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#4 魔物の進化はどうするの~その4、卵に戻そう~

 十二個並んだ卵を前に、ジェイが楽しみでたまらなそうにしゃがみ込む。その無邪気な姿は、かつて地下遺跡で歴史的発見を成し遂げたあの姉弟の高揚感にも似ていた。


「どうして、卵が孵らないのか。ダンジョンポイントを使うから教えて」


 分からないことを素直に質問するのは子供の良いところだ。エイムに教えてもらった様に素直に門にジェイはその問いを投げかけた。


 茨の門に、炎の文字がゆらりと浮かび上がった。


『ダンジョンポイント100を消費し、確認しますか?』


「はいっ!」


『魔物の卵:魔力が不足しています』


 それを見て、ジェイが嬉しそうに頷く。


「卵、孵るかな?」


「ええ。原因が分かれば、きっと孵るはずよ」


「そうだね! やってみる」


 ジェイの目の前には3種の進化値をもつ卵が並べられている。ジェイが、進化値0の卵に”いたずら”したことで『進化値1』と『進化値-1』に分かれた卵、そして『進化値0』の卵だ。


「魔力でなんとかなるなら、剣を作る時と一緒ってことだよね?」


「あたしもそう思うわ」


 ジェイが"いたずら"でひとつだけ余った『進化値0』の卵にそっと両手をかざした。すると、鮮やかな炎のような幾何学模様が、魔物の卵を包み込む。炎による熱のせいなのか”パキ”と乾いた音がして卵が割れ、“どろり”と中からオレンジ色に染まる黄身があらわになった。


 しかし、それは決して命の終わりを意味してはいなかった。剥き出しの黄身は、うっすらと緑色に輝く魔力の膜に包まれており、その内側で力強く胎動しているのが見て取れた。


「これでいいのかな? 卵、割れちゃったよ!?」


「ジェイに出会ってからわからないことばかりよ。進化値にしても、こうやってマスターが誕生の過程を『上書き』するようなことも……全部あたしの知らないことなんだから」


「じゃあ、二人でどうなるか観察だね」


 ジェイは夏休みの自由研究でもするかのように、瞳を輝かせて卵を見つめる。


 それは「素材」としての卵から、剣を錬成するのと全く同じ工程で「魔物」を作り出す作業だった。ダンジョンポイント1500を費やして手に入れた【装備錬成】のスキルが、「素材」としての卵に作用しているからなのか。それが”いたずら”の結果によるものなのか、卵という未分化な状態ゆえの幸運なのかは誰にも分からなかった。


「すぐには産まれたりしないわ。少しは落ち着きなさい」


 かえでの忠告もどこ吹く風。卵の前でうつ伏せに“ごろん”と横になったジェイは、足をバタつかせながら、オレンジ色の魔力の膜の中で脈打つ新しい命をじっと見つめ続けている。


「ほら、エイムさんの依頼もあるでしょ。いつまでも寝転んでないの」


「はい、はーい。じゃあ、スライムを準備しなきゃ」


 かえでに急かされ、ジェイは名残惜しそうに卵から離れて立ち上がった。


“ぽこぽこ”


 彼が願うと、何もない空中に水滴が集まり、驚くほど透明な水玉が生まれる。その周囲を、炎のように赤い幾何学模様がその水玉を包み込む。水が“どろり”と飴細工のようにオレンジ色に染まり、空中から草の上へ流れ落ちると、緑の輝きを放ちながらスライムを創り出す。


「十本作るなら、少し鉄鉱石が足りないかな」


『ダンジョンポイント6を使用し、鉄鉱石20㎏を生成します』


 門がジェイの思考に応えるように鉄鉱石を吐き出す。積み上げられた鉱石の一部が、磁石に吸い寄せられるようにジェイの足元へ移動した。


 スライムと鉄鉱石がふわりと浮き上がり、赤い幾何学模様がそれらを飲み込む。その模様と溶け合うように、スライムがひときわ猛々しく燃える赤へと染まっていく。


「……意志を持たないスライムが産まれて、ただの素材として消えていく様子は、やっぱり慣れないわね」


 かえでが、その光景に寂寥感を覚えたのか暗い声で呟いた。


 だが、ジェイの手は止まらない。スライムと鉄鉱石が浮き上がり、再び炎のような赤の幾何学模様がそれらを包み込んだ。模様に溶け込むかのように、スライムが猛々しく燃える赤を体現して染まり、吸い込まれていく。鉄を包む赤い幾何学模様に、錬成されたスライムが「溶解」していく。それは鉄と混ざるのではなく、魔力構造式の媒介となり、術式の出力を二倍、三倍へと跳ね上げていった。


 鉄鉱石を飴細工のようにドロドロに溶かしながら、複雑な魔力痕を刻み込んでゆく。大地に緑の息吹を呼ぶ生命の光が刀身から溢れ出し、それに呼応して刃先が夕日すら吸い込む真っ黒な――


“ドクン”


 すぐ傍らにあったまだ魔力を込めてない十一個の魔物の殻に包まれた卵が脈打った。


「ジェイ! 闇属性の魔力が卵にも流れ込んでる!!」


「え、え!?」


 錬成中の鎌から溢れ出した濃密な「死」と「闇」の魔力が、本来は緑とオレンジの膜に包まれていたはずの卵を侵食していく。卵は一瞬にして禍々しい黒に染まり、不気味な胎動を始めた。


“ドクンドクンッ”


 黒く染まった膜の向こう側で、何かが狂おしいほどに蠢いている。


 やがてうっすらとその姿が透けて見え始めた。そこには、かつての愛らしい羽虫の面影はなかった。四枚の鋭利な羽と、光を反射しない漆黒の巨大な複眼。闇を喰らって産声を上げようとするその禍々しい虫は、膜の内側を食い破るかのように激しく動いていた。


「なにこれ、気持ち悪い」


 ジェイが素直な感想を漏らす傍らで、かえでは驚愕のあまり、言葉を失ってその場に立ち尽くしていた。ジェイが見せてきたものは、そのどれもがかえでにとっての「世界の理」を根底から覆すものばかりだった。魔物として生を受け、その理の中で生きてきた彼女にとって、今目の前で起きている光景は、もはや狂気に近い異常なモノに感じられた。


 意志を持たない、ただの「素材」として使い潰される魔物の生成。


 食物連鎖という長い年月をかけた研鑽を嘲笑うかのような「進化値」による跳躍。


 そして極めつけは、魔物の誕生という神聖な過程すら、ダンジョンマスターの権能で「上書き」し、全く別の異形を強引に産み落としたこと。


「……あなたは、あたしの想像を遥かに超えたダンジョンマスター」


「まあねー。このハエ、そんなにすごかった? えへへ」


 ジェイもかえでも、まだ知らない。


 【装備錬成】のスキルが生命を持たない卵にのみ「素材」として干渉したこと、そしてジェイが作り出した「闇」の魔力が混ざり合ったことで、それが羽虫の変異種などではなく、伝説に類する「魔王種」の卵へと変貌を遂げてしまったことを。


 しかし、おかしなことがひとつあるとするならば、おぞましい膜を露わにした卵は3つだけだったというこの1点に尽きるだろう。それを除けばあとは、うっすらと緑色に輝く魔力の膜に包まれた卵が6つ、見た目が変わらなかった卵が3つ。


 このおぞましい膜を露わにした3つの卵が、いずれ「神々の間」のジェイのお店に並び、他のマスターや神々を巻き込む大騒動を引き起こすことになるのだが……それは、もう少しあとのお話。

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