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31.帰路を遮る向かい風


「あーもー……油断してたわ」

「オレもまさか無防備に売店で買い物しているなんて思ってもいなかったぜ」

「それはまぁ、うん。我ながらだいぶ油断してたかな、と思う」


 背後にいる男の左腕がわたしの首を挟み、男の右手はわたしの右手首を掴んだ状態で、わたしたちはなんとも間抜けなやりとりをしている。


 売店車両で商品を選んでいる時に背後から掴まれてこれである。

 売店のお姉さんは怖いのかすごい涙目になってるんだけど……ちょっと申し訳ない。


 ……いや、わたしが申し訳なく思う必要があるかどうかと言われると微妙だけど。


「さて、お仲間のところまで連れてって貰えるか?」


 右手を掴まれているので銃は抜けない。

 首に手を回されているので、迂闊なことをすればこのまま締め上げられるだろうし……。


「ゴールドスピーカー一家だったっけ?」

「おう」

「手が広くて嫌になるわ」

「それがウチの強みだからな」


 どうやらこの男はそれなりにお喋りが好きらしい。

 だからどうしたって話だけどね。


 周囲には男の仲間が四人はいるみたいだし――こりゃあ、一人じゃどうにもならないわ。

 まぁとりあえず、もう少しだけお喋りにつき合ってもらおうかな。


「あ、そうだ。聞きたいコトあるんだけど」

「なんだ?」

「アンタのとこの下っ端名乗って町で略奪してたの殺しちゃったけど、仕返しする?」

「そいつら、うちのバッジ付けてたか?」

「無かったと思うわ」

「じゃあ騙りだな。時々いるんだよ、そういう連中。うちの名前を騙ってな。暴れるだけ暴れるっていうさ。

 見つけたらソッコーで殺すコトにしてるけど、減らねぇのよ」

「ネームバリュー勝手に使われるのは迷惑よねぇ」

「それな。犯罪一家にも犯罪一家なりにルールや矜持ってのがあるってモンでな」

「組織立つなら大事よね。ルールと矜持は。従えない奴ってのは組織運営の邪魔でしかないし」

「それな。傘下組織のボスなんてやってると、それを実感するぜ」

「どっかの組織のボスなんだ」

「実はそうなんだよ。弱小だけどよ」


 弱小ねぇ……飄々としてつかみ所のない感じ、手強いなぁ……。


「あ、そうそう。略奪な。

 町を襲うような略奪を行った時、町から返り討ちにあったなら自業自得として処理されるのがゴールドスピーカー一家だってのは、教えておくぜ。たとえ死んだのが幹部だったとしてもな」

「復讐とかしないの?」

「やってやれねぇコトはねぇが意味はねぇだろ。

 町を潰して回れば、いずれはオレらもおまんま食い上げだ。あるいはマジで騎士団や軍隊を派遣されかねねぇ。それを理解できねぇバカなんて死んでも構わねぇって方針だよ」

「それなら今後、名乗って略奪するバカがいた時はバッジを付けてようが付けてまいが始末しても問題ないわけね」

「全くねぇな。むしろ始末してくれてありがとうって感じだ」


 わたしを掴まえている自称弱小組織のボスは、朗らかにお喋りにつき合ってくれている。

 それは、わたしの意図を読んでのことだろう。こちらの意図を分かった上でつき合ってきているのだから、タチが悪い。


「テメェ、女ッ! いい加減にしろよッ!

