恋するアムネジア
あなたが記憶の魔女ね。
あなたのこと探し回ったわよ。各地を転々としているから探すのに苦労したわ。
なによその惚けた顔。
しかしあなたがホテルみたいな綺麗なところに住んでるなんて驚いたわ。結構羽振りがいいのね。特別な力があるせいかしら。悪いことに使っていないわよね?
え、本題を言え?
そうね。あなたがどうお金を稼ごうが私にとってはどうでもいいものね。
実は、あなたにお願いがあってここに来たの。
もちろんただとは言わない。あなたの逃避行を助けてあげるという条件付きよ。悪くないでしょう?
私の記憶を一つ消して欲しいのよ。
私、実は最近失恋したの。
…その記憶を消して欲しいの。
え、今度は誰に恋したって?何の話よ。
こちらの話?まぁいいけど。
あなたが記憶の魔女ね。
あなたのこと探し回ったわよ。各地を転々としているから探すのに苦労したわ。
なによ、私があなたの元を訪ねたのをそんな驚かなくてもいいじゃない。
しかしカビ臭いわねここ。蜘蛛の巣とか取り切れてないじゃない。女性が住んでいるのだからきちんと掃除くらいしなさいな。まぁ、魔女が住んでそうな住みかではあるけど。
でも、驚かせてしまったことに対しては謝罪します。
記憶の魔女ーーつまりあなたは国を追われて、今は絶賛逃亡ライフを満喫中ですもの。捕まえにきたかと勘ぐっても無理もないわ。
なら、何の用件かって?
あなたの逃亡生活をお手伝いをしようと思っていますのよ。オホホ。
ただ、交換条件があるのだけどね。
もちろん安心して。約束は守るわ。
私はアムネシア=ローレンシア。私のお父様は高名な貴族なんですから。あなたを逃がすのなんて、些細なこと。
え、落ち目のローレンシア公爵家!?
あの事件はかなり有名なのね。もしかして新聞でお知りになったの?
ま、まぁ今はどうでもいいじゃない。私が婚約破棄された話なんて。
それで私のお願い聞いてくれますかしら。
内容による?
なんだ。そんなこと。記憶を司るあなたには難しいことじゃないわよ。別に誰かの記憶を改竄してほしいとか、非道なものでもないの。
ただ、この私の思い出を一つ消して欲しいだけだから。
そう。消して欲しい記憶は、私が失恋した記憶。
彼との思い出をあなたに消して欲しいの。
その努力を他に使ったほうが建設的?
記憶の魔法を使ってもろくなことにならない?
そ、そうかもしれないけど。何だか妙に実感がこもっているわね。
でもね。私はもう限界なのよ。
失恋してから毎日が憂鬱だし、なんかこう胸のあたりがね、からっぽなのよ。
気持ちばかりがせいてしまって。
もう自分じゃどうしようもないのよ。忘れたくても忘れられない人だった。
え、どんな人って?
黒髪の男の子よ。背は私と同じくらいで、瞳の優しそうな子。私の幼馴染みなの。
昔彼に命を助けられて、それからね。私を庇って彼は左目を怪我してしまったの。彼はそれから左側の視力が良くなくて、前髪で隠しててね。罪悪感もあったけど、この人と最後まで一緒に居ようって決めたの。
私達は貴族同士で学園も一緒で、子どもの時はきっとこの人と結婚するんだって思ってた。ま、父にお願いして何とか婚約者になったんだけどね。
そ、それなのに…な、なにが、一目惚れよ!
突然学園に転校してきたあの元平民の男爵令嬢!
確かに身なりは可愛かったけど、とんだ食わせ者だったわ。婚約者のいる男に色目を使って!本当に最低。
そもそも一目惚れとかありえない!一目ぼれなんてただの勘違いとか思い込みでしかないでしょ?
愛っていうのは日々の積み重ねが大事なのよ!
日々を共にすごして、ある時、あぁ、この人と一緒に添い遂げるんだな、そういうものなのよ。
なのにちょっとあの男爵令嬢にちょっかい出したら、婚約破棄よ!?
信じられる?学園は追放されちゃうしさ。家は傾くはもう踏んだり蹴ったり!
しかも最後の勝ち誇ったあの女の顔!!
憎たらしい顔を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返りそうになるわ。
でもそれ以上に彼に振られたことが本当につらかったわ。想いが通じ合っていたと思ってたのは、私だけだと気付いたらね。舞い上がってたのは、私だけ。馬鹿みたいよね?
でももう良いの!
彼もあんな女のことも忘れて幸せになりたいのよ!
私は新しい恋をしたいの。するべきなのよ!
そう次は真逆の男がいいわね。長身の金髪碧眼、筋肉隆々の…いややっぱり着痩せするタイプで痩せてるけど、筋肉実は凄いくらいが良いわね。
え、ちょっと気持ち悪い?
あなた。もし、私が王族でしたら処刑されるくらい酷いことおっしゃってるからね。
まぁ、でもいいわ!所詮過去は過去!過去は振り返らない。私は前に進む女!
絶対幸せになるんだから!!
はぁ、はぁ。私の気持ち分かってくれたかしら。
分かったからそんなに興奮するな?もう、あなたが言わせたんでしょ!
え、もう済んだ?なんの話よ。
………あれ?
何かとても大切なことを忘れてしまった気がするわ。
どうしてこんなに涙が溢れてくるの?
悲しくもないのに、涙が出てくるわ。とても切なくて、心が苦しいけど、でも胸のつかえが取れたような不思議な気分。
もしかしてあなたに何か記憶を消してもらったのかしら?
きっと何かを忘れさせてもらうために私はあなたのところに来たのでしょうね。
それでは私は帰ります。これ、報酬とあなたのことを支援してくれる人のリストね。
ここを出たらあなたと会ったこと忘れちゃう?保険のためって…ま、どうでもいいけど。
あ、そうそう。
あなたみたいな人私嫌いじゃないわ。
口は悪いし、態度はでかかったけどね。ほら?私って結構きつい性格しているでしょ?
私に素で接してくれる人ってお父様ぐらいだから、実はあなたと会話してて心地よかったわ。
それじゃ。もう二度と会わないと思うけど。
ありがとう。
ふふ、あなたいい人ね。
そんなに心配しなくても良いのに。
………………
…………
……
で、どんな人に恋したかですって?
私が一目ぼれした、彼…
この間の舞踏会の日にね、彼と初めて会ったのよ。
正直結婚について興味なんて湧かなかったんだけど、父の顔を立てるためにね。
彼が窓際で一人寂しそうにしてて、彼と目があったの。一眼見たときにこの人だってわかったわ。
私、一目ぼれとか全然信じてなかったけど、本当にあるのね。今まで人を好きになったことなんてなかったけど彼を見るとね、胸の奥がとても熱くなるの。
どんな人か知りたいの?
それ聞いちゃう?えーどうしようかな。言っちゃおうか。わ、分かりました。言いますから。言いますからうざったそうにして向こうに行かないで。
私、その人の名前もよく知らなかったんだけど。
そうよ。初対面で告白したの。
わ、悪い!?
しょうがないじゃない。その人のこと好きになってしまったのだから。
彼は黒髪で片目が隠れていて、瞳の寂しそうな人。
私が告白したら涙をこぼしたの。正直傷ついたわ…
あんな震えた声で謝らなくていいのにね。




