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2.空腹

どんな時でもお腹は空く。

空腹を満たすために、少ない稼ぎを握りしめ、商店へと足を運ぶことにした。


すれ違う人々の足取りは軽く、笑いあい、幸せそうである。

あの、災厄が嘘のようだ。

僕が現実から目を逸らしている間に街並みは様変わりしていた。

外灯が赤煉瓦造りの真新しい街並みを照らし、足元の石畳が敷き詰められている。

僕は俯きながら歩く。


お腹が盛大に鳴る。

嘆き悲しもうとも、空腹には勝てない。


緩やかな坂道を上がり、馴染みの握飯屋へと向かう。

熊が穂をくわえている看板が目印で、海が見える場所に店はある。

この店は隠れ家の仲間であるミケが時々、店番をやっているので入りやすい。僕のような風体では店に入れないことさえあるので重宝している。


扉を開けると、鈴が鳴る。

外の寒さとは違い、室内の温かい空気に包まれ、心地よい気分になる。

店内を見渡すと値札の横に、半額の文字が並ぶ。

僕のような身なりの者が来店するからか、この時間帯の店内はとても静かだ。

値札を睨みつつ、一番安くて腹持ちしそうなおにぎりを選ぶ。

今日はミケが店番ではないので、しかめっ面の女性が店番の日かと身構えて会計台に置くと、見慣れない少女が厨房から前掛けをした姿で出てきて、会計をはじめた。


「あの、私が作った試作のおにぎりです。よかったらどうぞ。まだ改良の段階なのですが」

「試作?」

「具材に真珠貝のしぐれ煮を使っています」

「あの、真珠貝?」

「そうです。この辺りの海では真珠貝の養殖をしているので、活用しようと思って」


あの厄災で真珠貝の養殖も打撃を受けたはずだが、まだやっていたのか。

真珠貝のしぐれ煮は初めて聞いた。食べたことは、もちろんない。

冷めて堅くなったおにぎりの他に試作の暖かいおにぎりを手渡される。

少女は僕と同い年くらいだろうか。仲間以外の人から親切にされるのは久しぶりで、不安さえ感じる。


「形が変かもしれないけど、味は大丈夫なので」


はにかんだ笑顔が、とてもかわいい。

僕はおもわず顔を反らす。


親切にされてこんな態度しかとれない。

人間が僕を避けるのは日常的で、仲間が当番じゃない日にいつも会計をする、しかめっ面の女性ではこうはいかない。汚いものを見るかのようで、受け取ったお金は会計箱にはすぐに入れず、拭いてから入れているのを知っていた。


渡された試作のおにぎりは温い。

両手に力を入れて、声を振り絞る。


「あ、ありがとう。いつも会計している、しかめっつ…、女の人はいないの?」


少女がこらえるように笑う。

しかめっ面と思っていたのは僕くだけではなかったようだ。


「しかめっ面のあの人? もう辞めていないのよ。私は普段、厨房で見習いとして作業をしているのだけど、当分は店番もやるつもり」


「そうなんだ。これ大事に食べるね」


少女に向けて精一杯の笑顔を返すが、緊張から顔が強張る。

おにぎりの温かさが逃げないように懐にしまう。

僕は軽やかな気分で店を出ると雪がちらついていた。


身震いする。

一瞬で体の体温を奪いとられる寒さだ。

足早に、地下の隠れ家へと帰ることにした。


建物が密集するひと気のない細い道に踏み込む。石畳の隙間は苔むし、壁面は植物が蔓を伸ばして密生している。かき分けながら進むと左右に分かれる道に突き当たった。

どこを通っても構わないのだが、隠れ家が見つからないとうに、日によって曲がる方向を変えている。どう選択するかと言えば、一日に良かったことがあれば右に、悪かったことは左に曲がることにしている。


今日は動物の死骸に遭遇したから、左。次の分かれ道では稼ぎが少なかったから、左。次はおにぎりをもらったから、右。めずらしく、右が出た。ほとんど右はないので、あまり意味はない。

ようやくお目当ての地下への入り口である整備蓋に出くわした。


鉄製の整備蓋はどこも同じのようで柄が違う。これはとある考古学者の受け売りだが、凹凸や模様でどこにつながるか、分かる人には分かるらしい。

地下の隠れ家へと繋がる整備蓋の表面には二匹の蛇の柄がある。かなりの年代もので経年劣化によって柄は薄くなっていているが、舌を出し、狡猾な顔は目を引いた。この下は水路の跡地で今では使われていない。迷路のように入り組んでいて、崩落の痕もあるため誰も入りたがらない。今では水かさが減り、長いこと放置されている。まさに隠れ家にするにはうってつけである。

人周りに人がいないことを確認し、手を腰にまわすが、空を掴む。

何度か同じ動作をして、腰に視線を落とす。


「え、冗談だろう…」


相棒がいない。

いつも腰にぶら下げている鉤状の棒がないのだ。ごみ拾いのために僕が作った木の棒が、あるべき場所にないことに青ざめた。あれがないと隠れ家まで辿りつけない。

鉤棒は特殊な塗料によって道案内の役割もはたしくれていた。


整備蓋の前で頭を抱えてしゃがみこんだ。

そして、一つの可能性に行きつき勢いよく走りだした。

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