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第一話。魔法世界に転移どう?

「ファンタジー系のコスプレ衣装屋か。ビラなんて配ってるとこ見たことなかったけど、いつオープンしたんだ?」

 夏休み前の日曜日。なんとなくしてみた午前の散歩中、見覚えのない店が横目に入った。

 足を止めて覗いたガラスの向こうには、RPGで見るような革の鎧と盾があって、その質感が妙にリアルというか、衣装とは思えない完成度と迫力がある。

 そのオーラに引き寄せられるように、俺は店の入り口を探していた。

「武具屋転移堂?」

 見つけた入り口のドアには、そんな文字が書かれたシンプルな四角いプレートがかけられていた。

「完成度激高ファンタジーコスプレで気分は異世界転移、ってとこか?」

 ガチャリとドアを開けて店に入ると、エアコンとは違う天然の涼しさを感じた。

 けどおかしなことに、窓が開いてる様子がない、というより窓なんて開けても夏のぬるっちい風が入ってくるだけで、こんなさっぱりした空気は吹き込んで来ないはずだ。

「どうなってんだ?」

 値段がわかる物のない店を行きながら、この不思議な涼しさへの疑問を口の中で転がす。武具屋ってだけあって、外から見えた物以外に武器とわかる物もあって、これもやっぱり気味が悪いレベルのリアリティと迫力がある。

 こんな完成度の品揃えならお客がいてもいいはずなのに、俺以外に人の気配がしない。店員の姿さえもないのだ。

 ということは、もしかしたらスタッフがうっかりドアの鍵を開けちゃってて、本来はまだ開店時間じゃなかったのかもしれないな。

 家を出たのが十時ちょっと過ぎだから、今はまだ十時台。十一時開店の専門店は珍しくないからな。

 タイミング悪かった、開店前だろうし店を出よう。

 

 

「帰っちゃうの?」

 

 

 突然声をかけられて足が止まる。いったいどこにいたんだこの人?

 背後の声の主、声の感じからすると女の子って雰囲気か。

「君、退屈してるんだね」

 振り向くと、幼さの残る声の感じからすると少しは大人っぽい、それでも女性っていうにはやっぱり幼い感じだ。お姉さんじゃなくて、おねえちゃんさんって感じか。

「突然なんですか?」

「この転移堂はね、日々を退屈してる人が、その退屈に変化を起こした時にだけ入れる秘密のお店なんだ」

 いきなりなにを言い出すんだこの人は?

「そんな、ラノベじゃあるまいし」

「事実は小説より奇なりっていうでしょ?」

「こんな奇、聞いたことないですよ」

 

 

「そりゃ帰った人もいえないでしょうね、コスプレ衣装屋さんからリアル異世界転移した、なんて」

 

 

 なにを言ってるんだと思うものの、楽しそうに語るこの人の荒唐無稽な話は謎の説得力がある。並べられてる商品の奇妙なリアリティのせいだろうか?

 

「異世界てんい、ですか」

 

「もぅ、さっきっからノリが悪いなぁ」

「そんな楽しそうに奇妙な話を連発するからじゃないですか」

「そうはいうけど、こうして立ち止まってくれたから、君にはこの話をしたんだ。会話どころか立ち止まってもくれない人が多いから」

「文字通り出現するなんてファーストコンタクトの仕方が悪いと思いますよ。逃げますって、大概」

「でも君は逃げなかった」

 俺の返しに、あははと苦笑いしたかと思えば、なんでかちょっと不敵な顔でこういった。

 

「この店の奇妙な涼しさが気になりはしてますけど、驚いて固まったのがでかいですね」

 

 俺のセルフ状況説明を聞いたオモシロさんは、小さく「へぇ、鋭いんだ」と感心したように呟いた。

 

「よしっ、じゃちょっとまってて」

 

 なにがよしなのか、言うが早いか、俺の答えを待たずに、なにやら武器コーナーをガチャガチャとやり出した。いったい、なにをしようっていうんだろうな?

 

「質問です、直感で答えてね」

 

 準備が終わったのか、こっちに顔を向けてこんなことを言ってきた。心理テストでもするつもりか?

