第二話。お客様の中に通訳のできる方はいらっしゃいませんか!?
異世界言語は逆から読むとだいたい意味がわかります、読みにくいけど。
「ダンナラムノチタシタッア、コッコ、ヨタイッツ」
女子に手を引っ張られて走ることしばし。相変わらず言葉の意味は分からないが、足を止めたところから、どうやら目的地に着いたらしい。
視線を前へ向けると、ちらほらと平屋が見える。喧噪ってほどのざわつきがないところからして、町よりは村っぽい。
視線を前へ向けただけで、区切り線のない空が視界に少し入ってくる。俺の暮らす所もそこまで建物が高いわけじゃないけど、歩道橋やらなにやらで空は区切られがち。だからこの区切り線のない空は、なんだか懐かしい感じがする。
改めて女子に視線をやると、木の実がめいっぱい入った篭を右腕から下げていた。もしかしたら、俺を助けてくれたのは偶然の物のついでだったのかもしれない。
理由はどうあれ、このピンク髪に翡翠色の目をした女子が命の恩人であることに変わりはない。すげえカラーリングしてんな、とはまかり間違っても言ってはならない、けなす意図がなくてもな。
「えっと。ありがとな、助けてくれて。理解してもらえるか、わかんねえけど」
一息つけたからか、お礼がすっと出た。俺の言葉に女子は芽をパチクリさせている。やっぱ、わかんねえよな。
「テシマシタイウッド」
「通じた?」
俺が驚いたのは、女子が笑顔になって言葉を返してきたからだ。伝わってほしいことが伝わった手応えは嬉しい。
歩き始めた女子に続く。治安の悪い場所じゃないといいな。この心配、女子の雰囲気からするに杞憂っぽいか。
「マイダッター」
声をかけながら、一軒の家の玄関ドアを開ける女子。声の感じと状況からして、今の呼びかけるような言葉は「ただいま」だろうか。
「お、おう。お邪魔しまーす」
向き直った女子に手招きされたので、不安と期待の乗った足取りで、そーっと家に入る。ジェスチャーが同じ解釈でいいのは助かる。
靴を脱ぎたくなったけど、どうやらその習慣はなさそうな玄関の様子なので空気を読んだ。土足で家の中をうろつくのに抵抗あるけどな。
ううむそうだなぁ……ホテルとでも思えばいいか。生活感たっぷりあるのはさておいて。
どうやらリビングだろう広い部屋に案内された。両親と思われる男女と、じいちゃんばあちゃんと察せる白髪の男女もいる。
父親の方が翡翠色の目を、母親の方が赤い髪をしている。恩人の女子は、この二人の色をまさに受け継いだ色を持ってるな。
両親共々すげえカラーリングだなと、やっぱり思った。
トコトコ慌ただしい足音がしてるから、ちびっこもいるかもしれない。大家族だな。
そんな異界ファミリーは、一様に俺を見て目を丸くしている。
そりゃ木の実採集に出かけた娘が、見知らぬ男連れて帰って来ればそうなるだろうな。
「ええっと……娘さんには危ないところを助けていただきまして、その勢いで連れてきていただきましてござまいましてですね」
一応経緯を説明してはみたものの、居心地の悪さと心が落ち着いてからの異世界人との初コンタクト、しかも初対面相手ってことで緊張してしまい、途中から自分でもなにを言ってるのか、かんだことを除いてよくわからなくなってしまった。
俺の言葉を聞いて、異界ファミリーはにわかにざわついた。異世界言語に困惑するのは当然だよな。
「テテッマトッヨッチ」
俺になにかを言うと、命の恩人は部屋から足早に出てってしまった。残された俺たち、異界ファミリーは俺になにを言っていいのかわからないようで、顔を見合わせている。
おいおいマジか? こんな気まずい放置ある? どんな拷問だよ!
早く戻ってきてくれと一心に祈る。祈るしかねえ。
命の恩人は、なにやら小さなボウルみたいな物を持って戻って来た。
俺、どれぐらい小さくなってたろうか。大した時間じゃないとは思うけど、えっらく長く感じた。助かったー!
