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Act-7*リアと『窃盗団』(5)

(!)

(ラル!)

 声の主は騎士服姿のゲラルトであった。彼の騎士服はネイビーブルー。ここにくるまでにすれ違った騎士メンバーはカーキ色の制服だったが、ゲラルトのは違っていた。仕立てのいいその騎士服は、装飾が美しくさっきまで式典に出ていたかのような豪華さがある。

 濃紺の格式の高い制服、黒髪に黒い瞳と、それらが相まってゲラルトの姿はなにものにも染まらない意思の強さと潔さが滲み出ていた。

「これは……アーベントロート卿、こんなむさ苦しいところに……」

「むさ苦しい? そうか、私の管轄は貴君らの基準に達していないようだ」

「い、いい、いえ……その、そういう訳では……」

「では、どういうわけ?」

 ゲラルトの登場で、役人三人が一斉にたじたじとなる。今までのリアに対する横柄な態度とは正反対だ。

(ラルが……助けにきてくれた?)

 昨日の図書室でのことを考えると、信じられない展開だ。リアはゲラルトの求愛を受け入れなかったのだ、逆恨みされて捨ておかれてもおかしくない。

 リアは金の瞳を大きくして、あわててふためく役人と騎士姿のゲラルトを見守った。

「まだ容疑者の段階で、先のような恫喝はいかがなものか。これでは無実無根の容疑者が、恐れをなしてやってもいない罪を認めてしまうことになる。貴君らの行いは城外においても模範とされるべきものなのに、これでは示しがつかない。よくよく考えて行動してほしい」

 ビシッと先の役人の人権軽視な取り調べ方に言及すれば、ゲラルトは命じた。

「彼女をここまで連れてきたんだ、それなりの証拠があるのだろう。見せていただこう」

「は、はい」

 と、三人は三人で目配せした。何度か頷いたり、首を横に振ったり、帳簿を指差したりして無言で協議する。そして、恐る恐るあの赤い六角形の小箱を取り出した。

「アーベントロート卿、この者にはいろいろ罪状がありますが、この指輪を隠し持っていたのが、何よりの決定的証拠かと」

 リアの罪状は三つあるが、一番ゲラルトを納得させるものは指輪だと役人らは結論付いたようだ。

 その赤い小箱を机の上に置くと、図書室でカウフマンにみせたときのように、そっと蓋を開けた。中にはあの白いオパールの指輪が入っている。薄れゆく夕方の陽射しの中でも、それはしっかりと輝き存在を主張していた。

「掃除娘の持つものとしては、いささか()が過ぎます。きっと、宝物庫から盗んだものに違いありません!」

 尋問の在り方に苦言をもらったが、ここは自信満々で役人はいい張った。

「よろしいかな?」

 ゲラルトは箱から指輪をつまみ上げて、夕陽にかざす。キラキラと柔らかく輝くそれを目を細めて認めれば、ゲラルトはうっとりとした表情になった。

「この者は、その指輪を、こともあろうにアーベントロート卿からもらったといいました。無礼なこと、極まりない」

「……それで、他には」

 ゲラルトは肯定も否定もせず、役人に先を促した。

「はい、ハインリヒ殿下のハンカチーフを隠し持っておりました」

「ハインリヒ殿下の……そう、それは、いつもの労いの品だろう。私の前では、この娘のことをよく働くいいメイドだと仰られていたから」

 ゲラルトは図書室でリアの働きぶりに言及して、ハンカチーフの疑惑を葬った。

「え! 何と! ああっ、し、失礼しました。本当なのですか?」

「私の言を疑うのか?」

「いえ、滅相もございません!」

 ハインリヒとリアは全く面識がないものと信じ込んでいたから、役人は虚を突かれてしまった。ぎろりとゲラルトに睨まれもすれば、彼らの顔色がだんだん悪くなっていく。

 だが役人も引き下がらない。ここで容疑者を解放すれば、自分達の捜査の不味さを認めることになるからだ。

「しかしながら、ハンカチーフとは別に、実は本も隠し持っておりました。その本の中には……」

「ああ、それもハインリヒ殿下からの下がりものだ。彼女が仕事の合間に勉強している姿をみて、殿下がお与えになられたものに違いない」

 本の詳細を述べようとするが、その役人の言葉に被せるようにゲラルトが断言した。

「で、ですが……」

「まだ、何か?」

 再びゲラルトから鋭い視線を投げつけられもすれば、役人も意固地になり、最初の罪状、指輪の件を取り上げた。これはまだ否定されていない。彼らにすればとっておきの罪状である。

