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Act-7*リアと『窃盗団』(4)

「ハンカチーフなんて、たいていのメイドは殿下からもらってますよ。むしろ、もらっていないメイドの方が少ないじゃないですか。それは、私じゃなくて、あなた方の方がよくご存知でしょ?」

 カウフマンは、はっきりとリア以外にもハインリヒのハンカチーフを持っている娘がいると断定した。

(カウフマンさん、なんでハンカチーフのこと、知っているの?)

 そんな感想だけでなく、リアはちょっと引っかかるものも感じた。だが、今はそれを別にする。

 あのハンカチーフは、カウフマンのいう通り、もらったのだ。盗んだものではない。確かに隠していたのだけど、それはザックに知られたくなかったから。盗品だからではない。

「そうですか」

 はぁと、大袈裟なため息をついて、役人は次の攻撃にかかった。

「では、これは?」

 おもむろにある小箱を取り出した。彼の手のひらにすっぽりと収まるそれは、大掃除の日にもらった赤い六角形の箱である。処分するものだからいいですよといって、カウフマンからもらったものだ。

(あ、それ、樽の上においてあった箱だ)

「それは、わた……」

「それも、本と一緒にリアさんにあげたものです。廃棄の対象でもあれば、引き渡す際には検品もしました。もちろん、城外持ち出し禁止の条件付きです」

 リアの言葉を遮ってカウフマンが譲渡の様子を述べれば、役人はニヤリとしてこう切り返してきた。

「検品! 検品したのですね?」

「はい。何も入っていませんでしたし、細工もありませんでした」

 うんうんと、心の中でリアは頷く。可愛いこの赤い小箱をもらったが、まだ中には何も入れていない。何をいれようかと、考えている最中であった。

「ほう……それはそれは……では、これは、何でしょうか?」

 と、役人はリアとカウフマンの前で、そっと小箱の蓋を開けた。


 夕方だけどまだ褪せていない陽射しを受けて、小箱の中には柔らかく光るものが入っていた。白くて楕円形の宝石(オパール)の指輪だ。厳かに光っている。台座などないただの箱の中に、横倒しとなっていた。

(!)

(これ、ラルがくれた指輪?)

(どうしてここに?)

 思わずリアは一歩踏み込み、間近で確かめようと手を伸ばした。

 が、もちろん、そんなことさせてもらえる訳はない。すっと、箱を乗せた役人の手が引く。お預けのような形となった。

「どうやら、身に覚えがあるようですね」

(あ……)

 しまったとリアが気がついたときは後の祭りで、そのままそのリアの手は別の役人によって拘束された。

「あの、これは、そうじゃな……くて……」

 手を取られたリアが背後のカウフマンを見上げると、驚いた顔の彼がいた。信じられないような目をして、リアを見下ろしていた。

 カウフマンは今までリアを信じて庇っていたが、この指輪に手を伸ばすリアをみてから態度を一転させた。

 今の彼の顔は、まさに“信じていたのに、裏切られた”という顔である。朝のミーティングのときとは全然違う冷たいカウフマンの瞳を見つけてしまえば、もう弁解の余地はないとリアは悟った。

(タイミングが悪い!)

(いい訳しようにも、ザックのことがあるから、下手に口にできない)

 リアにできるのは沈黙しかなくて、とても悔しい。

 カウフマンとリアの絆を完全に断ち切るかのように、役人の声が響いた。

「カウフマン司書、コリント容疑者の取り調べを行います。念のために、図書室内の備品の確認をお願いします。余罪がないとはいい切れませんのでね」

 役人は、勝ち誇った口調でカウフマンに要請した。

 これを受けて、カウフマンは厳しい顔のまま、ただ業務的に返答する。

「わかりました。何か不具合が見つかれば速やかに連絡します」

 もうカウフマンの誤解を解くことは、不可能になっていたのだった。



 連行された先は騎士団エリアにある個室であった。騎士団エリアは、使用人エリアとはお城を挟んで反対側に位置している。

 今いるこの取調室の外では騎士団メンバーが慌ただしく往き来していて、彼らの罵声や何かものが派手に落ちる音、乱暴なドアの開閉音などがひっきりなしにきこえてくる。リアが普段いる使用人エリアも何かと騒がしいが、こんな殺伐とした雰囲気ではない。

 ここにくるまでに、大勢の騎士団メンバーとすれ違った。どのメンバーも大柄な男性ばかりで、騎士団の制服を着ていなければ、人によってはそっちの方が窃盗団にみえなくもない容貌のメンバーもいる。

 すれ違う騎士メンバーと肩が当たれば、思わずリアは飛び退いた。対するメンバーは、大袈裟なリアの反応に奇妙な視線を投げつける。彼らにすれば、リアのことを窃盗犯だなんて思っていないから、怪訝に思うばかりであった。

 こんな風に、役人に引っ張られて騎士団エリアの奥へ奥へと進んでいけば、リアの恐怖はどんどん増していく。取調室にたどり着いて役人と向かい合うときには、もう涙目であった。

「そんな顔をしたって、窃盗罪は何も変わらないんだよ!」

「…………」

 五人いた役人は三人に減ったが、彼らは口々にリアを責め立てた。

「おとなしく罪を認めて、残りの盗品の在りかと共犯者を白状すれば、運が良ければ少しは情状酌量がつくかもしれん」

「…………」

「おい、きいているのか? 小娘だと思って優しくいってやってんのによ、うんともすんともいわない、可愛いげのない娘だ!」

「…………」

(だって……)

(泥棒なんてしていないのに……)

(隠し場所や共犯者なんか、知らないよ!)

