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15.

 ミーナは朝のうちにフレドリックのシーツを交換して、洗濯物を浴室にまとめておいた。こうしておくとカミラが取りに来て、新しいものを置いていってくれる。ここでまた、ミーナはハッとした。カミラがいつも洗濯物を取りに来るときに、フレドリックは()()にはいない。もしかして、カミラは驚いて腰を抜かしてしまうかも、と思いつつも、それがなぜか楽しみだった。


「では、オリンさま。私、騎士団の方へ行ってまいりますので。お昼前にはこちらに戻ってこれると思いますが、くれぐれも無理をなさらないようにお願いします」


 ミーナのそれに、私は子供か、と小さく呟いていた。


 ミーナとしては魔導士のローブよりも騎士服の方がしっくりくる。一番の理由は動きやすいからだ。だがフレドリックからは、魔導士のローブには魔力を高める作用があるから魔導士にとっては必須であるから必ず身につけろ、と言う。でも、動きにくい。ミーナとしては魔力を高めるよりも動きやすい方がいい。


「あれ? なんか今日。疲れてないか?」

 マイクが目ざとく見つけ、声をかけてきた。

「やっぱ、魔導士団とこっちの方の兼務、大変なんじゃないのか?」


 マイクのその気持ちが嬉しい。


「ミーナ、聞いたぞー」

 楽しそうにトファーが肩を組んできた。

「お前。フレドの研究室を破壊したんだって?」


「破壊してませんよ。ちょっとだけ氷漬けにしちゃっただけですよ」


「半壊か」

 トファーのそのいじわるな呟きにもマイクはピクリと反応した。


「ミーナ。余計に嫁の貰い手がいなくなるな」

 はははーとマイクが豪快に笑った。


「いいの。私は仕事に生きるから」

 手を腰に当てて、なぜか仁王立ち。それを見たトファーは安心したのか、ぷっと吹き出した。


「まあ。お前の指導者があのフレドだからな。こっちはあんまり無理しなくてもいいぞ?」


「別に無理していません。むしろ、あっちの方が無理……」


 ミーナが本音をポロリとこぼしたらトファーもマイクも大口を開けて笑った。


「一応、今の話は聞かなかったことにしておくわ。フレドの耳に入ったら、お前、殺されかねないからな?」


 じゃ、早速始めるか。と、騎士団のいつもの基礎訓練から始まった。

 だが、マイクが指摘した疲れていないか、というのはどうやら本当のようだ。ただ身体がなまったのかと思っていたのだが、身体が全体的に重いのだ。


「ミーナ。お前、もう抜けろ」


 彼女の異変に気付いたのはやはりトファーだ。さすが団長なだけある。


「え、私まだ動けますよ?」


「動ける、動けないの問題じゃない。そのまま続けたら必ず怪我をする。今日はもうやめておけ」


「はい」

 そこまで言われたらそう返事をするしかない。結局、今日は基礎訓練だけ行い、その後の応用訓練からは抜けた。見学しても良かったのだが、今日は珍しくフレドリックも朝から起きていそうであるため、研究室の方へ戻ることにした。


「ミーナ」


 彼女の寂しそうな背中に駆け寄ってきたのはトファー。


「お前。本当に無理しているんじゃないのか? 今は、魔導士団(あっち)がメインなんだから、騎士団(こっち)は無理して来なくてもいいんだぞ?」


「無理はしていません。むしろ、私の方からこちらに混ざりたいとお願いしました。ですが今日は、いつもとなんか違うように感じます。トファーさまからのご指摘通りです」


 身体が重いのだ。手が届きそうで届かない感じ。


「お前がこっちでも訓練を続けたいっていう気持ちもわからなくはないが。とにかく、身体を壊したら元も子もない。そこだけは覚えておけよ」


「はい」

 気分も晴れないのか、ミーナの返事は力なかった。


「とにかく、今日はゆっくり休め。そして、また明日からしっかりやればいいから」

 トファーがばんばんと力強く背中を叩いたが。

「ゆっくり休むのは無理かもしれません」

 ミーナの顔がみるみる青ざめていく。


「どうしてだ?」


「今日から、オリンさまが実践的な訓練を始めるとおっしゃっていましたので」


「すまん。頑張れとしか言いようがない。そして今日、お前の調子が悪い理由がわかったような気がするわ。なんとなくフレドのせいとしか言いようはないが。とりあえず、明日も待ってるからな」