「その指輪は……いくらなんでも、卿からいただいたなどとは……」

 吐き捨てるように役人が口にすれば、口角を上げ待ってましたとばかりにゲラルトは答えたのであった。

「これは、私が彼女にあげたものだ。日々の働きを認めて、彼女をアーベントロート家で召し上げることにしたのだよ。その印として、昨日この指輪を贈ったばかりだった。通達が届くまでの証明としてね。残念なことに、貴君らにはひどく勘違いさせてしまうことになったようだけど……」

 静かにゲラルトが指輪の経緯を口にすれば、役人らはさらに青ざめた。知らなかったとはいえ、王家と懇意にしているアーベントロート侯爵家の関係者を、窃盗容疑者として訴えてしまったのだ。

 役人らは脂汗を流してもいれば、もう取り繕う余裕もない。室外からの騒音は変わらずきこえてくるが、この部屋だけは空気が凍りつき無音となっていた。

「リア」

 ゲラルトが名を呼び、重苦しい静寂が破られた。

「はい」

 名を呼ばれて、リアは素直に返事をした。

 ゲラルトが現れて、すぐにリアの容疑は晴れた。リアはひと言も発することがなかった。今までで最大のピンチのときに現れたのは黒髪の美貌の騎士、リアはその騎士に助けられた。もう気分は、悪者に捕らわれて助け出された姫である。

「こっちへおいで」

 ゲラルトのセリフに役人らは目を剥き出しにするが、黙ってことの成り行きを見つめた。下手なことはいえない、城での自分らの立場が悪くなる。

 命じられてリアは席を離れると、ゲラルトのそばに立った。彼はそっとリアの左手を取り、役人らの目の前で問題の指輪をはめた。

「リア、タイミングが悪かったとはいえ、怖い思いをさせてしまったね」

 その声は優しくて、役人らを糾弾したのとは同一人物とは思えない。ゲラルトはリアに真摯に謝った。

「いいえ、ゲラルト様、このように疑いを晴らしてくださり、ありがとうございました……」

 昨日の出来事を考えるといろいろ気まずいこともあるが、彼がリアを救ったことには間違いない。リアは心から感謝して、お礼を述べた。

 途端、指輪から熱が伝わってきた。リアの薬指が熱くなり、手のひら全体が火照りだす。その熱が、手のひらから始まって腕を伝い心臓へ回り、心臓から全身へ広がっていった。

(待って!)

(この感じは……)

(また、あれ(・・)がくる! また、記憶が変になっちゃう!)

 そう、リアがゲラルトに好意を示したがために、主の存在がわからなくなっている指輪が暴走しはじめたのである。

『指輪を嵌められた人は、嵌めてくれた人を無条件で好きになる』━━恋慕の指輪による熱病が、リアに襲いかかった。





 足元がふらふらする。目眩がして、頬に熱がこもり、思考だってうまく結べない。

 三度目も、依然、恋慕の指輪の呪縛に翻弄されるリアがいた。


 ━━抱いていってあげてもいいけど、ここでは我慢して。

 ━━まだ他の騎士や役人らの目があるからね。


 そんなことを告げられて、ゲラルトとふたりで取調室を後にした。リアは歩いているつもりであるが、どうも足元が覚束ない。まるで雲の上を歩いているかのよう。

 かろうじて転倒しないのは、途中からゲラルトがしっかり腰を支えるようになったから。彼にもたれ掛かりながらも、騎士団エリアを抜ければ、夜の帳が降りて間もない庭園に出た。


