Act-7*リアと『窃盗団』(3)
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目が覚めれば、自分のベッドである。しかも服装はお仕着せのまま。
旧図書室の火災の翌朝、ぱちりと爽快に目が覚めて、リアはびっくりした。
(昨日はなんか疲れて仮眠のつもりで横になったけど……)
(そのまま……寝ちゃった?)
上体を起こしてベッドの一画をみれば、ザックが丸くなって眠っている。猫でなく人間の姿で。
長い手足を折って小さくなっているその姿は、眠る猫のスタイルだ。それは猫ならいいけれど、人間だととても窮屈な体勢。しかも、上掛けも被らず全裸である。
(?)
思わず、目を疑った。
(▽※%#▲&*@▼!)
ぼんと、リアは真っ赤になる。上掛けを抱いたまま、慌ててベッドから飛び降りた。若い男の裸など、恋人のいないリアには心臓に悪い。
はじめて人間のザックに出会った朝のことを、思い出す。あのときは、全裸のまま何の恥じらいもなくザックが近づいてきたから、もうどうしていいのかわからなくて、リアは手を伸ばして当たったもの、枕を彼に投げつけたのだった。
その一件以来、ザックはリアを気遣ってか、リアが目覚めるまでにきちんと服を着ているようになった。そう、ザックはとても早起きとなり、リアは彼に起こされるという生活習慣が形成されていたのだった。
今まさにリアが二度目のパニック寸前であるのに対し、ベッドのザックはすやすやと寝息を立てていた。
少しして心臓が落ち着いて、そっとリアは衝立からベッドを覗き込んだ。
陽の光を受けてザックの金髪が、きれいに輝いている。しなやかな筋肉のついた体は彫刻のようで、逞しい。惚れ惚れするレベルだ。なのに、リアの方に向けられた足が、泥で汚れていた。
(?)
(どうして、足が汚れているの?)
ザックは自分のことを王子だといっていた。そのせいか、きれい好きでもあれば、服装のコーディネートについて色々とうるさい。そんなファッションフリークのザックの足が汚れているなんて……
(昨日は、何かあったのかしら?)
普段と違う朝の風景に、リアは大いに悩む。
記憶の断片が掴めそうでなかなか掴めない。まどろっこしい。だが一生懸命、昨日の昼からの記憶を引き出していけば、リアはゲラルトと会ったことを思い出した。
(ラルと会って……どうしたんだった?)
(……)
(確か、ハインリヒ様が好きだからラルとお付き合いできないって、断ったんだった)
ゲラルトの顔を思い出すと、ドキドキもすれば、嫌な感じもするし、気の毒な気分にもなってくる。
(その後……指輪をもらって……)
リアは辞退したが、あまりにもゲラルトがいい募るから根負けして、指輪をもらったのだった。
さらにゲラルトの要求が続いて、左の薬指へ彼に入れてもらった。そうしたら、また……
(また、ラルとキスしてしまった!)
ここまで思い出して慌てて左手をみれば、何もついていない空っぽの薬指がある。
(指輪がない!)
(いや、本当にもらったのかな?)
前回なくしてしまったと思った指輪は、ゲラルトが持っていた。また今回も同じことが起こっているかもしれない。
告白を受け入れなかったのに、キスをしてしまった。このショックと消えた指輪のこと、さらにキスの後のことをよく覚えていないとなれば、リアの混乱はますます深まるばかり。
それにお仕着せのまま自分はベッドに入って眠ってしまっていた。これもどういうことなのか、まるでわからない。
自分の不可解な行動とザックの様子がいつもと違うのとを合わせて考えれば、とにかくいつもと違う何かがあったのだとわかる。
(落ち着け、落ち着くのよ。冷静に、冷静になるの!)
(まずは……仕事にいかなきゃ、いやその前に大食堂にいけば、何かとわかるかも)
床に落ちている上掛けをザックに、恥じらう乙女だからなるだけ彼の裸をみないようにして、被せ、新しいお仕着せに着替えてリアは部屋を後にした。
大食堂へやってくれば、ここもいつもと様子が違っていた。ざわざわとにぎやかなのは普段と同じだが、飛び交う会話が物騒な内容になっていた。
「旧図書室が燃えたって! びっくりだよな」
「そうそう、風がなかったから被害は図書室だけで終わったし、もう使われてもいなかったから、損害もたいしたことないそうだ」
「不幸中の幸いか。でも、後片付けで駆り出されそうだ。余分な仕事だなぁ」
(旧図書室が燃えた!)
