プロローグ
大学受験は夏休みをどう過ごすかが鍵だ。
そんな言葉を夏休み前に先生から言われた気がする。
だが言われたところで俺が勉強するかと言ったらまた別だ。
仕方ないだろう。将来やりたい仕事も学びたい学問もない俺はノートにペンを走らせている最中、勉強に意味を見出せなくなりやがてペンの動きが止まるのだ。
そんな状態で勉強を無理矢理やっても頭になど入ってこないだろう。やったところで時間の無駄になる。
じゃあ、その空いた時間どうすればいいのか。
答えは簡単だ。ゲームや漫画、アニメなど自分なりにリラックスできること、楽しくなることをして一回気持ちをリセットするのだ。
そうすれば勉強に対して前向きな姿勢で取り組めるだろう、たぶん。
故にさっきまで俺がベットの上にくつろぎながらラノベ小説を読んでいたのは決して悪いことじゃないはずだ。
というわけで夏休みが始まって数日。
昼食を食べ終えた俺は自室のベットの上に寝ころびながらスマホを片手に、某小説サイトでラノベを読んでいた。
家の中は俺以外誰もいない。だから受験生であるにも関わらずこんなにも自由な訳だ。
誰かいたら勉強すんのかって?まあ、もし母さんがいても机に向かいつつ参考書でスマホを隠しながら盗み見るようにラノベを読んでいることだろう。
いてもいなくてもあんまり変わらないかもしれない。
かくいう俺も暑さには敵わないので夏における最強の発明品であるクーラーの力を借りながら、一日中なろう系その中でも異世界転移、転生ものを読み漁っていた。
約一年ほど前に友人に布教され見事に信者となってからは読まない日は無いぐらいハマっている自覚がある。
最初の方は単行本を買って読んでいたんだが、金が底をつき始めた影響で無料で読めるかつサイトを開くだけで読める某小説サイトを利用している。
バイトして金稼いで買えよと思うかもしれないが新たな人間関係を構築するのが面倒くさいのでパスだ。
唐突にピンポーンと音が鳴り響く。
当然家には俺しかいないのででなくちゃならない。面倒だ。
誰かを呼んだ覚えはないし、宅配など頼まないので母さんがまた通販で変なものを買ったなと思いながらかったるーく腕を支えに体を持ち上げベットを降りると少し急ぎ足でインターホンのほうに向かった。
画面に何も映ってないのを確認するとエントランスではなく玄関の方だなとあたりをつける。何度もピンポーンと鳴るので
「誰だよ」
と少しイライラしながら玄関扉の前まで行き鍵を開け扉を開けようとしたその時、
俺が鍵を開けるのを待っていたかのような絶妙なタイミングで勝手に扉を開ける一人の美少女の姿が目に映った。
「おっ邪魔ー♪」
「うおっ‼」
今日一番の大きな声を出して驚いてしまった俺に謝りもなくいきなり家に入ってきた彼女にジト目を向けるがこちらを気にする様子はない。
「はー暑かったー!」
背を向けながらTシャツを少しパタパタさせリビングに向かう姿を見てため息が出る。
びっくりさせやがって寿命3か月縮んだわ!
普通、玄関前であいさつしたりお邪魔しますとか言って形式だけでも了承とるもんだろ。
どうぞって言う代わりに誰も得しないジト目向けちゃったよ。
ジト目もらうならクール美人メイドにやってもらいたいものだ。
ん?お邪魔しますとは言ったから別にいいのか。
いきなりやって来た彼女の名前は雪城双葉。
小学生からの幼馴染で中学から双葉が私立に行ったことで軽く疎遠になっていたが去年ぐらいから再び仲のいい友人に戻った俺の数少ない友人の一人である。
「コーラでいいか?」
すでにソファに座ってくつろいでいる双葉を尻目にキッチンに向かい、わかりきっている質問をしながら冷蔵庫からコーラを取り出す。
飲み物を渡している時点で手遅れだが長居をされるとさっきの続きが読めないので会話そこそこに用件を聞き出す。
「それで、今日は何の用?」
「用がなきゃ来ちゃダメなの?同じマンションだし良いじゃん」
質問が気に食わないのか雪城は仏頂面をしていた。不機嫌そうだ。
「いいや、こっちは暇じゃないんだ。ダメだ」
俺は早く帰ってもらいたいのでさも大事な用事がありますよとでもいうような真剣な顔つきで帰宅を促す。帰ってくんねーかなー。(願望)
「どうせ、スマホでラノベ読んでダラダラしてるだけでしょ。だから遊んであげよーかなーと思って、佳奈さんにも頼まれてるし」
ダメだった。バレバレだった。俺の行動範囲の狭さを知ってる時点でラノベか勉強の二択だし、噓ついても意味無かった。
でも、遊ぶのはダメじゃね?俺たち今年大学受験よ?はい、すいません俺が言うことじゃなかったね。これぞ世に言う特大ブーメランだわ。
「雪城も暇じゃないだろ?受験生だし。それに母さんが言ったのだってもう一年前のことだろ、もういいよ大丈夫だから」
とりあえず目的のために正論ぽいことを言っといて雪城を立ち上がらせる。
さあ、帰ろうか出口はあちらです。マンション内でも近いほうだし来てもらって早々帰らせても心は痛まないのだ。
「それはっ…そうだけど。あと何回も言ってるけど下で呼んでって言ってるでしょ旭‼」
まあ、確かに何回も言われたが俺の中で答えは決まっている。
あの時のことを思い出さないように。忘れることなどできはしないが。
「別に良いだろ、そう呼ぶ相手は一人しかいないんだから」
「またそれ!いい加減っ…!!!」
俺の言葉が看過出来なかったのか雪城が言い返そうとした時だった。
突如床が激しく光りだした。眩いほどの強く白い光。
床をよく見てみると魔法陣のような模様をした円から発生しているのがわかる。
「キャッ!な、なにこれ⁉」
「…っ‼この光っ!まさか…」
身に覚えのあり過ぎる光に動揺しかける。だがここには双葉もいる。
俺がパニクるわけにはいかない。取り敢えず双葉だけでも逃がさないといけない。
この円は俺を中心として展開されている。まだ双葉なら出る余地があるはずだ。
「双葉!とにかく円の中から出るんだ!」
円の外に出るように促すが双葉は動こうとしない、いや動けないようだった。
「でっ、できない!脚が、脚が動かないの‼」
「何っ⁉」
釣られて自分の脚を動かそうとすると空間が固定されたかのように動かない。
クソがっ、こんなこともできるのか!力を込めてもびくともしない脚を見て、ようやく追いついたかのように背中に冷や汗が出る。
「まずい、クソッ!」
さらに意識も薄れているような気がする。
段々と光量を増していく光につられていくように遠のく意識の最後に見たものは自分の身体を包み込むように光る淡い緑色の光だった。