表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/32

32.

 フレドリックは椅子に座っていた。彼女の準備が終わるのを待っているのだ。そして深くため息をつく。臣籍降下したはずで、すでに王族ではなくなっている、というのに。

「おい、なぜここで婚約発表をしなければならないんだ」


「それは。君が私の弟だから、だね」


 目の前のブラッドリーは楽しそうに目を細めている。


「どうせ、あっちの屋敷にだって戻っていないんだろう? あそこに四六時中いるんだから。急に君が戻って、向こうを混乱させても大変だ」


 じゃあね、とブラッドリーは背中越しにひらひらと手を振ってその場を離れる。

 フレドリックは再び大きく息を吐いた。そこにブラッドリーと入れ替わるかのようにトファーがやって来た。


「おい、フレド。とうとうお前が結婚を決めるとはな。驚きだ」

 フレドリックは目の前に立っているトファーを見上げた。

「俺は警備でそこにいられないから、先に伝えようと思ってだな。まあ、とにかく、婚約おめでとう」


 トファーが鼻をすすっているのか、左手の人差し指を鼻の下に当てていた。泣くほどのことか?


「それで、お前の婚約者はどこにいるんだ?」


 もしかして、もしかしなくても。彼はフレドリックの相手をしらないのか。まあ、伝えてはいないし、あのエドアルドが伝えているとも思えない。


「あ、フレドさま。お待たせしてしまって申し訳ありません」

 カミラに連れられ、準備を終えたミーナが姿を現した。


「あ。トファーさま」

 彼女がそう声をかけたから、トファーも驚いたのだろう。


「な、お前。ミーナか」


「あ、はい」

 トファーはミーナに近づき、上から横から斜めからと見まわす。


「本当に、ミーナか」


「おい。トファー。人の婚約者をそうじろじろ見るな」


「いや、すまん。本当にミーナなのか」

 トファーは三回も呟いてしまった。彼が疑いたくなるのもわからなくはない。


「あ、はい。一応」


 そこでトファーはぷっと吹き出した。


「悪い。やっぱり、ミーナだわ。まあ、幸せになれよ。お前、孤児だっていってたしな」


「あの。トファーさまは、ご存知ないのですか?」


「何が、だ?」


「あの。私、団長の養子になったのです」


「は?」

 そこでトファーはガシガシと頭を掻いた。


「なんだ、お前。エドの娘でフレドの婚約者になったってことか? なんでそんなに魔導士に囲まれてんだよ」


「彼女が優秀な魔導士だからだろ」

 すかさずフレドリックが声をかける。


「こいつは魔導騎士だ。いずれは返してもらうからな」

 ふん、と言いながらトファーも仕事へと戻る。


「なんだったんだ、あれは」

 ミーナはそれに首を傾けることしかできなかった。


 人嫌いで有名な天才魔導士の婚約というのは、この国の関係者を驚かせるには充分な話題だった。その相手が、この国初の魔導騎士。一部では政略とも言われているが。


「言いたい奴には言わせておけ」

 と言うのがフレドリックの方針であるため、そんな言葉は気にならないらしい。むしろ、そもそも他人からどう言われようが気にしていない男。


「それで。なんで私がここで茶を飲まなければならないんだ」

 残念なことにフレドリックの隣にミーナはいない。今はミモザと一緒に何やらお勉強をしているらしい。

 エドアルドの屋敷の談話室。何が悲しくて男二人、向い合って茶をすすり合わなければならないのか。


「お前が俺の義理に息子になったからだろう?」

 エドアルドは楽しくて非常に気分が良いのだろう。始終、ニコニコと笑みを浮かべている。それを見ているフレドリックにはため息しか出てこない。


「まあ、冗談はおいてだな」

 そこでエドアルドは足を組んだ。

「ブラッドリーは気付いていたぞ? ミーナのあれに」


「そうだろうな。一応、あれでも国王だからな」


「いいのか? このままにしておいて」


「いいんじゃないのか、このままでも。何も問題はないだろう? 今までも問題はなかったのだから。それよりも面倒くさいことに巻き込まれる方が面倒だ。それに、コモッティに深入りするなと言ったのは、お前だろう」


「それもそうだが。多分、ブラッドリーも同じ気持ちだ。お前たちは、やっぱり兄弟だな」

 エドアルドはもう笑うしかなかった。大事なことであるのに、それを見なかったことにしようとする兄弟。だが、ブラッドリーは違うかもしれない。コモッティと何かあったときの切り札に、と考えているかもしれない。

 だがそれも、このフレドリックが隣にいれば大丈夫だろう。


「お待たせしました」

 そこへお菓子を手にしたミーナとミモザがやって来た。

「これ、ミーナさんがお作りになったのですよ」

 ミモザが言うこれとは、パウンドケーキのこと。

 お勉強をしているはずではなかったのか、とフレドリックは思ったのだが。

 ミーナは笑顔のままフレドリックの隣に座る。そして、そのケーキを取り分けると、さっとフレドリックの前に差し出した。彼女の顔を横目で見ると、それは至福の表情で溢れているように見えた。


「なんか、一気に家族が増えた気分だな」

 エドアルドが呟く。


「そうね」

 ミモザも同意する。


「お義父さまも、お義母さまも、どうぞ」


「ミーナさんは料理もお上手なのよ」

 ミモザがケーキの乗った皿を手にした。


「それに惚れた奴がそこにいる」

 エドアルドは顎でしゃくる。すると、またジロリとフレドリックに睨まれる。

「ところでフレド」


「なんだ」


「お前は、いつになったら俺をお義父さんと呼んでくれるんだ?」


「誰が呼ぶか。お前はもうじじいでいいだろう。どうだ、おじいさまと呼ばれるのも悪くはないんじゃないか?」


 と言うフレドリックの言葉を、エドアルドは数秒考え込むのだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

これにて完結です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