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3.拾い物

ごみ拾いの相棒を求めて、全力疾走する。

必死な走りに何事かと振り向く通行人の視線が痛い。

雪が髪を濡らし、地面に落ちるころには水となって靴に染み込み、さらに冷たさが倍増する。


足を止めると、呼吸が上がり、肩が上下した。

見上げると、ごみ山がそびえたつ。

日中は宝の山でも夜には得体のしれない不気味さがある。

なぜごみ山に戻ってきたのか。それは、今日は動物の死骸に遭遇して、水で相棒を洗って乾かしている最中に廃品回収の三人がやってきて、そのまま忘れてしまったのだ。

それが事の顛末である。


相棒を回収するべく、ごみ山に進むにつれ、段々と不安が押し寄せてきた。

自分の呼吸音が大きく聞こえるほど、ごみ山が異常に静かなのだ。

少し離れたところに不法に住み着いた人々の簡易居住からは明かりはおろか、声さえ聞こえない。静寂に包まれている。


蠢き。


僕は立ち止まった。


何かが、ごみ山の一面を黒々と波打ち、蠢く。

ゆっくりと後ずさると足を取られて、ごみが崩れ、大きな物音がした。

黒い波が一斉に向きを変え、僕の存在を認識する。

猛禽類のような黄色く縁どられた目が複数、闇夜に浮ぶ。

自分へと向かってくる。


僕は頭を抱えてしゃがみ込み、正体不明な生き物の攻撃に備えた。


誰でもいいから、助けて。助けて。助けて。

心の中でずっと叫んだ。人生の後悔しか浮かんでこない。生きてきた意味すら分からない。

身体を強張らせて、来るべき時を待ったが、一向に衝撃はこなかった。

ゆっくりと顔を上げると、蠢く姿は消えていた。


「助かった…」


体から力が抜ける。

あれは何だたのか。

立ち上がっても、まだ手が震えてる。

最も昼が短く、夜の長い日が近づいているせいだ。


足元に白い布地が落ちていた。

暗闇でもひときわ目立つ、真新しい白い布地。

さっきは、これに足を取られたようだ。

白い布地に降り積もるごみを除くと、人の顔が現れた。


心臓の鼓動が早くなる。


「えっ……」


落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせて、息を吐き出す。

白い服を着た、人形のように整った顔立ちをした少年。

もしかしたら本当に人形かもしれない。

まだ人間だと決めつけるのは早い。


僕はそっと少年の顔を触ると、生暖かく、柔らかな感触が手に残る。

まぎれのなく、生きた人間だ。


「おい、起きろ!」


声を掛けても反応がない。もしかたら、すでに事切れているのか。

それに真冬の雪がちらつくごみ山に放置された人間に関わるのはどう考えてもよくない。何かの犯罪か。手に負えないものに巻き込まれるのはごめんだ。

安全が第一で、冒険はしない主義だ。

僕は少年に背を向け、当初の目的をはたすために、ごみ拾いの相棒を回収した。

隠れ家に戻ろうとしたが、足が止まった。


「あー、もう! 今日はなんて厄日だ」


僕は少年の元に戻った。

生きているか、死んでいるか、それだけでも確認することにした。

残念なことに、少年の首に手を当てると、脈打っていた。

再び、起こそうとして少年の体を揺らすと、金属音の軋むひどい音がした。


まずい。

足元のごみが勢いよく崩れ始めた。

粉塵は舞い、ごみと一緒に少年は下へと呑み込まれる。

僕は力のかぎり少年の着ている白い布地の服を引っ張る。


「おい、持っていかれるなよ!」


ごみの下敷きになって死ぬ事故もある。慣れ親しんでいるとはいえ、不用意に振動を与えるべきではなかったのだ。

踏ん張る足もごみに埋もれていき、太ももまで達しようとしていた。足が物に圧迫されて痛い。ごみ山に足を食われている。

僕が見つけたから、彼は死んだのではないかと青ざめた。

懇願するように言葉を振り絞る。


「死ぬな」


どれくらいの時間が経過したか、ごみの崩落が止まったときには、少年は横向きで下半身まで埋まっていた。

白い外套は捲れあがり、服の一部は破れ、露出した背中からは鳥のような羽が顔を覗かせていた。

少年の睫が微かに揺れ、瞼が痙攣するも目は開かない。


天使病。


すぐに分かった。

だれもが知っているおとぎ話のような奇病。それが天使病。

天使の伝承がある、この国にしかない病で七歳までの子どもが天使病にかかる。それゆえに昔は天使の取替えっ子とか、試練と呼ばれていた。実際には特殊な感染症との研究者たちの見解であるらしいが原因は特定されていない。絵本に登場するほどに身近な存在であり、実物は遠い存在でもある。


