1.はじまり
もし、生まれ変わることができるのであれば、もっと楽しい人生を歩みたい。
前世の行いが悪かったのか、僕の人生は生まれた瞬間が最高潮で、年の数が増えるごとに不幸も積み重なるように設計されているかのようだ。
十三歳になった今日、僕はごみ山を歩いている。
もちろん生活のために。
周りは僕のようにごみを拾っている人が何人かいる。
訳ありの人達がごみ山に集まり、緩慢な動作でお金になりそうなごみを拾っていく。
かじかんだ手に吹きかけた息は白く、布を手に強く巻きなおす。
今日は一段と寒い。
空を見上げれば、すでに日が傾きかけ、段々と姿を現す時間は短くなっている。
間もなく、今年も一年で最も日が短く、厳しい寒さの季節がやってくる。
僕は再び、ごみと向き合う。
太陽が空にあるうちに急いでお金になりそうな瓶や鉄くずを拾う必要がある。
落ちていた瓶を拾うと、下から鏡の破片が僕の顔を映し出した。
痩せぎみで、肌つやのない顔に黒い瞳と髪で、お世辞にも褒められた容姿ではない。
いたたまれずに鏡の破片から顔を反らすと鴉が横切る。
臭い。何だこの臭いは。
吐き気を誘う臭いに襲われ、鼻を手で覆った。
この悪臭に誘われて、鴉が集まってきたのだろう。
邪魔をするなと僕にけたたましく声をあげ、空から見下ろしている。
きっと地を這いずる奇妙な生き物と軽蔑しているにちがいない。
腰に巻いていた擦り切れた穴のあいた布をほどき、立ち込める異臭を防ぐために鼻から下を覆う。
それでも鼻を撃つような衝撃的な臭いを押しとどめることはできず、眉間に皺がよる。
集まった鴉が地面に降りてきた。
肥えていて色つやもよく、思った以上に巨大だ。
「あっちへ行け!」
僕の声に驚いた鴉が一斉に空へと飛び立つ。
鴉達がいる周辺には白骨化しかけた、死骸が落ちていた。
ごみ山で動物の死骸に遭遇することもあると聞いていたが、まさか自分が引き当てるとは思わなかった。
大きさと歯の形からして中型の肉食動物っぽい。鼠でも追いかけて迷い込んで死んだのだろうか。
悪臭に吐き気を覚え、不覚にもごみに足を取られて尻から勢いよく転ぶ。
「ノラ、情けなーい」
一部始終を見ていた、ちび達が一斉に笑う。
その中に元、隠れ家の仲間がいた。
大きい口を開けて笑う、前歯のない男児で名前はキイ。
隠れ家に少し前まで一緒に住んでいた仲間である。
キイの特技は何といってもおしゃべりだ。
知ったことを他人に言わずにはいられない。
秘密や内緒が大好きで、誰にでも喋ってしまうから隠れ家の仲間にも筒抜けである。
「まさか死骸に出くわすとは思わないだろう。それより、ムラサはどうした」
違う話にすり替える。
ムラサとはキイの自慢の姉で、僕より年齢が一つ下だがしっかり者。
義務教育を終えた次の日に住み込みの働き口も自分で調べて勝ち取り、隠れ家を弟と出て行った。
「姉ちゃんなら仕事に行ったよ。ノラと違って、姉ちゃんは働きものだから」
不機嫌そうである。
キイの年齢では学校に通う義務があるので、姉とは一緒に働けない。
だからといって、その不満を僕にあたり散らすのは困る。
まあ、そんな態度をとれること自体、親しい関係とか家族っぽくはあるが。
これも保護者がいない僕ら特有の悩みなのだ。
「お前はまだ人生の厳しさを知らないな。僕が好んでごみ山にいると思っているわけ?」
「え、違うの!」
僕はキイの額を中指で弾いた。
「痛って!」
キイは額を押えて、僕を睨む。
「だってさあ、ノラはごみ山とか海で拾ったもので、こんな物を作って隠れ家に住む仲間に配っているし…」
キイは鞄から手に収まる大きさをした、半円形で紐が通された木片を取り出す。
これは姉のムラサと対で、合わせると円形になる代物だ。
特殊な塗料が塗ってあり、ある条件下で発光し、地下の入り組んだ隠れ家へと誘導してくれる。
「格好悪い」
渾身の作品をけなされ、肩を落とす。
他にも形状の異なる物を隠れ家の仲間に渡している。
僕が主に使っているのは鉤が付いた棒状の物で、有名な海賊物語に登場する片腕が鉤の義手をした海賊に似ているせいか『へたれ海賊』とか言われ、ちび達に冷やかされる。
ごみ山を海に見立てて海賊ごっこが始まることも、しばしばあるが、何にせよ、ごみを掘り出すのに欠かせない仕事道具だ。
密かに「相棒」と愛称を付けている。
「それは、隠れ家への通行手形みたいなものだよ」
「ふーん」
疑わしい目である。
あまり納得していないようなので、詳しく説明をしようと口を開きかけるが、遮られる。
「ちょっと、キイ。いつまで遊んでいるの?」
キイの姉、ムラサが声を掛けてきた。
「今、帰るとこ」
「そうなの? 帰ってこないから、迎えに来ちゃった。ノラの邪魔してない?」
「してないよ!」
キイや他のちび達は脱兎のごとく、走り去る。
「もう。ごめんね」
「いいよ、いつもだし」
「ありがとう」
ムラサは時としてキイと同じ気質が表面化する。
悪い意味でだ。
「ねえ、ノラ。今日は隠れ家に皆で集まる日だから忘れないでね」
「そんな日、なくそうよ」
「無理。月一回に減らしたじゃない。私たちの隠れ家でもあるのだから」
「ムラサ達にとっては元、隠れ家だろ?」
「いいじゃない。それに話したいことがたくさん。今日なんて、変わったお客さんが来たの。あとで聞かせるね。それじゃあ、またね」
聞く耳を持たず、ムラサはごみ山を後にした。
隠れ家の元仲間が嫌いな訳ではないが、渇いた喉に一滴だけ水を垂らすようなもで、時としてその優しさは残酷だ。
上空で様子を伺っていた鴉達が、再び死骸に飛びつく。
黒い水晶玉のような目が僕の様子を伺うが、すぐに鴉達で死骸を奪い合い、けたたましく主張し、大きな嘴で骨の髄まで喰らいつく。
気分がいいものではない。
僕は背を向け、黄ばんだ半透明な袋を緩慢な動作で拾って、ごみ拾いを再開したが、一時もたたずに海の向こう側に太陽は沈んだ。
日が沈むと、どこからか廃品回収業者が三人でやってくる。
服装も同じ灰色で見分けがつかないが、彼らにはそれぞれ役目があるらしい。
計量する役、記入する役、金を渡す役に徹している。
僕らは彼らの前へ一列に並ぶ。
ごみ山から一日で集めた鉄くず、瓶、缶を分けて計量器に置き、一日の努力を量られる。
量りの針が右往左往し、針の位置が定まる。
想像よりも、軽い。
ため息をつくと、計り役の男が睨む。
「何か文句でもあるのか?」
低く威圧的な声に萎縮する。
「いいえ、すみません」
僕は慌てて、お金を受け取り、ごみ山から走り去った。
ごみ山と距離がとれたてから立ち止まり、振り返る。追ってくる人はいない。
あらためて手のひらに握りしめたお金を数える。
「嘘だろう…」
今日は過去最低の稼ぎだ。
これでは自分の夕飯を買うのがやっとで、隠れ家に仲間が集まる日なのに、もてなすこともできない。
本当に情けなくなる。
不運だ。