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16.

 ミーナが気付くと見知らぬ天井が目に入った。でも、この匂いは知っている。フレドリックの匂い。と思って、勢いよく身体を起こす。見慣れたところとまではいかないが、見たことのある部屋。フレドリックの部屋ではないか。

 ミーナはゆっくりと寝台からおりると、ゆっくりと隣へと続く扉を開けた。


「ああ、目が覚めたのか」

 ほんの隙間しか開けていないその扉であるのに、フレドリックは目ざとくミーナを見つけ声をかけた。この扉がフレドリックのいつもの席の後方にあるのが悪い。

 ミーナはそろりと扉を開けた。


「あ、あの。ご迷惑をおかけしてしまい、すいません。しかも、寝台までお借りしてしまって」


「気にするな」


 もし、ここでエドアルドがいたのであれば、「空から槍が降ってくる」と騒いだに違いない。それほどの衝撃を与えるだけの威力がその言葉にあるのだが、ミーナは知らない。


「あの、今、何時ごろでしょうか」


「まだ、昼前だ。お前が寝ていたのも一時間くらいだな。昨日はあまり眠れなかったのだろう?」


 そう言われれば。あそこで寝てしまったから。


「では、お昼の準備をいたしますね」

 ミーナは、今日こそは肉をもらってこようと思っていた。きっと身体が重いのも肉を食べなかったせいに違いない、と。


「ああ」

 フレドリックはいつものミーナに安心をしたのか、また本に視線を落とした。


 ミーナはカミラの元へと向かった。きっとこの時間なら洗濯をしているはず。

「カミラさん」

 ミーナは彼女を見つけると、声をかけてちょっと小走りで近づいた。


「あ、ミーナさん。今日は、びっくりすることがあったんですよ」

 カミラもミーナを見つけると、右手をおいでおいでと振っていた。


「え、何かあったんですか?」


「聞いてください。先ほど、オリン様の洗濯物を取りに伺ったのですが。オリン様が起きていらしたんです」


 あ、やっぱり。


「もう、びっくりしてしまいましたよ。明日辺りは大雨ですかね」

 カミラはニコリと笑う。きっと、悪気は無いのだろう。


「大雨は、嫌ですね」

 ミーナは真面目な顔で呟いた。

「それよりもミーナさん。この時間にこちらにいらっしゃるなんてそれもそれで珍しいのではないですか? この時間は騎士団のほうに行っているとうかがっておりましたので」


「はい、今日はちょっとお休みしていたので」


「まあ。ミーナさんは騎士団の訓練をお休みし、オリン様はお昼前から起きていらして。明日は本当に大雨になりそうですね」


「もう、カミラさんたら」


「冗談ですよ。それで、私にどのようなご用件でしょうか」


 やっと本題に入ることができた。


「そうです、そうです。もう、こちらに来た用事を忘れるところでした。お昼ご飯の材料をいただきたいと思いまして。できればお肉を」


「お肉、ですか?」


「はい、お肉です。昨日、シチューを作ったのですが、お肉が無くて、野菜だけのシチューになってしまったんです。そうしたら、オリンさまから肉が入っていないとご指摘を受けまして」


 カミラはまたそこでニコリと笑った。どんな意味の笑みなのかはわからないが、この話題はエドアルドまで伝わるものと思われる。


「もう少しでこれが終わりますので、そうしたら一緒に調理場に行きましょう」


「はい、ありがとうございます。では私も手伝いますよ」


「助かります」


 ミーナはカミラと他愛もない話をしながら、洗濯物を一緒に干した。

 それから二人で調理場に行き、無事に肉をもらうことができた。どこもかしこも、フレドリックにご飯を食べさせるということは超重要任務になっているらしい。でも、お肉が食べたいのはミーナ本人なのだが。

