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もしときの乗車券 高校野球編 2

「ストライクアウトーー」

という審判の大きな声が聞こえた。


相手チームスタンドから大きな歓声。動けず、俯いている俺。

その後はあっという間にゲームセットを迎えた。


**********************************


そんな暑い夏があったのはもう20年前。あの敗戦で野球はこりごりと大学では野球をやらず、英語サークルですっかり文化系人間になった。


結果的に、英語に慣れたおかげで、大学卒業後は中堅の貿易商社に勤務して16年目をむかえている。


それでも夏が来るたびにいつもあの一球が頭から離れなくなる。夏は俺の嫌いな季節だった。


あそこでもし手を出して、流し打ちしていれば。


何よりも手を出せなかった自分への怒りと大輝の振り絞るような笑顔の一言がいつまでも後悔として残っている。


もし、あの時間に戻れるなら。何度考えたことだろう。


4番でキャプテンの大輝は大学でも野球を続けて頑張っていたが、プロや実業団などに行くこともなく、先輩のつながりで大手の銀行へ就職。就職後、再会した野球部のマネージャーと結婚して今じゃ2人の子供と一緒に幸せな生活を送っているらしい。らしいというのは、結婚式に参加した後、特に連絡を取っていないからだ。


あの試合の後、なんかぎくしゃくしてうまく話せなくなった。それでも結婚式の時は、野球部同士の結婚ということで、ほかのスタメンのメンバーと一緒になじみでよんでくれたが、その後はやっぱり疎遠に。どうしても、あの試合の後から大輝の目を見てうまく話せなかった。


野球に、スポーツに、たらればないとよくいうのだが。こんなに苦しむなら野球なんてやらなきゃよかった。


ベンチによりかかりながら、真っ青な空を見上げていると。。


「もしもが、あるんですが」


目の前に無邪気そうな、青年が顔をのぞかせた。


「うわっ」と驚いて顔を上げる。急に上げた俺のおでこと青年のおでこが、がちーーんとぶつかる。 お互いおでこを抑えて座り込む。


「な、なんで急に動くの」目に涙を浮かべて、、青年が声をかける。この炎天下の日差しの下に、黒いワイシャツに黒いネクタイ、黒のスラックスに黒の革靴。だけど顔は真っ白で金髪が似合っている青年が立っていた。


「いや、急に人の前に顔を出す方が悪いだろ」悪態をつく。誰だこいつという顔をしてやりながら。


「え、だって、『もしも』があったらッて考えていましたよね。長々と10年以上も。もういい加減忘れたらどうですか?」さらっという口調に、怒りを覚え


「お前に関係ないだろ。忘れられるならどんなにいいか。。」大きな声で言い放ったはずが、最後はしりすぼみ気味に弱い声になる。なんでそんなこと知っているのかなんてことはそのとき気づくこともなく。


「そんなにあの一瞬にかけていたのに、出し切れなかったんですね。」残念そうに下を向く金髪の青年。プチっと何かが切れた。というか、飛んだ、思考が。


「てめー」と言いながら、思いっきり右手で殴ろうとする。殴ったことなんてないのだが、もうよくわからなかった。


しかし、さっと青年は体を後ろに倒して俺のパンチをよけてしまった。


俺は体勢を崩して大きく転んだ。


「あぶないなぁ。なんで急に殴ってくるんですか」よくわからんという顔だ。


「うるせー、同情なんていらねーよ。」立ち上がるのも嫌になって地面に座りながら、大声を上げる。「早くどっか行けよ」大きく声を振り絞る


「え?いいの?」驚いたような青年の顔。


「だって、やり直したいんでしょう。あの日の時にもどって。」 真面目に答える青年。手には、どこから出したのかわからない黒革の手帳を持っている。


あれ、さっき持っていたか。鞄なんか持っていなかったはずだが。。


パラパラと手帳のページをめくる手が止まった。そして、


「斎藤裕太さん。あなたが長く悩んでいたあの日、あの時に一度だけ戻ることができる特別チケットをお渡しします。」手帳に書いてあるのか、おれの名前を読み上げながら、手帳からぴりりっと紙切れをちぎり俺の目の間に手を伸ばす。


なんか文字が書いてありそうだが全く読めない真っ黒の紙。


「お前は、誰なんだ?」絞り出すようにきくと、、


「そういえば自己紹介していませんでしたね。私の名前は、馬星 うまほしだいといいます。いつまでも消えない後悔に、ラストチャンスを与えることを生業にしています」


「はい?」 こいつヤバい奴だと思いながらも。


「信じていませんね?」笑いながらも、黒い紙切れを持った手を指し伸ばしたままだ。


「もう一度聞きますが、本当に後悔し続けているのですか?やり直したいいほどに」


「当たり前だろ。」


「では、このチケットを受け取ることをお勧めします。信じる信じないはお任せします。明後日の満月の夜、このチケットを燃やしてみてください。あなたの願いはきっと叶います。大体あの時間にもどれますよ」


顔に微笑みは絶えず浮かんでいるが、目は至って自然。


しかし、突拍子もない話が信じられず、


「馬鹿にしているのか?」怪訝そうな声を返す。


「信じる、信じないはあなた次第といっているでしょう。スキにしてください。」そう言ってチケットいう黒い紙を強引に渡そうとする。


受け取ってしまった。


踵を返し、ではと公園の外側に向かっていく青年。


「あっ」と何かを思い出し、


「この乗車券は片道切符。あなたがかわれば、世界が変わります。


あの時のピッチャーのボールもあの時と同じボールを投げてくれるとは限りません。」


凛とした記憶に刺さる声のトーン。


「なんでそんなことまで知っているんだ、お前」そう言った時に、急に風が目の前を吹き流れた。


すなぼこりに目を覆った後には、もうあの青年はいなくなっていた。 


なんだったんだ。


手には黒い紙切れだけが残っていた。

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