41.グッバイ、ララバイ
「ゴルディ。貴方たちは何故この町にいたの?」
Mr.に拘束された状態だと、何もできないのだろう。
ゴルディは観念したような様子で嘆息してから答えてくれた。
「ブッチャーの旦那に付いていけなくなったのさ。
だから、アンタの推測通りの銀行襲撃を最後の仕事にして、離れるつもりだったんだよ」
もう一度嘆息したあと、ゴルディはやけくそじみた笑顔を浮かべ、吐き捨てるように告げる。
「あいつ――黒触が領内にあるのを隠してやがったんだぜ?」
「……知ってるわ」
黒触となると、どんな悪党だろうと何らかの手段で対処可能な人へ連絡を取ると言われている災害だ。
何せ放置しておけば土地が死ぬ。
土地が死んでしまえば、悪党も何も意味がないものね。
わたしたち四人は元から知っていたのだけれど……Mr.も冷静だ。恐らく事前にその情報を掴んでいたんだろう。
……となると、次に訊くべきは……。
「キャシディ伯爵はどこで何をしようとしてるの?」
「枯れ木の森でアースレピオスを使いたいらしい」
「カギとやらはいいの?」
「知らねぇよ。本人に訊いてくれ」
ふむ。
わたしは次に何を訊こうかと考えていると、横からビリーが訊ねる。
「キャシディ伯爵はどうしてアースレピオスの使い方を知っている?
あれはこの国の国宝だ。扱い方を綴った本は、同様に国宝として王家が保管しているし、一部の使用方法は女王から次期女王への口伝だったはず」
なるほど。
カギ――というよりも、口伝の情報を欲してわたしを狙ったってところか。
それにしても、ビリーって王家の情報に詳しくない?
「アースレピオスは先史文明の遺物だ。
アレを使用した惑星再生計画は頓挫しちまったらしいが、そもそも計画そのものがあったんだ。何で量産されてないと思う?」
その言い分は分からなくもないけれど……。
でも、別のアースレピオスが出土していればこんな無茶な盗難計画はしないわよね。
となると――
「壊れたアースレピオスと、その取り扱いが綴られた本が出土でもしたのかしら? それを貴方が手にし、キャシディ伯爵に売り込んだってところ?」
そんな推測を口にすると、ゴルディはあっさりとうなずいた。
「そんなところだ。
ちなみに、売った相手がたまたまブッチャーの旦那だっただけで、別にあのオッサンだから売ったってワケじゃねぇぜ」
「だけど結果として、キャシディ伯爵と秘密裏に手を組むキッカケにはなったワケだな」
「まぁな。手を貸してやってるだけで、面倒な連中に対する防波堤になってくれるって約束でな」
ふーむ。
アースレピオスそのものは国宝として知られている。
そして恐らくゴルディが売った本は、王家が保管している本よりも内容が詳しかったんじゃないかな。
キャシディ伯爵は見比べたワケじゃないだろうけど、その内容に賭ける価値があると判断した……ってところか。
わたしはチラリとビリーを見る。
その視線の意図に気づいたのだろう。
ビリーは少し逡巡した様子を見てから、小さく首を振った。
これ以上、訊くことはない――で、いいよね。
「それじゃあ最後の質問」
「なんだ?」
「ゴルディってこのおじさまのコト知らないの?」
「このオッサンがなんだってんだよ?」
あー……やっぱり。
「この国で仕事し始めたのって、最近って話よね?」
「おう。元々参下のファミリーはこの国にいたが、俺自身が居着いたのはここ二年ぐらいだな」
それがどうしたのか? という様子のゴルディに、わたしはさらに質問を重ねた。
「Mr.凶犬はご存じない?」
「国家の犬だっつー、錆付きだろ?」
「いえ、おじさまは本物の保安官よ? 正確には国に仕える保安官」
「国なんてロクな後ろ盾じゃないだろうが」
……んんー? なんだか話が噛み合わないような……。
