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#1 人知れず誰かを守り、少女の成長に力を貸していました

 ここはダンジョンの外なる世界、都から少し離れたフレイトと名付けられた集落にあたる。一人の冒険者にあこがれる少年が武器屋もないここで、なにかしらの獲物を手に入れるには雑貨屋を訪れるしかないのだろう。


「ばあちゃん。 包丁よりも大きな刃物はないのかよ」


 主に雑貨とされる生活の中で必要とされるもの、もしくは、誰かが売った物の中から掘り出し物を探すと言った様相をとっている。店主は少年の実祖母にあたり、少年は祖母とこの雑貨屋を営んでいる。


「はい、はい。 狩りがしたいなら、リックさんのお手伝いにでも行ってきなさいね」


「つまんないよ。 ウサギを罠で捕まえるのも、弓矢でヤギを追いかけるのも冒険者っぽくないじゃん」


 少年が冒険者にあこがれるのも、その幼少期ならではの夢見物語なのだろう。生活には多くの仕事が伴う、少年もその時間の多くは家事の手伝いと、周りの大人たちの手伝いをする。


「じゃぁ。 ちょっと呼び込みしてくる」


 少年の言う呼び込みとは、往来でまれに通る冒険者や、狩人や、ときには迷い人を見つけて雑貨屋に案内することだ。冒険者であれば荷物になるダンジョンからの屑素材と食料を交換していったり、狩人であればその屑素材目当てで立ち寄ったりもする。魔物の素材から作られた装備品は、野生の動物よりも頑丈で耐久性も高いのだ。


「ダンジョンなんて私は嫌いだよ」


 少年はそんな声も届かぬうちに、森の中へと走って見えなくなっていく。


「今日はどっちの方角に行こうかなぁ。 北にあるダンジョンは都のが近いからこっちには来てくれないだろうし、東はちょっと遠いんだよなぁ。 いつもみたいにリックさんがいる森のあたりかなぁ」


 などと言い森の中を気ままに歩き出す。少年の命を害するものなど、存在しないことが一人でも森に入ることを咎められない理由である。魔物と呼ばれる生き物は、門をくぐった先、つまりはダンジョンにしか存在しない。実り豊かな森に、多くの野生動物、それらを支える大地は神様の加護を受けているかのように人々に安寧をもたらしている。


「あたいは見た。 あっちの高地にでかいのが」


「大ヤギに育つ前に狩らねばならんのに、近頃はみな冒険者になりたがる。

 冒険者に依頼しても魔物じゃないんだからむやみに人は襲わんと相手にもされん」


 少年は声が聞こえると嬉しそうに歩み寄る。


「リックさん、こんにちは。 大ヤギが出たんですか?」


 少年はきらきらとした目でリックを見て、もっと大ヤギの話を聞かせろと言わんばかりに目を輝かせている。


「ちょっと。 あたいもいるんだけど」


 少年をジト目で見つめる少女は、リックの娘で少年より2つ年上である。何にしても成人の儀で、祝福を得ていないという意味では同じ子供として扱われる。


「見てみたい! リックさん行こう」


「はいはい。 あたいは見えてないのね」


「動物とはいえ侮ってはいけないよ。 隣の集落の狩人に声をかけて大勢でやろうと思っているんだ。

 大人だってケガもすれば、もしもだって起こるんだ。 子供は連れてはいけないさ」


 同じ集落の大人として、危ないことを危ないとしっかりと教えて、もしもなんて起こらないようにリックが努めていることが伺える。


「大人になったらおじさんが立派な狩人にしてやる。

 だから、今日のところは雑貨屋のミサさんのところまで送るから帰ろう」


「あたいたちはちょっとウサギでも捕まえてから帰るわ」


「えー。 それなら僕は帰りたいよぉ」


「いいから来なさい」


 少女に引きずられる様に少年は、森の奥の方へ引きずられていく。それを見てリックさんは苦笑いをしながら、子供たちを温かい目で見送るのだった。


「なんだよ。 こんなところに連れてきて」


 口を尖らせて少年が少女に抗議の声を上げる。


「大ヤギがみたいんでしょ。 遠くからなら安全よ、きっと」


「えー、リックさんがいなくちゃ危なくない?」


 あんなに大ヤギを見たがっていたのに、少年はいざ子供たちだけで行くことに尻込みしている。そんな少年も、少女に促され、いつしか森の奥へと進んでいく。木々は青々と茂っているが、奥に進めば進むほどに、葉の色を緑から紅へと変えてゆく。いつしか足元には落ち葉が目立つようになり、枝には葉がついてないものが見受けられる。


「もう少しあっちよ」


「うん」


 そんな落ち葉の絨毯の中を、少年と少女は奥へ奥へと進んでいる。大地は魔素の循環によって様相を変えるのだと言われている。その流れに合わせて、木々は葉をつけ花を咲かせ実を結び、絶え間ない豊かな森となる。ときおり小動物が木の実を食べに木から降りて、紅に染まる葉の近くに落ちている黄色く色づいた実を頬張る。


「いた。 やっぱり」


「すげぇ」


 そこには4メートルはありそうな木と同じ高さまで角が届きそうに大きく、ヤギと呼ぶにはあまりにもごつごつとしている。こんなにも大きいのに、大ヤギから生まれてくる子供は普通のヤギなのだから生き物の不思議に知識欲を掻き立てられてしまう。


“パキッ”


 少年が勢い余って隠れていた茂みの枝を強く握りすぎてしまい折ってしまう。最初は大ヤギが音のする方へ頭を向け、次に鼻から息を大きく吐く、少年はその迫力に負けて尻もちを着く。


「うわ、こっちに来るな」


 声に驚いたように、仰天した大ヤギが威嚇のため体を震わせて息を荒げる。少年は完全にどうしたらいいのかわからなくなっていた。少女はどうすればいいのかとおろおろしていたものの、ついには木の枝を持って少年の前に立つ。


「こんな木の枝じゃ……」


 そんなときだった。少女の目の前に刀身がわずかに緑に輝きを放ち、ずしりとした質量を連想させる深みがかった赤黒い片手剣があらわれる。無我夢中で少女が掴みそれを振るう。届かない間合いででたらめにただ振っただけの剣は、大ヤギの毛皮を超えてその肌の表面をうっすらと抉る。


「あたいがお姉ちゃんなんだから」


 少女が剣を正面に構えると、大ヤギは“ブォウ”と雄叫びを上げさらに森の奥に逃げ出していった。


「はぁ。 なんとかなったわね。 都合よく剣が近くにあって助かったわ」


 少女の中でこの不思議な体験は、その緊迫した緊張感も相まって、たまたまそこに剣があったのだと記憶が混濁しているようだった。その翌年に成人の儀を受け冒険者になり、腰に太陽が地平に沈むような刻印がされた剣をたずさえていた。

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