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51.星と命と想い出と


 満天の星々が煌めく。

 眼下には大きいという言葉では言い表せないほど大きい、球体がある。


 徐々に徐々に、理解が追いつく。

 青と緑が覆うその球体は――


 ……それは間違いなく、わたしたちが住む(せかい)だ。

 だけど、その姿に何か違和感がある。


 その違和感の答えが出ないまま、わたしは改めて周囲を見回した。


 ここは空よりも高い場所。

 かつて高度な文明を気づいた先史文明人たちが漕ぎ出した星の海。


 でも、どうして――どうしてわたしはここにいるんだろう?


 ロボロシェードとの戦いのあとで、意識を失った気はする。だけど覚えているのはそこまでだ。


 えーっと、つまり……これは、夢?


《そのようなものだと思ってくれて構わない》


 どこからともなく姿を現し、ゆっくりとこちらに歩いてくるのは、大きな狼。


「ロボロシェード?」

《そうだ》

「無事だったのね……でいいのかしら?」

《もとより、星の表面に現出した我は本体ではない。限りなく本体に近いモノではるがな》

「うーん?」


 よく分からないと首を傾げると、ロボロシェードは小さく笑う。


《そうだな。我の分身だと思ってくれていい。

 本体は星の中心――想い出の海と呼ばれる領域から、外には出れぬからな》

「じゃあ、貴方も分身?」

《いや、本物だ》

「?????」

《何一つ理解が及ばず途方に暮れた猫のような顔をされても困る》


 ロボロシェードは小さく苦笑し、それから答えてくれる。


《本体は想い出の海から外には出られぬが、その海を通じ、星の表面に在る生きとし生けるモノの想い出――すなわち記憶に干渉するコトができるのだ》

「もうちょっと分かりやすく」

《夢の中でなら会える》

「なるほど。だいぶ分かりやすいッ!」


 ようするに、ロボロシェードの本体は、意識を失っているわたしの夢に顔を出してきたというワケか。


《ちなみに、ここは夢の世界ではあるが……。

 我らが母星が時折見ている、かつての想い出(ユメ)の風景だ》

「ああ、だからか……」


 星が見ているかつての夢。

 それは、人間の中にも見る人がいるだろうモノ。

 かつてもっとも元気だった自分。健康であった頃の自分。あるいは全盛期の自分。


 それが、わたしが最初に感じた違和感の正体だったんだ。


「だから、あそこには黒触が無いのね」

《その通りだ。その影響がないから、赤茶けた大地よりも肥沃な緑の方が多い》

「こんなにも綺麗だったのね」

《今でもまだまだ綺麗だ。だが、かつてと比べるとな……。

 眼下の光景は、お前たちが先史文明人と呼ぶ箱船の民。彼らが星を捨てて箱船に乗ろうする前――いや星を捨てるコトなどそもそも考えていなかった頃の姿だ。

 星の海に漕ぎ出す為の箱船は、その頃から研究されてはいたがな》

「その研究家たちも、まさか自分たちの研究成果が星を捨てる為に使われるとは思わなかったでしょうね」

《だろうな》


 わたしたちは見捨てられた民の子孫だと言われている。

 人や国によっては、今もなおそのことを恨んでいるいるらしい。


 だけど、わたしにそういう悪感情はない。

 むしろ――どうしても当時の為政者たちの方へと想いを馳せてしまう。


 星を捨てる覚悟をしたこと。

 すべての民を連れていけないと判断したこと。


 なんと重い決断だろう。

 なんと重い責任だろう。


 星の海に出たあとも、為政者はその業を背負い続けることだろう。

 生きているうちに新天地が見つかったとしても、その業は消えることはないだろう。


 故にこそ、わたしは敬意を示す。

 その決断とともに、その責任と業を背負う覚悟をした為政者たちに。

 その行動にはきっと様々な悪意に晒されただろうけれど、それでも意地を固く貫き通したその行いに。


 眼下に見えるかつての星の姿に、わたしは王国騎士式の敬礼をする。

 お辞儀やカーテシーよりも、騎士の敬礼の方が相応しいと思ったから。


 恐らくは――そんなわたしの心境を正確に読みとっているのだろう。

 ロボロシェードは何も言わず、横でただ静かに微笑んでいた。


 満足行くまで敬礼をし終えてから、わたしはロボロシェードに話しかける。


「それで?」

《それで、とは?》

「なんでわざわざ、わたしの夢の中にまでご足労したのかなって」

《契約が成立したからな。その挨拶だ》

「契約?」

《む? もしや契約の言葉だけでなく、その意味も失伝してしまっているのか?》


 むむむ……と唸るロボロシェード。

 ややして、彼は小さく息を吐くと簡単な説明を口にした。


《盟友の唄の本質は契約だ。かつて存在した、召喚術と呼ばれる特殊な術式を扱う為の儀式の一部だ。

 本来は霊力を込めた歌声でもって、我々……星守獣(ステラニマ)、あるいはそれよりも下位の星霊(ステラント)と契約を結ぶのだ》


 始まりは一人の召喚術士だったらしい。

 以降、星守獣や星霊に対して、盟約の唄を口ずさむモノが現れたら、力試しを行い、その結果に問題がなようであれば、霊力を込めた唄を契約の誓いとしてチカラを貸してくれるようになったのだとか。


