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地獄はとっくにペーパーレス

仁也のターン。

 金属製のつるりとした門の前に、仁也よしなりは立っていた。


 ここは地獄の門であり、仁也はたった今人間界から戻ってきたところである。彼はかぶっていた笠を外して、軽く息をはいた。


 一緒に戻ってきた青鬼と赤鬼は、亡者の入ったゲージを持って、牢屋敷の方へ飛んで行った。

 仁也自身はゆっくりと戻ることにする。


 岩だらけの荒野をしばし進むと、やがて町が見えてくる。


 黒い瓦屋根の平屋がみっしりと立ち並ぶ町並みに、まげこそ結っていないものの、着物や袴姿の男女がせわしなく行きかっている。


 人力車や駕籠かごが行きかうこの地区に、自動車は走っていない。時代背景に合わせろとうるさくいう輩がいるのだ。


 とはいえ、それは外身だけで、中に入ってしまえばソファにテレビに冷蔵庫にと住民たちはやりたい放題だ。


 駕籠に道を譲ってふと前方を見ると、のんびりした足取りで進む青年の姿が目に入った。


 薄茶色の髪を後ろでゆるく一本に結わえ、緑地に花菱文様の着物を着流している。

 遠目からでもなんとなく目を引く存在だ。特に女性の視線を集めている。


「一彦!」


 仁也が声をかけると、一彦は柔和な目じりをさらに下げて、軽く手を上げ応えてくれた。


「仁也、今戻りか?」

「うん。一彦はこれから?」


 簡単なあいさつ程度で別れるつもりだったのだが、なぜか一彦に咎めるような顔で見られて仁也は足をとめた。


「仁也。久々の外回りで浮かれる気持ちも分かるが、もう少しマメに帰ってやってくれないか。皆心配している」


「規則違反はしていない。ちゃんと期日前に帰ってきてるのに」


「それはそうだが、おぬしは別だ」

「このなり(・・)だから?」


 仁也は自分の容姿が幼いことを気にしている。


 地獄の住民の寿命は刑期で決まる。前世で犯した罪が重ければ重いほど、地獄で過ごす時間が長くなるのだ。


 鬼として生まれ変わったその時から過去世かこぜの記憶はない。ただ、あがなうべき罪だけが残る。


 地獄というのはそういうものだと、頭では分かっている。けれどともに幼少期を過ごしたはずの一彦が、立派な青年になり自分を見下ろしているという状況は、寂しさというよりも怒りのようなものを感じる。


「そうではない」


 一彦はしかし、笑いをかみ殺すように手を振って見せた。


「姫がご立腹だぞ、仁也」

「げ」


 顔をしかめた仁也を見て、一彦は長い手を伸ばし仁也の肩をぽんぽんと叩いた。

 慰めるように。



 目抜き通りを東に抜けて、二つ橋を渡ると晒し場に出る。と言っても大きな木造建築物がドンと建ってしまっているので、ここに罪人を晒す機能はすでにない。


 この建物こそが、仁也の勤める亡者対策江戸地獄支部だ。


「遅い!」


 部屋に入るなり響いた怒声に、仁也は眉を一つ上げた。部屋の奥には、人間で言うなら二十四、五歳くらいの女が座っている。


 鮮やかな緋色の髪を持ち、いつもは快活に輝く瞳に今は怒りの色を宿している。


 甲斐崎弥枝かいざきやえ、亡者広域対策課のおさである彼女は、暗い赤の着物をコートのように羽織っている。


 豊かな胸元を強調するような黒のインナーに、袴のようなパンツを合わせていた。


「報告書なら出しましたよ」


 仁也が投げやりに言うと、弥枝は指先で机を叩いた。


「紙で出して。ハンコも押しててちょうだい」

「ハンコ? 何言ってるんですか?」


 太陽に寿命があるように地獄の炎も有限であると分かって以来、地獄でも省エネルギーが叫ばれるようになった。


 獄卒が金棒をすて、亡者が罰ではなく労働で罪を贖うようになってから、すでに何百年と経っている。


 仁也の仕事も当然ペーパーレスである。



 まあ弥枝が意味のない難癖をつけてくるということは、提出した書類に不備はなかったということだろう。


 その証拠に、彼女は自分で言いだしたくせにあっさり投げた。


「まあ、書類なんてどうでもいいわ。それより、遅いじゃない仁也!」

「はあ、亡者がたくさんいたので」

「そんなの放っておきなさいよ」


 弥枝はそう言い放った。何しに人間界まで行っていると思ってるんだ。

 仁也はドン引きしたが、弥枝はさらにまくしたてた。


「だいたい、お前がいなかったら私のごはんはどうなるの」

「デリバリーを頼んでおいたでしょう」


「お前の炊いたご飯がいい」

「炊飯器ですよ。誰が炊いても同じです」


「敬語やめて!」

「仕事中ですから」

「仕事やめて」

「はあっ!?」


「もう、仁也キュンてばずっとうちにいてよー。洗濯物はたまるし。部屋は散らかるしもうヤダー」

 両手で顔を覆う泣き落としからの、頬ずり攻撃を受けて、仁也はすっかり白目になった。


 助けを求めても無駄である。


 課内はすでになんとも言えない雰囲気になっている。ニヤニヤ笑いでこちらを見るもの、無視を決め込むもの、肩を震わせ笑いをこらえるもの。


 もーやだは、こっちの台詞だ。

 外回りが嬉しいと思ってしまう気持ちを分かってほしい。


 仕事を終えて長屋風のアパートに戻ったとき、部屋の散らかりように頭痛がしたし、弥枝がにっこり笑って


「やっぱり仁也キュンと食べるごはんはおいしいね」


 などと言うものだから、仁也はとうとう折れた。


「キュンはやめて……」


   ★


 仁也が寝入ったのを確認して、弥枝はディスプレイを立ち上げた。


 そこには仁也の香の提供者のデータが表示されている。


 河原千佳。十四歳。提供方法は『練り香水』。


 弥枝は腕を組んでその情報をじっと見つめた。


 線香と違い、香水には人体の香りが混じる。その分エネルギー効率は非常に良い。良いのだが。


「青鬼」


 静かに呼ばわると、レモンほどの大きさの青鬼がすぐさま飛んできた。

 弥枝は青鬼をちらりと見やり、すぐに画面に目線を戻した。


「この少女だけど」


 言いかけて、弥枝は首を振った。少女に罪はない。


「仁也が、この子と必要以上に関わらぬよう見張りなさい」

「ですが弥枝殿、我々は仁也さまの……」


「黙って。私はあの子の保護者なんだから。それに、これは仁也キュンのためでもあるの」


 弥枝が命じると、青鬼はしぶしぶと言ったようにうなずいた。


 そして去り際に「ショタコン」と毒づいた。

 腹が立ったのでその辺にあった簪を投げつけてやる。


 ぎゃっとか聞こえたので当たったようだ。弥枝はそれで少し留飲を下げた。



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