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#4 魔物の進化はどうするの~その7、生きた魔物~

「妖精の鱗粉、貰っちゃったね。かえで、これで何をしよっか」


「……」


 拠点に戻ってきてから、かえでは何やら考え込んだように腕を組み、時折、頭が痛むのか眉間を強く押さえている。


「こうなると、かえでは長いんだよねー」


 ジェイも彼女の癖がだいぶ分かるようになっていた。無理に話しかけないで、一人で何やら新しい「遊び」を始めてしまう。ここはダンジョンなのだ。十一ヶ月と半月の後に繋がってしまう「外の世界」に備えなければ、ゲームとしては即、詰みなのだ。


「持ってるダンジョンポイントは、確か200くらいだったよね。エリア拡張もいいけど、800くらい足りないんだよなぁ」


 ジェイは、かえでの姿を真似るように腕組みをしながら、門の周りを一緒になってぐるぐると回りだした。子供は次の遊びを見つけてしまうと、良くも悪くもさっきまで熱中していたことをほっぽり出してしまうものだ。ジェイの関心が、次第に足元に転がる卵へと移っていく。


「かえでなら、なんて言うかなぁ」


『冒険者にとって「魅力的な報酬」か、命を脅かす「毒」にならないと意味がないんだからッ!』


 脳内再生されるかえでの声に、ジェイは「うんうん」と一人で頷いた。


「この綿毛の魔物って、何か使い道があるのかな。ゲームだとドロップアイテムがあったり、素材が何かに使えたりするよね。定番は魔石? 魔物のコアとは何が違うんだろう」


 ジェイがちらりとかえでの様子を窺うが、彼女はまだ深い思考の海に沈んでおり、話しかけられる雰囲気ではない。いつしか、ジェイの足元にはさらに多くの卵が増えていた。


「卵、増えてきたなぁ」


 ジェイが改めて辺りを見回す。


 気持ち悪いハエ(魔王種)が1匹、綿毛の魔物が4匹、幼体が7匹。そして、ジェイが魔力を込めた緑色に輝く膜の卵が4つと、産まれたばかりの白い卵が、無造作に転がっている。


「あれ……綿毛の魔物が、いつの間にか3匹増えてる?」


 ジェイが調べて分かったのは、いつの間にか『進化値1』の白い卵が三つ消えていた、ということだった。


「ふぅむ。……かえで、そろそろ一緒に遊んでくれないかなぁ」


 どのくらいの時間が過ぎただろうか。


 卵はさらに増えてさらに多くなったが、繭も、綿毛の魔物も、幼体も、そして不気味に脈動する魔力の膜の卵も、一向に成長の兆しを見せない。


 まるで、世界そのものがこのオレンジ色の夕映えの中で静止し、何かが溢れ出すその瞬間をじっと待っているかのようだった。


「魔力が不足してるから卵は孵らないって門が言ったのに、嘘つきじゃん」


 ジェイは『進化値0』の緑色に輝く卵と、産まれたばかりの白い卵を転がして遊んでいる。確かに、あの気持ち悪いハエや綿毛の魔物たちが現に孵っているのだから、門の言葉が完全な嘘ではないにせよ、子供の理屈では納得がいかないのだ。


「いいや、素材として使っちゃおう。なら鉄鉱石も必要だよね」


『ダンジョンポイント6を消費し、鉄鉱石20kgを生成しますか?』


「うん」


 生きていない無垢の白い卵と、一握りの鉄鉱石が重力に逆らうようにふわりと浮き上がる。もし、食卓に並ぶような卵が『進化値0』の抜け殻だとして、それが自然の中で産み落とされたとき、一体どんな価値を持つというのか。


 ジェイが得た権能やスキルは、果たして本当に手にして良かったものだったのか。その是非を問う者はここにはいない。


「あれ、属性は付けれないみたい。ま、いいか」


 鮮やかな炎のような幾何学模様が、卵と鉄鉱石を飲み込んでいく。熱によるものか、“パキッ”と乾いた音が響き、卵の殻が割れて“どろり”とオレンジ色の黄身が溢れ出した。しかし、それは決して命の終わりを意味してはいない。


