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17.

 ミーナは心の中で悪態をついていた。それが心の中だけにとどまらず、口に出るようになるまでそう時間はかからなかった。


「鬼、悪魔、変態、この鬼畜」


 ミーナの語彙力ではこの辺が限界だった。


「そんなことを言う暇があるなら、早く魔法を放ってみろ」


 楽しそうに人に向かって魔法をバンバン仕掛けてくるフレドリックは、その場からほとんど動いていない。ミーナは先ほどから息をつく暇もなく走り回っている。

 フレドリックが言うには、魔導士は魔力を高めるために、基本的には静止して魔法を使うらしい。だから、あのドラゴン退治のときもフレドリックはああやってただ立っていたのだ。と書いてしまうと語弊があるが。ただ立っているように見えて魔力を高めていたということだ。

 だが、ミーナは根本的に魔法の種類が違うから、動きながらでも魔法を放つことができるのではないか、という考えにフレドリックは至った。


 彼はこの訓練の開始直後、ミーナに少し魔力を流し込んでみた。そして、それを吸収せずにとどめておくためには、体を動かした方がいいのではないか(寝ないように)。どうせ体を動かすなら、ついでに魔法も放ってみろ。というわけのわからないフレドリック理論を提案してきた。

 そのフレドリック理論によるものなのか否か、彼は今、楽しそうにミーナに向かって魔法を放っているところであり、彼女はそれを交わしながら魔法を放とうと思っているのだが、それがなかなかうまくできない。そのためか、魔法を放つのではなく悪態を放っている、という今に至る。

 そして面白そうなことをやっているな、という噂を聞きつけたエドアルドとトファーまでもがここにいて、ニヤニヤしながらその訓練を見ていた。

 暇なのか、とフレドリックに一喝された二人ではあるが、彼らが言うにはかわいい部下の様子を見に来ただけだ、とのこと。それが暇だってことだろ、とさらにフレドリックに言われたようだが、仕事の一環だと言い切った。


「鬼、悪魔、変態、この鬼畜」


 ミーナの悪態は止まらない。だがミーナは気づいた。意外とリズミカルかもしれない、これ。これに合わせて魔法をフレドリックめがけて放てばいいんじゃないか、と。

 氷属性、目標、フレドリック。


「鬼、悪魔、変態、このきちくー」


 ミーナから眩しい銀色の光が放たれた。フレドリックはすかさず防御魔法で身を守ろうとしたが、それは少しだけ間に合わなかった。

 ミーナの魔法がフレドリックに直撃する。ズドン、という重い音が響く。


「おい、フレド」

 エドアルドは思わずその名を呼んでしまった。


「あ、オリンさま」


 銀色の光がサーっと引けると、そこにフレドリックが立っていた。無傷、のわけがない。


「オリンさま。申し訳ありません」


「いや、それよりもびっくりだろ、こいつ。あのフレドに魔法を当てたぞ?」


 トファーが白い目でミーナを見た。そんな白い目で見ないでくれ、とミーナは思いつつも、フレドリックの元へと小走りで近づいた。

 フレドリックは右手と顔を負傷していた。

 それ以外は防御魔法で防いだようだ。魔導士のローブもそれなりの働きをしてくれたらしい。


「オリンさま、ご無事でしたか」


 フレドリックは目の前のミーナをジロリと見下ろした。そして、その顔を歪めると、いきなり大口をあけて笑い始めたのだ。

 それに驚いたのは、もちろんエドアルドとトファー。あのフレドリックが笑っている、と。


「ああ、これくらいはかすり傷だ。問題ない。だが、さすがだな」


 フレドリックはまだ笑い続けている。

「おい、エドも見ただろ?」


「ああ、見た。お前が無様にやられる様子を」


 エドアルドのその言葉にフレドリックはピクリと反応したが、それよりも今はミーナが楽しくて仕方がない。


「おい、トファー。ミーナは騎士団退団だ」


「おいおいフレド。何、勝手なことを言ってんだよ」


「これはお前らには扱いきれない。私に寄越せ」


「ミーナは騎士団所属だ。それ以上でもそれ以下でもないし、退団は認めない」


「このまま騎士団に置いておいても、手に余るだけだぞ? これの才能を潰す気か?」


 エドアルドは黙って二人のやり取りを聞いていたが、あのフレドリックにここまで言わせる彼女をこのまま騎士団に置いておくのはもったいないと思うし、むしろミーナとフレドリックのコンビはいいコンビかもしれない。彼女で釣れば、もしかしたらフレドリックも魔物討伐の遠征に同行してくれるかもしれない。そうなれば、百人力どころではない。さらにそこにミーナがくわわったとしたら、間違いなく千五百人力くらいだろう。


