13.なんだか楽しく賑やかに
四人で交代で不寝番をし、無事に夜を明かしたわたしたち。
朝食を食べたあとは、再び廃線路沿いの街道を進んでいく。
元々利用者の少ない街道とはいえ、前からも後ろからも全く人が通らない。
本当に旧ハニーランドからフェイダメモリアへ向かう人はいないみたいだ。
乾いた風が吹き抜け、砂塵が舞い、舞った砂塵が岩を擦る。
聞こえる音はそういうものばかり。
時折聞こえてくる甲高い魔獣の鳴き声は、魔鳥ロックコンドル。
獲物の頭上高くで様子を見、強襲してくる危険な大型鳥だけど、わたしとビリーからすると危険度は低い。
むしろ、食料としてのお肉が確保できて嬉しいくらいだ。
なにせロックコンドルが強襲してきたら私かビリーが早撃ちで倒すだけだしね。
あとはこの世界のどこでも見かける魔草タンブルウェビル。
枯れ草が丸い塊となり、風に乗ってコロコロ転がる植物――タンブルウィードそっくりの魔獣なんだけど、意外と面倒くさい相手でもある。
タンブルウィードのフリをしてコロコロと近寄ってきて、獲物に絡みつく。乾いた質感のツタは意外と丈夫で、一度巻き付かれるとなかなかふりほどけない。
一匹に絡みつかれると、ほかのタンブルウェビルも集まってきてどんどん絡みついていく。やがて獲物が弱るとその体内に根を張って栄養を吸収し成長するという魔獣で、そこまで強いワケでもないけど、厄介は厄介。
なにせ銃撃の効果が薄い魔獣という時点で、わたし的にはやりたくない。
剣で一刀両断したところで、核となってる球根みたいな部分が生きていると、ふつうに動くのでビリー的にも面倒くさい。
とはいえ放置しておくのも危険ではあるので、可能なら退治が推奨されているのが魔草タンブルウェビル。
今はわたしたちも急いでいるので、無視して進みたいなー……と、ビリーともども思ってたんだけど、ここで活躍したのがラスタ姉妹だった。
「星を巡る生命の息吹よ。炎熱となりて立ちふさがる者に畏怖と衝撃を与えよ。燃え立つ衝撃ッ!」
ナーディアさんが呪文を口にし、手にしている水晶を掲げると、星霊陣が展開した。
するとそこから熱気を帯びた衝撃波が放たれ、タンブルウェビルを火葬する。
「神霊星術……ナーディアさん、使えたんですね」
「ダテに岩肌人の血を引いてませんので」
「SAIデバイスの補助なしで神霊術技を使える、現存する数少ない種族ですもんね」
「そういうコトです」
出来る女の笑みを浮かべるナーディアさん。
その横で、ナージャンさんもムチを取り出して大上段に構えた。
「あたしもぉ、出来るんだからぁッ!」
ナージャンさんはそう言うと、ムチを鋭く振り下ろす。
「火葬鞭天楼ッ!」
ムチが地面を叩いた瞬間、叩かれた部分を中心に火柱が立ち上り、周囲のタンブルウェビルを焼き尽くした。
「どう? どう? わたしもなかなかやるでしょうぉ?」
ドヤァと笑うナージャンさんが、可愛い。
「何度見ても驚くよ。本当にデバイスの補助ナシで神霊術技を使えるんだもんな」
「本当に。岩肌人が神霊術技を使うのを見るの初めてじゃないけど、やっぱりすごいなってなるわ」
己が内に秘めたる霊力を武器や肉体を起点に作用させ、武器や身体に、強化や変化を引き起こす。そこから繰り出す必殺技――ナージャンさんや、列車でビリーがやっていたようもの――を含めた技術を神霊星技と呼ぶ。
ナーディアさんがやったように、星に満ちる霊力に言葉と思念で呼びかけて、事象の書き換えを行う超常能力を神霊吹術。
その二つを総称して神霊術技と呼ばれている。
かつては人間もふつうに使えてたらしいけど、長い歴史の中でその技術は失われてしまった。