「なんだ、それ?」
ボウルを指さして尋くと、中身が多いのか慎重にテーブルにボウルを置いてから、命の恩人は言葉を返してきた。
「ヨルオナグッス、ラナイラクレッソ。ラカダリスグズッキ、レッコ、テレイヲッテ」
フレーズ毎のジェスチャーからするに、どうやら俺に、ボウルの中に手を突っ込めって言ってるらしい。
「こん中に……か?」
またボウルを指さして尋くと、軽い感じで頷いた。
「いったいなにが入って……なんだこの濃い緑の液体は?」
ボウルを覗き込んで顔をしかめた俺に、じれったそうにうなる命の恩人。
「いや、そんな早くしろ、みたいにされても、って うわっ!」
俺の態度にしびれを切らしたようで、命の恩人は俺の右手首をふん掴むと、問答無用とばかりにボウルにぶち込みやがったのだ。
やがったのである!
「つめた痛ってえええっ!」
間髪入れずに左手首もボウルにシュートしゃーがった命の恩人。しかも両手とも俺の手首をホールドしっぱなしであるっ。
「あ がああっ! しみる、しみるってマジ!」
この野郎なにすんだと睨み付けてやろうと思った矢先、命の恩人は両手を同時にボウルから引き上げた。ポタポタとボウルに滴がたれている。
「ん、あれ。ぜんぜん痛くねえな……?」
ぽかんと、たぶん間抜け面で言葉が漏れた。そういや、手に擦り傷あったんだっけ。上京の急展開についてくので手一杯で、すっかり忘れてた。
「俺自身忘れてた傷、治そうとしてくれてたのか」
衝撃でかすぎてお礼が続かねえ。
初対面相手になんて気の回る人なんだ。しかもこっちは謎言語使う人間なんだぜ?
人間できすぎだろ……!
俺が驚愕してる間に、なにやら恩人は両親と話てたようで、立ったままだった彼女は、
「テキテイッツ、ラカクイロコトノウロウヨッチ」
と俺の肩を軽く押しつつ、玄関の方へとんぼ返りだ。
「マサミカッマ、イサダクテッヤテッイ」
父親に玄関の方を指さしながらなにかを言われた。
「彼女についていけ、と?」
自分を指さした後に玄関側を指さして、なんとか会話を成り立たせようと試みる。すると父親は頷いた。
頷き返すと俺はお邪魔しましたと会釈してから席を立って、玄関へ歩いて向かった。
「ヨクッイ」
なにやら不機嫌そうに言うと、未だに名前のわからない命の恩人は歩き出した。なので俺は後に続く。
前言撤回だわ。
傷薬であろう緑の液体の時もそうだったけど、いかんせん気が短すぎる。いい人には違いないけど、この辛抱弱さは人間がデキてるとは言い難い。
でも、今の恩人は緊張してるように見える。というか、よく見たら右手と右足同時に出てる。
マジかよ、こっちだって状況把握できる要素ほぼなくて落ち着かねえのに現地民がど緊張するとか、ソワソワが止まんねえッ、ってなるだろ!
そんな俺の心境なんぞしるよしもなくサクサク進む命の恩人。俺は周りを見回しつつ、恩人を見失わないようにして歩く。
我ながら忙しい視線の動き、目が回りそうだ。なので進行方向だけを見るようにしたら、他の建物より明らかにでかい物が見えた。
ファンタジー作品なら、この手の奴は村長とか長老とかそういう、いっちゃん偉い人のうちなのがお約束だけどリアルはどうなんだ?
と考える間にナビゲーターさんは、迷わずでかい家に向かっている。
マジかよ、そういうとこ行っちゃうのかよ? 俺、いったいなにされるんだ、この先で!?
心の準備、アーユーレディ? ノー! だわ! 掌に人の字いくら書いても飲み足りねえわ! 空気飲み過ぎて気持ち悪くなる自信あるわ!