「ゴルディさんってぇ、もしかして国とは名ばかりのぉ、壊れかけ国家出身だったりするぅ?」
これまで黙って聞いていたナージャンさんが、何か閃いたかのように訊ねた。
それに、ゴルディはうなずく。
「そもそも、国とは名ばかりの土地ばっかりだろ。今の時代」
「そういうコトか」
不思議そうな顔で答えるゴルディに、ビリーは苦笑する。
うん。わたしも理解したわ。どうしてゴールドスピーカー一家が、女王に睨まれるくらいやりすぎた立ち回りをしていたのかって。
「そこは敢えてわしが答えますぞ。
――と言っても、言うべきは一言だけですがな。
つまるところ……この国はまだ生きている国ですぞ?」
そう――ゴルディは……ゴールドスピーカー一家は、国家が国としては傾いている土地ばかりで暴れてきた犯罪組織だ。
その手の国では、ならず者を敢えて見逃しているのではなく、そもそも取り締まりができないくらい疲弊していることが多い。
故に、ゴルディのような連中が好き勝手できてしまう。
だからこそ、Mr.凶犬の噂を聞いても、国に逆らう保安官なんて珍しくないと思ったに違いない。
「女王陛下の威光が強い国である以上、女王陛下が潰せと言えば、わしはそれを潰すまでですな」
「賄賂とかは……」
「わしは女王直属の保安官という立場に誇りを持っておりましてな。
そこに貫く意地と信念は固いですぞ。賄賂ごときで折れると思わないで欲しいですな」
女王陛下の命令を最優先にするから、ほかの貴族の命令は無視して暴れる――だから、上の言うことを聞かない凶犬扱いされちゃってるのが、Mr.の噂の真相なんだろう。
何やら未知の生物に遭遇したような顔をしているけど、その土地のローカルルールや空気を読み切れなかった以上は、ゴルディ自身の失態でしかないのよね。
「この国はならず者が暮らしやすいって聞いてたんだぞッ、自由な国だってッ!」
「まぁ……そうね。一面的にはそうよ。
初代女王が元々無法者だったんだもの。だからこそ、美学を貫く者であれば、貴族であれ無法者であれ、寛大なのは間違いないわ」
でもねぇ。
勘違いしちゃいけないんだけど、それでも寛大なだけなのよ。
「だったら……」
わたしはゴルディの言葉を遮って告げる。
「でも好き勝手暴れるゴロツキには厳しいわよ?
自らの美学を貫くコトを由とし、その選択に責任を持つのであれば、女王陛下は――いいえ、この国は寛大よ。
その責任の結果が死罪であるならば、敬意をもって刑を執行するのがこの国なの。
逆に言えば、美学もなく好き勝手暴れるだけの犯罪者に対しては、どこまでも無慈悲な国とも言えるわね」
だからこそ、ゴルディにはこの国で好き勝手暴れてきたツケは払ってもらいましょう。
美学があろうとなかろうと、ね。
「確かにこの国は、ならず者ですら自由に暮らせる面はあるわ。だけど、ならず者が好き勝手できる国ではないのよ」
わたしはマリーシルバーをしっかりとゴルディの額に向ける。
「あ……」
顔面を蒼白させるゴルディ。
思わず暴れようとするものの、Mr.が抑えている以上、動けない。
「そうそう。ペイルダウンにある貴方たちのアジトだけど、もう無いわよ」
「は? お前が潰したのかッ!?」
「昨夜の大雨の時、遺塔が折れたのよ。その破片がアジトに降り注いだの」
「マジか……」
呆然と呻くゴルディに、わたしは告げる。
「貴方には岩肌人の勝ち鬨の歌より、岩肌人の子守歌の方がいいかしら?」
そうして、マリーシルバーの弾鉄を引いた。
……まぁSAIデバイスの機能で、非殺傷モードの霊力弾を撃ちだしただけだから、意識を刈り取るだけなんだけど。
そもそもからして、殺すつもりはなかったし。
彼には生きている国の怖さとありがたさって奴を知ってもらうべきだろうからね。




