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28.

「連れてきたぞ」


「相変わらず、不愛想だねぇ。彼女が怯えているじゃないか」

 フレドリックに怯えているわけでなく、どちらかというとフレドリック兄に怯えているわけだが。


「あの、フレドさま」

 ミーナは小声で彼の名を呼んだ。


「ああ、悪い。紹介すべきだな」


「そうだぞ、フレド。さっさと紹介しなさい。何しろ私と彼女は初対面なのだから」


「ミーナ、こっちが兄のブラッドリーだ」


「こっちって、酷い言い方だな」

 フレドリック兄のブラッドリーは、「フレドの兄、ブラッドリーだ。よろしく」


「あ、はい。ミーナです」

 初めて魔導士団で挨拶したときのように、彼女は挨拶をした。


「立ち話もなんだから、ちょっと場所を変えようね」


 その言葉を耳にした時、ミーナは。

「フレドさま。ここはどこなんですか」

 口の脇に右手を開いて添えて、フレドリックの耳元で尋ねた。

「謁見の間、と呼ばれる場所だな」

 残念なことに、その名称を聞いても、ミーナはピンとこなかった。

 そうなんですね、としか言えない。


 場所を変えようねと言ったブラッドリーの後ろをついていくフレドリックは、相変わらずミーナの手を引っ張るようにして歩いていた。


「フレドさま」

 ミーナが彼の名を呼ぶと、我に返ったかのようにその歩みを緩める。

「どうかしたか?」


「いえ、もう大丈夫です」


「そうか」

 フレドリックが優しく微笑んでくれた。

 案内された場所は。

「ここはどこですか?」


「談話室、だな。とりあえずお前は私の隣に座っていればいい」

 ミーナはその言葉に従って、フレドリックの隣に座った。向かいにはフレドリックの兄であるブラッドリー。つまり、国王。

 そしてミーナがぼけっとしているうちに、目の前にはお茶やらお菓子が並べられた。


「君が、甘いお菓子が好きだとフレドから聞いてね。だから、遠慮なく食べてくれ。そして、フレド、ちょっとこっちへ」


 フレドリックだけ呼び出したということは、彼とだけ話がしたいのだろう。つまり、ミーナはお菓子を食べて待っていなさいと言われた、と解釈した。


 ブラッドリーは話し声が彼女にまで届かないような場所まで弟を呼び出した。

「なんだ」

 フレドリックは相変わらず機嫌が悪い。その弟に向かって兄は口を開く。


「あれは、なんだ。どこで見つけてきた」


「見ればわかるだろう。私の部下だ。何か問題があるのか」

 まあ、問題ばかりだろう。だが、あえてそう尋ねる。


「いや。そうではない」

 ブラッドリーは顎に手を当てる。

「あれは、コモッティの前王によく似ているが。心当たりはあるのか?」


「さあな」

 そこでフレドリックはニヤリと笑った。

「彼女は孤児であることを、伝えていただろう?」


 その言葉の意味するところをブラッドリーは考える。

「コモッティの前王には四人子供がいたはずだ。生まれてすぐの一番下の第一王女が行方不明、どうやら人さらいにあったようだとか、そんな噂を耳にしたことがあってな。確か、娘の名前はウェルミナ……だったか。あの国は、女性の方が魔力が強いらしい」

 どこか遠いところを見ているような視線になっているのは、記憶を掘り起こしているからだろうか。

「今でも、行方不明の娘を探しているという話は聞いたことがある。だから、私も名前を聞いたことがあったのか。いまだに血生臭い争いをしているような国だしな。その娘の魔力を利用して、今の王を引きずり降ろそうという反勢力でもあるんだろうな」

 そこまで言うと、ジロリとフレドリックに視線を戻す。

「まあ、ともかく。お前がそう思える相手と出会えたことだけは、喜ぶべきところだな」


「さすが、国王陛下さまだな。わかったならこれ以上、変な女を紹介しないで欲しい」

 フレドリックは鼻で息を吐いてから、彼女の隣へと戻る。ミーナはお菓子も食べずに、そこに座って待っていたようだ。


「食べないのか?」

 フレドリックが尋ねると、少し苦しそうに笑う。今にも泣き出しそうにも見える。


「すまないね、ミーナ嬢。こんなやつで」


 目の前のブラッドリー。こんなやつ、を指しているのはフレドリックのこと。

 ミーナは、ふるふると首を横に振る。


「ほら、口を開けろ」

 フレドリックが突然そんなことを言い出すので、彼の方に首を回してしまった。ぽかんと開いていた口の中に、お菓子を一つ突っ込まれる。


「美味しいか?」

 フレドリックは自分の指についたクリームを舐めながら、尋ねる。ミーナは頷くことしかできない。

「そうか」


 目の前のブラッドリーは、楽しそうに二人のやり取りを見つめていた。

 このミーナという少女がコモッティの第一王女だと仮定した場合、フレドリックの相手として不足はない。ただ、問題なのは彼女がコモッティの第一王女であるという証拠がないことと、証拠があったとしても公表できないことだ。彼女がそうであったことが周囲に知られたら、間違いなくコモッティへと連れていかれるだろう。見る者が見れば、彼女が前王の娘であることくらい、すぐわかる。むしろ、今までよくばれなかったな、と思う。きっと見る者がいなかったのだろう。

 彼女のこちらでの身分は孤児。となれば、その状態でのフレドリックとの婚姻は難しいだろう。何か、仮の身分を準備しなくてはならない、か。


「なんだ」

 じっと黙っていたのを気味が悪いと感じたのかもしれない。フレドリックが声をかける。


「いや。お前もそういう顔ができるんだなと思って見ていただけだ」


 ブラッドリーは楽しそうに笑った。そう、楽しいのだ。この状況が。

 行方不明とされているコモッティの第一王女をこちら側に取り込むことができたら、と考えると。楽しさしかない。

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