それでも辛うじて人間が神霊術技を使えるのは、先史文明の遺跡などから発掘されるSAIデバイスのおかげだ。
Skill Assist Interfacce――縮めてSAI。
神霊術技補助装置とも言われるこれが、私のマリーシルバーや、ビリーの持つ剣の正体。
武器に限らず様々な道具の形をしていて、色んなところから多数出土する骨董品にしてオーバーテクノロジーの産物。
少なくとも今の衰えた技術での完全再現は不可能らしい。
わたしは自前の早撃ちや精密射撃を、神霊武技でさらに強化して使ってる。
だけど、必殺技らしい必殺技ってあんまり持ってないから、ビリーやナージャンさんと比べると地味なのよねぇ……。
「タンブルウェビル相手がラクというのは旅をしてて非常にありがたい。
あいつら、どこにでもいるしどこで出会っても鬱陶しいからね」
「ほんと助かるわ。ありがとうね二人とも」
「私たち四人はそれぞれの目的の為に一蓮托生ですからね。これくらいはお安いご用です」
「そうそう。ビリーもシャリアちゃんも、そういうコト気にしすぎなのよねぇ……お礼を言われるのは悪い気分じゃないんだけどぉ」
言われて、わたしとビリーは思わず顔を見合わせた。
「旅仲間ってコトか。いいね。ソロでの活動が多いから新鮮だ」
「トラブルばかりなのは、あーもー! って感じだけど、確かにみんなと友達になれたんだから、悪いコトばかりじゃないわね」
四人で笑いあいながら、街道を進むわたしたち。
スタートがトラブルばかりだったとはいえ、道程は順調。
道も四分の三ほどを越えた辺り。
無事に旧ハニーランドに到着できそう――そう思っていた頃がわたしにもありました。
「馬車?」
街道を横切り封鎖するように、一台の馬車が停車している。
馬車といっても牽いているのは馬ではなく、二つの巨大な車輪が棒でつながっているような機械。
恐らくは、SAIデバイスで制御できる先史文明の牽引機械なんだと思う。
そんなもの、王家やそれに近い貴族ないしヘタな貴族よりもお金を持っている豪商くらいのはず。
……つまり、この馬車のそれだけの権力を持つ人の持ち物。
あるいは、権力者からこれを貸し与えられるだけの信頼を持つ人。
「黒長闘犬の紋章……。
まさか、ここで現れるか……あの男が」
そして、ビリーは馬車の幌に描かれた黒くスマートな犬がモチーフとなったエンブレムを見てうめいた。
ビリーの頬に、一筋の汗が流れた。
それは決して太陽の暑さのせいじゃないだろう。
「本物の黒ワンコさん? 噂通りの人物なら最悪じゃなぁい」
ナージャンさんも思わずといった様子で顔をひきつらせる。
二人の様子から、わたしもその馬車に乗っているのが誰なのか予想ができた。
錆び付きではない、本物の保安官と名高い男。
もちろん、その人物にナーディアさんも心当たりがあることだろう。
「狙った獲物の検挙率と討伐率を合わせても九十パーセントを越える化け物」
それでいて、誰の言いなりにもならず好き勝手振る舞うという身勝手さ。
ついたあだ名は――
「Mr.凶犬」
わたしがその名前を口にした時、着古された砂色のダスターコートと同色のよれた帽子を被った中年男性が馬車からゆっくりと姿を見せた。
【用語補足】
『星霊陣/せいれいじん』
言ってしまえば魔法陣。基本円の中に図式や記号が描かれている。
使う術技によっては、筒状だったり、積層型だったりすることもある。
霊力による事象の書き換えなどに関する計算式のようなものが、図式として展開されている――と言われているのだが、詳細を知る者はもういなくなってしまっている。