僕の手には負えない。

規則正しく動き、浅く呼吸をしている少年、彼をどうすべきか。生きているのだから、病院に連れて行くべきか。


悩む猶予もなく、途端に簡易住居から人々の声が戻った。


僕は少年の露出した背中を白い外套で覆い隠した。

少年の腕を僕の肩にまわし、下半身が埋もれた少年を引き上げる。

担ぎあげると、重い。

よろめいたが体勢を整えて耐えた。暗闇にまぎれるように大通りの道を避け、隠れ家につながる一番近い整備蓋に行き着いた。


額から汗が流れる。疲れは感じない。緊張が頂点に達していているせいか、心臓は激しく鼓動を打ち、口から心臓が出そうでだ。

周りに人がいないことを確認してから背負っていた少年を下ろした。

注意深く周りを確認し、次に相棒の鉤部分を整備蓋にある空気穴に差し込んだ。

蓋を浮かせ、引きずるようにずらす。蓋を外すと、ぽっかりと開いた口から生ぬるい風が吹き上げる。

降下するための手すりはあるが暗すぎて底が見えない。これが隠れ家の入り口である。


僕は身にまとっていた布を外した。

手すりを使って降りるには、どうしても両手を使う。少年を担ぐことができない点を補うためにおんぶ紐の要領でお互いを布でくくりつけることにした。

焦りから手物が狂い、悪態をつきながら何度かやり直して、それらしく結べた。下りるのはさらに苦労した。少年は重いし、靴が濡れていて、途中で滑った。落ちると覚悟していたら地面に足が付いて助かったものの、もう少し深かったら危なかった。


少年を下ろしてから整備蓋を閉めるためによじ登る。相棒の鉤部分を使って再び空気穴に差し込んで蓋を徐々にずらしながら閉じると、外の月明りも遮断され、水の流れる音が微かにする。


下りて、手探りで壁伝いに歩く。

相棒を壁面に掲げると壁面に発光した矢印が現れた。

柄には夜光貝を使った特殊な塗料が塗ってあり、共鳴して光るようになっている。

矢印は隠れ家へと向かうように方向を示してくれる。こうすれば、複雑な地下も迷子にならずに隠れ家までたどり着くことができる。隠れ家を使っていた仲間には、道順が分かるようにが持ってダイダが持っていたような物を渡している。


図面にはないはずの、何十年も前に水路を整備する過程でつくられた休憩所もある。そこが僕らの隠れ家だ。お手洗い、風呂などの水間周りから家具まであり、修理はしたが十分に人間らしい暮らしができる設備がそろっていた。電気は水路に流れる浅い水に、拾って修理した小型の水力発電機を活用してまかなえた。この場所を偶然、発見したときは歓喜で震えあがったほどだ。


ほどなく、隠れ家に到着した。

心残りとしては仲間に知らせることもなく、そんな隠れ家に少年を招いてしまったことだ。

室内に入り、明かりを点けると物で散乱した部屋があらわになる。

隠れ家をひとりで使っているせいか、片付けも疎かになり、ここは小さなごみ山と化していた。箱いっぱいの夜光貝や海の波で削てれ丸くなった硝子、流木。ごみ山で拾った何かの部品、錆びた工具。本が無造作に高く積まれていた。


僕は長椅子の上に散らばる本を毛布ごとどかす。多少の破れはあるが他人を寝かせるには申し分ない大きさがある。そこに背負っていた少年を横に寝かせた。

少年は灯りの下では青白いく不健康な顔色であった。それでも白い外套は厚手で、埃まみれでも、身なりは僕より上等のようであった。


身震いした。

濡れ鼠では凍えてしまう。

へこみがいくつもある鍋に水を入れて、電気焜炉の上に置く。お湯が沸く間に雪で濡れた服を脱ぎすてると両腕に鳥肌がたった。


「寒い!」


飛び跳ねながら素早く身近にあった服をつかみ、着る。

服入れとしている箱を漁ると仲間が置いて行った服を少年に着せる、背中の羽も無事に隠すことができた。

少年が来ていた外套を衣服掛けに吊るして眺めていると、小さな泡を立てて鍋の水が沸いた。

欠けた湯飲みにお湯を注ぐ。棚から古ぼけた缶を取り出し、残り少ない砂糖を少量だけ入れる。息をかけて冷まし、口にする。


「ん… 生きかえる」


少年が寝返りをうつ。

僕は少年が目を覚ますのではないかと固唾を呑んで待つが、一向に起きる様子はなく、いまだに本人は夢の中である。


本人から聞き出すことを諦めて、僕は勝手に推測することにした。

少年が着ていた白い外套は中に綿が入っていて、汚れてはいるが、外側は滑らかな光沢があり高級な素材が使われている。

靴は履いていて、底はすり減っていない点からあまり長距離は歩いていない。少年の所持品に金や食べ物はなく、商人としては軽装すぎる。

それにこの容姿だ。めずらしい銀色の髪で、背中には羽すらある。そうなると理由はひとつ。

人身売買だろう。

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