しているのです。

そのため、孔子 先生は天下を所有できませんでした。

天子の治世を継承して天下を所有している者を、天の神がやめさせる場合は、必ず、桀や、紂王のような(暴君である)者なのです。

このため、益、伊尹、周公は、天下を所有できませんでした。

伊尹は殷の湯王を助けて天下の王に成らせました。

殷の湯王が死にました。

殷の湯王の子である太丁は、未だ擁立される前に死にました。

殷の湯王の子である外丙は、擁立されてから、二年後に死にました。

殷の湯王の子である仲壬は、擁立されてから、四年後に死にました。

太丁の子である太甲は、殷の湯王の法を転覆させました。

伊尹は、この太甲を三年間、桐という所に追放しました。

太甲は、(あやま)ちを後悔し、自身の愚かさを怨み、自身を陶冶して治し、桐という所で、三年間、思いやりに留まり、悪から正義へ移り、伊尹から自分への教訓を聴き入れたので、亳という所で復帰しました。

ちょうど、夏王朝の益のように、殷王朝の伊尹のように、周公は、天下を所有できなかった。

孔子 先生は言いました。

『堯と、舜は、禅譲した。

夏王朝、殷王朝、周王朝は、世襲で継承した。

それらの意味、道理は同一なのである』と」





 万章、問、曰。

「人、有、言。

『伊尹、以、割烹(料理)(もとめる)、湯( = 湯王)』。

有、(これ)?」


 孟子、曰。

「否。

不、然。

伊尹、耕、於、有莘之野、而、(たのしむ)、堯、舜之道、焉。

非、(その)義、也、非、(その)道、也、禄、(これ)、以、天下、(ない)、顧、也。

繋馬千駟、(ない)、視、也。

非、(その)義、也、非、(その)道、也、一介(些細な物)、不、以、(あたえる)、人。

一介(些細な物)、不、以、取、(これ)、人。

湯( = 湯王)、使(させる)、人、以、(贈り物)、聘、(これ)

囂囂(無欲)然、曰。

『我、何、以、湯( = 湯王)之聘、(贈り物)(なす)、哉?

我、(どうして)(しく)、処、畎畝(田畑)之中、(より)(これ)、以、(たのしむ)、堯、舜之道、哉?』。

湯( = 湯王)、三、使(させる)、往、聘、(これ)

既、而、幡然(心をひるがえす)、改、曰。

(よりも)、我、処、畎畝(田畑)之中、(より)(これ)、以、(たのしむ)、堯、舜之道、吾、(どうして)(しく)使(させる)(この)君、(なる)、堯、舜之君、哉?

吾、(どうして)(しく)使(させる)(この)民、(なる)、堯、舜之民、哉?

吾、(どうして)(しく)、於、(わが)身、親、(みる)(これ)、哉?

天、()、生、(この)民、也、使(させる)、先知、(さとる)、後知、使(させる)、先覚、(さとる)、後覚、也。

予、天民之先覚者、也。

予、(しようとする)、以、(この)道、(さとる)(この)民、也。

非、予、(さとる)(これ)、而、誰、也?』。

思、天下之民、匹夫、匹婦、有、不、(こうむる)、堯、舜之(恩恵)(もの)(のよう)、己、(おす)、而、内、(これ)、溝、中。

(その)自任、以、天下之重、如此(このよう)

故、就、湯( = 湯王)、而、説、(これ)、以、伐、夏、救、民。

吾、未、聞、(まげる)、己、而、正、人、(もの)、也。

(まして)、辱、己、以、正、天下、(もの)、乎?

聖人之行、不、同、也。

(あるいは)、遠、(あるいは)、近、(あるいは)、去、(あるいは)、不、去。

帰、潔、(その)身、而已(のみ)、矣。

吾、聞、(その)、以、堯、舜之道、(もとめる)、湯( = 湯王)。

未、聞、以、割烹(料理)、也。

『伊訓』、曰。

『天誅、造、攻、(より)、牧宮。

朕、(はじめる)(より)、亳』」



 万章が孟子 先生に質問して言った。

「人々は言っています。

『伊尹は、料理によって、殷の湯王に仕官を求めた』と。

これは実際に有った事でしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

そうでは、ありません。

伊尹は、有莘という国の田畑を耕しつつ、堯、舜の道理、真理を(学んで)楽しんでいました。

正しくなければ、正しい方法でなければ、天下を給料としても、この伊尹は、顧みませんでした。

四頭の馬を繋いだ馬車、千台でも、(伊尹は、)顧みませんでした。

また、伊尹は、正しくなければ、正しい方法でなければ、些細な物でも、他人に与えませんでした。

(伊尹は、正しくなければ、正しい方法でなければ、)些細な物でも、他人から取りませんでした。

殷の湯王は、使者を派遣して、贈り物をして、この伊尹を招聘しようとしました。

伊尹は、無欲な様子で、言いました。

『私、伊尹を、どうして、殷の湯王は、贈り物で、招聘しようとするのか?

