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14.

 フレドリックは、金縛りにあっているのかと思った。お腹の辺りが重いのだ。そこに重さを感じて寝返りを打つことができない。なんとか視線をその重いところに向けると、そこにミーナの頭があった。彼女の頭を見つめながら、なぜ彼女がここにいるのかということの理解ができなかった。

 どうやら彼女は寝台の脇に椅子をもってきて、そこに座っていたらしい。そして、そのまま寝台に頭を預けて眠っていたようだ。頭の預け先が、フレドリックのお腹の上だった、ということ。


 仕方ないので、横に動くのではなく頭の方にずりずりと動いてそこで頭を起こした。額から何かがポトリと落ちた。どうやらタオルらしい。少し湿り気がある。両肘をついて、中途半端に身体を起こした状態。そのとき、ミーナの頭が左右に動いた。


「あ、オリンさま。お目覚めになられましたか?」


 自分も目覚めたばかりであろう。よくもそんなに頭が回転するものだ、と感心してしまう。


「お身体の調子はいかがですか?」


 問われている意味がわからなかった。いたって普通であるため、調子も何もない。


「お熱は、下がりましたか?」


 熱、と言われてもまったく心当たりがない。というよりも、昨日からの記憶が無い。昨日のどこから記憶が無いかというと、彼女の真理を探ろうとしたが何かの力によってそれが拒まれた、ということ。拒まれた後からの記憶が無い。記憶が無いのは、彼女を守っている何かの力のせいか。


 フレドリックは上半身を完全に起こした。そこで、昨日、彼女の心理を探った時のままの服であったことに気付く。ただし、上着だけは着ていない。

 やはり、あれが原因か。


「すまない。昨日からの記憶が無い」

 フレドリックは右手で頭を押さえながら言った。「悪いが、昨日のことを教えてもらえないだろうか」


 と言われても。ミーナは困った。昨日のことって、どこからどこまで教えたらいいのか。とりあえず当たり障りのないところを。


「えっと。昨日、私が気付いたときにはオリンさまが倒れておりましたので、それでこちらまでお連れいたしました。少し、熱がありましたので、その、様子をみておりました」


「そうか。お前には迷惑をかけたようだな」


「いいえ、滅相もございません」

 右手を顔の前に垂直に立て、それと一緒に顔を横に振った。その動きがあまりにもわざとらしく見えたため、フレドリックは眉間を寄せた。


「あの、オリンさま。お腹は空いておりませんか? 昨日、夕飯も食べずに休まれてしまったようなので」

 ミーナは話題を変えた。というのも、ミーナ自身、お腹が空いていたからだ。


「そう言われると、そんな気がしてくるな。悪いが私は先に汗を流したい。その間に食事の準備を頼めるか」


「はい、承知いたしました」

 ミーナはすくっと立ち上がると、そのフレドリックの部屋から立ち去った。

 ミーナは昨日の出来事を夢だと思うことにした。うん、夢。あんな弱ったフレドリックなど、この世に存在しない。

 昨日の夜、使った食器は洗わずに置いておいただけ。それだけ彼のことが心配だったのだ。でも、あれは夢。その食器類を片付けてから、昨日の夜の残りの肉無しシチューをあたため、簡単なパンを焼いていつものテーブルに並べた。すると、フレドリックもちょうど終わったところのようで、着替えてそのテーブルに座った。


「先に、お茶をもらってもいいだろうか。なぜか、異様に喉が渇いている」


「はい」

 ミーナは笑顔と共に返事をすると、手際よくフレドリックの前にカップを置いた。すると、ちょうど朝の鐘が鳴った。使用人たちはとっくに起きている時間帯ではあるが、この朝の鐘は起床時間を知らせる。


 朝食の時間には少し早いが、二人は食事を始めた。フレドリックはよっぽどお腹が空いていたのだろう。肉無しシチューをおかわり、と言った。ミーナは驚きながらもまた笑顔でそれを差し出した。食欲があるということは元気になった証拠。


