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Act-3*リアと『同居人』(6)

「オッドアイで、青とオレンジ……」

 青年の瞳は、偶然にも白い猫と同じ色であった。

「ええっと……どっちがどっちだったかしら……」

 敢えて色の配置がわからない振りを、リアはした。

 ここで猫の瞳と青年の瞳の色と配置が一緒であることを認めれば、猫と青年が同一人物であることも認めてしまう。そんな奇怪なことを現実の事象として説明付けるには、魔法の存在が一番都合がいい。だけど……

(魔法なんて……今の世界にあり得ない!)

(でも、猫と青年をどうやって否定する?)

(瞳の色と配置が、偶然一緒だといい張るしかない!)

 リアは信じない。だって、魔法の存在を認めてしまえば、今まで真面目に生きてきたことが全部、否定されてしまいそうだから。

 リアが一生懸命に何時間もかけて働いて終わらせた仕事を、たった一回の魔法で瞬時に簡単にやり遂げられてしまえば、このリアの努力は何なのか?

 自分の存在の軽さを嫌が上でも認めなくてはならない。

 体が小さいリア、体と一緒でちっぽけな存在のリア、魔法なんか出てきたら、もうお城で雇って貰えない。リアはお払い箱だ。

 黙っているリアへ、青年は衝撃的なことを告白した。

「リア、わかった? 私はリアが“猫ちゃん”と呼んでいた絵の猫だ。昔、友人に嵌められて、絵画封印の刑に処された魔法使い(ウィザード)だ」



 “ウィザード”という言葉に、リアは目が丸くなる。きいたことのない音の並びであった。

 この世界では魔法の存在が薄れてしまったから、魔法使い(ウィザード)は死語となり、忘れられているのである。

「ウィザードって、何?」

 このリアの質問に、今度は青年の目が丸くなる。オッドアイが丸くなって、元に戻り、次に眇られる。ふうとため息をついて、青年はある決心をした。

「仕方ない。リア、ちょっと辛いかもしれないが、我慢しろ」

 リアの二の腕を掴む手に、力が入る。さらにリアを引き寄せて完全に拘束すると、青年はハンサムな顔をリアの顔へ近づけた。

(え、何?)

 拘束されて急接近されれば、危機感からリアの体に力が入る。

(待って、待って!)

(待って、このままじゃ、キスしちゃう!)

 リアは本能の告げるまま、彼の腕から逃げ出そうとした。だが、青年の力は強く、拘束は固い。

 オレンジと青のオッドアイが煌めいて、リアは視線を外そうとしても、なぜかできない。だんだん明るくなっていく部屋に、彼の金髪も眩しくなっていく。

(何? 体が動かない?)

 そう思う間にも、青年の顔はどんどん近づいて大きくなる。オッドアイのオレンジと青の色の対比が、とにかく“ちぐはぐ”としていて、リアは怖くなる。

 目を閉じればいいのだけど、それもできない。魅入られるとは、このことか?

 青年の顔がどんどん近づいて、前髪がふれあい、息がかかり、最後にこつんとリアの額に当たった。

(!)

 小さな子供の熱を確かめる母親のように、リアの額と青年の額がくっついていた。唇ではなく額がキスをしたのだった。

 額をつけられてからは、青年は微動だにしない。そのままふたりは額を寄せて立ち尽くす。

 助かった、そう思ったとたん、リアの頭の中が一度に騒がしくなった。



 †††


 リアの脳裏にみたことのない風景が広がる。

 城壁がみえて、小川がみえて、ある国旗が風に吹かれてはためいている━━あの旗は、どこかでみたことがある。

 風景が消えて、アッシュブロンドで銀の瞳をしたきれいな女性が現れた━━誰だろう。


 そうと思えば、映像が途切れて、赤い炎と青い空と黒い煙がみえる━━まるで、炎の中から覗いているみたい。

 次に出てくるのは、黒髪の青年、金髪の中年男、白髪の老婆に、フードを目深にかぶり顔を隠した黒ローブの人物。玉座があって、長い長い赤のカーペット、高い高い天井にはステンドグラスが嵌め込まれ床にその模様がうっすらと浮かんでいる━━この場所、お城の掃除でよく似たところへ入ったような気がする。