 グダグダ喋ってねぇでッ、とっとと仲間のところに案内しやがれッ!!」


 そして、狙い通り短気を起こした奴が出たけれど――


「黙れ」

「……でも、ボス……!」

「黙れと言ったぞ、モブズ」

「……うっす」


 モブズと呼ばれた部下っぽい人はしゅんとした様子でうなずく。

 今の程度の大声じゃあ、ここから一等車両には届かないわね。


「おーけー。この場はわたしの負けを認めるわ。一等車両に向かいましょう」

「やっぱ短気なバカを怒らせる為のお喋りだったか」

「いっそ短気を起こしたバカを誰かが撃ってくれればよかったのに。大声より銃声の方が響くからね」


 わたしが肩を竦めると、ボスはしてやったりとばかりに笑う気配がする。

 これで弱小組織のボスとか嘘でしょ。ちょっと手強いじゃない。


「――つうワケだ。

 短気起こしたバカと、そのバカを撃とうとしたバカは猛省しろ」


 ギロリと、ボスが周囲を見回す。


「うっす……」

「おう……」


 あーもー、マジで手強いなぁ……。イヤになっちゃう。


「大声や銃声が仲間に届けば、多少は警戒モードに移行してくれただろうけど……」

「いやぁ手強い嬢ちゃんだ」


 わたしががっつり油断してたしなぁ……。

 ビリーたちも結構油断している状態じゃないかなぁ……。


 ともあれ、この状況で打てる手はもうないので、わたしは掴まえられたまま、素直に一等車両へと案内するのだった。




「いやぁ――これはちょっと反省しないとね」

「そうよねぇ、あれだけ駅にいたんだものぉ……そりゃあ乗ってる人もいるわよねぇ……」

「駅をうろつくだけで列車に乗る気配がなかったから油断してましたね」


 部屋のところへと連れてこられたわたしを見て、ビリーたちが思わず苦笑する。


「おう。存分に反省してくれや。コトが終わったあとでな」

「要求は?」

「その前に、まずは全員部屋から出てこい。荷物全部持ってな」

「…………」


 わたしがいるせいで逆らえないのか、みんなは荷物を手にして一等車両の個室から出てきた。


「まずはアースレピオスだ」

「だろうな」


 ビリーは肩を竦め、僅かな逡巡のあとでこちらの足下へと国宝たるその短杖を投げる。


 足下に転がる国宝。

 だけどボスはビリーから視線を外さず、部下に告げた。


「ナナッシー。取れ。丁寧にな」

「うっす」


 その様子に、ビリーは僅かに舌打ちしたようだ。

 ボスが視線をズラした時に攻撃でもするつもりだったのだろう。


「それでぇ、シャリアちゃんは解放してくれないのぉ?」

「そうさなぁ……この嬢ちゃんも連れて来いと言われてるんだ」

「そっかぁ……」


 残念そうに言いながら、ナージャンさんはやや前屈みになると、上着を少しズラした。

 部下たちはナージャンさんの胸元に釘付けになるものの、このボスだけは冷静なままだった。


「アンタか良い女なのは認めるが、自らの身体を利用する女には気を付けるうようにしてるんだよな」

「あらぁ、残念。ここで全部脱いでもいいのよぉ?」

「そりゃあ嬉しいが、アンタが脱ぎ終わるまで待つ気はないぜ?」


 暗に時間稼ぎにつき合う気はないと、ボスは告げる。

 マジで手強いな、この人。なんで弱小組織のボスなんかしてるの?


 まぁ、部下たちはすっごいブーイングしたそうだけど。


「姉さんの色仕掛けが効かないなら仕方ありませんね。

 シャリアさんを解放してくれるのであれば、私たち姉妹の所持金全部お渡しします」

「ほう?」

「小さな森くらいなら買える額がありますよ」


 そう言って、ナーディアさんはお金や宝石、貴金属が詰まったバッグを示す。


「そいつは魅力的だが、オレはオレの仕事を全うするつもりでね」


 女にもお金にも誘惑されないとか、強すぎるでしょッ!?

 このボス、本当に無法者(アウトロー)ッ!?


「そりゃあねぇよ、ボス。

 女も金も最高のシロモノだろ? 少しぐらい手を出しても……」

「アホ。油断するんじゃねぇ……。

 この四人はどいつもこいつも一級品の錆び付き(デザート)だ。

 実際の錆び付き階級(デザートランク)がどうこうじゃねぇ。その生き様や立ち回りが錆び付き(デザート)としても無法者(アウトロー)としても一級品って意味だ。油断してんじゃねぇぞ」


 参った。

 この人、わたしたちを真っ当に評価している。

 真っ当に評価できているからこそ、油断をしてないんだ。


「キミ、優秀な人材として真っ当な仕事に就く気ない?」

「魅力的なお誘いだな、ビリー。是非とも今度お互いがプライベートの時に聞かせてくれ」


 ダメだ。この状況を覆すカードがない。

 話術も欲望を刺激する誘惑も通用しない。


 暴れたいけど、結構なパワーで抑えられているから、身動きとれないし……。


「ところでぇ、そろそろ急カーブがくるわよぉ?」

「む?」


 ナージャンさんが言うや否や、列車が大きく揺れ身体が一方へと引っ張られる。


「うおっと……ッ!?」


 そこへ、ナーディアさんがお金の詰まったカバンを投げた。

 バランスを崩した姿勢でそれを避けようとするボスの手からチカラが緩む。


 このチャンス逃してなるものか――ッ!


「しまった……ッ!?」


 わたしはボスの手の中から抜け出しながら、シルバーマリーを抜き――


 ボスの太股へ一発。

 こちらを狙う――銃器型デバイスを使う部下二人へ一発ずつ。わたしは二人のデバイスを握る手を撃ち抜いた。


 さらにアースレピオスを撃ってこちらへと弾こうと思ったものの、ナナッシーと呼ばれていた部下は、それを後生大事に抱きしめて、転がるように下がっていく。


 あーもーッ! 気弱そうな人だけど、やるべきことはキッチリやるタイプかッ!


「シャリアッ、こっちへ退けッ!」


 ビリーの声に従い、カーブで揺れる列車の中を駆ける。

 わたしが駆けるのを見ながら、ビリーはボスへと訊ねた。


「手強いアンタ、名前を聞かせてくれ」

「ジェイズだ。ウッド・ヤンガー一家で頭を張ってるジェイズ・ジェムシーってモンだ」

「覚えておくよ、ジェイズ・ジェムシー。その名前。

 そして預けておく。アースレピオスも、森を取り戻す金も」


 そう宣言するビリーに手を引かれ、わたしは車両の外――先頭車両と一等車両の連結部へと出た……。


「え? ちょっと待って。まさか……」

「そのまさかよぉ」

「ためらってる時間はありません」

「大丈夫。シャリアは俺がちゃんと抱きしめておくから」


 ここは川の橋の上。

 下にはこの時代では貴重な、大量の水を湛えた大きな川が――


「橋を渡りきる前に飛ぶぞッ!」

「おーッ!」

「はいッ!」

「嘘でしょぉぉぉぉぉぉ~~~~……ッッ!?!?」


 そうしてわたしたちは、走行する列車から川へ向かって飛び降りるのだった。




 ちなみにジェイズの部下の名前は以下の通り


・ナナッシー

(気弱だけどやる時はやる男、覚悟を抱けば化ける)


・モブズ

(ジェイズ大好きなチンピラ、口と態度が悪い、短気なバカ)


・クヤレ

(ヤラの実の兄、小柄でクールなチンピラ、実は陽気。撃とうとした馬鹿)


・ヤラ(ジェイズとクヤレ至上主義な大柄の脳筋チンピラ、無口)


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