おまけにさ、鼓動がはええよ、うるせえよッ!
なんぞと無闇に状況を5 7 5にして自己中継とかいう、我ながら意味不明なことするほど緊張してんよ! わけわからん状況で偉い人んとこつれてかれてるとか、パニクるなって方が無理だぞマジで!
どんな拷問だよ第二弾とか売り出さなくていいから! ソールドアウトじゃなくてオンセール予定なくていいからッ!
とりあえず、誰か説明してくれよ! メロスのように走ってきてさ!
「ウロウヨッチ、ウロウヨッチ!」
玄関ドアをノックしながら命の恩人がなにか言っている、状況的に呼びかけてるんだろう。言葉とノックのリズムがあってて、危うく吹き出すところだった。
カチャリ、ドアが開いて、長い白鬚を蓄えたいかにも長老ですじゃという風貌のじさまが顔を出した。
「ヤジレダワンネウヨシノソガイナケカッミ、カルウル?」
俺を観てじさまは目を丸くして、なにやら命の恩人に話し掛けている。
「ウン、マサミカッマ」
相槌は「うん」なんだな。
「カウトンホ、ニッナ!」
なにを言ったのか、命の恩人の言葉にじさまは派手に驚いた。
「テミテッベヤッシ、ラッホ。ダンタッアデデリッモ」
俺になにやらジェスチャーで指示を飛ばして来た命の恩人。自分の口の前に横向きのチョキを出したかと思うと、そのチョキ指を同時に上下に何度も動かしている。
……もしかして、喋れ……って、ことか?
「あ、ええっと。どうも、このお方にはあぶないところを助けていただきまして」
目で聞いてみると頷かれたので、どうやら上下に動かされた指が口をパクパクさせてるように感じた俺の感覚は、間違ってなかったらしい。
「オオ! イゾヤジトコマ! ヤジトコマ!」
「なっなんだ!? いきなり騒ぐなよ心臓に悪い!」
さっきもそうだったけど、相槌やら驚いた声は俺側の言語と同じみたいだな。
「ルウルゾタシカッデ! イワヤジロコドチタゾンナクゾウトデレッコ! キリンニクヤヒバレサダクテイガマサミカッマ!」
なにやらご機嫌な様子のじさまであるが、俺が喋ったこととどう関係してんだ?
「デトコテッデマクコウホズエアリット」
「ウム。ナヤジヤシンカニミッカ」
引き続きご機嫌な様子のじさま、命の恩人にひとこと。それに「ヤジレッソ」と軽い感じで答えると、俺の手を掴んで元来た道へ歩き出した。
「用事は済んだみたいだな。俺の顔見せがしたかったのか。大したことじゃなくてよかったぜ~」
緊張がほぐれた。腕を思いっきり上に伸ばしたら、肩がポキポキ鳴った。
なんか右腕が妙に重たいし引っ張られるなと思ったら、
「あ、そういや手繋がれてたな。なくなったようでも緊張が抜けきってなかったぜ」
苦笑いだ。命の恩人の方は、「ギスブッニ」と吹き出したがなにが面白かったのやら。
「テッヤヂンコキマニウヨジジノラッム、ネンメッゴ」
突然立ち止まったかと思うと、なんだか神妙な様子の命の恩人。言葉がわからない俺はどんな顔をすればいいんだろうか。
「アナタッマッコ、カイナンカワバトコノチタシタアワマサミカッマ、カッソア」
なにかに気がついた様子で、苦笑いしている。
「ウロダデンナワノイナジンカヲクヨリマラカトヒノッコ、モッデ」
気を取り直したようで歩き出したが、直後なにやら不思議そうな声色でこう呟いた。
なんもわかんねえから、ただ無言でついて行くことしかできねえんだよなぁ。翻訳ないの厳しすぎやしませんか、案内人さん?
翻訳できる人か翻訳魔法の使い手でも現れてくれねえかなぁ? この調子じゃ精神もたねえぞ。