「剣かロッド、どっちを使いたいですか?」

 武器種を言いながら、手にしてるそれぞれをズイと俺の方に突き出して来た。思わず腰が引けちゃったんだけど、オモシロさんは「あはは、届くわけないのにおおげさだなぁ」っと吹き出しおったのである。

 

「笑うことないでしょ」

 

 理不尽な笑みに、軽い溜め息に不服を乗せつつ返した。

「ううん、こっちっすかね」

 改めて二つの武器を見て俺が指さしたのは、彼女がロッドと言った先端に宝玉がついた棒。

 わたくし魔法の杖でございますと、てっぺんの宝玉が自己主張してるように感じる奴。

 

「オッケ、ロッドね。ついてきて」

 俺の答えに頷いたら、そのまま俺に背を向けて店の奥に歩き出してしまった。

「リアクション見ないで行動起こすのはずるいよなぁ、ついて行くしかないだろ」

 ぼやきつつ店の奥に歩き出す。

 

「ところで、あなたはいったい何者なんですか?」

 

 テンションは嫌いじゃないけど、言動が怪しいこの人への警戒心は拭えない、だから俺の口調が堅いのである。

 

 

「わたしはルーラー、異世界案内人ってところかな」

 

 

 おねえちゃんさん改めルーラーは、地下へと続く階段を行きながらそう名乗った。

「君は?」

東山太美紀ひがしやまたみのりです」

「タミーね」

「そんなあだ名、付けられたことないけどな。センスも独特なんですね」

「ありがとタミー」

「いや……ほめたつもり、ねえっす」

 こんなやりとりをしながら階段を下りていく。電灯がないのか、空間がだんだん薄暗くなってる。

 

 

「ついたよ、ここから異世界に行けるんだ」

 

 

 立ち止まったルーラーの言葉に視線を前へしっかりと向けると、そこには二つのドアが左右に並んであった。

 それぞれのドアにプレートがかかってて、剣の人はこちら ロッドの人はこちらと書いてある。ロッドのドアは右側だ。

 

 

「タミー、このドアの先はほんとに異世界。今なら引き返せるよ」

 

 

 気遣うような柔らかい声色で、ルーラーは俺の顔をしっかり見て言った。

「ここでいきなり選択を俺に委ねるのか……?」

 ここまでマイペースに動いてたのに急に調子を変えられれば、誰だって真意をはかりかねる。

 

「気軽にいってらっしゃいできるほど、剣と魔法の世界はイージーじゃないからね。命はタミーの暮らすこの国より遙かに軽い。奇跡的にこの転移堂に来られたタミー、だけど転移先はわたしの管轄外だから命の保証はできないの。だから、最終決定はお客様にしてもらってるんだ」

 

「なるほど、そういうことか」

 ルーラーの真剣な眼差しと声色に、いやでも考え込まざるを得なくなった。

 

「一度できるかわからない異世界への冒険をとるか、この奇跡を忘れて店をデルかの二択……」

 

 頷いて俺は答えを口にした。

 

 

「すすむよ、俺」

 

 

「オッケ。それが君の意思なら、案内人としてのお仕事続けなきゃね」

「なんかあるのか?」

 明るい調子に戻ったルーラーは、俺の問い掛けに頷くと言葉を続けた。

 

「心構えが二つね」

 

「心構え……」

 思わぬフレーズに生唾を飲む、その音がやけにでかく聞こえた。

「うん。一つ、きっと君はこの異世界で大きな決断をすることになると思う。その時がきたら、よく考えて決めてね」

「大きな決断?」

「内容まではわかんないから、なにがその決断かは不明です」

「楽しげにいうなよ……で? もう一顧は?」

 そういや、気がついたらルーラーにタメ口になってんな俺。

 

「作戦、いのちだいじに!」

 

「さっきの説明あったんで、いわれるまでもないです」

 

「反応うっすいなぁほんとタミーってばーっ」

「コロコロテンションかわるなぁ、ほんと」

 俺の呟きをスルーし、「ってことで、注意事項でした」とラジオのコーナーの閉めのようなことを言った。

「あ、はい……」

 ほんとにマイペースだなぁ。

 

「ほんと、死なないでね。異世界案内人が黄泉の国案内人になりたくないからさ、寝覚め悪いし」

 