「ところで、なぜこれに肉は入っていない?」

 突然、フレドリックがそんなことを訪ねた。

「お前は、肉が好きだったのではないか?」


 ミーナはシチューをすくっていたスプーンを思わず止めてしまった。シチューに肉が入っていないことを指摘されたこともあるのだが、むしろフレドリックがミーナを肉好きであると認識していたことが意外だった。視線をシチューの皿からフレドリックへと移した。


「なんだ、どうかしたのか?」


「あ、いいえ。その、オリンさまから食事について指摘されるのが意外だったと言いますか。まあ、私が肉好きなのは本当ですし、肉が無いのも本当ですが……。えっと、昨日は、お肉をもらうのを忘れたのです」


「忘れた? そうか、忘れたなら仕方ないな。特に肉が無くても、これはこれで美味いと思う」


 ミーナは肉をもらうことを忘れた原因を聞かれることを恐れていた。先ほどは当たり障りのない範囲で、表面上の説明をさらっとしたけれど、昨日の出来事をもっと深く説明しなければいけない状況になったらどうしよう、と思っていたからだ。あんな弱弱しいフレドリックを、フレドリック本人が受け入れるものだろうか。


「その。昨日は迷惑をかけたようだな」

 おもむろにフレドリックがそんなことを言う。ミーナは再び、シチューをすくっていたスプーンを止めてしまった。


「お前が、肉をもらうのを忘れるような状況だったのだろう? そのおかげか今日は非常に身体が軽いし、魔力の方も完全に戻っている」


 ミーナはとても深くて長いため息をついた。

「そうですよ。オリンさまが倒れていて、私がどれだけ驚いたかわかりますか? 団長を呼びに行こうとしても、それは嫌だっておっしゃって。私一人でオリンさまの看病をしたんですよ。これを迷惑と言わなかったらなんと言いますか。煩わしい、もしくは面倒くさいですよ」


「そ、そうか。それはすまなかった」

 ミーナに圧倒されたのだろう。彼は謝るしか術がなかった。

「冗談です」

 ミーナが真顔で答えた。

「ただ、心配はしました。とても、酷い状況でしたので」


「そうか。エドに連絡はしたのか?」


「いいえ。していませんよ。それは困るって、オリンさまがおっしゃっていましたので」


「ああ。それは本当に困るな」

 やっぱり困るんだ、とミーナは思った。


「ところで、なぜあんな状態になったのですか?」


 昨日のフレドリックは今にも死にそうだった。だが、今のフレドリックはいつものフレドリックで少しでも粗相をすれば怒られそうな気もする。


「まあ。ちょっとした魔法の暴走だな」


 そこでミーナは口元に運んでいたパンを、口の中へ放り込む手前で止めてしまった。あのフレドリックが魔法の暴走? 天才魔導士と言われている彼が?


「どうかしたのか?」

 ミーナは手にしていたパンを皿の上に戻すと、お茶を一口飲んだ。


「いえ。オリンさまでも魔法の暴走とか、あるんですね。それに少し驚いただけです」

 そして再びパンを手にすると口の中へ放り込んで、何かを噛み締めるかのようにゆっくりと咀嚼し始めた。それを飲み込むと、ミーナはハッと思い出した。


「あの、オリンさま。オリンさまはこの後、またお休みになりますか?」


 どういう意味だ、とフレドリックは目を細めた。


「えっと、オリンさまは昼過ぎまでお休みになられていたと聞いておりましたので。私、この後、騎士団の方の練習に行きたいのですが、もしオリンさまが起きていらっしゃるのであれば、こちらにいた方がいいのかと思いまして」


「ああ、それは構わない。いつもの通り、騎士団の方へ行くがいい。ただ、昼過ぎからはこちらでも実践的な訓練を行うから、そのつもりでいろ」


「実践的?」

 そこでミーナは首を傾けたが、それに対してフレドリックは「ああ」と返事をしただけだった。それがとても楽しそうに見えたので、ミーナは不吉な予感しかしなかった。

いつも読んでくださりありがとうございます。

こつこつ更新しますので、最後までお付き合いいただければと思います。

(*- -)(*_ _)ペコリ

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