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六ツ輪の轍  作者: いるっちぇ
第一章
8/11

第七話 “機動装甲騎”

帝国歴 5475年(革命歴 204年) 2月12日午前10時43分 

ティエンタン共和国  テガリス居留地 東方約50㎞


開戦 約八か月後



 「…だーん……ちゃく。」


 椅子の背にもたれ掛かりながら、戦闘服を着た青年、ソーマが呟いた。

 言い終えると同時に、彼の遠い視線の先で砲弾が炸裂し、小高い丘の地面が吹き上がる。

 僅かに遅れて着弾時の轟音が響き渡った。



 「…お、もう効力射が始まったんじゃねえか?あれ。」


 青年の隣で木箱に腰掛けていた兵士は、そう言ってマグの中に残ったコーヒーをぐっと飲み干した。

 空のマグを置くと、勢いよく立ち上がって隣に立つ女兵士が首から下げている双眼鏡に手をかける。


 「ッ…、ち、ちょっと、バルドル!! あんた自分の双眼鏡使いなさいよ!!」

 「うるせえな!! 操縦席においてきたんだよ。ケチ臭い事を抜かすな!!」


 不機嫌そうに睨みつける持ち主、ナンナを他所目に、バルドルと呼ばれた男は彼女の首から双眼鏡を外してそれを覗き込んだ。



 「……おおッ!! ハハッ!! 早速敵のトーチカみたいのが一つ吹っ飛んだみたいだぜ!!」


 バルドルは嬉しそうに声を上げた。


 「流石は帝国陸軍様だ!! ……あーあ、うちの砲兵隊もあんだけ優秀だったらなあ。」


 バルドルがわざとらしくため息をつく。


 「あれだけ盛大に吹っ飛ばしてくれりゃ、俺らが身体を張る事もないんだ。漉き返された敵陣の跡を走るだけで済んだらどんなにいいか…。」

 「おい。うるさいぞ、バルドル。」


 比較的大柄の兵士が、バルドルの愚痴を後ろから遮った。

 自身の拳銃の手入れをしながら、彼が続ける。


 「お前もいい加減、少しは海軍軍人としての矜持を持ったらどうだ。ここは戦場だ。もう候補生期間は終わったんだぞ。」


 バルドルは一瞬ムッとした表情を浮かべたが、すぐに飄々とした表情を浮かべた。


 「…はいはい、そりゃあ申し訳ございませんでした。全陸戦隊員の範になる軍人さんとして、これからもせいぜい意識高くやってくれや、ヘズ一等兵曹さんよ。…おいオシリス、お前も見てみろよ。」


