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#4 魔物の進化はどうするの~その6、卵に戻そう~

 ジェイと少女は今さっき出会ったばかりで、たいして会話もしていないというのに、エイムは話の主導権を握りたいかのようにどこか慌てているように割って入った。


「あら、それなら私もそちらの灰色の卵を頂きたいわ」


 少女までもが卵を欲しがっている。どうしてエイムも少女もこれほどまでに卵を欲しているのか、ジェイにはその理由が分からない。


「まってまって、卵ならあげるからひとりずつ話してよ」


 もともとお店の商品として売るつもりだったジェイは、その代価の情報を聞く前にあっさりと承諾してしまった。


「いいわ。その『新生しんせい』した種の王に見合う情報――それを教えましょう」


 少女が口にした言葉に、エイムが目に見えて頭を抱えた。


「しんせい? 種の王……??」


 ジェイが不思議そうに、その言葉の意味を知ろうと少女を見上げる。


「死した者に権能で再び命を吹き込むこと。

 ダンジョンマスターの魔力が、器に満ち溢れるほど注ぎ込まれること。

 聖杯に水が満たされるとき、六つの扉のいずれかが開くわ。

 ひとつは、可能性を掴み取る扉。

 ひとつは、望んだ未来に続く扉。

 ひとつは――」


 まるで謎解きのような少女の説明に、ジェイは何を言っているのか分からず、困惑して顔をしかめてしまう。


「ちょっと待った! 俺から説明させてくれ!」


 それ以上、少女に核心を語らせるわけにはいかないとでも言うように、エイムが割って入った。彼は少女の話を強引に中断し、努めて平易な言葉でまとめにかかる。


「簡単に言うと『新生』ってのは、魔物に稀に起こる、死を超えた先にある特殊な存在進化のことさ」


「死んでから進化するの?」


 会話の邪魔をしまいと控えていたかえでも、小声で「そんなのあり得ないわ」と呟きながら、会話に入りたくてたまらない様子でうずうずしている。


「違うわ。死ではない」


「だから、わかんないよ」


 少女の比喩?とエイムの直球が噛み合わない。それを気づかせまいとエイムがさらに畳みかける。


「……まあ、とにかく! 普通は起こり得ないイレギュラーな進化が『新生』ってことさ。あまりに珍しいものだから、俺も研究材料としてその卵が欲しいんだよ」


(エイブラム……あなた……)


 龍皇女が誰にも聞こえない小さな声で呟く。


「まあね。これ、普通の卵じゃないもんね。殻が割れたのに、魔力の膜で覆われた卵になっちゃったんだし」


 ジェイは自分なりに納得したかのように、深く“うんうん”と頷いた。


 エイムは目を細めて満足げに頷くと、目元を隠す銀面を“くいっ”と右手で持ち上げ、その奥で安堵と欲望の入り混じった笑みを深めた。


 ジェイが持ち込んだ卵は、この世界の理では説明のつかない、奇跡の賜物だったに違いない。


 少女の言葉を借りるなら、進化値がマイナスだったあの卵は、形だけが存在し、中身は空っぽの「死」の状態だったのだろう。違う―――、彼女は『進化値0』の産まれたばかり3つの卵を生きてないと言って、エイムも死んでいると言ったのだ。あの卵は「死」を超えた先にあったのかもしれない。


 そして、ジェイは無意識のうちに【装備錬成】の権能を使い、誕生そのものを「上書き」することで新たな命を創生してしまったに違いない。その瞬間にたまたま錬成中だった”エイムの邪悪なデーモンロードをイメージして作った”両手鎌の闇属性魔力が流れ込み卵を魔王種へと変質させた。


 ジェイは卵を丁寧に両手で包み、少女に灰色の卵を差し出した。


「これ、いいよ。特別な卵になってるって教えてくれてありがとう」


 それを龍皇女が受け取り、とても大切なものであるかのように抱きかかえてほほ笑む。


「ええ。私の方こそ、あなたのことは忘れないわ。魔王種を誕生させたマスター、ジェイ」


「え……?」


「さ、さあ! そんなことよりジェイ。俺もさっさと情報を提供していいか?」


 エイムが遮るように声を上げる。神々の間は、次第に他のダンジョンマスターたちのざわめきで溢れかえっていた。


「あ、うん。お願い」


「守護者たちは口を揃えて『食物連鎖を築け』と勧めてくる。だが、それには無理がある。いや、不可能と言ってもいい。冒険者の住む外の世界と繋がるまで、残された時間は一年足らずだ。その程度の期間で作った生態系で、連中の物量に太刀打ちできるはずがない。……ジェイ、冒険者がここへ何をしに来るか分かるか?」


