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リアと『図書室の白い猫』~拾った猫は生意気だった~  作者: 高中 彰良


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Act-8*救済の猫(3)

「どうしても、ブルーベリーのタルトをいただきたかったので、きてしまいました。やはり、ご迷惑だったでしょうか?」

 ややしんみりとした顔をみせて、ゲラルトはマルガレータに許しを乞うた。

「先触れをいただきたいわ、ゲラルト様。兄はよくっても、女性である私は何かと準備が必要なの」

 不躾だとやんわり匂わしてゲラルトを牽制し、マルガレータは“ばあや”に向き直った。

「ばあや、いくら兄とは懇意の仲のゲラルト様だからといって、私の許可を得る前に通すのはやめてちょうだい。親しき仲だからこそ礼儀をわきまえなくてはと、そういっているのは、ばあや、あなたの方ではなくて?」

「姫様、これは失礼いたしました。以後、気をつけておきます」

 そういいながらも、そのセリフはここ最近は守られた試しがない。

 “ばあや”は詰られても、特に恐縮することもなく、タルトをどこに運ぼうかとマルガレータに訊いてくる。彼女は彼女で、すっかりゲラルトを未来の自分の主とみなしているようで、マルガレータに彼を宛がうようになっていた。

 今日だって、“ばあや”は勝手にゲラルトを通している。本当はゲラルトに帰ってほしいのだけど、こんな風に目の前に本人がいては、いいたくてもいえない。

 計算されたかのような“ばあや”の振る舞いに、マルガレータはうんざりしてしまう。

 こんな“ばあや”の采配は父や兄の命令だろうか、それともこのゲラルト本人に丸め込まれて自らの意思で行っているのだろうか。どちらにしても、マルガレータには甚だ迷惑なことである。

 ブルーベリータルトを一緒に食さなければ、ゲラルトは消えそうにない。そう結論付いて、マルガレータは諦めた。

 それに三人が今いるこの執務室には白猫のフォルが隠れている。フォルだって、ずっとソファの下という訳にはいかないだろう。

 心の中でため息をついて、でも顔には笑みをのせて、ゲラルトにマルガレータは提案した。

「ゲラルト様、タルトはテラスでいただきましょう。ここよりも夜風にあたる方が、気持ちいいでしょうから」

 マルガレータのセリフに、パッとゲラルトの顔が綻んだ。彼にすれば、最初に不愉快な口論をきかされていたから、なおさらだ。

 再びマルガレータは、“ばあや”に向かい毅然と命じた。

「席を用意してちょうだい。私は着替えますから、ばあや、それまで前室にてゲラルト様の話相手をお願い」

 マルガレータはゲラルトと“ばあや”を、とりあえず追い払ったのだった。




 一連のやり取りを、ソファ下で息を殺して猫のザックはきいていた。

 ここにゲラルトがいる。これは一体、どういうことなのか?

 彼の行動については、ザックはまだ完全に理解できていなかった。


 自立の準備をスムーズに進めるために、ザックはハインリヒの家庭教師となり王子の執務室へ出入りした。教師として王子の執務室へいけば、ゲラルトが隣に控えている。ここで、彼がハインリヒの学友だと知り、ザックは了承して講義を始めたのだった。

 ハインリヒに公務が入ると、レッスンは休講となる。ゲラルトは学友であると同時にハインリヒの付き人でもあるから、主とともに公務へと消える。

 その空き時間を利用して、ザックは図書室にはない資料、王家の私設図書を読んでいた。名目は、次のレッスンの下調べ。そういえば、誰も怪しまなかった。


 この私設図書には、王家の家系図が納められている。

 統治者として魔力を継承するために、王家は正妻以外に愛妾を持つことが許された。それは同時に、子孫の血縁関係がややこしくなった。

 この血の流れを詳細に解説した文書が、門外不出の資料とされ収められている。

 子供を出産してもしなくても正妻の地位は変わらない。だが、愛妾の場合はそうではない。

 王の子を出産した愛妾らは、その後の処遇がまちまちだった。城内に実母として子と一緒にいることもあれば、子と別れ実家や前夫の家へ戻ることもある。下賜されて新たな夫を得ることもあった。

 愛妾たちが城の中と外で、出産の前と後で、名が異なるのはよくあること。将来、意図しない近親婚を回避するために、記録が取られたのである。


 ゲラルトのアーベントロート家は、過去に王家に貢献した褒美として叙爵された侯爵家であった。比較的新しい家だから、初代公爵時代から王家とは懇意にしていても、今までタイミングが合わず婚姻を結んではいなかった。つまり、ゲラルトはハインリヒやマルガレータとは血族でないのである。

 だから、ゲラルトが、マルガレータの結婚相手の筆頭候補者として上がっているのである。過去の複雑な婚姻関係から離れたところにあるアーベントロート家は、王家にすれば近親婚の恐れのない新しい血を持つ家であった。

 ゲラルトがハインリヒの付き人に選ばれた理由もそれだと、私設文書を開いて納得していたザックであった。


 そのゲラルトだが、彼は付き人だからハインリヒの命には忠実だ。またマルガレータとは懇意になりたいから、味方を得るべく、とにかくハインリヒへの胡麻すりに精を出していた。

 ハインリヒにお気に入り(・・・・・)ができれば、彼は自分の付き人クレーデルを使って、彼女について調べあげる。同時にクレーデルとふたりでそれぞれへの伝言窓口となり、ハインリヒとメイドを引き合わせていた。

