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9.

 そろそろ夕刻の鐘が鳴る。それでミーナの勤務時間は終了。

「あの、オリンさま」

 鐘が鳴る前にフレドリックに声をかけた。

「私の勤務は夕刻の鐘までです」


「そうか」


「あの。帰る前に夕飯の準備だけはしていった方がよろしいでしょうか?」

 ミーナの問いに、フレドリックの眉がピクリと動いた。


「オリンさまは、いつも何を召し上がっていたのですか?」


「そのまま食べられる奴、だな」


「果物、とかですか?」


「そうだな」


 うーん、と右手を顎に当ててミーナは考えた。きっとこの人のことだから、皮ごと食べられる果物を食べていたに違いない、とか勝手に想像してみる。そして今日の夕飯についても考えてみる。昼の残りのパンがある。できればスープもつけたいところではあるが、残念ながら食料がない。


「オリンさまがご迷惑でなければ、夕食も準備してから帰りましょうか?」


「お前は?」


「え?」


「お前は、夕食はどうしているのだ?」


「食堂を利用しております。私、こちらの寮に住んでおりますので」


「寮? そんなものがあるのか」


「あります」


 ふむ、とフレドリックも何かを考えている様子。


「必要な食材はそろえてもらって構わない。帰宅前に夕食を準備してもらえるのは助かる。できればもう一つ軽食も準備して欲しい」


「承知しました」


「夕食は、お前さえよければ、ここで食べていってもかまわないぞ?」


「つまり、夕食もここでオリンさまと一緒に、ということですか?」


「そうだ、何か不満があるか?」


「いえ、ございません」

 不満なんて無い。むしろ夕食代が浮いてラッキーという心境だ。

「では、私の勤務は夕刻の鐘までで。それ以降は適当にご飯の準備をしていい、ってことですね?」


「まあ、そうだが。別に勤務時間にこだわる必要は無い」


「まあ。料理は趣味のようなところもありますので」

 できれば明日の下ごしらえもして帰りたいな、なんてことも思っている。パン生地を保冷庫に入れて帰れば、明日の昼食用に焼き上げることもできる。今日作ったのは発酵がいらないパンだった。発酵できればもっとふわふわなパンが食べられる、とか。もう頭の中は食べることでいっぱいだ。


「なんか、楽しそうだな」

 フレドリックが怪訝そうに見つめてきた。ミーナは何を作ろうかな、どんな食材を買おうかなということで頭がいっぱいだった。


「鐘までにはまだ時間がありますよね」

 言うと、ミーナは研究部室、またの名をフレドリックの私室を飛び出して、侍女の元へと足を向けた。何か困ったことがあったら言ってくださいね、と彼女は目尻を下げてそう言っていたのだ。


「カミラさん」


「あ、ミーナ様。どうかされましたか?」


「あの、実は」

 要約してフレドリックのために食事を作りたい、と言うようなことを伝えたらカミラが顔をぐちゃぐちゃにして喜んでくれた。なので早速料理人たちから食材を分けてもらうことができた。


「あの、カミラさん。こんなにいただいてしまってよいのでしょうか?」


「はい。ニクソン様からも、言われております。オリン様に食事をさせるのが最優先事項である、と」


「そうなんですか?」


「はい。オリン様は食事をなさらないので、私たちも心配していたのです。そこにミーナ様がいらして、オリン様のために食事を作りたいなんて言ってくださって」

 今にもカミラが泣き出しそうなので「もう、いいですよ」なんて、ミーナも思わず声をかけてしまった。


 ミーナとしては今日の夕飯の材料が欲しかっただけなのだが。


「また明日もお願いします」

 とカミラにしっかりと頭を下げられてしまったミーナ。変に期待されてしまっても、それに応えられるかどうかはわからない。だけど、ご飯を作るのは嫌いでも無いし、自分の食費も浮くからそこだけは前向きに考えようと思った。


 研究部室へ戻る途中で夕刻の鐘が鳴ってしまった。他の部屋が慌ただしくなるのを感じた。


「ただいまです」

 ミーナが戻ると、フレドリックは相変わらず本を読んでいた。この人、ミーナがいる間は本しか読んでいないのではないか、と思えてくる。いや、今日は少しだけ、魔法について教えてもらったんだった。


「ああ、戻ったのか。鐘が鳴ったから、あとは好きにしてもらってかまわない」


 昼よりも進歩したのは、フレドリックがミーナという一人の人間を認識してくれたということだろう。それはかなりの進歩であるとミーナは思っている。

 もらってきた食材で簡単にスープを作ることにした。それから、明日用のパンの下ごしらえをして、フレドリックの夜食も準備して。孤児院で鍛えた家事力をふんだんに発揮してみた。


「オリンさま。夕食の準備が整いましたので、いつでも食事は可能です」


「そうか。頭を使ったら、お腹が空いたな。すぐにでもいただこう」


「はい、承知いたしました」


「わかっていると思うが。お前も一緒に食べろ」


「はい」

 そこでミーナは嬉しそうに笑みを浮かべた。何が嬉しいのか自分でもわかっていないところもある。単純に夕飯に辿りつけたことなのか、それともフレドリックと一緒に食べることができることなのか。

「オリンさま。こうやって誰かと一緒に食事をすると、このような質素なものでも美味しく感じませんか?」

 ミーナがそう言ったとき、フレドリックは硬いパンを口の中で噛み砕いているときだった。だから、それには返事をしなかった。

「パンが少し硬くなってしまいましたね。硬くなったパンはスープに浸して食べるんですよ。明日はもう少し柔らかいパンを焼きますね」


「そうか」

 フレドリックは口で三語だけ呟いたが、心の中では楽しみだなとも呟いていた。


 フレドリックがあまり食事をしなくなったのは、以前、その食事に薬を盛られたことが原因だ。

 毒であればまだ解毒魔法で解除できたものの、よりによって媚薬とは。その薬の効果を無くすためには男女の事情を持つのが手っ取り早いのだが、フレドリックは一週間それを耐え抜いた。媚薬を盛った者はこの部屋に出入りしている侍女だった。すぐさま殺してやりたい気持ちであったが、それをエドアルドに止められた。彼女はどこか遠い所へ行った、としか聞いていない。

 それ以降、フレドリックは誰が作ったかわからないような食事をとることは避けてきた。

 だから、このように誰かと食べることなど、何年ぶりだろうか。


「オリンさまは、お肉とお魚、どちらがお好きですか? 嫌いな食べ物はありますか?」


「特に、嫌いな食べ物はないな。肉も魚もどちらが好きかということは考えたことはない」


「いろんな食材を譲っていただけたので、少し挑戦してみたい料理があるのです。ですが、オリンさまが食べられないものでしたら、作っても意味がありませんので、聞いてみました」


「まあ。料理が好きなことはわかったが。お前がここにいるのは料理をするためではないことは忘れるな」


「はい。料理は勤務時間外にしますので。ですから、明日からはバシバシ魔法を教えてください」


 フレドリックの右眉がピクリと動いた。

 魔法を教えなければならないことを失念していたわけではない。

 今日は魔力の吸収力の実力を探ってみたが、この吸収力も底無しというわけではなかった。少なくともフレドリックの全魔力を吸収することはできない量だ。


「そうだな、考えておこう」


 この得体の知れない魔力の持ち主に、魔法を教えることもできるのか、という不安がフレドリックを襲った。不安になることなど、今まであっただろうか。非常に興味深い、と彼は思った。

いつも読んでくださりありがとうございます。

ブクマ・評価がじわりと増えて嬉しいです。

まだ続きます!!

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