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10.

 ミーナは久しぶりに騎士服に腕を通した。昼前までは騎士団で訓練に参加し、その後はフレドリックに魔法を教えてもらう、はず。多分。本当に魔法について教えてもらえるのか、自信もなくなりつつあるのだが。

 

「お。ミーナ。来たな」

 そんな彼女に気付いて声をかけてくれるのは騎士団団長のトファー。


「昨日ぶりです、トファーさま」

 ペコリとミーナが頭を下げる。


「お。ミーナ、とうとう魔導士団クビになったのかよ」

 と肩を叩いてきたのは、マイク。彼はミーナと同じ自警団あがりの騎士だ。

「クビにはなっていません。お昼前はこちらで訓練に参加して、お昼過ぎから向こうで魔法を教えてもらうことになっています」


「なんだ。本当に二足のわらじなんだな」


「マイク。その言葉は間違っているな。ミーナは魔導騎士だから二足のわらじにはならない」


「うわっ。団長、相変わらず鬼っすね。だってよ、ミーナ。騎士団と魔導士団の兼務がお前にとっての普通らしいよ」


「では。お給料も二倍ですね」

 ミーナは小さくガッツポーズをするが、「それは、どうかな」というトファーの声で激しく落ち込んだ。あまりにも激しく落ち込んでいるためトファーが言葉を続ける。

「わかった。昼飯、おごってやるよ。食堂だけど」


「あ、それは結構です」


「どうした、ミーナ。ミーナがご飯を断るなんて。魔導士団にいって頭がやられたのか?」


「違いますよ」

 ミーナは左手を顔の前に出して、顔と一緒にそれをぶんぶんと振った。

「お昼ご飯は約束がありますので」


「じゃ、夕飯、おごってやるよ」


「夕飯も約束がありますので」


「ちょっと待て」

 そこでトファーがミーナの肩を組んできた。耳元でそっと呟く。「約束って、誰とだ?」


「えっと、オリンさまです」


「そうか。なら仕方ない」


「ですから。ご飯はいりませんので、お給料二倍でお願いします」


「それは、エドにでも言っておけ。騎士団からはきちんと給料は支払っているからな。上乗せするなら、魔導士団のほうだろ」


「わかりました」

 しぶしぶとミーナは返事をした。


 久しぶりに騎士団の訓練に参加した。久しぶりといっても、数日ぶりになるのだが。

 それでも、もともと身軽なミーナはその訓練を怠ると、身体が重くなるということに気付いた。


「ミーナ、反応が遅い」


 トファーの容赦ない言葉がとぶ。


「はい」


「ミーナ、高さが足りない」


「はい」


 数日の訓練を怠っただけで、これだけ動けなくなるとは思っていなかった。


「お前、太ったんじゃないのか? 魔導士団の方に行って。美味しいお菓子でも食べていたんだろう」


 ドキッ。と思っても、魔導士団のほうに顔を出したのは昨日が初めてだし。その前は二日間の休暇だし。心当たりがあるとしたら、ウルセライから戻ってくる途中の休憩しかない。


「まあ。騎士団よりは食べ物が美味しいというのは、ありますね。それよりもトファーさま。騎士団のほうは、休暇は無いのですか? そのドラゴン討伐後の」


「与えているぞ?」


「え? ですが、トファーさまは?」


「あ? 俺も休んだぞ」


「あ。そうなんですね」


「なんだ、お前。心配してくれたのか?」

 トファーはその大きな手でミーナの頭をクシャっと撫でた。


「やっぱり、魔導士団に預けるんじゃなかったなぁ」

 というトファーのぼやきが上から降ってきた。


「でも、今日からきちんと訓練には参加しますので。数日で勘は取り戻せるかと思います」


「ま、そういう意味じゃないんだが。とりあえず、期待はしとくわ」

 そこでトファーは苦笑を浮かべた。


 騎士団の方の訓練を終えたミーナは、すぐさま魔導士団の研究室へと向かった。騎士団用の騎士服の上にローブを羽織っただけの恰好。研究室内は自由に使っていいとフレドリックに言われていたため、彼が起きてくる前に浴室を借りようと思っていた。