 やっていることは、二百年前の父や兄が愛妾を求めるときと同じ手口だから、すぐにザックは気がついた。

 だが、ゲラルトがハインリヒに忠実なのは当然として、リアの場合はいつもと様子が違っていた。

 リアとハインリヒの仲介者となるゲラルトが、リアに手を出したからだ。


 忠実な僕は、主人のものに手を出さない。今までの遊び相手のメイドはきれいなままでハインリヒに差し出されていたのに、リアはそうならなかった。

 リアの周りに、クレーデルの姿はなかった。直接、ゲラルトがやってきて、ハインリヒに頼まれたといい、リアにいろいろと接触していく。

 仲良く教本を読む姿は、ハインリヒの本題に入る前の下準備だろう。やや複雑な気分で、ザックは黙認していた。


 いつもとは違う反応をする娘━━それが、ゲラルトの手順に変更を生じさせた理由かもしれない。

 そもそもが、リアが王城でのハインリヒの恋愛事情を知らなければ、心酔もしハインリヒのことはみているだけでいいともいう。頑ななリアの態度にゲラルトは拍子抜けし、対応に困ったというところか。

 でも、どうしてリアに手を出した?

 まさか、気を引くための演技が本気になったのか?

 バレたら、ハインリヒにもマルガレータにも、不興を買うだけの行為でしかないのに。

 ハインリヒに差し出すためには、リアだって、その気にならなければならない。なぜなら、ハインリヒのそばへいけば閨仕事が待っているから。リアはみているだけでいいというが、それではハインリヒが満足しない。ゲラルトだって困る。

 一からそんなことを教えなければならないとすれば、リアは手間のかかる案件でしかない。


 あ、だから、指輪か。

 ある結論へ、ザックは到着した。

 だから、あの指輪なのだ。嵌めた人のことを無条件で好きになるという、あの恋慕の指輪。それを使えば、リアを意のままに操ることができる。指輪を嵌めてやり、ひと言命じれば、嵌められた方は夜伽でも何でもしてしまう。

 そうだ、恋慕の指輪を使えば、みているだけでいいというリアを誘い出すことができるのだ。

 リアはハインリヒが好きだから、ハインリヒの前で指輪が外されることがあったとしても、きっとリアは恋が実ったのだと感激するだろう。ハインリヒの、ゲラルトの思惑通りになるのだ。

 では、その恋慕の指輪だが、どうして、ゲラルトが持っていたんだ?

 あれは、王家の家宝のはずだが……



「フォル、出てきてもいいわよ」

 迷路に入ってしまった思考が、中断された。

 マルガレータがソファ下の猫のザックに呼び掛けたのだった。一緒に食事途中のプレートも引き出した。

「ごめんなさいね、食事中だったのにね。あなたが終わるまで、着替えていることにするから、ゆっくり食べなさい」

 フォルのためだというが、本音はすぐにゲラルトと“ばあや”の待つ席へいきたくないのだろう、オッドアイで見上げれば、やや憔悴したマルガレータがいた。


 ━━にゃん、にゃん!


 どうしたものかと心配になるが、でも空腹には勝てず、とりあえずザックはものわかりよく返事をしパテに食いついた。

 パテが三分の一になった頃、また“ばあや”の声がかかった。今度はゲラルトがそばにいないせいか、やや苛立たしい色がある。

「姫様、まだお支度に、時間がかかりますか? アーベントロート卿をあまりお待たせする訳にはまいりませんよ」

 マルガレータの心とは裏腹に、“ばあや”が催促する。

 困った顔をみせて、マルガレータは扉の向こうへ返事をした。

「着替えようと思ったのだけど、やはり寒いからやめておくわ。もう少し、待ってちょうだい」


 いつまでもここにいる訳にはいかない、ザックが留まっている限り、マルガレータはこの部屋を出ないだろう。

 後ろ髪が引かれるが、ザックはリアを探さなければならないし、今のザックでは魔法を使ってもマルガレータを根本的に助けることができない。


 ━━にゃん!


 残りをすべて食べ尽くし、ザックはいつも出入りに使う窓に向かう。マルガレータが後をついてくれば、そっと白猫が通り抜けるだけの隙間を開けた。

 退室直前に見上げれば、彼女はしゃがみこんでザックの頭を撫でた。

「またね、フォル」


 ━━にゃん!


 頭を撫でたマルガレータの手のひらを、ザックは舐めた。予想外のことにマルガレータの方は少し驚いたが、いやがらず微笑み返した。

 手のひらへのひと舐めをさよならの挨拶として、ザックは薄闇の中へ一旦、引き上げた。



 ***



 ゲラルトは、王庭に面したテラスでマルガレータを待っていた。

 ここからみえる王庭は、ついさっきリアと一緒に歩いた場所だ。あれから時間が経過して、夕暮れは終わりすっかり星空が広がっている。リアと一緒にいたときにはなかった照明が、今は控えめに灯されていて、夜の茶会をノスタルジックなものにしていた。

 このテラスの位置からほぼ上になる高層階には、ちょうどゲラルトの私室がある。そこにはハインリヒとリアがいて、今は交渉(・・)の最中だろう。

 今回も無事王子の要望に応えることができたと、ゲラルトは肩の荷が下りていた。マルガレータに待ちぼうけにされても、ハインリヒの件で達成感があったのでリラックスできていた。



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