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第4話 フェアリーとアルバトロスは一心同体

『お、おお、お願いしますっ、隊長っ! 順番をっ、順番を変わって下さいっ!』


『貴女……帰投は先着順よ。そのルールくらいわかっているわよね?』

『で、でも、でもぉ……! あっ、あぁぁっっ!!?』


『隊長お願いします! トウコ、もうずっと我慢してるんです!』

『私からもお願いします! どうか、トウコを先に行かせてあげて下さい!』


『貴女達も、いい加減にしなさい! ここは小学校じゃないのよ!? トイレ一つでルールを曲げ――』

『あああぁあぁああぁあぁああぁあああぁああぁぁああああぁぁぁあああぁぁぁっっっっっ!!!!!』



――――――――――――――――



 半年前、タンクを使い切り、我慢の限界状態で基地に戻ったトウコは、前に並ぶ隊員達に、帰投順を変わってくれるよう懇願した。


 この基地の構造上、帰投は1機ずつ。


 機体を固定して、昇降機を取り付け、パイロットが降りて、脇にどけて――どれだけ急いでも1機につき7分はかかる。



 前にいたのは4機。


 とてもトウコが耐え切れるような時間ではない。

 仲間達は快く先を譲ったが、ブリジットだけは、規則を遵守し、トウコの願いを聞き入れなかった。



 そして今、ブリジットの前には、まるであの日の再現の様に、4機のアルバトロスが帰投待ちの列を作っていた。



「ああぁぁっ!? ああぁぁあぁっっ!!」


 ブリジットは、既に我慢の限界だ。

 操縦は左手のみで行い、右手はグッショリと濡れた出口を、全力で抑えている。


 だが、それでもブリジットに、順番を変わって欲しいと願い出る選択肢はない。

 ルールの遵守もそうだが、おしっこが漏れそうで部下に泣きつくなど、彼女のプライドが許さなかった。


 それに、それにだ。


 ブリジットが順番を譲らなかったあの日、トウコは漏らしたのだ。

 この基地に配属されてから、初めての失禁だった。


 思えばあの日から、ブリジットと部下達の間の溝は、一層広がったようにも思える。


(言える、わけがないわ……! そんなっ、恥知らずなこと……っ!)


 例え、ブリジットが誠心誠意謝罪し、地に頭を擦り付けても、彼女達は順番を譲ることはないだろう。

 ブリジットにできるのは、只々コックピット内で、我慢を重ねることだけだった。


(は、早くぅっ! 早くしてぇぇぇぇっっ!!)


 だが、ブリジットの願いに反し、各機の帰投はスローペースだ。


 少女達が焦らしているのもあるが、最大の理由は、彼女達の抱える大量の排尿タンク。

 彼女達と結託した整備班の少女達は、オーディエンスの目に触れる前にそれらを回収し、パイロットの腰には空のタンクを取り付けていたのだ。


 隠蔽工作とゆっくりとした作業で、一機毎の帰投にかかる時間は凡そ10分。

 前の2機がはけた時点で、ブリジットの脳裏は、最悪の想像に埋め尽くされていた。


(も、漏れるっ、漏らしてしまうっっ!! 私が、コ、コックピットで……っ……嘘よっ、そんなこと……あ、ありえないわっっ!!)

「あ、あ、あっ! うぁぁっ!? まだっ!? まだなのっ!? お願い早くぅぅっ!」


 誰にも声を聞かれることがないコックピット内だからこそ漏れる、弱々しい本音。

 排尿タンクを唾棄したブリジットは、他人に我慢を悟られることすら許されない。


『だからタンクを付けろと言ったのに』


 そう思われることは、ブリジットにとって、決して受け入れられない屈辱なのだ。


 残り1機


 涙を浮かべ、その機体を睨みつけるブリジット。

 その目が、大型モニターが映す、信じられない光景を捉えた。


「あ、あ、あ……!」





『アルバトロスの生体リンクは、強い情動に反応する』




「嘘、嘘よ、こんなの……っ!」



 モニターに映し出されたブリジット機は、その女性的な脚部を仕切りに摺り合わせ、右腕部は両脚部の付け根を、装甲を押し潰さん程に握りしめていた。


 誰が見ても、『おしっこを我慢している少女』の写身だ。


「うあぁぁっ!?」

 ジョロッ!


