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23.

 多分、いや、間違いなく。このふかふか布団の感覚は寮のベッドではない。そして何よりも彼の匂いがする。


「目が覚めたか?」

 優しく問われる。


「ええと。ここはどこでしょうかね?」

 ミーナのそれに、ふっとフレドリックは鼻で笑う。


「今日は休みだから、まだ寝ていてもいいぞ?」

 上司からそう言われたのであれば、まだ寝ていたいような気もするのだが。


「ですが、私が寝ていたらオリンさまは食事にありつけないと思うのですよ」

 目を細めて、じーっと彼を見つめた。

 ふっと、また鼻で笑われてしまう。


「名前で呼べ、と言ったはずだが」


 うわ。指摘されるところはそこですか。


「えっと。フレドさま」


 ミーナがそう口にすると、彼の顔が近づいてきて優しく口づける。


「起きてしまうのは、もったいないな」

 真面目な顔をして言うのはそれですか。


「あのー。一応。念のためといいますか。ちょっと確認をしたいのですが」


「どうした?」


「なぜ、私はここにいるのでしょう?」


「そうだな」

 フレドリックの手が伸びてきて、ミーナの頬に触れる。

「一緒に寝たからだろうな」


「ですよね」

 彼女はため息とともに、その言葉を吐いた。


 その様子をみて、フレドリックはいささか不安になった。確認しておきたいことがある。


「おい、ミーナ。お前、昨日、私が言ったことを覚えているのか?」


 それに対するミーナの答えはなく、顔を真っ赤にして頭から布団をかぶったため、多分、覚えているだろうということを悟った。そして、暑くなったのか、真っ赤な顔をしながら布団から出てきた。


「あの、オリンさま。本当の本当の本当なんですか?」


「だから、名前で呼べ、と」


「えっと、フレドさま」


 フレドリックは、ミーナが照れながら彼の名を呼ぶのを気に入っていた。


「本当に、私と結婚をするつもりなんですか?」


「だから、前々からそう言っていたつもりなのだが」


 そこでミーナはまた頭から布団をかぶった。

 何だろう、この貝がぱかぱか開けたり閉めたりするような仕草は。


 フレドリックはミーナが布団から出てきたところを捕まえた。両腕でがっしりと抱きしめる。


「それで、お前は、私と結婚するつもりになった、ということでいいんだよな」


 恐らくミーナは昨日、そんな風に返事をしてしまった。それはお酒が入った勢いで、本音がついついこぼれてしまったからだ。だが今は理性が働いている。


「ですが、その。私とフレドさまでは身分が違いすぎますので。って、それよりも、むしろ。なぜ急にそんなことを言いだしたのかという理由も気になっています」


 腕の中で少し悪あがきをする彼女がかわいくて、フレドリックは額にそっと口づける。そして、離れると目が合う。そのような行為を行うことで、彼が誤魔化しているかのようにも見える。


「だから、なんで急に結婚とか言い出して、その相手が私なのでしょうか」

 フレドリックの腕の中の少女はそんなことを言う。


「まあ。私の、結婚の話は前々から言われていた。だが、そろそろいい加減腹を括らないと、どこか適当な女を見繕われそうだった」

 だが、この場合の適当な女というのは、大人で、美人で、魅惑の体系の持ち主で、そんでもってそれなりの身分の女性なのだろう、とミーナは思った。


「そんなときに、お前もいつかは結婚したいと言っただろう」

 言いました。言いましたが、いますぐではなく、いつかという遠い将来のことを言ったつもりです。という、ミーナの心の声。


「つまり、私たちの利害が一致した、というわけだ」

 どこに利害があったのか、ミーナにはさっぱりわからない。

「私も、お前が相手なら悪くないと思った。ミーナ、お前はどうだ?」


 どうだ。と聞かれても。本音は嬉しい。そして、恥ずかしい。だけど、心のどこかでそれはダメだと言っている。


「はい、そう言っていただけるのは嬉しいです」


「そうか」

 いつものフレドリックからは想像できないような満面の笑み。

「ミーナ、もう一度言う。いや、何度でも言いたい。私と結婚して欲しい。私は、これからもお前が作ったご飯を食べたい」


 知らぬ間にミーナはフレドリックの胃袋をがっちりと掴んでしまったらしい。

 そんなことを言われたら喜ぶしかない。だけど。


「ですが、私は孤児です」

 顔を隠そうとする彼女をがっしり掴んでいるフレドリックは、それを許さない。


「知っている。だが、そんなこと、私にとっては大した問題ではない」


 驚き、腕の中の少女は顔を上げる。


「私には金も権力もあるからな。そんな身分差の問題など、握りつぶしてやるから安心しろ」


 自ら金も権力もあると言い切ってしまうフレドリックは、ある意味かっこいい。というか、ものすごくかっこいいのでは?


「それでも、まだダメか?」


 不安気にミーナを見つめるフレドリック。彼がこんな表情をするとは。

 フレドリックの腕の中でミーナはふるふると首を振った。嬉しすぎてちょっと涙が出そうにもなる。


「あの。オリンさまは、本当に私でよろしいのでしょうか?」


「名前」


「あ。フレドさま」


「いつになったら、名前で呼んでくれる?」


「うーん。そのうち」


「そのうち、ね」

 そこでフレドリックはまた鼻先で笑った。


 そうやって二人で話をしていたのだが、やはり昨日の疲れが残っていたのだろう。ごろごろとしているうちに、ミーナはいつの間にか眠ってしまっていた。なんか、とても幸せな夢をみていた、ような気がする。


 次に目が覚めるとフレドリックの姿は無かった。そろりとベッドから抜け出し、そろりと隣の続きの扉を開ける。そろり、と。

「目が覚めたのか?」


 そろりと開けたにも関わらず、フレドリックには気付かれてしまったようだ。彼以外の人がいないことを確認したら、その扉をしめ、また彼の部屋へと戻る。少し、身支度を整えよう。

 再び、その扉を開けると、フレドリックは少し不機嫌な顔をしていた。


「どうかなさいましたか?」


 ミーナが声をかけるが、返事は無い。


「あの。ゆっくりしてしまってすいません」


 それでも返事は無い。


「では、あの。私、戻りますね」


「どこに戻る?」


 やっとフレドリックが反応した。


「えっと。寮の方に」


「何か、用事があるのか?」


「いえ。何も。ですが、今日はお休みですので。こちらにいる必要は無いかな、と思いまして」

 そこでフレドリックにジロリと睨まれた。

「つまり。休みの日まで私と一緒にいたくはない、と。そういうことか?」


 ミーナは思わず目を見開いた。どこをどうとったらそういう解釈になるのか。


「いえ。そういうわけではございません。ですが、休みの日はきちんと休むように団長からも言われていますので。こちらにいることはできないのかな、と。まあ、そう思ったわけです」


「なるほど」


 すっとフレドリックは立ち上がり、ミーナの元へと近づいてくる。思わず身構えてしまうミーナは、騎士団での訓練によるものだろう。

 フレドリックは、ミーナの背中と太腿の後ろの辺りに手を差し入れると、ふわりと彼女を抱きかかえてしまった。


「ここにはいられないのであれば、私の部屋にいればいいのだろう」


 このままではまたベッドに戻されるパターンだ。


「いえ、こちらで問題ありません。仕事をしなければいいだけですから。それよりもオリンさま。お腹が空いていませんか?」


 腕の中で暴れるミーナの額に、フレドリックは口づけを落とした。


「えっと、オリンさま?」


「お前が、私のことを名前で呼んでくれるのなら、食事にしよう」


「あ、はい。フレドさま」

 ミーナはなんとか解放された。

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