リアは心臓が鷲掴みされたような衝撃を受けた。旧図書室はかつての自分の職場である。閉鎖されてから立ち寄ることはなかったが、火災になったときけばいい気はしない。
「不審火っぽいぞ、それ」
「だよな。誰もいかない建物に内側から火が出たなんて、誰かが勝手に入っていたとしか思えないな」
「それよ! 意外と窃盗犯の隠れ家だったりして。あそこなら、隠れるのにちょうどいいよな。もちろん、鍵があればの話だけど」
朝食のトレイを受け取って、適当な席に座りリアは食事を始めた。平静を装うが、耳は勝手に回りの会話を拾っていた。
「盗品の分け前で喧嘩になって、そのすったもんだの最中に火がついた、とか」
「じゃあさぁ、燃えかすの中から盗品とか出てくるかも」
「そーれ、マジで騎士団が調べていたぞ」
ザックは犯人の目星がついていて、泳がせているといっていた。あの旧図書室なら、使用人らがいうように、鍵さえ手に入れば隠れ家にぴったりだ。
誰も使われていない旧図書室、そこの鍵が閉まっていれば、敢えて役人はそこを調べることはないだろう。大量の盗品の一時保管場所にも都合がいい。盗品だけでなく、手引きした城外の共犯者だってそこに潜伏すれば、犯行がずいぶん容易になる。
(窃盗犯なんだもん、管理が緩くなっている鍵を盗むことぐらい、彼らにすればお手のものだ)
そんな使用人らの結論に、リアも同意見で納得した。
自分の職場が犯罪に使われていたのは残念だが、これで犯人逮捕まで時間の問題だと思われた。
逮捕されるとわかれば、犯人は逃亡を計る。たとえ窃盗犯が捕まらなくても、窃盗事件はもうこれでなくなると期待できた。
(持ち物検査も、一緒になくなればいいな)
今日は全裸のザックをそのままにして、部屋を出た。あんな部屋、不釣り合いな荷物が並び全裸の男が寝ているとなれば、役人に見つかったら、もう乙女のリアは身の破滅である。
一瞬、図書室へいく前に自室に戻りザックを起こそうかと、リアは考えた。
━━この部屋には役人なんて、こねーよ。
ザックの自信満々のセリフを思い出せば、不思議と大丈夫な気がする。
(昼休みに戻ればいいか)
そう決めて、リアはカウフマンのいる図書室へ向かった」
「おはようございます、カウフマンさん」
図書室にいけば、カウフマンはすでに業務をはじめていた。これはいつもと変わらないカウフマンの働き方である。
「リアさん、おはようございます。昨晩、旧図書室で火事があったのですが、ききましたか?」
「はい、大食堂ではその話ばかりでした」
「そうですか。今回、こんなことがあってショックかと思いますが、リアさんには関係のないことなので責任を感じることはありませんから」
さらりとカウフマンは、リアの潔白を口にした。
リアは旧図書室での最後の掃除娘だから、何かと取り沙汰される可能性がある。それを心配して事前にカウフマンがいったのであった。
このカウフマン、生真面目で無理はいわないけれど、かといってひどく人間味溢れるという訳ではない。温かな配慮に少し意外だなと思い、そういってもらえてリアは気持ちが強くなった。
「じゃあ、これが今日の一枚目のリストです」
ぴらりと一枚の書面が渡された。いつもと同じ司書補佐業務が始まった。
あんな火災があったのに、お城での業務は関係ないらしい。カウフマンの作るリストには、数字とアルファベットがたくさん記されている。いつもより多いくらいだ。引き取り人を待たす訳にはいかず、リアはせっせと働いた。
あっという間に午前が終わり、昼休みもそこそこにして、午後の返却作業に入る。自室へ戻る余裕はなかった。
午前中にできなかった掃除も同時に行っていけば、すぐに三時となる。この忙しさは、リアに旧図書室の火事のことも、ゲラルトとのキスのことも、消えた指輪のことも、部屋で眠るザックのことも、すべてリアの頭から追い払うことになった。
そんな中、はじめてきく声が、リアを呼び出した。それは、抜き打ち持ち物検査を行う役人の声であった。
「リア・コリント。訊きたいことがあるので、至急、騎士団詰所までくるように」
窃盗容疑がリアにかかった瞬間であった。
全く身に覚えのないことだから、何をいわれているのか、リアにはわからなかった。
図書室入口ホールのカウンター前に、五人の役人が待っていた。
「何かの間違いでは? この子は、ずっと私とこの図書室でいるので、盗みにいくような暇はありませんよ」
連行しようとするリアの前に立ち、カウフマンが代弁する。
「昨晩の火災を受けて、今、一斉に使用人棟の持ち物検査を行っているんだが……コリントさん、あなたの部屋を調べてさせてもらったのだけどね……」
それ以上はいわなくてもわかるだろうと、役人はわざと言葉を濁した。カウフマンは、それに噛みついた。
「何が出たんですか?」
「……本が出てきました」
その本は、ザックの本に間違いない。さぁっと、リアは青くなる。
「本なら、旧図書室からの引っ越しの際に、いくつかリアさんに分けました。もちろん、廃棄分の図書で、持ち出し禁止を了解してもらってます」
カウフマンはザックの本を知らないから、あくまでもリアがもらった絵本についてのことを説明した。
「いえね、カウフマン司書、絵本にしては内容がちょっと難しいものもあってねぇ。まぁ、それはいいでしょう。でも、それとは別に、ハインリヒ殿下のハンカチーフが出てきましてね……」
ハインリヒのハンカチーフといわれて、リアはドキリとした。
あれは、ザックに見つからないように、替えのお仕着せを入れる籠の一番下のコルセットの間に隠しておいた。どうやら、この役人たち、籠の中身を全部ひっくり返したようだ。
(勘弁してよ~、傷んだ服、結構あったから、恥ずかしいじゃない!)
今着ているお仕着せの下のアンダーウェアも、ここにいる男性の目の前に曝されているような気分になり、リアは一遍に赤くなった。
「ハインリヒ殿下の……ですか?」
恥ずかしさで震えるリアとは対照的に、カウフマンは毅然とリアの擁護をはじめた。