「……もしかしなくても、ゾーン・デトネイションを使いながら口笛を吹いたのが、契約の儀式になっちゃったの?」

《そうだ。お前にその意志がなくとも、あれは契約の求める唄となった。

 そして契約する上で必要な、チカラを示すコトもまた同時に成功させた》


 盟友の唄を歌うことで星守獣たちの興味を引き、彼らの課すチカラ試しを乗り越え、その上で霊力を込めた唄を歌うと契約は成立する、と。


 なるほど――確かに順番は僅かに前後するけど、完璧に契約完了の流れだった気がする。


《故に、シャーリィ・アスト・ベル。

 お前の持つ招霊器(しょうれいき)――今はSAIデバイスだったか?――に、我がチカラを注いで……やりたいところなのだ、がッ!》


 上機嫌な声をしていたロボロシェードが、最後の最後で妙に不機嫌な顔になった。


《我は、銃型の招霊器は好かん。今すぐそれ以外の――できれば、刀剣類の招霊器に持ち替えろッ!》

「いやよ。これはわたしの大事な相棒だものッ!」

《むぅ、わがままなッ!》

「どっちがッ!」


 ロボロシェードがチカラをくれるっていうなら欲しいけど、マリーシルバーにはダメっていうなら仕方ない。


「ねぇ、契約者の変更は可能?」

《どういうコトだ?》

「先に気を引くための口笛を吹いていた男性――ビリーじゃあ契約相手として不服?」

《ほほう。なるほど。確かに奴の招霊機は――》

「そう、剣よ。

 それに、唄そのものは彼の実家に伝わっているものらしいから」

《歌い手の血筋は関係ないのだが……ふむ。それもまた奇縁という奴か》


 何やらぶつぶつと呟いたあと、ロボロシェードは一つうなずいた。


《双方を契約者とする。我がチカラはビリーなる男の剣に宿らせておくが、必要とあらば――その剣よりお前もチカラを引き出せるようにしておく》

「ええ、わかったわ」

《チカラの使い方は――ふむ。男の方に説明しておくか。

 想い出の接続を長時間やりすぎるのはよろしくないからな》

「どんなよろしくないコトが起きるの?」


 興味本位で訊ねると、ロボロシェードはイタズラ好きな少年のような顔をして告げた。


《現実と想い出の境界が分からなくなる。

 最後には自分と他人の想い出の境界があやふやになり、自分が誰なのかも、そもそも人間なのかも分からなくなる》

「とっととわたしの夢から出ていって欲しいんだけどッ!」

《だから気にかけて男の方の夢へと移動するのだろう?》


 くつくつと笑うロボロシェード。


 なんていうか、星を守る獣っていうから、神様っぽい超越者みたいなイメージしてたけど……。


 こうやって話をしていると、結構ふつうな感じするわ。


《まぁすぐにどうこうなるモノではないが、さすがにそろそろお暇するとしよう。

 お前の目覚めも近いしな》

「ここでの出来事って覚えてるの?」

《無論。だからこそ、長時間は危険なのだ。

 ここでのやりとり――それ以上に、お前の五感は現実と変わらないだろう?》

「確かに……」


 言われて、気づく。

 右手で軽く左手の甲をひっかくと、しっかりとその感触を感じるほどだ。


《現実と変わらぬ五感を感じる夢を長時間見続ければ、夢と現実の境界が曖昧になるという理由も分かるだろう?》


 ロボロシェードのその言葉にわたしは苦笑しながらうなずく。


《我が去ればすぐに繋がりも崩れよう。

 ここで目を開けたまま、現実で目覚めると困惑が強まるおそれがある。

 横たわり、チカラを抜き、目を瞑っておけ》


 ではな――と、去っていくロボロシェード。

 それを見送ってから、わたしは言われた通り、星の海へと横たわり目を閉じるのだった。


 夢の中とはいえ、星の海に寝っ転がるなんて……なかなか贅沢でロマンチックだと思わない?


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