#4 魔物の進化はどうするの~その1、幼体に戻そう~
目の前に広がるオレンジ色に照らされる緑の絨毯に寝そべり、どこまでも続きそうな地平の彼方とオレンジ色に染まり揺れる木々に息を大きく吸い込み、あてのない夢のようなたわいない話をしている。だってこれは、彼にとってはまだ夢の中で、現実ではありえないこの風景と彼の求める世界のままに――
「風がとても心地いいね」
「ええ」
顔や手足が包帯で巻かれ、額から伸びた角、背後にはふさふさの尻尾が見え隠れしている。肩まで伸びた赤い髪にオレンジ色のコントラストがとても綺麗でよく似合う。
「ジェイ、今日こそ魔物を決めるのよね」
「・・・」
『保有しているダンジョンポイントは2,066です』
聞いてもないのに門が空気を読んだかのように答える。それもそのはずで、このやりとりがかれこれ十日も続いている。なかなか門から呼び出す魔物が決まらないのだ。かえでとジェイの同じ長さの影法師だけが時間がまるで経ってないかのように同じ長さを刻み続けている。
「もう、蜂か蜘蛛か、甲虫、羽虫いっぱいあるじゃない」
「それ全然かっこよくないし、かっこいいのはダンジョンポイントが足りないよ。
このカブトムシなんて5,500なんだから」
「ディセクト・リッパ―ね。 それはユニークな上にネームド個体なの!」
「誰がそんなの決めたの? ユニークとかネームドとか」
「過去ダンジョンに実在した魔物よ。 私は出来ないけど存在進化の果ての1つなんだから」
「そうだ! 迷わずに魔物たちがそうなるような力が欲しい。
そんな魔物を最初から育ててみたいな」
『ダンジョンポイント2,000を消費し、“いたずらなる進化判別”を取得しますか?』
「流石にそんなポイントで得られる能力でユニークやネームドが作れるとは思えないわ。
ダンジョンの食物連鎖で至ることができた頂点が、更なる条件を達成してなるような魔物なんだからッ!」
「ううん。 僕はしょくもつれんさ?じゃなくて自分で育ててみる。
はい。 取得します」
「もう! 勝手にすればいいのよ」
かえでが呆れ顔でジェイを見て“ぷいっ”とそっぽを向いて拗ねてしまう。
「また貯めればとかじゃ遅いんだからね。
生態系を作るのが王道なんだからッ!」
ジェイの後ろでぶつくさと呟くかえでの言うことはもっともである。魔物が増える仕組みが無ければ、ダンジョンはあっという間に冒険者に踏破されてしまう。なによりダンジョンは、冒険者の世界よりもずっと狭く、その上、資源量で圧倒的に劣っている。
「羽虫を10匹お願いします」
かえでの忠告を受けながら、ジェイは残ったダンジョンポイントで何を呼び出すか決めたようだ。
『ダンジョンポイント60を使用し、羽虫10匹を生成します』
オレンジ色に染め上げた草原の上に立つ茨が巻き付いた門から1匹そしてまた1匹と羽虫が現れる。かえでの言う通りだったのかもしれない。呼び出した魔物は、使用したダンジョンポイントに見合わないほどに脆弱に見えた。
「ジェイ、羽虫は基本的に全部メスよ」
「なんか羽虫っていうより、かわいい蜂みたいだね」
薄い透明な羽が暁の大渓谷の夕日のようにオレンジ色に染まる。ふわりとした灰色の綿毛がその胴体を包んでおり、丸みを帯びて魔物というよりは何か脆弱なただの虫のように見える。違うと言えば、その体が風船のように軽く大きいところだろう。
「ジェイのイメージを反映しているのかしら、あまり見ない品種ね」
「なんていう魔物なの?」
「あたしにもわからないことはあるわよ。
そんなに気になるなら門に聞きなさいよね」
「う~ん。 いいや」
しばらくしてジェイは10匹の羽虫を並べ始め、2,000ものダンジョンポイントを費やし手に入れた“いたずらなる進化判別”を試そうとしている。
「それじゃぁ。 まずは君から」
“進化値1”
「わあぁぁ! 頭の中に何か聞こえてきたよ。 進化値は1だって」
「進化値なんて言葉、初めて聞くわ」
ジェイがその調子で10匹の羽虫を判別し分かったことは、そのすべてが進化値1だと言うことだった。
「ぜんぶ1だね」
「全部1ね」