 次々と映像が現れて、中途半端なところで切れて、また別の映像が現れて……リアの頭の中で、それが繰り返された。


 映像は、どんどん流れ込んでくる。

 古い部屋、古い本、消えかかったランプ、指輪が鈍く光って、泣き崩れるアッシュブロンドの女性と黒髪の青年……


(えっ!)

 炎の中に自分の姿を、リアはみた。

 片足をレンガ塀の上にのせ、火傷に構わず、炎の中へ手を伸ばす、リアの姿が現れた。

 舞い上がる赤い炎と黒い煙、灰色の瓦礫くずが、リアの姿をときおり霞ませる。茶色のリアの髪が、炎に照らされて赤くみえた━━あれは、私?


 自分の額に当たる青年の額が熱い。この熱さは白い猫を抱いて寝た夜とひどく似ている。

(熱い、熱い、熱い……)


『ねぇ、……ック、早く貴方の誕生日にならないかしら? 貴方が十八才になれば、すぐに結婚できるのに』

 アッシュブロンドの女性が話しかけてきた。誰かが彼女の手を取って、そのきれいな細い指に虹色に輝く指輪を嵌める━━あれは、なんてきれいな宝石なの。たくさんの色がみえる不思議な色の宝石だわ、きっと、この人の銀の瞳に合わせたのね。


 明るい陽射しの元で、彼女のアッシュブロンドが輝く。背後には庭がみえる。色とりどりの薔薇が咲き乱れて、無彩色の彼女の髪にはどれを挿しても似合いそうだ。

『そうだね、……ティーン、私がもう少し早く生まれていたのなら、もうとっくに結婚できていただろうに。本当に、すまない』

『気にしないで、……ック。もし貴方が私と同い年でなければ、私たちが出逢うことはなかったのだから。それでいいのよ』

『ありがとう、……ティーン。私が十八才になったら、すぐに結婚しよう。そのときはこの城を出て、君の故郷で新しく生活を始めよう』

 そういいながら、大きな男性の手が、薔薇をひとつ摘む。棘を取り払い、そっと彼女のアッシュブロンドに挿した。それは、キュートなアプリコットピンクの小振りな薔薇。慎ましい雰囲気の彼女を象徴するような上品な薔薇。

『嬉しいわ、……ック、その日がとても楽しみ』

『私もだよ、……ティーン、愛してる』━━ああ、素敵。若くってまだ結婚可能年齢じゃないのね。このふたりを断然、応援したくなるわ。エマもクルトとこんな風にお話しているのかしら?


 いきなり視界が悪くなる。真っ暗闇ではなくて、何かに覆われて薄暗い。目隠しをされているみたいだ。

『ここにある署名は、まさしくこの……ックのもの。これで、彼が王太子殺人未遂事件の主犯であることに、相違ございません』━━王太子殺人未遂事件?

『継承権があるっていっても、この王子、自分が何番目かわかっての仕業か?』━━継承権?

『ああ、本当に馬鹿だよな。王太子ひとり殺したって、他に十三人の王子がいるってのによ。所詮は下賤な側室の子、考えも下賤だな』━━王子様が十三人?