 もう何度目かわからない暴発。

 ブリジットの体が跳ねると、モニターのブリジット機も、ビクンと機体を震わせる。


 外で待つオーディエンスの中に、ブリジットの窮状に気付いていないものはいなかった。



 やがて、拷問のような40分が過ぎ、ブリジット機の順番が来る。

 ハッチが開くと同時に、ブリジットは右手を出口から外し、入ってきた整備兵をキッと睨みつける。


「おぉ、怖いっ。どうです、少尉。コレ、使う気になりました?」


 そう言って彼女が突き出してきたのは、ブリジットが頑なに拒み続けた排尿タンクだ。


「く、くだらない、ことを、んんっ!? 言ってないで、は、早くどきなさい! 早くっっ!!」

(だめっ、泣いてはダメよっ! あぁっ、でも、限界っ! トイレっ! お願い、トイレ……っ!)


 彼女を睨みつけるブリジットの顔は、汗と涙と涎でぐちゃぐちゃだ。

 強気な言葉を吐いているが、眉根は頼りない八の字に歪み、震えの止まらぬ体は、もう一刻の猶予もないことを示している。

 そしてシートを濡らす暴発の証は、最早隠しようのない水溜まりになっていた。


 女王の痴態に溜飲を提げたのか、整備兵は素直に前を開けた。


「んあぁっ!? あぁぁぁぁ……っ」

(だ、だだ、ダメぇっ! あと少し、あと、ほんの少しだから……!)


 立ち上がる時にまた出てしまう。

 悲鳴を上げ、震える足で、取り付けられた昇降機に乗り込むブリジット。


 ついに姿を現した『妖精女王ティターニア』に、格納庫中の視線が突き刺さる。


 彼らはもう、アルバトロスの挙動に出てしまうほどに、ブリジットが追い詰められていることを知っている。

 だがそれでも、ブリジットは最後の矜持で、精一杯の虚勢を張った。


 背筋を伸ばし、脚は不自然ではない程度にクロス。

 腰に手を当て、目はキッと周囲を睥睨する。


 だが、ブリジットは気付いていなかった。

 格納庫に設置された大型スクリーンが、昇降機に乗ったブリジットの姿を、大写しにしていたことを。


 壮絶な表情の顔面も、時折フルフルと震える腰も、黄色く濡れた出口付近も。


 にも関わらず、必死に平静を装うブリジットを、オーディエンスは憐れみ、呆れ、嘲笑う。


 そして――





 ジョオオオオッッ!!

「ん゛あ゛あ゛ぁぁっっ!!?」



 半ばまで降りたところで、今日最大の暴発に襲われる。


 全身が大きく震る。

 溢れ出た小水は、彼女のスーツの太ももまで濡らし、昇降機に水滴を落とした。


(ああぁぁあぁっ! もうダメぇぇぇっっ!!)


 ブリジットは縋るように手すりを握りしめ、膝をくの字に折り曲げる。

 腰を突き出しブルブルと震える様は、先ほどのアルバトロスの挙動と同じ、明らかな『おしっこ我慢』の仕草だった。


(あぁぁっ……この私がっ、こんな無様を……っ! 見ないでっ! 見てはだめよっ!!)


 羞恥に涙を流すブリジット。

 だが、もはや直立の姿勢を取るのは不可能だ。

 そんなのことをすれば、この昇降機の上で全てを出し尽くしてしまう。


 そんなブリジットに、周囲は無遠慮な言葉をかける。



「おい! 女王様が漏らしそうだぞ!」

「ひゅー、コイツは見ものだ!」

「何アレ! みっともない!」

「漏らせ漏らせっ! 漏らしちまえ!」



 女王が羨望を集めていたのは、圧倒的な強者だからだ。

 そうでなければ、ブリジットは、ただの高慢で腹立たしいお嬢様でしかない。


 そして今日、女王は模擬戦で、成績不振の部隊の一兵卒に一騎討ちで負け、今、下腹を満たす悪魔にも負けようとしている。

 女王の権威は、風前の灯だった。


(許さない……許さないわっ! 顔、覚えて、上層部に、ほうこくを……ああぁぁっ、ダメっ、今はとにかく、トイレにぃぃ……!)



 ジョロッ! ジョロロロッ!

(んんああぁっ!? もう、限界よぉっ! 早くっ、早く下に着いてぇぇっっ!!)


 その願いは羞恥によるものでもあり、これ以上小水を止められない、淑女の悲鳴でもあった。

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