 バルドルは大柄なヘズを冷やかしてから、横に座っている小柄な男子の方に双眼鏡を突き出した。

 オシリスと呼ばれた彼が顔を上げる。


 「ちょっ…、だから、あんた勝手に…!!」

 「おい。その双眼鏡はナンナのものだろう、返してやれ。オシリス、俺のを使うといい。」


 ヘズは右手に持った拳銃の部品を覗きこんだまま、左手で自身の双眼鏡を隣のオシリスに差し出した。


 「あ…ありがとう。」

 「……ちっ。善人ぶりやがってよ。」


 バルドルはそう毒づきつつ、ナンナの首に双眼鏡をかける。


 「流石はヘズ君ね。」


 ナンナがそういってからバルドルの顔を下から覗き込むと、彼は露骨に不機嫌そうに視線をそらした。



 オシリスが受け取った双眼鏡を覗き込む。


 「わあ…すごいな。」


 濛々と上がる煙のふもとで、次々と爆発が起きている。

 ふとオシリスが何かに気付いたように双眼鏡越しの視線を下方に下げた。


 「…え? あ…あれは。」

 「? オシリス、どうしたの?」


 ナンナはオシリスの横顔に尋ねたが、すぐに戻って来た双眼鏡を手に取りオシリスの見ている方向を追った。

 丘のふもとで、人間の集団が歩いている。


 敵軍ではない。民間人だ。

 こちらに向かってくるでもなく、向こう側に逃げるでもなく、前線の脇に逸れるように集団がゆっくりと左手に向かって歩いていく。


 「あ、あれって、難民…じゃないの? 大分着弾点から近いところを歩いてるけど。」


 オシリスが顔を上げて問いかける。


 「…あ? そりゃあ、難民も出るだろ。現地人の町もすぐ近くにあんだからよ。」


 バルドルが呆れるように答える。


 「ある、というかあったんだ。昨日まではさ。」


 後ろから背もたれにもたれ掛かったままのソーマが、空を見上げながら呟いた。


 「今回の戦闘、敵はこの辺り一帯の複数の集落を拠点に選んだらしい。街を陣地化するんだ。そりゃ住人の居場所はなくなるよ。」

 「そんな…もうこっちの攻撃も始まってるのに…。どうして…。」


 ソーマの言葉にオシリスは再び双眼鏡を覗きながら、心配そうに呟いた。


 「…さあな。人間様にしてみりゃ、投降したくねえんだろうよ。我々のような小汚い野蛮人なんぞには。」


 バルドルが答える。


 「これでうっかり流れ弾でも飛ばしてみろ。戦時法違反だとお叱りを受けるのは我が軍の方だ。…ま、今回なら陸軍さんのせいだな。」

 「……。」

 「ま、俺らが未開人なのも事実だしな!! 人間様がうっかり“助けてくださーい!!”、なんていって獣人に近づいたら、俺らに食べられちゃうだろ!!  ハハハハハ…!!」


 バルドルがそういって下品に笑い始める。


 「…バルドル、いい加減にしろよ。お前は帝国軍人を愚弄するのか?」


 ヘズは拳銃を置くと、顔を上げてバルドルを睨みつけた。


 「……はっ! 現にそういうもんだろうが! 人間側の認識なんてよ。」


 バルドルが答える。


 「人間側が俺ら獣人に真っ当な理解を示してくれてる世界なら、そもそも今度の戦争はなかったよ。はるばる内地から、こんなきったねえ大陸にまで引っ張り出されてよ。」


 そういってバルドルは指を指した。


 「そういう意味では、そこに座ってるもう一匹の真面目くんにもご理解いただけるんじゃねえのかな。なあ? ……ウルさんよ!」



 少し離れたところで座っていたウルに、バルドルは呼びかけた。


 「おい、ウル!!」


 「……………知らないよ。」


 ウルは前線を眺めたまま、答えた。


 「ふんっ、良かったな! お前もよ!! これからやっと好きなだけ人間をぶっ殺せるんだぜ!! 自分の手でよ!」

 「…………。」


 ウルはそれには反応せず、前を向いたままマグをすすった。



 バルドルは振り返ると、背後を通り過ぎようとしていた女兵士に怒鳴りかける。


 「おい、そこのメガネ女!! コーヒー淹れてこい!! そこに俺のカップがある。」

 「ヒッ!!…あ…! は…、はい!」


 声をかけられた彼女はバルドルのマグに駆け寄ろうとする。

 ナンナがそれを手で制した。 


 「あーあー。聞かなくていいよウカちゃん。それは放っておきな。」

 「…あ! は、はいっ!!」


 気弱なウカはナンナの声で、申し訳なさそうにその場を立ち去ろうとした。



 「………ちっ! 余計な事を。」

 「バルドル。あんた、自分で入れてきなさいよ。あと、ついでに私の紅茶もね。」

 「いや、なんでだよ。」


 バルドルがナンナから突き出されたカップを押し返す。




 その時、20mほど後ろの倉庫の入り口で壮年の男性が声を張り上げた。


 「第二分隊!! 集合だ!! 急げ!!」


 その声で全員が一斉に男の元に駆け寄る。


 「お疲れ様です! チヨウ分隊長殿!」

 「ご苦労。皆揃っているか。」

 「はっ!」


  一列に並んで敬礼を返す若者らに、チヨウ大尉は堅い表情のまま軽く答礼した。



 「……いよいよ、我々 “第十三機動装甲隊” 初の出撃だ。只今より、今後の動向を説明する。傾注せよ。」

 「はいっ!!」


  チヨウが地図を机の上に広げる。


 「現在、陸軍の主力が東へ進撃を開始し、例の高地を落とす事となっている。我々は南に進出し、陸軍の第108連隊隷下の歩兵と共同でこの左側面を支援する形となった。」


  そこまで述べるとチヨウは赤鉛筆を取り出し、ぐるりと地図上に円を描く。

  ウルらの視線が鉛筆の先を追う。 そこは小さな集落のように見えた。


 「…南部のこの手前の町の付近一帯に、現在敵が立て籠もっている。偵察機や斥候からの情報を踏まえれば、規模は恐らく一個大隊弱の規模だろう。ある程度の陣地構築は済んでいるらしい。街の入り口にも銃座を構築して待ち構えている。」