 さすがに汗をかいているため、このままの姿でフレドリックに会うのはいかがなものかと思っていた。時間を確認すると、フレドリックが起きてくる時間まであと一時間はある。埃と汗を流してから昼食の準備をしても、十分に間に合う時間だ。

 ミーナはシャワーを浴びて、大きなタオルで身体を拭き、下着を身に着けた。と、その時、なぜかその浴室のドアが開いた。


「え」


 思わず顔をあげると、フレドリックと目が合った。


 お互い、無言。

 沈黙、とも言う。


「すまない」

 再びドアが閉まる。


 ミーナは思わず多めに瞬きをしてしまった。今、何が起こったのだろうか。恐ろしいけれどそのドアを開けてみたいような気もする。

 急いで魔導士団の団服に袖を通すと、そのドアを開けた。誰もいない。と思って足を一歩踏み出したら、何かにつまずいた。


「うあ。オリンさま。こんなところで何をなさっているんですか」


 ミーナがつまずいたものはうずくまっていたフレドリック。


「いや、何もしていない」

 彼はすくっと立ち上がると、浴室の中へ消えていった。


 ミーナ自身も何が起こったのかがさっぱりわからない。ただ、あのときフレドリックと目が合ったのは、幻ではなかったということだろうか。

 だが、過ぎてしまったことは仕方ない。と同時に、フレドリックが起きてきたということは急いで昼食の準備をしなければならない。つまり、それどころではない、ということで。ミーナは急いで昼食の準備にとりかかった。


 保冷庫からパン生地を取り出して、ちぎって丸めて焼く。それからスープを準備して、魚を焼き上げる。夕食はシチューでもいいかな、と思い始めていた。

 部屋に香ばしい匂いが立ち込めてきたため、食事用のテーブル(と勝手にミーナが決めた)を拭いていた時、また目の前をフレドリックが通り過ぎて行った。今日は、服を着ていた。


「あの、オリンさま」

 ミーナは思わず呼び止めてしまった。

「何か、お飲み物を準備いたしましょうか?」


 フレドリックは、首振り人形のように一定のリズムで首を振ってこちらを見ると、「ああ、頼む」とだけ言って、また同じリズムで首を元に戻した。彼は一度奥の部屋に姿を消すと、今度は上にローブを羽織って現れた。そのとき、奥の部屋から何かものすごい音が聞こえたような気もするが。


 フレドリックが黙って椅子に座ったため、ミーナはその前にお茶を出した。


「昼食の準備もできておりますが、いかがいたしますか?」


 カップを口につけていたフレドリックは、その隙間からミーナを覗いている。彼女はニコニコと笑みを浮かべていた。


「ああ、頼む」

 カップをテーブルの上に戻しながら、彼は答えた。ミーナは急いで昼食をテーブルの上に並べる。パンは焼き立てで、ほのかに白い湯気をまとっている。


「今日のパンは柔らかいですよ。ジャムとバターとありますが、どちらがよろしいですか?」


「あまり、甘くない方がいいな」


「では、バターですね」


 ミーナが手際よく準備をすると、この研究室に入ってくる男がいた。もちろん、エドアルドである。それに気付いたのはミーナ。


「あ。団長。どうかなさりましたか?」


「いや、どうもしないんだけど。カミラから話を聞いて本当かどうかを確認しにきた」

 エドアルドはおとなしく椅子に座って、おとなしくパンを食べているフレドリックを珍しそうに見る。


「あの、団長もご一緒にいかがですか?」


 ミーナが声をかけると、フレドリックがじろりとエドアルドを睨んだ。その目はさっさと帰れ、と言っている。


「うん。フレドに殺されそうだから、遠慮しておく。ミーナが良くやってくれてるみたいで安心したよ」


「そう、ですか?」

 ミーナは首を傾けて答えた。


「そうそう」

 腕を組んで楽しそうに笑いながら、エドアルドはその部屋を出て行った。


「一体、なんだったんでしょうね?」

 また、首を傾けてミーナが問うと。


「いいから、お前もさっさと食え」

 フレドリックは向かい側の空いている席を顎でしゃくった。

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