(殷の湯王による贈り物による招聘は、)私、伊尹にとって、田畑の中にいて、堯、舜の道理、真理を(学んで)楽しむのには、及ばないのである!』と。

殷の湯王は、三回、使者を伊尹の所へ行かせて、伊尹を招聘しようとした。

伊尹は、既に、心を(ひるがえ)して改めていて、言いました。

『私、伊尹は、田畑の中にいて堯、舜の道理、真理を(学んで)楽しむよりも、この君主(、殷の湯王)を堯、舜のような君主に成らせよう!

私、伊尹が、これらの人々を堯、舜の国民のように成らせるのに、他の事は及ばないのである!

私、伊尹、自身が、それらを見るのに、他の事は及ばないのである!

天の神は、これらの人々を生じていて、先の知者に、(のち)に知る者を目覚めさせ、先に目覚めている者に、(のち)に目覚める者を目覚めさせているのである。

私、伊尹は、天の神による人の中で先に目覚めている者なのである。

私、伊尹は、このような道理、真理に、これらの人々を目覚めさせよう。

私、伊尹が、これらの人々を目覚めさせなかったら、誰がするのか?』と。

伊尹は、天下の人々で、一人の男性でも、一人の女性でも、堯、舜によるような恩恵を受け取れない者がいたら、その者を自分が(みぞ)の中に押して(おとしい)れたかのように思ったのである。

(伊尹は、)このように、天下を担う重責を自任したのである。

このため、(伊尹は、)殷の湯王につくと、その殷の湯王に、夏王朝を征伐して人々を救うように説いたのである。

私、孟子は、自分を曲げて他人を正す事ができた者について、未だ聞いた事が無い。

まして、自分を辱めて天下を正す事ができた者について、私、孟子は未だ聞いた事が無い。

聖人達の行動は同一ではない。

聖人達は、あるいは、遠ざかったり、あるいは、近づいたり、あるいは、去ったり、あるいは、去らなかったりする。

聖人達は、自身を清浄に帰しているだけなのである。

私、孟子は、伊尹が堯、舜の道理、真理によって殷の湯王に仕官を求めた、と聞いています。

私、孟子は、伊尹が料理によって殷の湯王に仕官を求めた、とは未だ聞いた事が、ありません(。作り話です)。

『書経』の『伊訓』で言われています。

『天誅を下すために攻めようとするのは、牧宮にいる桀(の悪政)による物なのである。

私、伊尹は、亳という所から始めた』と」





 万章、問、曰。

(ある)、謂。

『孔子、於、衛、主、癰疽(腫れ物)

於、斉、主、侍人、瘠環』。

有、(これ)、乎?」


 孟子、曰。

「否。

不、然、也。

好事者、(なす)(これ)、也。

於、衛、主、顔讐由。

弥子之妻、()、子路之妻、兄弟、也。

弥子、謂、子路、曰。

『孔子、主、我、衛、卿、可、得、也』。

子路、以、告。

孔子、曰。

『有、命』。

孔子、進、以、礼、退、以、義。

得、(これ)、不、得、曰、『有、命』。

而、主、癰疽(腫れ物)()、侍人、瘠環、(これ)(ない)、義、(ない)、命、也。

孔子、不、悦、(によって)、魯、衛。

遭、宋、桓司馬、(しようとする)、要、而、殺、(これ)

微服(質素な服で変装する)、而、過、宋。

(この)時、孔子、当、阨。

主、司城貞子、(なる)、陳侯、周、臣。(『陳侯周臣』の解釈は諸説有るようです。)

吾、聞。

『観、近臣、以、(その)、所、(なす)、主。

観、遠臣、以、(その)、所、主』。

(もし)、孔子、主、癰疽(腫れ物)()、侍人、瘠環、何、以、(なす)、孔子?」



 万章が孟子 先生に質問して言った。

「ある人が言っていました。

『孔子 先生は、衛という国では、腫れ物などの医者を主人として、客人に成った。

斉という国では、君主のそばに仕えていた瘠環を主人として、客人に成った』と。

これは実際に有った事でしょうか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

そうでは、ありません。

それは、好事家の作り話です。

孔子 先生は衛という国では、顔讐由を主人として、客人に成りました。

さて、弥子という人の妻と、子路の妻は姉妹でした。

弥子は子路に言いました。

『孔子 先生は、私、弥子を主人として、客人に成れば、衛という国で高官に成る事ができ得ます』と。

子路は、弥子の言葉を、孔子 先生に告げ知らせました。

孔子 先生は言いました。

『天の神による運命という物が有ります』と。

孔子 先生は、礼儀によって進みましたし、礼儀によって退きました。

孔子 先生は、高貴な地位を得るか、得ないかについては、『天の神による運命という物が有ります』と言いました。

さて、仮に、腫れ物などの医者と、君主のそばに仕えていた瘠環を主人として、客人に成ってしまったら、正しくないし、『天の神による運命』と信じていない事に成ってしまいます。