 夕方の風が軽く吹いていて、火照るリアの頬を撫でて去っていく。頬の熱は奪われても、体の芯は熱いまま。すぐに熱は回復する。

 指には恋慕の指輪がしっかりと絡みつき、指輪は忠実に主人(・・)の命にしたがって、リアの気持ちを支配していた。

「ここまでくれば、もういいか」

 と、ゲラルトは隣に立つリアの膝裏を掬って抱きあげた。横抱きにされて視線が高くなれば、リアは本能的に恐怖が先立ち、ゲラルトに抱きついてしまう。

「そう、リア、そのまま首に腕を回して掴まっていて」

 いわれるまましっかりリアが抱きつけば、くすりとゲラルトは笑みをこぼした。

 夜の帳のおかげで、彼の細かな表情はよくわからない。けれど、ゲラルトは自分に愛を告白し、拒絶されてもピンチのときに助けにきてくれた。今その彼の腕の中にいる、きっとゲラルトの顔は自分の想いが叶い満足した笑みに違いない。そうリアは信じていた。

「リアの部屋は捜査を名目に荒らされて、もう使うことはできないだろう」

 確かに、考えてみれば、あの部屋はぐちゃぐちゃと思われた。役人らは替えのお仕着せの籠に隠したハインリヒのハンカチーフを見つけ出したのだ、泥棒の捜査だといいながら、やったことはきっと泥棒と変わりない。

 そんな部屋を元の休める状態にするには、今の時間から大掃除をしなければならない。一日の業務で身体的に疲れ、濡れ衣容疑で精神的に疲弊している今、それこそ、余計な仕事だ。

 ついさっき、ゲラルトはリアの容疑を晴らしてくれた。あの三人に対しては。

 だけど他の役人にまで、まだ伝わっていない。部屋に戻り大掃除をし、そこにまた事情を知らない役人が現れたなら……

「このまま、いこうか」

「私の部屋へ……ですか?」

「いや、僕の部屋だ。余分に部屋はいただいている、リアはそのひとつを使えばいい」

 安心させるように、ゲラルトはリアに一夜の宿の提供を申し出た。

 余分に部屋がある、騎士団メンバーとは比べものにならない立派な制服をまとい、役人に一喝できるゲラルトは、王城での待遇もリアのような下級使用人とは格段に違っていた。

 返事はせずに、リアは頷いた。

 使用人棟の自室に新たな役人がやってくる恐怖がある。が、それ以上に、今触れているゲラルトの体温が遠ざかってしまうことに哀しさが募り、それがリアの心のかなりの部分を占めていた。

(今はひとりにしないで)

(また、間違いで連れ出されるのは、いや)

(あんな惨めな思い、もうしたくない)

 役人らが現れてからは、地獄であった。

 そんなリアの心の声がきこえたのだろうか、軽く額にキスを落としてゲラルトはいう。

「かわいそうに……震えているじゃないか。怖かったんだね。大丈夫だよ、僕が守ってあげるから」

 宵闇の中でどこか歪んだ笑みを浮かべて、ゲラルトは一歩、踏み出した。


 ゲラルトはリアを抱いたまま、王城へ向かう。

 リアの知らない入口から王城に入れば、階段を上り、長い廊下を歩いていく。王城にはいつも大勢の人がいるはずなのに、ゲラルトの取るルートでは誰ともすれ違わなかった。

 ずっと前にザックに手伝いを強要されて、お城の高層階へ上がったことがある。長い廊下を歩き、いくつもの階段を上り、ザックと一緒にジグザグに道をたどっていった。

 今のゲラルトも同じ、複雑なルートを取っている。

「ラル、お城の中は複雑なのね」

 素直にリアが感想を口にすると、ゲラルトは一笑して答えた。

「防衛の意味で、わざとわかりにくくしてあるんだよ。ここはこの国の最後の砦になるから。簡単に王族が捕まらないようにね」

 そういう矢先にも、上っていた階段を下り出した。また長い長い廊下を歩いていく。リアを抱き上げるゲラルトの腕は力強く、運ぶ足に迷いはない。王城に部屋を賜るだけあって、ゲラルトは王家からの信頼も強ければ、付き合いも長いのだとよくわかる。

 ふと廊下の窓をみれば、外はかなり宵闇が深まっていた。空の色と遠くの稜線がもう馴染んでしまって、もうリアにはこれらの境はわからない。どちらの向きが北になるのだろうか、それもわからなければ、今自分がお城のどのあたりにいるのも見当がつかなくなっていた。



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