「はい」

 先ほどよりも背中を丸めて、ミーナはとぼとぼと研究室へと向かった。研究室の扉の前に立つと、背筋を伸ばしてそれを開ける。

「ただいま戻りました」


 フレドリックはいつものところで本を読んでいたらしい。思っていたよりも早くその姿を現したミーナに少し驚く。


「いつもより早いのではないか?」


「あ、はい。追い出されました」


 追い出された、という表現にフレドリックは眉をピクリと動かした。


「えっと。浴室をお借りしてもよろしいでしょうか」

 本当はフレドリックが寝ているうちに借りたかったのだが、今日はずっと起きているらしい。でも、汗をかいたのでそれを流したい。


「好きに使え」


 フレドリックから返ってきた言葉はそれ。とりあえずミーナは宣言したので、きっと昨日のようなことは無いはずだ、と思う。

 熱い湯を浴びても、トファーから「やめておけ」と言われたことが頭から離れない。騎士団の訓練であのように身体が重いと感じたことは今までなかった。だから、それが悔しいのだ。

 ミーナも力は男に劣る。だから、その身軽さだけは誰にも負けないように、と思っていた。だが今日は、それができない。魔導騎士という中途半端な存在だからか。騎士にもなれない、魔導士にもなれない。そんな中途半端な存在。

 ミーナは最後にもう一度、頭から熱い湯を浴び、両手で頬をピシャリと叩いた。

 だがトファーは「待っている」とも言ってくれた。それは自分に期待してくれているということだ。その期待を無駄にはできない。弱気になるな。慣れないことばかりでどうやら気が滅入っているに違いない。

 湯を止めて、新しいタオルで身体を拭くと、その石鹸の香りがなぜか心を温かくしてくれた。

 浴室から出ると、目の前にフレドリックが立っていたので、思わず「あ」と声をあげてしまった。

「え、オリンさま。どうかされましたか? お腹が空きましたか?」


「ちがう」

 即答。

「お前の顔色が悪かったから、中で倒れていたら困ると思ったんだ」


「え」

 ミーナは一歩引いてしまった。

「そんなに、私、顔色が悪かったでしょうか」


「自覚していなかったのか?」

 そこでフレドリックの右手が伸びてきて、ミーナの頬に触れた。

「ああ、今は大丈夫そうだな。昨日の今日だから、少し心配したんだ」


「オリンさまが私の心配を、ですか? 私がオリンさまの心配を、ではなくて」


 ミーナはフレドリックに真理を覗かれようとしていたことを知らない。だから、フレドリックが彼女を心配する理由に心当たりが無いのだ。


「なんだ、私が心配したら悪いのか」

 ふん、とフレドリックは腕を組んでいつもの席へと戻っていった。


 ミーナはなんだったんだろう、と首を傾けながら、冷たい水を飲もうと食事用のテーブルへ向かった。そこに座って、水差しから水をコップにうつした。冷たい水が喉を流れ込んでいくのがわかる。それがとても気持ちいい。水を一気に飲み干し、グラスをドンと勢いよくテーブルの上に置くと、はあと息をついた。

 なんか今日は疲れている。そして気持ちも弱くなっている。なぜだろう。そのまま額をテーブルにくっつけた。そのテーブルの冷たさがじんわりと額に伝わってきて、これも気持ちいい。

 そしてそのまま、意識を失った。つまり、眠ってしまった、ともいう。


 フレドリックはなかなか姿を現さないミーナを不思議に思っていた。そんな彼も、実は先ほどから本を読んでいるように見えているが、ページをめくるような様子はなかった。ただ本を開いてぼんやりと彼女の様子をうかがっていただけ。つまり、心配していたのだ。そこでふとフレドリックは立ち上がった。

 確か彼女はこちらの方に来たはずだ、そう思い、食事用のテーブルへと向かうと、ミーナはテーブルに突っ伏して眠っていた。

 また寝ているのかと、フレドリックは呆れたが、このままでは午後からの訓練にも差し支えると思って、そっと彼女の背中とお尻の下に腕を入れて抱き上げた。思っていたよりも彼女は軽かった。

 湯に濡れた髪の毛、そして少し蒸気している肌。こんな状態でそこで眠っていたら風邪をひくだろうと、彼はミーナを自分の寝台へと運んだ。そして、そこへ寝かせると肩までしっかりと毛布をかけた。

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