 剥き出しになった黄身は、うっすらと緑に輝く魔力の膜に包まれ、内側で確かに、そして力強く胎動を始めている。


「あれぇ?」


 期待に反して、そこに現れたのは一振りの武器ではなかった。結果として残されたのは、先ほどまでジェイが転がして遊んでいたものと同じ『緑色に輝く魔力の膜の卵』。そして、魔力を込める前と何ら変わらない姿のまま転がっている『鉄鉱石』だった。


 ジェイが不思議な「失敗」に首を傾げていると、その様子をずっと待っていたかのように、かえでがおずおずと彼の前に進み出た。


「ジェイ。あの、私……」


「あ、かえで!」


 ジェイは「待ってました」と言わんばかりの満面の笑みで、彼女を迎え入れる。


「あのね。私……魔王種のこともそうなんだけど、食物連鎖とか、自分の知っていることばかりに拘って……ごめんなさい」


 ジェイはきょとんとした顔をして、俯き加減なかえでを見つめた。


「二人で遊んでるんだから、そんなの全然いいよ。それよりさ、なんで上手くいかなかったのか教えてよ」


 ジェイは分からないことがあれば、迷わずかえでを頼る。ジェイはかえでの手を取り、緑色に輝く魔力の膜の卵と、魔力を込める前のままの鉄鉱石を見せた。


「う~ん。エイムさんの話が本当だとするなら、この緑の卵の中も、動いてはいるけれど『生きてはいない』のかもしれなくて………。そもそも、ジェイは何を作ろうとしてたの?」


「武器?」


「なんで疑問形なのよ」


 かえでがジト目でジェイを見つめる。


「だって卵が孵らないんだもん。それなら素材にして武器にしようって思うじゃん」


「魔物の卵を素材にするなんて、でも……」


(生きていないなら、それはただの素材と変わらない……?)


 かえでは再び考え込む仕草をして、小さく呟きながら自分の世界に入り込んだ。


(ジェイが創るスライムには『核』がなくて、同じように生きていなくて、

 生きている魔物には『核』がある。

 それならジェイの創る核のないスライムは……)


「スライムは器になり得るのかもしれない」


 かえでが、確信めいた何かに辿り着いた。


「かえで、全然わかんないよ! もっとちゃんと教えてよ」


「そうね。もしかしたらなんだけど、スライムを『器』にして、鉄鉱石を『核』にする。そして最後にこの卵を……ほら、剣の時みたいに炎の魔法式を描いて、この三つを溶かすように混ぜ合わせるの。そうすれば、新しい『生きた魔物』になると思わない?」


「え? 武器を創るんじゃないの?」


「武器の材料に卵を使うのは、流石に無理があると思うわ」


 かえでがあっけらかんと答える。


「あはは、やっと、かえでらしくなったね。さっきまでずっと悩んで、考え込みすぎだよ」


 ジェイが笑うと、かえでもつられて頬を緩めた。


「それで、何の魔物が生まれるのかな?」


「それよね……。ねえ、さっきの『妖精の鱗粉』もここで使ってみたらいいんじゃない?」


「ぷぷぷ! なにそれ、なんでも混ぜれば上手くいく、みたいな」


 ジェイが堪えきれず吹き出してしまう。


「なによ、ジェイのくせに!」


 ジェイとかえでは「鱗粉も二つあるし、卵も二つにしちゃおう」「はぁ……ばか」なんていつものお約束の会話を弾ませながら、わいわいと楽しそうに「新しい命」の準備を始めた。


 神々の間での緊張感も、魔王種誕生の衝撃も、今の二人にとっては最高のスパイスに過ぎない。オレンジ色の夕陽の下、前代未聞の「命の錬成」が幕を開けようとしていた。

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