#3 人知れず魔法に新たな1ページを加えていました
少女は弟が先に魔法に関わる何かを見つけたことで、自分も何か見つけないと焦っているのだろう。水底を調べて周囲の壁面に注意を払って辺りを見回しながら立ち上がった。そのとき首から下げていた学内通行許可証が水面に“ひらり”と落ちる。水の流れは中央の吹き抜けになっている穴の真下を中心に、少女の学内通行許可証と一緒に大広間の外周へと流れているようだ。
「あっ」
少女が気付いた時には、学内通行許可証は外周と壁の隙間に落ちる直前だった。慌てて少女が追いかけるが間に合わず、隙間に学内通行許可証が落ちていく。少女が壁にたどり着き、水が吸い込まれている隙間に手を伸ばす。
「ふぅ。 よかったわ、引っ掛かってくれている」
学内通行許可証は外周と壁の隙間で、何か赤黒い十字を描いている金属に引っ掛かっていた。
「冷たいッ」
少女が水の中に手を伸ばすと何かに刺されたように冷えきっていた。慎重に黒い十字を描いている金属と一緒に学内通行許可証を引き上げる。緑の光が水面から浮き上がっていき、少女は息をのみ、見つけたそれをゆっくりと引き上げる。
「なに、こんなの見たことない」
少女の手には刃先が氷のような冷気を纏って青白く綺麗で、それでいて大地の息吹のような緑の光を放つ赤黒い不思議な鉱物で鍛え上げられた片手剣が水面よりあらわになる。その瞬間大広間に緑の光がキラリと輝いた。
離れた場所で夢中になって書き写していた弟でさえ手を止め、甲冑の欠片と石をその場に残して姉の少女のところへ駆け寄る。
「すごい、すごいよ‼ もしかしたら、歴史的な発見だよ!」
「そうよね! そうよね! これで二人とも魔法学校にいけるわ」
二人は興奮冷めやらぬ中、中央から流れ落ちる水音と、この不思議な緑に光る片手剣の光の中で飛び跳ねて喜んだのだった。
それから少女と同じくらいに小さな男の子の姉弟が、剣と甲冑の欠片を持って職員室に戻ってくる。山のように本を乗せた机から腕だけを覗かせて、“すぐに行くのでそのまま”と散らかった足元から寝ぐせの酷い男の職員が顔を出して答えてすぐ本を“がしゃり”と倒して転倒する。
転倒したことを気にも留めずに、すぐさま眼鏡を“かちゃり”と掛けなおして、少女の抱える片手剣に駆け寄って緑に光を放つ刀身と青白い刃先を前に目を丸くする。
「こんなことあり得ない。 いいからすぐ来て、ああ、でもこのままだと」
男は上着を脱いでそれで剣を包むように少女に渡すと説明もほったらかしたままに、二人を連れて校舎から出て、中央の並木道を抜けて、整備された石畳の区画に踏み入る。そこからは、最初に廻った塔が太陽の方角に見える。魔法学校を中心に四方を囲む4つの塔と、その塔の影が伸びた先の中央に位置する国の中枢機関のその入口、寝ぐせの酷い男性職員が守衛に誰かを呼んで貰えるよう頼んでいる。
「すごいことになったね」
「それだけすごい発見だったのよ」
二人は入口近くの木陰で話しをしている。そんな二人に話しかけようと近づく耳の尖った銀髪のエルフ――
「彼の言った通り、いままで感じたことがない魔力を感じる。
あんなに慌てた彼を見たことが無かったから笑ったよ」
その後ろでは寝ぐせの酷い髪を撫でる職員の姿があり、少しでも直そうとしているのだろう。
「ちょっと見てもいいかな。 僕は魔法院の長をしているグラール=ハウゼン」
少女は両手に抱えた剣を掲げて包んだ上着をほどくと、そこには刃先が氷のような冷気を纏って青白く、それでいて刀身は大地の息吹のような緑の光を放つ赤黒い不思議な鉱物で鍛え上げられた片手剣があらわになる。
「振って貰えるかい」
少女は頷いて頭上に構えて振り下ろす。途中、頭上の木の葉が刃先に当たり“パキッ”と音を立てて凍り付く。それを見てグラールから笑みがこぼれた。
「世界で初の氷属性の顕現だよ。 遺跡の奥があって、四属性にない属性に続いていたらどんなに良かっただろう」
魔法院の長、銀髪のエルフが遠い目をして空を見上げる。二人は人生で初めての濃密な時間に、まだ夢覚めやまぬように目を輝かせていた。この日、魔法に新たな1ページが加わることになった。世界に四属性以外の魔法の存在が明らかになる。少女が遺跡で見つけた一振りの剣が、世界に氷属性の魔力構造式が組めることを明らかにしたのだ。
そして、弟の男の子が見つけた魔方式も二重構造式として、構造式を分割展開することで形状や性質を変えることが出来ると学校の教科書に載ることとなる。弟はそれがきっかけで塔の研究機関の門を叩き、姉の少女は近衛騎士の誘いを断り氷の微笑と呼ばれる冒険者になったのだと言う。
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