「ミーナ」

 エドアルドは話題の中心人物の名を呼んだ。「お前は騎士団と魔導士団、どっちがいいんだ?」


「え? 急にそんなことを言われましても」

 困る、としか言いようがない。もともと騎士団に戻るつもりでいた。だが、今回、フレドリックのいう訓練を受けて、今までにない魔法を使えるようになったのも事実。

「究極の選択すぎて、選択できません。本音を言えば、お給料のいい方……」


「おい、ミーナ。そこは嘘でも騎士団と言っておくべきだ。お前の心の声は駄々洩れだな。給料の面で言ったら、騎士団は魔導士団にかなわない。そっちのほうが給料はいいからな」


「てことは、私の給料は二倍以上?」


「ミーナ。なぜ急に給料が二倍以上になるんだ? 一体、どういう計算をしている」

 エドアルドのそれに、こいつは頭が弱いからな、という視線を送るフレドリック。いらない視線である。


「え、だって。今は騎士団と魔導士団と両方からお給料が出るんですよね?」


「だが所属は半々だ。だからまるっとはもらえるわけないだろ。騎士団からは今までの給料の半額。魔導士団も本来お前に支払うべき給料の半額を支払う。だから、いいところ一割増しだな」


「てことは。魔導士団に所属したら、今の二割増し??」


「おい、ミーナ。そこで真剣に考えこむな」

 トファーはミーナの頭をクシャリと撫でたが、それがフレドリックの目に入ったらしい。フレドリックはミーナの肩を抱き寄せる。


「これは私のだから、お前は触るな」


 一瞬の沈黙。

 その言葉の意味をどうとらえるべきなのかを、二人は必死に考えた。この場合の二人とは、もちろんエドアルドとトファーだ。だが答えはみつからない。


「よし、ミーナ。今のやつを、もう一度できるか? 次は炎属性の魔法を放ってみろ」


「やっぱり、鬼畜です。これ、かなり疲れるんですよ。騎士団の訓練よりもハードですよ」


 そこまで言ったのに、そういう雰囲気にならないこの二人。ということは、先ほどの言葉はなんだったのだろうか。


「おい、トファー」

 エドアルドは指をちょいちょいと曲げて、トファーを呼びつけた。


「真面目な話だ。ミーナを魔導士団に譲って欲しい」


「あ、エドまでどうしたんだ?」


「あれを見せつけられたら、騎士団には置いておけない」


「お前の言うあれって、どれだ? あの二人のいちゃつき具合か? なんなんだ、あれ。自覚がないって恐ろしいわ」


「そっちではない。ミーナの魔法だ。あれはあのままにしておいたら駄目だ。それにクソ弱い魔力のままだったら騎士団に置いておいても問題はなかった。だが、今、フレドが彼女の魔力を高める訓練をさりげなくしている。そのうち、魔力があふれ出して、周囲にもバレるだろう。だから、だ」


 彼女は魔導騎士という扱いだが、どちらかというと騎士寄り。だから騎士団の所属だ。それが魔力を高めたことによって魔導側に寄ったとしたら、他の魔導士に目をつけられる、ということか。


 トファーは激しく頭を掻いた。ここまで言われてしまったら、ミーナを譲らないわけにはいかないだろう。だが、本音を言えば譲りたくない。


「少し、考えさせてくれ」


「ああ。返事は今すぐでなくてもいい。だが、彼女を騎士団から退団させるという返事以外は受け取らない」


「なんだよ、それ」


「時間をやるのは、お前の心の整理のためだ」


 お見通しかよ、とトファーは呟いた。

「わかったよ。ミーナは魔導士団に譲る。だがな、魔物討伐には同行してもらうからな。彼女の魔導騎士としての力、こっちだって当てにしてるんだ」


「ああ。それは問題ない。討伐には喜んで協力させてもらう」


 二人がそんな話をしていると、また遠くから、ミーナの「おにー、あくまー」という声が聞こえてきた。

 どうやら、訓練を再開したらしい。


「まあ、ミーナの言う鬼畜もあながち嘘ではないようだな」

 エドアルドは肩をすくめた。

いつもお読みくださりありがとうございます。

そろそろ書きたいところに入ってきたので、ちょっとスピードアップします。多分。

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