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Act-2*炎の猫(2)

 肖像画の梱包は、意外と注意が必要になる。描かれているのは高貴な人だから、絵とわかっていても畏まってしまう。しかも、キャンバスはリアの背よりも大きい。それを縁取るは凝った装飾の額で、繊細なくせにとても重い。

 最初の二日はうまく包めなくて、リアは悪戦苦闘する。そんなリアを見かねてカウフマンは、小さいものから作業するようにアドバイスした。

 小さいものは、ほとんどが静物画や風景画だ。肖像画よりも気分的に気楽に扱える。カウフマンの助言で、リアは要領をつかむことができ、四日目にはうまく肖像画を包むことができるようになった。

 五日目には、お城からお手伝いのメイドたちがやってきた。最初の二日の進捗がよくなかったから、お城の方で手伝うよう命が下りたのだった。

 やってきた彼女らはリアよりも背が高いけれど、力が足りない。やはりリア同様、うまく肖像画の梱包ができない。

 六日目には、メイドではなく別の男性使用人たちがやってきた。メイドと違い上背も力もある男性使用人は、彼女らよりも上手に布をかけて巻いていく。何重にも柔らかい布でくるまれ紐を掛けられた肖像画は、一階入口ホールのカウンター近くに次々と並べられた。

 七日目には、六日目の使用人とともに、大勢の使用人がやってきて、この日は老若男女関係なく手の空いた者が空いた時間に手伝いにきたのだが、残りのすべてを梱包し運び出した。

 そう、七日目は引っ越し当日であったのである。

 この日の終わりには、図書室にはカウンターと本棚だけが残された。


「一週間で間に合うかどうか、ちょっと焦りましたが、無事終わりましたね」

 肖像画の最後の一枚を見送れば、図書室にはカウフマンとリアしかいない。あんなにたくさんいた使用人たちは、空き時間に手伝いに入っていたから、時間になると皆それぞれの持ち場に戻ってしまっていた。

 夕闇に包まれていく図書室は、ものがなくがらんとしている。外からの物音がやけに響いて、それは虚無の空間をさらに強調し、感傷に訴えるものがあった。

 たった一年半の職場であったけど、リアは胸の奥がぎゅっとつねられる感じがした。

 ちらりと横のカウフマンをみれば、彼は眼鏡を外し上方のステンドグラスをみつめていた。夕陽に照らされたステンドグラスは、色ガラスが赤く染まっていた。

 最初に足を踏み入れたときのステンドグラスは朝日に照らされて、明るく鮮やかな色ガラスであった。それを思い起こせば、リアは、本当に今日でここが最後になるのだなと、実感するのであった。

「まぁ、取り壊すといっても正確には改築なので、まったく無くなるわけではないのですが……やはり、センチメンタルになりますね」

「…………」

「リアさん、今日はこれでおしまいです。明日は新図書室で開梱作業になります。また力仕事です。今日はゆっくり休んでくださいね」

 明日からの作業は、この一週間の逆を行うのである。

「はい、新しい図書室でも、カウフマンさん、どうぞ、よろしくお願いします」


 ***


 翌朝、新図書室へリアは向かった。

 新図書室はお城の庭園を挟んで、旧図書室の向かい側になる新しい建物だった。旧図書室と比べて二倍の床面積があり、今度は窓がたくさんある明るい図書室であった。

 立派な新図書室、これも独立した建物だから旧図書室と同じで図書館という方がふさわしいのだが、に入る前に一度立ち止まり、リアは誇らしい気分で見上げた。

(お庭の向こう側で、こんな工事が行われていたなんて、まったく気がつかなかった)

 新図書室の工事はリアがお城に上がる前から行われてもいれば、お城の敷地だって広大なものである。リアが知らないのも無理もない。

 入口ホールの作りは、旧図書室と同じで吹き抜けとステンドグラスがある。ステンドグラスは旧図書室のと比べて、もっと繊細なデザインで枚数も五枚に増えていた。

 階段が左右から回されているのは、お城のダンスホールと同じ。階段の幅は広く、今度は本棚が並んでいることはない。

 リーディングデスクはステンドグラスと同様に数が増えて新しくなっていた。

 ステンドグラス、階段、デスクとくれば、本棚だって数が増えていた。旧図書室は室内が暗くて、本棚の列は暗い森のような一群であった。だが、新図書室は広くて明るい空間だから、そんな感じはしない。

 そんな本棚のそばには、脚立とは別になんとリーディングチェアーが置かれていた。それも何ヵ所も。脚立を椅子代わりにしなくてよくなっていた。

 窓にはカーテンがかかっている。遅れていたといっていたが、間に合っていた。

 窓と窓の間の壁には、リアが梱包した肖像画が掛けられている。例の昔の王妃に嫌われた愛妾の肖像画は、今度は二階の壁に掛けられていた。

(こんなきれいな人だもの、隠しておくのはもったいないと思う)

 掛けられた貴婦人の前で、リアは思う。

 本の開梱作業をしながらその場その場でいろいろな肖像画を眺めれば、あの太った王子はいない。彼は、新図書室でも陽の目を浴びることがないようだ。

 ここで、ふと、リアは気がついた。

(そういえば、猫ちゃん、どこかしら?)

