6.赤く染まって黄昏れて
本日更新2回目。
真っ赤に染まった夕日が地平線と重なり始める。それが重なる大地へ滲み出た太陽の赤に染まっていく。
乾いた大地に転がる岩と申し訳程度の草木たち――それはこの国だけじゃなく、この世界で当たり前の光景だ。
なだらかな坂道を慣性で下っていく車両の屋根の上。
夕日に染まった世界を見ながら、時間と共にわたしの心境も黄昏時へと向かっていた。
あるいは――心はすでに黄昏か。
家出して、勢いで乗った列車の中で、なぜか変な部屋に閉じこめられて、脱出して――ここで一息つくまでの間が目まぐるしかったから何も感じなかった。
だけど、こうやって落ち着いてくると色々と思うことが沸いてくる。
「どうしてこうなったんだろう」
「四分の一くらいは、オレのせいかな?」
独りごちたわたしに、ビリーがそんな答えを返してきた。
多少なりとも責任を感じているようで何より。
「家出なんてしない方が良かったかなぁ……」
「家出の理由がなんであれ、少なくとも家出したからこうなってしまったと考えるのは早計だと思うよ?」
「そうかしら?」
「そうだとも。
家出して列車に乗った程度で、ふつうはこんな状況に巻き込まれたりはしないさ」
「じゃあ何だっていうの?」
少し八つ当たりのように問い返すと、ビリーは言うべきかどうか少し悩んでいる様子。
赤く照らされた横顔は、ハッとするほど美しく、これまでの頼もしさを考えると――こいつが婚約者だったら、とつい思ってしまう。
「なんて言うか、これ言っちゃうと身も蓋もない気はするんだけど」
「なに?」
「運――じゃないかな。
シャリアの何が悪かったのかって考えた時、たぶん運が悪かったとしか言いようがない」
「運、運かぁ……」
それを言われちゃうと確かにどうしようもない。
婚約者がロクなやつじゃないのも、運が悪いと思えば納得も……いやそれは微妙か。
「だってさ……家出した先の列車で、偶然国宝を盗難した一味を目撃。さらにはそこへ列車強盗が現れて巻きこまれる。しかも強盗一味と誤解されるなんて、運が悪かった以外に言いようある?」
「グゥの根もでないわ」
雑に運でまとめるんじゃない――という気持ちと、まぁ運が悪かったんなら仕方がないなぁ……と納得してしまう自分が同居する。
このまま黄昏てても仕方がないし、これからどうしようか考えるべきかな。
「荷物も一等客室に置いて来ちゃったし、どうしようかしら」
お財布だけは弾薬と一緒にポーチに入ってるからひと安心だけどさ。
「そもそもどこへ行く予定だった?」
そう問われると、ちょっと困る。
何せ勢いのままに列車に飛び乗っちゃったからなぁ……。
まぁしばらくして頭が冷えたら帰るつもりではいたんだけど……。
「一応カウベリー。
あるいは新ハニーランドか、ロデオ・ロデオあたりの駅で降りて……少し観光したあとは、素直に引き返そうかなって思ってはいたんだけど」
「家出じゃないの?」
「家出よ。本当に勢いだけでやらかしちゃった、ね。
ただ、逃げだしたい事柄に関しては、逃げだってどうしようもないコトだから。受け入れるしかないもの。
きっと、単に頭を冷やしたいだけだったのかもね。自分のコトなのによくわかってないけど」
「そっか」
自分のことなのによく分かっていないと口にするわたしを、ビリーはバカにすることなく相づちを打ってくれる。
僅かな時間の付き合いしかないけれど、なんか喋りやすい人だよね。ビリーって。
「巻き込んじゃったお詫びじゃないけど、旧ハニーランドくらいまでなら送っていけるよ?」
「この線路、そんなところまで続いているの?」
「いや、ここの線路は廃鉱集落フェイダメモリアまで。
そこで馬なり陸走鳥なりを調達する予定なんだ」
廃鉱集落フェイダメモリア。
正直、名前しか知らないから周辺の土地勘が全くない場所ね。
一人でも何とかなるだろうけど、ここは好意に甘えてしっかりエスコートしてもらった方が安全かな。
「運がないなら、運がありそうな人に付き合うコトにするわ。
道も分からないし――悪いけど、お願いしても良いかしら?」
「ああ。任せてくれていいよ。
もっとも、俺に運があるかどうかというと微妙だけどね」
ビリーはそう言って笑うと立ち上がる。
「さて、そろそろ降りて中に入ろう。
列車の屋根の上だから分かりづらいけど、風も強くなってきた。砂塵が渦巻きだしてる」
「それは困るわね。髪の毛とかボサボサになっちゃう」
よっこいしょ――と、わたしもゆっくり立ち上がった。
髪の毛に関しては……まぁ今更かもだけどね。
「太陽も半分以上沈んじゃったから、すぐに暗くなるよ」
そうして屋根の縁まで歩き、ビリーは訊ねてくる。
「飛び降りれる?
そこの連結部分の足場に……なんだけど」
「それくらいなら問題ないわ」
「頼もしいね。頼りがいのある女性は好きだよ」
ビリーはそう言って笑うから、思わずドキリとしてしまう。
まずい……。本当に吊り橋効果って奴にやられちゃってないかしら、わたし……。
「さて、降りるとしよう。
中にいる仲間も紹介したいしね」
「仲間いるんだ」
そういえば、アースレピオスを受け渡してたわ。
「変わった姉妹だけど、悪い人たちじゃないよ。頼りになるしね」
そう告げてから、ビリーは屋根から飛び降りて足場に着地する。
そして着地地点から少しズレると、彼はどうぞとジェスチャーしてくれた。
「行くわよ」
「ああ」
わたしはそれに応じてから、屋根の上から飛び降りる。
問題なく着地。
ビリーもビリーで万が一の為に控えててくれてたみたいだけど、それは杞憂ってやつよね。
「それじゃあ今日の宿へ案内するよ」
「強奪した車両を宿にするなんて、滅多にできない経験だわ」
「いつも宿にしているような奴がいたら、ちょっとお近づきになりたくないな」
「同感」
そんな他愛のないやりとりをしていると、ビリーがホテルマンのように先導してくれる。
それに従って車両の中に踏み込みながら、ぼんやりと感じていたのは――
ビリーの仲間、姉妹ってことは最低二人は女性がいるのかぁ……というよく分からない憂鬱感だった。
だけど、翌日――フェイダメモリアに到着した時、そんなことがどうでもよくなるくらい衝撃的な出来事に見舞われる……。
フェイダメモリアの酒場と、錆び付いた保安官の仕事斡旋所の入り口にそれが張ってあったのだ。
「あーもーッッッ!! なんでわたしの手配書がすでに出回ってるのよ~~……ッッ!!!!」
次の更新はお昼12頃の予定です。