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1.カレンは村を捨てられない


 コポポポポ……。


 きらめく琥珀色の液体が、透明な瓶に入っていく。

 慎重に最後の一滴を入れ、カレンはほっと息をついた。


「よし、完了」


 これで納品分は詰め終えた。あとは保存用を作るだけだ。


「トーマス、あとでこっちの品質を確認してくれる? 私は薬草を採ってくるから」

「ああ、分かった」


 近くにいた男性がこちらを見て、小さく頷く。それを確認し、カレンは手早くエプロンを外した。

 薬草園に向かうなら、ついでに草むしりもしておきたい。放っておけば雑草だらけになってしまうので、まめな手入れは欠かせない。


 婚約者のトーマスは、そうした作業を面倒がるので、いつの間にかカレンの仕事になってしまった。父親が生きていた時からしていた事なので、カレンにとってはなんでもない。外用の作業着をはおり、店を出ようとしたところで、妹のエイミーにぶつかった。


「きゃっ。汚いなぁ、もう。気をつけてよ」

「ごめんなさい。でも、ちゃんと洗ってるのよ?」


 嫌そうに服を払う少女は、とても可愛らしい顔をしていた。


 つやつやした金髪に茶色の瞳、少しわがままそうに見えるが、人形のような顔立ちだ。彼女はしかめっ面をしたまま、白い頬を膨らませた。


「そういう問題じゃないのよ。草の汁で汚れた服なんて、貧乏くさくてみっともない。あたしのお姉ちゃんなんて思われたら恥ずかしいから、そんな恰好で出歩かないで」

「そう言われても……」

「むしろ昼間に歩かないで。堂々と顔を見せないで、下を向いて歩いてちょうだい」

「そ、そこまで言う?」


 さすがにちょっと傷つくと、エイミーがぱっと笑顔になった。


「トーマス! いたの?」

「やあ、エイミー」


 片手を上げたトーマスに、エイミーが駆け寄って抱きついた。


「ねえ、あたし、村外れの雑貨屋さんに行きたい。連れてって、トーマス」

「え? だけど、まだ仕事が……」

「そんなの、お姉ちゃんにやらせておけばいいじゃない。どうせ薬草の世話しかできないんだし、それくらい構わないわよ」


 いいでしょう? と甘えるように腕を絡める。トーマスは困った顔をしていたが、その口元には笑みがある。二十五歳の彼にとって、十五歳のエイミーは可愛い妹に見えるのだろう。多少でれでれしていても、目くじらを立てるほどの事ではない。


 でも、と少しは思ってしまう。


 ――私だって、エイミーと二つしか違わないんですけど……。


 おまけに彼は自分の婚約者だ。さすがに距離が近い気がする――けれど。

 内心でよぎった思いを振り払い、カレンは見なかった事にした。


「じゃあ、私は薬草園に行ってくるから――」

「カレン」


 予想通り、その前に呼び止められる。


「悪いけど、残りの仕事を任せてもいいかな? 薬草園に行った後で構わないから。それと、あの、僕ちょっと、これから出かけてくるから……」

「――分かったわ」


 カレンが頷くと、ほっとした顔になる。


「ありがとね、お姉ちゃん。じゃあ行ってきまーす」


 べったりとトーマスの腕にもたれながら、エイミーがふふんと笑って立ち去っていく。トーマスは申し訳なさそうな顔をしていたが、エイミーに向けた顔がゆるんでいたのは見逃さなかった。


(まったくもう、エイミーに甘いんだから)


 いくら将来の妹とは言っても、甘やかしすぎじゃないだろうか。

 ため息をつき、カレンは薬草園へと歩き出した。






 薬草園は、店の裏手に作られている。

 実家の一部が店なので、実際は裏庭に当たる場所だ。日当たりがよく、水も空気も良質なので、わさわさと緑が生い茂っている。

 慣れた手つきで草を抜き、育ちすぎた葉を摘んでいく。これはこれで、ちゃんとした薬の原料になる。


 苦味が強いので、ポーションと呼ばれる回復薬には不向きだが、まとめて煮出す分には問題ない。

 それにしても、とカレンは嘆息した。


 エイミーに甘いのは知っているけれど、最近は少し目に余る。


 仕事中でもしょっちゅう抜け出すし、その間の仕事は自分任せだ。帳簿や買い付け、在庫管理に補充まで、いつの間にかカレンの仕事になっている。


 トーマスはそこそこ腕のいい薬師だが、最近では調合すらもカレンに任せ、自分は店の奥でのんびりしている。するのは品質の確認だけだ。そのくせ、売り上げは自分が管理すると言って、財布の紐を握っている。買い付けの事もあるため、ある程度の金額は渡されているが、日用品や食材を買う分はない。