孔子 先生は、魯という国と、衛という国では喜ばれませんでした。

孔子 先生は、宋という国では、桓司馬が道の要所で待ち伏せして、孔子 先生を殺そうとする目に()われました。

そのため、孔子 先生は質素な服で変装して、宋を通り過ぎました。

この当時、孔子 先生は、このような苦しい目に()われたのである。

その時は、孔子 先生は、陳侯の臣下である司城貞子を主人として、客人に成った。

私、孟子は、このように聞いた事が有ります。

『側近の臣下を、その側近の臣下を主人としている、客人によって、観察するのである。

側近ではない臣下を、その側近ではない臣下が主人としている人によって、観察するのである』と。

もし、仮に、孔子 先生が、腫れ物などの医者と、君主のそばに仕えていた瘠環を主人としてしまえば、孔子 先生らしくないのである!」





 万章、問、曰。

(ある)、曰。

『百里奚、(みずからを)(売る)、於、秦、養、牲、(もの)、五、羊之皮。

(そだてる)、牛、以、(もとめる)、秦、繆公』。

信、乎?」


 孟子、曰。

「否。

然、好事者、(なす)(これ)、也。

百里奚、虞、人、也。

晋、人、以、垂棘之璧、()、屈産之()(かりる)、道、於、虞、以、伐、虢。

宮之奇、諫。

百里奚、不、諫。

知、虞公、()、不、可、諫、而、去、(いく)、秦。

年、(すでに)、七十、矣。

(すなわち)、不、知、以、(そだてる)、牛、(もとめる)、秦、繆公、()(なる)、汚、也、可、謂、『智』、乎?

不、可、諫、而、不、諫、可、謂、『不、智』、乎?

知、虞公、()(しようとする)、亡、而、先、去、(これ)、不、可、謂、『不、智』、也。

時、挙、於、秦、知、繆公、()、可、(ともに)、有、行、也、而、(たすける)(これ)、可、謂、『不、智』、乎?

(たすける)、秦、而、顕、(その)君、於、天下、可、伝、於、後世、不、賢、而、能、(これ)、乎?

(みずからを)(売る)、以、成、(その)君、郷党、(みずからを)、好、(もの)、不、(なす)

而、謂、賢者、(なす)(これ)、乎?」



 万章が孟子 先生に質問して言った。

「ある人が言っていました。

『百里奚は、自身を、秦という国で犠牲用の牛を飼っている者に、五枚の羊の皮で、売った。

百里奚は、牛を育てて、秦という国の繆公に仕官を求めたのである』と。

この話を信じますか?」


 孟子 先生は言った。

「いいえ。

それは、好事家の作り話です。

百里奚は、虞という国の人です。

晋の人々は、垂棘の璧と、屈産の馬によって、虞という国から道を借りて、虢という国を討伐しようとした。

宮之奇は、君主に忠告しました。

百里奚は、君主に忠告しませんでした。

百里奚は、虞公は忠告しても駄目な人であると知っていたので、虞という国を去って、秦という国へ行きました。

その時、百里奚は、既に、七十歳でした。

仮に、牛を育てて秦という国の繆公に仕官を求めるのは汚れていると知らなかったら、『智者である』と言えるであろうか? いいえ! だから、事実ではない!

忠告しても無駄であるから忠告しないのは、『智者ではない。愚者である』と言えるであろうか? いいえ!

虞公が滅びようとしているのを知って、滅びるより先に、その虞という国を去るのは、『智者ではない。愚者である』とは言えないのである。

ある時、秦という国で役人に挙げられて、繆公が共に智慧を実行できる人であると知って、その繆公を助けるのは、『智者ではない。愚者である』と言えるであろうか? いいえ!

秦という国を助けて、その君主である繆公を天下に表して、後世にまで伝えられるようにしたが、賢者ではない愚者であったのに可能であったのか? いいえ! 賢者であった!

自身を売って、その君主を成功させるなど、村人でも、自身を好んでいる者は、しない。

しかし、『賢者が、そうした』と言うのか? いいえ! 賢者は、そんな事はしない!」

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