かえでが呆れ顔でジェイを見ている。
「でも、まだいたずらしてないよ」
ジェイが2匹の羽虫に触れ“1+1は2だよ”と言うと、途端に1匹の羽虫は羽が抜け落ちて幼体に戻った。
「ほら、やっぱりこの数字にいたずらできるんだよ」
しかし、もう1匹の姿かたちは変わってはおらず、見た目だけではなんの変化も感じられない。
「みて、こっちの子はたぶん進化値2だよ」
ジェイが羽虫に触れる。
“進化値2”
「ほら、やっぱりそうでしょ。 そして、こっちが進化値0のはずだよ」
ジェイが幼体に触れる。
“進化値0”
ジェイは得意げにかえでに言うが、かえでには1匹の魔物が弱くなってしまっただけのように見えたようだ。とても、悲しそうなまなざしで幼体に戻った1匹を抱え上げる。かえでの表情にジェイは気付かないまま、また他の羽虫に触れて幼体に変えてしまう。
「これ悪くなってるじゃない!」
「そんなことないよ。 ほらこの進化値2の2匹を合わせたらきっと3になるよ」
「4でしょ?」
「え、違うよ。 2と2を合わせると3になるんだよ」
かえでは何をいっているのかさっぱりわからなさそうに首をかしげる。そう言ってジェイが進化値2になった2匹に触れた。先ほど同じように1匹が幼体に戻り、もう1匹に変化が無く全く同じかと思われた瞬間、口から糸を吐き始めると繭を作ろうとする。
「こんなのあたし知らない。 食物連鎖なら新しい命に新しい魔物の兆しが生まれるの。
毒性が強くなったり、体の一部が強化されたり、ほんのちょっぴり変化の積み重ねのはずなのに……」
しばらくふたりは繭が出来上がるのを見た後、ジェイは繭にそっと触れる。
“進化値3”
「ほらね。 2と2を合わせたら3でしょ?」
「そんなことよりジェイ、ちゃんと説明してよ。
あたしには何が何だか全然ッ、分からないわ」
「数字を大きくしていくとすごくなっていくんだよ。
あとは、かえでが言うみたいに経験値とかが普通だよ」
そこにはかえでの知る常識はゼロで、聞いたことがないようなことを自信たっぷりに説明するジェイの姿があった。
『すべてのダンジョンマスターが最初の魔物を存在進化させたことが確認されました。
マスターと守護者を、神々の間へ転送いたします』
先ほどまで同じようにオレンジ色に染まる草木が見えていた門の先が、荘厳な大理石で敷き詰められた回廊に変わっている。それを見てジェイが慌てたように、
「エイムさんにこないだのお礼しないとだった。
たしかエイムさんの守護者は、剣じゃなくて鎌を持っていたよね??」
「そ、そうね」
かえでは少し上の空になりながら空返事をする。
「えっとデーモンロードだし、やっぱり闇がかっこいいし、スライムも準備して急いで作らなきゃ」
“ぽこぽこ”
ジェイの目の前の何もなかった空中に水滴があつまって、驚くほどに透明な水玉がそこに生まれる。炎の様に赤い幾何学模様が水玉を包み込んでいる。水が“どろり”と飴細工のようにオレンジ色に染まり、空中から草の上に流れ落ちると緑に輝きを放ちスライムが生まれる。
鉄鉱石がごとりと音を立てて、積み上げられた幾ばくかがジェイの足元へ移動する。
スライムと鉄鉱石が浮き上がり、炎の様な赤の幾何学模様がそれらを包み込む。その幾何学模様に溶け込むかのように、スライムがひときわ猛々しく燃える赤を体現するかのように染まり吸い込まれる。魔力構成式が二重に展開され、程なくして赤を補助するオレンジが辺りを夕焼け空のように世界を照らすかのように鉄鉱石を“どろり”と飴細工のように溶かしながら魔力痕を刻み込んでいく。
「ジェイ、闇なんて聞いてないわよ」
両手鎌があらわれたその瞬間、大地に緑息吹を呼んだ生命の増殖を意味する緑の光が刀身から放たれ、それを否定するかのように刃先が暁の大渓谷の夕日すら吸い込むような、存在すら認識させない真っ黒な暗黒の黒点を作り出す。世界を照らす門がここに生まれたように、その鎌は世界を脅かすためだけに生まれてきたような禍々しさを孕んでいた。
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