 説明しようにも恐怖が先立ち、冷静に考えることができない。冷静になれても、どこから説明していいのかもわからない。

 役人の目には、どんな風にリアのことが写っているのだろうか?

 まず、若い男を連れ込んだふしだらな掃除娘だろう。抜き打ち検査に入ったときに、ザックがまだリアのベッドで眠っていたとすれば。

 そのザックだが、昼は人間で夜は猫になる二百年前の魔法使いである。そんなこといっても信じないだろうし、同居だって彼が自立できるまでの期間限定だ、そう説明しても同じこと。

 本にしたって、ほとんどザックの持ち物だ。リアのものはごくわずか。それに、文盲のリアが大量に本を所有するのはおかしなことで、ザックのことを知らない役人が転売目的の盗品だと思っても無理もない。

 それは、彼らがカウフマンにいったセリフでわかる。『図書室内の備品の確認をお願いします。余罪がないとはいい切れませんのでね』という。

 ハインリヒのハンカチーフだって、本を盗んだ娘が“もらった”と主張しても、まるで説得力がない。

 それにゲラルトの指輪、あれが一番の曲者だ。なくなったと思った指輪が、あんなところにあっただなんて! これだけは、本当に予想外のことだった。


 ━━それに、没収された私物の中でも、返ってこないものがあるらしいの。

 ━━……は、恋人からもらったネックレスが、宝物庫から盗まれたものじゃないかって疑われて、贈り主の恋人まで呼び出されたそうよ。


 いつかの大食堂でエマとこっそり話したセリフを思い出す。会話ではネックレスだったけど、指輪なんて、それこそ宝物庫から盗まれそうなものだ。

 こんな状況下では、ハインリヒのハンカチーフ以上に信じてもらえない。



「まぁ、あれだよな。()も、うまいこと考えるよな。貴金属の類いなら、引き渡す前にこの娘が金貨の一枚でも抜き取る可能性があるけれど、本だとそれがないからな」

「確かに、転売以外の本の価値なんてわかりはしないから、こいつも軽い気持ちで犯行に及んだんだろうよ」

「で、一体、いくらで頼まれた?」

 役人は、リアが外部の人間に頼まれて窃盗をしたと考えていた。本も宝石も売ればかなりの額になるが、本はリアの横抜きを防ぐことができるとも考えていた。

「危うく、我が国の地図まで持ち出されるところだったぜ、危ない危ない」

「おいおい、星の前だぜ」

「わかんねーよ、掃除娘に知的国家財産だなんていってもさ」

「あー、そうだそうだ、そりゃそうだ」

 と、三人は軽蔑の混ざった声で笑い出した。

『ちてきこっかざいさん』が何なのか、もちろんリアはわからない。文盲のリアは、文字が読めないから、学校にもいっていないから、知らないこと、わからないことがたくさんある。

 でもそれは、リアのせいではない。生まれ落ちた場所の違いで、それだけで生じた格差である。

 窃盗犯扱いされただけでなく、身分の低さ、教養の無さを(なじ)られて、リアは反論もできず惨めで悲しい思いを噛み締めるのみ。ますます小さくなって、三人の言葉をきいていた。


「おい、きくだけきいてやろう。何かないか?」

 一応、聞き取りを行うようだ。

 本についてはザックのことがあるから、説明すればもっと頭のおかしい娘だと思われる。後のことを考えると黙っている方がいい、そうリアは考えた。なら、話しても問題ないことは……

「ハンカチーフ……ですが……」

「うん? なんだ、弁解できることがあったのか?」

 何かないかと訊いて、この反応。ひどいものだ。

 実際、リアはお城では最下層にあたる下級使用人だから、窃盗容疑者でもあるから、天涯孤独のコネのないただの庶民だから、こんな扱いでもぐっと堪えるしかない。バカにしながらも役人は耳を傾けているのだ、悔しいけれどありがたいと思わなければならない。

「ハインリヒ様から、直々にいただきました。盗んだものではありません」

「直々にいただいたぁ~? 拾ったものでも、そんな解釈をつけようと思えばつけられるか。嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけよな!」

 完全にリアの狂言と決めつけて、そう役人が罵った。その彼の後ろには書記役の役人がいるが、彼も含み笑いをしている。きっとその帳簿には、正しく供述内容が記載されないだろう。

「で、他には?」

 ハインリヒのハンカチーフがこんな扱いなら、ゲラルトの指輪も同じだろう。指輪はハンカチーフよりも高価な品だから、もっと辛辣な言葉が投げつけられるとリアは覚悟した。

(でも、いわなきゃ、いわないと、確実に信じてもらえない)

「指輪ですが、ゲラルト様に……」

「ゲラルト様ぁ~?」

 途端、役人の顔が歪む。ハインリヒ以上に、過敏に彼らは反応した。

「は、はい、ハインリヒ様のご学友のゲラルト様から、直々に……いただきました」

「おい、きいたかよ! 王子殿下のみならず、アーベントロート卿のことまで、口にしやがった!」

「おい娘、誇大妄想もいい加減にしろよな!」

 ひときわ大きな声で怒鳴られて、リアは縮み上がり、頭をうなだれて強く目を閉じた。その瞼の隙間から、ずっと押し殺していた涙がひとつ、ぼろりとこぼれ落ちた。

 膝の上のリアの拳にそれが落ちて、もう限界だと思ったときだった。

「寄って集って、か弱い娘を虐める姿は見苦しい。栄えある我が国の国王陛下に仕える者ならば、それに相応しい分別と品格を備えてほしいものだ」

 張りのある力強い声が部屋によく通り、リアは顔を上げた。


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