第3話 妖精女王の敗北(模擬戦)
基地近くの森を舞う、10機のアルバトロス。
出撃ではない。
今日は月に2回の、5機ごとに分かれての模擬戦の日だ。
大型モニターを設営した格納庫には、基地のスタッフはもちろん、近隣の訓練校の生徒や、他基地の隊員まで集まって、軽いお祭り状態になっている。
目的は勿論、『妖精女王』ブリジット・フラウディーナだ。
皆、人類でも5本の指に入ると言われる彼女の操縦を、一目見ようとこの場に集まった。
また男達には、訓練終了後の一瞬でも、女王の眩いパイロットスーツ姿を拝もうという魂胆もある。
そんな数々の思惑の中心にいるブリジットだが、今日は様子がおかしかった。
機体の動きはどこかぎこちなく、急な加減速を避けている様に見える。
普段の彼女が描く、正に妖精の如き軌跡は、影も形もない。
何か、体調でも崩しているのだろうか。
オーディエンスが落胆の表情を見せる中、ブリジットはコックピットで、苦悶の表情を浮かべていた。
「くっ……ふぅぅ……ふぅ……んっ!」
額にはびっしりと汗が浮かび、時折その腰がブルッと震える。
「ふぅぅっ! ふぅぅぅ! んっ、あぁあぁ……っ」
『妖精女王』ブリジット・フラウディーナは、愛機のコックピット内で、激しい尿意と戦っていた。
(やられたわね……! まさか、あの子達が、んっ! こんなことを、仕出かすなんて……っ!)
この尿意が、部下の少女達の仕業なことはわかっている。
何せ、自分のチームの4機は普段以上に動きが悪く、敵の5機も、わざと撃墜チャンスを逃し、戦闘を長引かせている。
(ギリギリまで、私を追い詰める、つもりね……! くぅぅっ! い、いつもなら、すぐに終わらせられるのにっ!!)
元々ブリジットは、戦績が芳しくないこの部隊の再教育と、その間の基地周辺の防衛のために赴任してきたのだ。
本来なら、5分もあれば、彼女一人で他の9機を撃墜できるだけの実力差がある。
だが――
「ああぁぁあぁっっ!!?」
尿意で精彩を欠いたブリジット機は、あっさりと敵の接近を許してしまう。
慌ててブーストを噴かし離脱するも、急加速の負荷が膀胱を襲い、危うく耐えていたものを溢れさせてしまいそうになった。
(わ、私が、こんな屈辱を……! 絶対に許さないわ……っ……でも、どうやって私に薬を……?)
ブリジットとて、自分が反感を買っていることはわかっている。
こうゆうことを避けるため、彼女達からは何も受けとらないようにしているのだ。
唯一可能性があるのは、訓練開始前の水分補給だが……。
(ありえないわ……私は、いつもランダムにドリンクを取っている。私を狙って、罠を仕込むなんて……)
薬の混入ルートがわからなければ、彼女達を糾弾することはできない。
それに、例え今日を耐え抜いても、同じ手でまた罠に嵌められるかも知れないのだ。
必死に考えを巡らせるブリジットの目が、ふと、不審な動きを見せた一機を捉えた。
(ま、まさか……!)
アルバトロスの生体リンクは、まだ発展途上だ。性能面もだが、問題だっていくつも抱えている。
例えば、強い情動を感じると、それが戦闘に関係ない思考でも拾ってしまい、機体が誤動作を起こすこともある。
先日のトウコ機も、終盤はまるで生身の女性のように、脚部を擦り合わせる動きを見せていた。
ブリジットが見咎めた一機は、震えたのだ。
まるで、排尿後の寒気に襲われたように。
(あの子達、排尿タンクに……っ! そう言えば、整備班の子達が、大量の排尿タンクを……あぁっ、そんな……っ!)
薬は、全てのドリンクに盛られていた。
少女達は、自らも利尿剤を服用し、それを大量の排尿タンクで凌ぎ切るつもりなのだ。
アルバトロスは、最大6本の予備タンクを持ち込めるようになっている。
合計で4,000ml。
対するブリジットは、体内に備えた1,000mlのタンクのみ。
如何に『鋼の膀胱を持つ女』と言えど、この差は絶望的だ。
更に……。
『F7、撃墜』
自チームの一機が撃墜された。
だが問題は、それがF7――トウコ機であるということだ。
「くぅっ……!」
唯一、ブリジットが限界を迎える前に、4,000mlを使い切る可能性があったトウコが、真っ先に基地に帰っていく。
これでもう、ブリジット機がコックピットの分解清掃を免れるには、20分後の訓練終了まで耐え抜くか、耐えきれなくなる前に、敵チームを全滅させるしかない。
が――
「くっ……うぁぁっ!? あぁぁっ!?」
(だ、ダメぇっ! 振動がっ、お腹に……あぁぁ、嘘、嘘っ!?)
何とか普段の機動をとブーストを噴かしたが、膀胱に致命的な振動が伝わり、ついに尿道への浸水を許してしまった。
彼女達のパイロットスーツは極薄な上、通気性と水捌けも良くなっている。
更に、排尿タンクをつけないブリジットは、当然タンクに接続するための尿管ユニットも付けていない。
極め付けに、ブリジットのスーツの色は、エースパイロットの証である純白だ。
出口を覆うのは、極薄の白い生地のみ。
それは、ほんの数滴の排尿で、ハッキリと黄色く染まっていた。
(私が、この私が、スーツを濡らすなんて……そんなこと……!)
フェアリーになって初めての失態に、ブリジットが激しく狼狽する。
(早くっ、早く終わらせないとっ! これ以上、濡らすわけには……!)
だが、焦ったところで、ブリジットにできることは何もない。
只々尿意に震え、見下していた少女達の掌の上で踊るだけだ。
少女達は、ブリジットが大人しくなったのを確認すると、台本を次に進めた。
ゆっくりとしたペースで、ブリジット側の1機と、敵側の2機が落ち、しばらく6機のまま戦闘。
訓練終了5分前になると、一気にその数を減らしていく。
そして最後は、双方の隊長機の一騎打ちの状況を作り上げた。
ブリジットにはもう、まともに機体を動かす余力はない。
じわじわと、嬲るように攻撃を続ける敵機に対し、何とか大破判定を防ぐので精一杯。
そしてそれすら、終わりを告げようとしていた。
(も、もうダメっ! もう、限界よぉぉっ!)
ブリジットの下半身の染みは、更に広がっている。
これ以上は、機体を降りる際に、オーディエンスにバレてしまう恐れがある。
最低でも、シートは清掃と消臭を免れないだろう。
(この私が……こんな……無様を……!)
自身の惨状に涙を溢すブリジット。
急接近する敵機に対し、彼女は、目を瞑り操縦桿から手を離した。
(覚えてっ、いらっしゃい……!)
『F1、撃墜』
彼女は、一秒でも早くトイレに駆け込むため、敗北を受け入れたのだ。
これで彼女は、『妖精女王』の称号を失うだろう。
だが、このまま戦い続ければ、女として、人としての最低レベルの尊厳まで失ってしまう。
(屈辱だわ……っ! 私に、こんなことを……! 絶対に許さない……必ず、思い、知らせて……あぁぁっ、ダメ……! 今は、一刻も早くトイレに……!)
震える手で、操縦桿を動かすブリジット。
全面モニターに向けた目が、かなり先を行く敵隊長機を映す。
「んんっ、わ、私も、急がないと……………はっ!?」
その様子にブリジットは、我が身を襲う苦難が、まだ終わっていないことを確信した。