「善処します」

「うん。じゃ、いってらっしゃい、タミー」

「シリアスモードでもタミー呼びなのか」

 結局ルーラーのテンションについていけないまま、俺はゆっくりとロッドの人はこちらのドアノブに手をかけた。

 

 

 カチャリ。

 予想外にドアノブは軽く、一般家庭の部屋のドアとまるで変わらない気楽な手応えだ。

 ドアの軽さに拍子抜けしたものの、むしろその軽さに後押しされて、俺はガチャっとやった勢いで異世界へのドアを開け放った。

 

 

「うわっ!」

 今までいた空間が薄暗かったせいか、飛び込んできた強い光に思わず目を閉じた。寝起きに朝の日差しをみた時みたいに。

 次に俺に襲いかかってきた感覚は、強い緑の匂い。それにむせこんだ。

「むせかえるほどの緑って、ほんとにあるんだな」

 そういえば右手に握ったドアの感触がない。目をなんどかしばたかせて辺りを見る。

「なるほど、管轄外 ね」

 空間は開けていた。ルーラーの姿も開け放ったはずのドアも消えている。

 俺の周囲には木々、それしかなかった。

 

「異世界開始が森の中。下手したら一昔前のウェブラノベのシチュエーションだぞこれ」

 などと苦笑して呟いてみるが、リアクションする誰かがいる気配はない。

 文字通り右も左もわからないこの状況。ぐるっと見回して見ると、右後ろが少し木がまばらになってるとわかった。

「こっちいくか」

 このまばらな木の先に人がいると信じるしかない。

「もっといいスタート地点はなかったのかよ案内人さんさぁ」

 などとぼやいてみるも、帰ってくるのは遠くに聞こえる鳥の囀りだけだった。

 

 

 

「なんだ? 今、木の方でガサって言ったような……」

 

 気のせいじゃない。

 俺の動きを観察するように、俺に少し遅れてガサって来る。

 獣かはたまたモンスターか。いずれにしてもなにかに狙われたことだけは理解した。

 

 

 やばい!

 

 

 俺は見知らぬ道を木の少ない方に走り出した。

 なにかはわかんねえけど、とにかく逃げるしかねえっ!

 

 

「うわっ!」

 

 

 定番すぎだろ、躓いて派手にこけるとか……!

 まずい、足音が元気になりやがった! こけたのを聞きつけたぞ間違いなく!

 ちっくしょ草と砂利の地面じゃ、うつ伏せからは起き上がりづれえ!

 

「っぐっ!」

 

 いてえ。おもっきし地面に手のひら叩きつけて跳ね起きたから、軽く血がにじんでるわ。

 やべ! うなり声みてえの聞こえて来てるじゃねえか! 逃げろ逃げろ!

 

「くっそどうなってんだ、走っても一向に声も足音も遠ざかる気配がしねえ、それどころか微妙に近付いて来てねえか?」

 

 遊ばれてでもいんのか俺は?

 

「おわっ!」

 

 二度目のすっ転び、マジかよおい!

 獣の声がいよいよ近い、振り向いたら声の主見えるんじゃねえかレベル。

 

「いっつ、もっかい地面叩き起き上がりするには手に力が入れ切らねえな」

 なら勢い付けずに起き上がるしかねえ。

 おいおいおい! 獣さんゆっくり歩いてらっしゃるぞ、追い込み切った判断っすか勘弁しろ!

 

 

 なんだ? 獣がうめいたぞ? そうかと思えば前から走る軽やかな足音。

 

「ブウヨジイッダ?」

 

 引き起こされた。目の前には女子。

「え、今の……なに?」

 よくわからん言葉をかけられて困惑。女子の方も俺の言葉に目を丸くした。まったく理解できない俺とは、ちょっと違いそうな?

「ヨルゲッニ!」

 気を取り直した女子、また意味不明言語を発したかと思ったら、

「おっと?」

 俺の手をひいたまま走り出した。

「走るなら走るって言ってくれよな」

 困惑はしてるものの、人がいていっしょに逃げてる状況に、俺は少なからず安心している。

 前を走る女子の使う、通じる気のまったくしない異世界言語と付き合うことになるのかと、頭を抱えることができるほどには気が楽になった。

 

 

 理解してもらえるかはともかく、落ち着いたら、この命の恩人にはお礼しないとな。

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