 穏やかな光量の部屋に変わる。

 動くものが見当たらない。静かな空間、呼吸をするだけでもそこの空気が乱れそうだ。

 そんな中、階段を上がる足音が響く。軽い足音、床のしなり具合からそれは体重の軽い人のもの。ヒールが床に当たる独特の鋭い衝突音はせず、しゅっしゅっというフラットな靴底が擦れる音。

 足音はだんだん大きくなり、近づいてくるのがわかる。

 金の額縁の中に、ぴょんと茶色の髪が揺れて、金色の瞳のリアが現れた。お仕着せを着て、本を抱えている。

『猫ちゃん、おはよう。今日はいい天気よ。金木犀が咲きだして、外はいい香りなの』━━金木犀は前の図書室のすぐ近くに植えられているわ。

『猫ちゃん、今日は雨だよ。いっぱい汚れちゃうから、明日は掃除が忙しくなって、ここで本は読めないわね』━━前の図書室は背後が森だから、雨が降れば翌日は泥と葉っぱで床がたくさん汚れてしまうのだ。

『猫ちゃん、今日は戻ってきた本が多いから、また明日ね』━━本が多いと、その日は猫ちゃんの前で本が読めなくて……


『猫ちゃん』

『猫ちゃん』

 金の瞳がきらきらと輝いた。


 そこまでみれば、急に視界が暗くなった。

 とたん、リアの体の力が抜けた。重力に体が引っ張られていく。

 まるで吊られた糸が限界を越えて切れるように、リアは倒れたのだった。


 †††



 リアが気を失い、後ろへ倒れていく。触れていたふたりの額が離れていく。

 それを認めて、金髪の青年は後ろへ倒れるリアの二の腕を片方だけ解放し、それを彼女の背中へ腕を回す。素早い動作で、自分の腕の中へリアを確保した。

 すんでのところ、リアの転倒は免れた。斜めに立った状態で青年にリアは身を預ける形となった。

「一度にすべてでは、やはり限界がきたか。でもリア、君が素直に信じないのが悪い」

 そういって、青年は片腕で小柄なリアを抱き支えたまま、彼女の顔を覗き込んだ。

 青年の腕の中のリアは、気を失っているが顔色は悪くない。注ぎ込んだ過去の記憶の情報量が多過ぎて、一時的に体が情報流入を遮断した。生体防御反応である。

 倒れる弾みで前髪が揺れて、邪魔くさそうにリアの額にかかっている。そのリアの前髪を、青年は空いた手でそっと手梳で整えてやった。

「今日は、仕事にいくのは無理だね。欠勤届け(・・・・)を出しておくよ」

 リアの意識が当分戻りそうにないと判断して、青年はまた(・・)魔法で書面に細工することにした。

 リアの膝裏に残りの腕を回して、横抱きにしてしまう。そのままベッドまで運び、そっと横たえた。

 起こしてすぐに口論になったから、リアは夜着のまま、偶然だがちょうどいい。暑いかもしれないが、ふわりとブランケットをかけてやる。

「リア、ゆっくりお休み。目覚めたら、また話をしよう」

 眠るリアの額に軽くキスを落として、青年はベッドを離れた。

「ああ、今日もひとりで朝食か。まぁいいさ、ひとり食いといっても、昨日と違ってそばにリアがいる」

 青年は朝食の用意が途中だった机につけば、躊躇することなくブレッドを口に運んだ。


 悪夢とは眠っているときに訪れるものではなくて、起きているときに訪れるもの━━リアについては、当てはまるかどうかはわからない。でも、この青年については、当てはまった。

 リアは眠る。二百年の封印から解放された青年の横で。消耗してしまった力を回復するために。

 青年は魔法を使う。眠るリアの横で。今日からのリアとの生活を整えるために。

 掃除娘と魔法使いの奇妙な同居生活のスタートであった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

(誤字報告もありがとうございます、助かっています)

年内の投稿はここまでになります。

約一週間、早朝からお付き合いいただき、感謝です。


リアの部屋の同居人として、やっと白い猫が加わりましたが、まだ猫のお名前が出てきていません。

さて、どうなることやら?


次回は年始、冬休み明け少ししてからの予定です。

よろしければ、お付き合いくださいませ。


では時節柄、ご自愛の程、よいお年をお迎えください(^^)

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