 太った王子と同様、あの『白い猫』とまだ対面していない。

 引っ越し準備の最後の一週間は、リアはずっと資料室の中で作業をしていた。

 最初の二日は要領が悪かったから、週の後半にはお城から応援が入った。資料室ドア横のギャラリースペースは、一番最後の七日目に絵が外された。それの梱包は応援のメンバーが行ったので、リアは担当していない。

 肖像画はすべて梱包といっていたから、あの『白い猫』もきっと太った王子とともに、この新図書室に移動しているはずである。

(飾るスペースが増えたといっても、資料室にはたくさん絵があったから……)

 やはり、この新図書室にも二階の西側に資料室が作られている。飾られていないものは、そこに収められている。そして、やはり、鍵が掛けられている。リアがこの新図書室に出勤したときにはもう施錠されていて、彼女は一度も中を覗くことができなかった。

(きっと、王子と一緒にこの部屋ね。入れ替えがあってもおかしくないわ)

『白い猫』は新図書室の資料室にいる、そうリアは信じ切って、開梱作業を続けていった。


「今日は、昼から焼却場で旧図書室の不要品を焼くそうです。だから、今日は資料室の整理をしましょう」

 本の開梱作業がもう少しで終わろうとしたある日、朝のミーティングでカウフマンが告げた。

 判断に迷う備品について、カウフマンは宰相補佐官に伺いを立ててあった。だが、一部は回答がもらえず、保留となった品がある。とりあえず、それらはすべて新図書室の資料室へ運び込んであった。

 引っ越し後しばらくしてから、補佐官は吟味し直した新しい保管品リストをカウフマンに差し戻していた。

「お城の中で燃やすのですか?」

「そうですよ、お城のごみはお城の中で処分しています。知らなかったのですか?」

 そういえば、厨房のごみの行方など、リアは考えたことはなかった。

(下町でも、お城のごみを拾ってどうのこうの……なんてきいたこと、なかったなぁ)

(仕立てもの屋さんが、一度、不要ドレスとかみてみたい、なんていってたし)

(お城ではどんな生活をしているのか、本当に謎だった)

 もちろんお城に住んでいても、リアは使用人棟の住人なので、やはりそのあたりは謎のままである。

 お城のごみには、生活一般のごみ以外にも、大臣が書くお金の書類や外国との秘密の手紙というような特殊なごみもあるのだろう。なんとなく、お城の中で焼却する理由が、リアにはわかるような気がした。

「机や本棚を燃やすそうなので、かなりの規模です。厨房や洗濯室、衣装室などもついでに処分品を持っていくというので、ここもそうします」

 どうやら、大勢の使用人が集まって燃やすらしい。ちびちび焼くよりかは、まとめて燃やす方が効率がいいのかもしれない。大勢で行えば、飛び火の心配もないだろう。

「リストをみたところ、結構、処分の品があります。今日は何回も焼却場まで往復になると思います」

 せっかく梱包して運び入れたのに、保管にならない品が多々あるとカウフマンはいう。

 あまりたくさんあると嫌だなぁ、そう思いながら、リアはカウフマンのあとに続いて、資料室に踏み込んだ。


 新しい資料室も明るくて、きれいである。不要品をしまい込むには、もったいないような空間であった。

「旗は……」

 カウフマンはリスト片手に探していく。梱包の際に、簡単に中身を明記したが、引っ越し後半にはそんな余裕がなくて無記名になってしまった。

 カウフマンにいわれて、無記名の梱包物を一部開き、リアも中を確かめていった。

「これこれ、これはやっぱり処分になりましたね」

 三代前の旗は一枚だけ残し、残りは処分との指示が入っていた。古い穴あきタペストリーもやはり処分、王家の紋章が入っていても、みすぼらしいから威信にかかわると保管は却下となっていた。

 同様に紋章入りの古いテーブルクロス、テーブルライナー等のファブリックも処分。

 絵画も無名画家で美しくない分は額ごと処分、何に使うかわかない道具も処分、兎の剥製、人形、布貼りの箱も処分と、どんどん出てくる。

(え、この箱、捨てちゃうの?)

 リアの片手に収まる小さな六角形の赤い箱も、“いらない”と烙印を押される。

 今は少し色褪せ光沢もないが、元は艶やかな布が貼ってあったのだろう。盛り上がった中央にレース編みの小花がのりそこから放射状に六本のレースが縫い込まれている。箱の蓋と本体の噛み合わせ部分にもレースが張られていた。

(お姫様の指輪の箱みたい)

 お城に住むお姫様なら、そんな小さな箱を宝石箱に使いはしない。たくさん指輪も持っている。だが、庶民のリアの想像力はそんなものである。

 じっとその箱をリアがみつめていると、カウフマンが声をかけた。

「それ、ほしいですか?」

「あ、きれいだな、と。燃やすのもったいないなと」

 正直なところは、カウフマンの指摘通りである。

「いいですよ、捨てるものだから」

(!)

「お城のものは、勝手に持って帰ってはいけないのでは?」

「でもそれは、いいと思いますよ」

 と、カウフマンはひょいと赤い箱を取り上げて、中を確かめた。思わず、リアも彼の手元を覗き込む。

 内側も表と同様、色褪せているが布貼りである。表は無地の赤い布だが、中はクリーム地に薄ピンクのミニバラが散らされた布である。

 カウフマンは指を入れ、内側の様子を探る。同様に蓋の裏も指でなぞれば、きちんと閉めてリアに返した。

「特に問題ないようですね。私用で使う分にはいいでしょう」

 転売禁止という条件で、リアは箱をいただくことができたのだった。


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