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12.

 エドアルドは誰かがこの執務室に勢いよく入ってくる気配を感じて、顔をあげた。


「どうした、フレド。お前から来るなんて珍しいな。まあ、座れ」

 ソファを顎でしゃくられた。エドアルドも執務席から立ち上がると、フレドリックの向かい側に座る。


「何かあったのか?」


「何かあったのかの範疇を越えている」

 エドアルドの質問に対して返した答えはそれ。「なんだ、あの女は」


「ミーナのことか?」


「そうだ。あの規格外がなぜこんなところにいるんだ」


「規格外? いやいや、お前。ミーナの魔力はくそ弱いと言っていただろ」


「ああ。だがあいつに少し魔力を注いでやったら、私の防御魔法すら破ったんだ」


「へえ。お前の防御魔法をね」

 なぜかエドアルドは嬉しそうだ。「だから、規格外か」


「それだけじゃない。そもそもあいつの魔法は法則を無視している」


「もしかして、俺たちとは違う国の魔法使いっていうやつか?」


「その可能性は高い」


 エドアルドは腕を組んだ。騎士団から預かったミーナだが、その正体が他の国の魔法使いだった、となると――。


 非常に面倒くさい。誰かにバレたらもっと面倒くさい。


 面倒くさいことは嫌いなエドアルド。となると、彼女が他の国の魔法使いであるかもしれない、ということがバレなければいいのだ。


「フレド。悪いがそれは、他言無用だ。まあ、言ったところで誰も信じないだろうが。とりあえず、ミーナには使える程度に魔法を教えてやってくれ」


「だったら、練習場を貸してくれ」

 練習場は魔導士たちが魔法の練習をするための場所、という名前そのものの場所。ただ、ここには防御魔法が施されているため、少々魔法が暴走したとしても、被害はほとんど無いか、あったとしても最小限。


「それならお安い御用だな。明日から使えるようにしておく。時間は? 昼過ぎからでいいか?」


「ああ。昼前は騎士団の方の訓練に行っているらしいからな」


「お前が寝てるからだろ?」


 ジロリとフレドリックは目の前の男を睨んだ。


「そう睨むなって。本当のこと言われると睨む癖、未だに治らないんだな」

 腕を組んで背もたれに寄り掛かると、エドアルドは笑った。もう一度フレドリックはジロリと睨んだ。

「ま。お前の顔色が良くなってきて、そこは安心したわ」

 腕を組んだまま、エドアルドは言った。その顔には不敵な笑みを浮かべている。

「美味いもん、食ってんだろ? カミラから報告を受けている」


「食べられる物を食べているだけだ」

 ふん、と言ってフレドリックは立ち上がる。

「明日から、練習場を使うからな。私たちの時間に他の魔導士は入れるなよ。あの力が他の魔導士に知られたら面倒だ」


 どうやらフレドリックもエドアルドと同じ考えらしい。

「わかった。練習場の時間調整をしておく」


 それを聞いたのか聞いていないのか、フレドリックは部屋を出て行った。彼はエドアルドの言うところの研究室へと戻る。部屋に入ると静かだった。あまりにも静かすぎるので周囲を見回すがミーナの姿は見当たらない。この部屋にとってつけたような彼女の席にも、彼女はいない。


「どこへ行ったんだ?」


 一人つぶやきながら、部屋をもう一度見渡す。やっと彼女を見つけた。ミーナはソファに横になっていた。ソファの背もたれが死角になって、彼女の姿が見えなかったのだ。


「また、寝ているのか?」

 寝ていれば返事などあるわけないのに、フレドリックは思わず声をかけてしまった。

 軽くため息をつく。この女は間違いなく異国の魔法使いだ。だが、魔法使いであればもう少し魔力があってもいいはず。魔力を吸収してしまう、ということと関係があるのだろうか。