 そのたび、いちいち頭を下げて「生活費をください」と言うのは少しみじめだ。だが、頼る者のいない姉妹にとって、彼は貴重な男手だ。機嫌を損ねるわけにはいかない。


 あと半年もすれば、エイミーが上級学校を卒業する。そうすれば授業代が浮くし、エイミーも稼げるようになる。就職したら家にお金を入れるのが進学の約束だったから、少しは負担も減るだろう。


 流れた汗をぬぐうと、まとめていた髪がぱらりと落ちた。


 赤毛に緑色の目のカレンは、どちらかと言えば父親に似ている。父親も同じ髪の色で、カレンよりも深い緑色の目をしていた。三年前に病を得て他界したが、彼の姿を知る村の人は、誰もが父親似だと言ったものだ。


 父親は腕のいい薬師で、村で薬店を営んでいた。娘のカレンも資格を持っている。村の学校を出てすぐ、父親の下で修業したのだ。それ以前から仕事を手伝っていた事もあり、資格取得は容易かった。試験官に褒められた通り、カレンの腕は悪くない。実際、父親が亡くなる少し前には、薬の調合の大部分はカレンに任されていた。


 カレンは十二歳まで村の学校に通い、卒業後はもうひとつ上の学校に行く予定だった。そこなら薬師の仕事について、もっと専門的な事を学べる。教師も推薦状を書いてくれると言っていたが、そこでカレンの父親が倒れた。


 家の経済状況を(かんが)みて、カレンは進学を断念した。以来、この薬店を切り盛りし、薬草の勉強をしながら生活している。


 父親が倒れてからすぐ、ひとりの青年を紹介された。


 当時二十歳だったトーマスは、薬師見習いとして働いていた。隣村の薬師の家の三男坊で、割と裕福なお坊ちゃんだ。二人の兄が家を継ぎ、実家に居場所がないため、婿入りを承諾したという。


 ――よろしく、カレン。


 ハンサムではないが、素朴で温かそうな人柄に、カレンも素直に好感を持った。


 結婚は十八になってからという事で、彼は通いでやってくるようになった。

 父親が亡くなった時、カレンは十四歳、エイミーはまだ十二歳だった。


 泣きじゃくって棺に縋りつく妹を見ながら、カレンはこの先どうなるのかと不安だった。涙は出たが、悲しみに浸る余裕はなかった。自分はエイミーの姉なのだ。これからは父親の代わりに、エイミーを守らなくてはならない。トーマスと出会ってから、二年後の事だった。


 父親が亡くなってから、トーマスが一緒に住むようになった。といっても、結婚はまだ先の事だ。ここに住んでいた方が安心だと、彼の両親を説得してくれた。実際、この村に薬店はここだけだったから、村人達も好意的だったようだ。


 とはいえ、父親の薬代がかさんでいたため、生活にはまったく余裕がない。本来ならば、エイミーも村の学校を卒業した後は、店を手伝う事になっていた。

 だが卒業直前になり、彼女が猛烈に反対した。


 ――お姉ちゃんが進学できなかったからって、ひがまないで。あたしはもっと勉強したいの。いいところに就職がしたいのよ。


 そんなお金はないと言っても絶対に譲らず、結局妹は上の学校に通う事となった。十三歳から十六歳までが通う上級学校で、さまざまな技術や知識を学ぶ事ができる。カレンも喉から手が出るほど行きたかった学校だが、当時も今も、まったくそんな余裕はなかった。


 だが、上級学校を出れば、就職の選択肢は格段に広がる。妹にとって、そちらの方が幸せかもしれない。


 生活はさらに苦しくなり、服の一枚もまともに買えない暮らしが続いたが、仕方がないと割り切った。


 エイミーは「みんなと同じじゃないと恥ずかしいの」と言い、流行の服や靴、さまざまな小物やアクセサリーに加え、お茶やお菓子まで楽しんでいた。お小遣いをねだられて無理だと言うと、店の売り上げを持って行ってしまう。叱れば泣いて話にならず、トーマスを頼って逃げていく。トーマスはいつもエイミーに甘く、「許してやりなよ」と言っていた。カレンには内緒にしていたが、たまに小遣いも与えていたようだ。


 実家から援助を受けていたらしいが、カレンは知らない。町に出て、エイミーと二人で外食してくる事も多かった。


 仕方がないと思いながらも、あまり強くは言えなかった。


 薬草が好きで、毎日父親について回っていた自分に比べ、エイミーには父親との思い出が少ない。薬の調合にも興味がないため、店の匂いも嫌っていた。どうやら薬臭いらしい。


 父親の代わりをトーマスに求めているなら、咎めるのは可哀想だ。

 甘いかもしれないが、カレンはそう思っていた。


お読みいただきありがとうございます。

割とさくっとまとめます。次回はスカッと展開です。

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