 肉を抱えたミーナが研究室に戻ると、エドアルドがいた。ゆったりとソファに座ってくつろいでいる。


「あ、団長。何か御用でしたか?」


「フレドに会いに来たのに、あいつが冷たいんだ。あいつが昼前から起きているなんて、ここ何年もなかったことだよ。だから会いに来たというのに」


「用がないなら、とっとと帰れ」


「いや、ミーナが戻ってきたからミーナに相手をしてもらう」

 これではまるで、いじけている子供のようだ。

「あの、団長。私、これから昼ご飯の準備があるので、団長の相手はできないのですが」


 寂しそうにエドアルドが視線を向けてきた。


「えっと。あの」


「ミーナ、エドに騙されるな。さっさと支度をしろ」


「でしたら、団長も一緒にいかがですか? お口に合うかはわかりませんが」


 それにエドアルドはにっこりと笑って喜んで、と答えた。それと対照的に、フレドリックは盛大にため息をついた。


 三人で食事をとるというのは、あのドラゴン討伐の帰り以来かもしれない。理由は、フレドリックがエドアルドを避けているから、なのだが。


「ミーナ、今日は調子が悪かったんだって?」


 エドアルドの情報入手先は間違いなくトファーだろう。


「はい。多分、お肉を食べなかったせいだと思うんですよね」


「肉?」

 とエドアルドが今、口に運ぼうとしていた肉を見つめた。


「はい。昨日、お肉をもらうのを忘れて、肉無しシチューになってしまったんです。だから、調子が悪かったのかな、と」


 フレドリックは、笑いをこらえていた。絶対にそれは違う、とわかっているだけに。その肩を震わせているフレドリックにミーナは気付いたのだが、いつもの通り機嫌が悪いのかと思っていた。


「あの、オリンさま? お口に合いませんでしたか?」


「いや。なんでもない。だが、今はこれだけ肉にありつけたということは、昼過ぎからの訓練は調子がいいってことでいいんだよな?」


 あれ。今、なんか恐ろしい言葉が聞こえた、とミーナは思った。


「オリンさま。今、訓練っておっしゃいましたか?」

 そういえば、騎士団の訓練に行く前にもそんなことを言っていたような気がする。むしろ、ずっと実践的な訓練、と恐ろしいことを言っていたような気もしてきた。だから、嫌な予感しかしていなかったのだ。


「ああ」


「魔法を教えてくださるわけではなく?」

 魔法を教えるだけなら、わざわざ訓練という言葉は使わないだろう。


「ああ。お前に魔法を教えるのは、あきらめた」


「え、なぜですか」

 食事の席でなかったなら、ミーナは思わず立ち上がっていただろう。目の前の肉が、なんとかそれをこらえさせた。

 ミーナは目を細めてじーっとフレドリックを見る。その様子が面白かったのか、エドアルドがぷっと吹き出した。


「ミーナ、そんな顔しても無駄だ」


「だって、オリンさまは魔法を教えてくださるはずでしたよね? それがなぜ訓練になるんですか?」


 フレドリックはフォークを置き、肩で息をつく。エドアルドに視線を向け、言ってもいいのか、という許可を求めた。その視線の意味を感じ取ったエドアルドも頷く。


「恐らく、だが。お前はこの国の者じゃない」


「え」


「だよな、普通は驚くわな」

 エドアルドは呑気に肉を口の中に入れた。


「前にも説明したと思うが、この国の魔法は質量保存の法則で成り立っている。だが、それを無視しているのがお前の魔法だ。つまり、この関係から導き出した答えが、それだ」


 なんか、単純すぎませんかね。とミーナは思ったが、自分がこの国の人間ではないと言われた方がしっくりとくる内容も多い。


「そうなんですね」

 としか言いようがなかった。


「ということで、この国の魔導士である私が、お前に魔法を教えるのは無理であるという結論に至った」

 結論が吹っ飛びすぎだと思うのだが。

「だが、お前の魔法は面白い。このままにしておくのはもったいない。だから、訓練をしてお前の魔力をもう少し引き出してみることにした」


「はあ」


「だから、今のうちにしっかり食べておけ」


「フレドの訓練って鬼だから。多分、騎士団のそれ以上かもしれないな」


 エドアルドはミーナの顔を見ると憐れむかのように笑った。


「ほら、俺の分の肉もあげるから」


 それを聞いたら、もう肉どころではない。

いつもお読みくださりありがとうございます。

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