 チヨウが顔を上げる。


 「これに側面より回り込み、背後から敵の守りを崩すのが今回の我々の任務だ。つまり、友軍砲兵が除ききれなかった主要目標を排除し、ここを制圧する歩兵の露払いをしてやるのが役目というわけだな。」


 チヨウは自身の前に並ぶ若者らの目を右から左にゆっくりと眺める。


 今一つ実感の湧いていないような、若々しい目…。


 彼は再び口を開いた。


 「陸軍の尻を拭いてやりながら、花も持たせてやる。まったく馬鹿な話だ。」

 「……だが、成功すれば我々“機動装甲兵”の威力を全世界に示す事が出来る。世界の陸戦そのものの形がまた一つ大きく変わるだろう。やってくれるな、貴様ら。」


 「…はっ!!」


 兵士たちの反応を確認するとチヨウは小さく頷いた。  


「…主に警戒すべきは主に対戦車砲と迫撃砲、それに大口径の機関砲だ。特に対戦車砲は直撃すればどの部位であろうと大抵ほぼ一撃で撃破される。配備されていた場合は優先的に撃破しろ。機関砲も今までから再三言ったつもりだが、決して正面から受けるな。操縦席の風防を抜かれる。いいな。」

「はいっ!」

「最近の敵は装甲目標に対する火砲の充足率は著しく低くなりつつあるとの声もあるが、決して油断はするな。 いいな!」

「はいっ!」


 そこまで話し終えると、チヨウは地図を畳み始めた。


「説明は以上、何か質問あるか。無ければ、時計を合わせる。」


 チヨウが腕時計に視線をやると、対面の若い兵士らも一斉に自身の時計を触り始めた。


「現在、ヒトヒトマルマル、10秒前……5、4、3、2、1、只今! 1、2、3、4、5……以上。 一時間後に移動する。今からすぐに食事をとっておけ。 解散!」


 チヨウ分隊長はそう声を張り上げてから振り返ると、ウルらの敬礼を背に奥へと戻っていった。





「…いよいよ、実戦か。」


 ナンナが歩きながら、そう呟いた。


「うん…。チヨウ隊長、重苦しい顔をしてたな…。」

「そりゃあね。分隊長になったんだから、色々責任もあるだろうし。」


 オシリスの言葉に、ソーマがそう返す。


「単に自分の命の事だけ気にかけてりゃいい俺らとは違ってな。」

「おい、さっさと来い! 飯を食う時間がなくなるぞ。」


 集団の中で一人前を歩いていたヘズが、他のメンバーを振り返った。


「はいよ! …あいかわらず、真面目というか熱心な奴だなあ。ホント。」


 ソーマが苦笑する。


「ね、ウカちゃん。」

「あ、は、はい…! み…皆さんの面倒をよく見てくださる方で…!」


 唐突に話題を振られたウカがおどおどとした様子で答える。


「…こいつホント、よくこの喋り方と性格で軍人の試験に受かっ…イタッッ!!」


 後ろで呟いたバルドルの頭を、ナンナが殴った。 


「ハハ…。ま、でも実際この戦いは大事なものだろうね。多分まだ、機動装甲兵初の市街地戦って事になるだろうし。」


 ソーマが再び口を開いた。


「北部の戦線に行ってる第十二機装の連中も、この数日で多大な戦果を挙げたらしいし。俺らだって、あの程度の敵への攻撃くらいで遅れは取れねえって事なのかな。……な? ウル。」


 ソーマがウルの背中をポンと押す。

 ウルは小さな声で答えた。


「……うん。そうだと思う。」



 彼らの前方には、駐機された一個分隊 9機分の帝国の新鋭兵器、“機動装甲騎”があった。



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