「あ、そっか! 冒険者は僕たちを倒して、ダンジョンの資源を奪いに来るんだね」


 ジェイの答えは的を射てはいたが、どこか現実味のない「ゲーム」の延長のような響きがあった。


「略奪だけで済むならマシだがな……」


(ジェイ俺たちの魂に刻まれているのは聖痕だ。お前はやっぱり門には聞かなかったんだな)


 エイムが俯きながら何かを話した気がした。


「ダンジョンポイントが枯渇し、食物連鎖が崩壊して資源が底を突いたとき、最後にぽつんと『ダンジョンマスターだけが残る』。そんな最悪の結末もあり得るってことを、忘れるなよ」


「それって、どういう意味……?」


 不気味な余韻を残したまま、エイムがにこやかに手を差し出してきた。


「違う違う。お代の卵だよ」


「あ、うん。情報のお代だよね」


 ジェイはエイムに、光を吸い込むような漆黒の卵を差し出した。


「そろそろ始まるみたいだぜ」


 エイムが顎で円卓を指し示す。見れば、二十七あった空席は残り三席となっていた。


 ほどなくして、創造神の声が天井から音もなく降り注ぎ、すべての者の脳内へ響き渡った。


『此度は最初の魔王種の誕生まで、半月足らずで至るとは実に喜ばしい。そろそろ互いの出自の紹介は終えた頃だろうか。……其方らは皆、別の世界から集められた異分子。それぞれの可能性をもって、我ら神の種族にも新たなる繁栄をもたらしてくれることを願う』


 その宣誓とともに、円卓の上には前回よりもさらに豪華な食事が魔法のように出現した。いつの間にか少女は優雅に卓に着いており、エイムもまた、何かを企むような足取りで自分の席へと歩を進めていった。


「さあ、ジェイ。あたしたちも席に行きましょう」


 かえでに促され、ジェイはここで初めて、周囲の様子を改めて見渡し理解した。


「エルフ?天使……?

 あれ……? もしかしてこの夢って、本当は現実なの?」


 幾日もこの世界で過ごす中で、薄々は感じていたのだろう。ゲームには登場しない魔物、そして夢にしてはあまりに鮮明すぎる守護者たちの息遣い。その「質感」に、彼はようやく気づき始めていた。


「ジェイ、わけのわからないこと言ってないで席に着いて。注目されてるわよ」


「う、うん」


 エイムや龍皇女と接触し、得体の知れない卵を渡していた光景は、周囲のマスターたちの好奇心を強く刺激していた。


 席に着こうとするジェイのもとへ、一人の少女が駆け寄ってくる。


「私にも、その卵を頂けないかしら」


 それは、フェアリーのダンジョンマスターだった。光の加減で玉虫色に輝く羽が、ブロンドの長い髪に触れるたびに幻想的な火花を散らしている。


「ここでお店を開きたくて持ってきたから、いいよ」


「お代はダンジョンポイントかしら?」


「うーん。できれば魔物の素材か、面白い情報がいいかな」


「それなら、妖精の鱗粉りんぷんはどうかしら。幻想への親和性がとても高いの。それに、これは私にしか準備できない特別なものよ」


 “クスクス”とフェアリーの少女が笑う。その声が重なったかと思うと、驚いたことに彼女の体が左右に分かれ二人の少女に変わる。


「そうね。妖精の鱗粉を二袋にするから、卵も二つ……交換してくれないかしら?

 彼らほど無理な要求、言ってないしいいでしょ?」


 もう一人の、青いドレスを纏った少女がジェイに問いかける。双子なのか、あるいは分身なのか。ジェイは目を丸くしながらも、緑色に輝く魔力の膜に包まれた卵と「妖精の鱗粉」を交換した。


「種族限定の素材! 素敵なものをありがと!」


 ジェイは手に入れたばかりの輝く粉を透かし見ながら、宝物を見つけた子供のように目を輝かせた。彼にとって、ここが現実か夢かという疑問さえ、新しい「素材」との出会いの前では霞んでしまうのだろう。

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