 少し危険が伴うが、彼女の真理を探ってみる必要があるかもしれない、と思った。


 真理――。それは彼女自身が生まれてからの記憶。


 うまくいけば、生まれる前の記憶も見ることができる。この真理を視るという危険な行為も、天才魔導士と呼ばれているフレドリックだからこそできる技。


 ミーナの頭の隣に腰をおろす。彼女の前髪をそっとあげ、その額に手をあてる。魔力を注ぎ込むと同時に、自分の意識を注ぎ込む。これは相手が拒否をすると弾かれる。だから、寝ている今がちょうどいい。

 視えてくるのは暗い暗い闇。本当に真っ暗。これはミーナが拒否をしているからではない。ミーナを守っている何かが拒否をしているのだ。このまま奥まで入り込むか。それとも、引き戻すか。

 フレドリックの額に、じわりと汗が浮かぶ。

 闇の中に、一つの光の点が見えた。

 あれが彼女の真理か。できればもう少しだけ奥に入りたい。

 だが、その光が次第に大きくなって近づいてきて――。

 はじけた。


 そこでフレドリックは目を開けた。

 拒まれた。

 彼女本人は寝ているため、彼女の力ではない。だったらなぜ。


 フレドリック自身も激しく体力と魔力を消耗していた。息をするのに肩を上下させる必要があるし、額には玉のような汗が浮かんでいる。

 彼女の魔力は、何かによって護られている。それだけはわかった。これは、興味本位で暴いてはいけないのかもしれない。

 異国の魔法使いの力。


 フレドリックは立ち上がると、いつもミーナと食事をとっているテーブルへと向かう。彼女はいつもここに飲み物や食べ物を準備してくれている。とにかく、非常に喉が渇いた。衣類も汗でぴったりと張り付いていて気持ち悪い。

 水差しから水をコップにうつすと、喉を鳴らしながら一気に飲み干す。それでも喉の渇きは治まらない。もう一杯、飲み干す。

 今、フレドリックは激しく後悔をしていた。彼の人生、今まで後悔したことなど一度もない、はずだったのに――。


 額の汗を手の甲でぬぐった。

 立っている、という状態が辛い。身体が重い、というか、怠いというか。このような状態になったのも生まれて初めてだ。噂で聞いたことはあるが、この症状は魔力枯渇というものに違いないだろう。

 だから、あれは暴こうとしてはならないものだったのだ。それを暴こうとした罰なのだろうか。

 できるだけ彼女の側に戻りたいという気持ちがあった。ミーナが眠っているソファの側へと。だが、足を一歩前へと運んだ時に、膝から崩れ落ちた。

 どうやら、そこから記憶が途切れたようだ。


 次に意識を取り戻した時には、額に冷たい何かが触れていた。それは冷たくて、そして柔らかくて、優しい。


「あ、お気づきになられましたか?」


 聞き慣れた声に導かれるかのようにして目をあけると、ミーナの顔があった。


「あの。オリンさまがそちらで倒れていたので、失礼だとは思いながらもこちらまで運びました」


「これは、君の手か。冷たくて、気持ちいい」

 フレドリックは額に乗せられている冷たい手の上に、自分の手を重ねた。


「あの、オリンさま。少し、苦しそうでしたので、こちらも失礼だとは思いながらも衣服の方を緩めさせていただきました」


「ああ、構わない」


「えっと。何か、お飲み物を準備いたしますか?」


「いや、もう少しこのままでいい」

 フレドリックのこのままとは、ミーナの太腿の上に頭を預けてソファに横になり、彼女の手で額を撫でられているというこの状況のこと。


「オリンさまがこのまま目を覚まさないようでしたら、もう少しで団長を呼びに行こうかと思っておりました」


「そうか。それは困るところだったな」

 あのエドアルドにこの失態を見られたら、文句を言われることが目に見えている。一体、何をしたんだ、と。


「ミーナ、君は身体の方はなんともないのか?」


「あ、はい。おかげさまで、なんともありません」


「そうか、それはよかった」


「もしかして、私がオリンさまから魔力をいただいてしまったから、オリンさまがこのようになってしまったのでしょうか?」


「それは関係ない。あまり気にするな」


「はい」

 ミーナは小さく返事をした。

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