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Act-3*リアと『同居人』(4)

すみません、予約設定時間、間違えてました(^^;

明日からは、いつもどおり朝4時投稿です(・x・)ノ


(王子様とお姫様!)

 カウフマンから正体を教えられて、リアは納得する。

 庶民には金髪はほとんどいない。この国では王族とその血族ぐらいにしか金髪はいないのだ。

 華やかな雰囲気の金髪のあのふたりは、リアなどお目にかかることのできない天上人であった。

 どうしてすぐに気がつかなかったのだろう、金髪なんて王族だけなのに。

 あの青年が天真爛漫な振る舞いなのも納得がいく。お城なんて、本当のところ、彼の家だもの。自分の家の中を自由に動き回るのに、遠慮などしない。

「下町では肖像画しかなくて、その肖像画もすぐに売り切れちゃうから、王家の方々のことは噂しか知りませんでした」

「そうですか。肖像画も画家によっては、全く似ていないのもあるでしょうし、知らなくても無理ないですよ」

 カウフマンのいう通りで、王族の肖像画は同一人物でも別人のようなものもある。肖像画の正確さは画家の技量に左右されるから、値段もそれに比例する。

 高価だから庶民のところまで正しい(・・・)肖像画など、回ってこない。そうなれば、当然、真実の王族の顔なんてわからない。

 だから庶民は、『王族は金髪を持ち、豪華な衣装を着て、国を治めている偉い人』という認識に留まっている。

「実は、王子様に資料室を覗かれてしまいました」

 一応、先の出来事を報告する。鍵を閉めていなかったことを叱責されるかもしれないが、包み隠さず話しておく方がいい。

「そうですか。何か持ち出されましたか?」

「いえ、それはないです。入ろうとするところを注意して邪魔をしてしまったので……あの、カウフマンさん、私、知らなかったとはいえ、失礼なことをしてしまいました。……どうしよう……」

 そう、それである。

 王子ときいてリアがマズいと思ったのは、無礼を働いた罰として解雇されるということ。失業の可能性が出たとたん、先の甘酸っぱいときめきなど一度に吹き飛んだ。

 リアは、ハインリヒ王子に指図したのみならず、勝手に彼にときめいて、後追いし覗き見までしてしまった。これは、無礼者だけでなく変質者でもある。

「大丈夫だと思いますよ。そう激しい性格の殿下ではないし、むしろ優しすぎるくらいですから」

 “優しすぎるくらい”の言葉に、これにもリアは安堵し納得する。確かに、ハインリヒはリアのことを雑に扱わなかった。仕事については、最後に激励までしてくれた。

「解雇とか……されないでしょうか?」

「殿下の機嫌はよかったですよ。蔵書はかなりお気に召されたようで、またこられるかもしれません。そうですね、宰相補佐官から図書室での注意事項のお知らせを出してもらいましょう。相談してみます。リアさんは、殿下といえども、資料室へ人が入らないよう、気をつけてくださいね」





 王子様と出会うという素敵なハプニングがあったが、その日はそれきりで平和ないつもの業務に戻る。


 ━━殿下の機嫌はよかったですよ。蔵書はかなりお気に召されたようで、またこられるかもしれません。


 ハインリヒ王子の再来を示唆したカウフマンのセリフに、リアは勝手にそわそわする。

『ああ、気になっていた本をうっかり忘れて戻ってきたよ』なんていって、ハインリヒ王子が現れるんじゃないかと。

 そんなことあるわけないのに、リアは開梱作業中、些細な風の音さえもノックの音と勘違いしてしまう。恋する乙女は、どこか滑稽である。


 ━━ちょうどよかった。この本はどこに戻せばいい?

 入口ドアのところで、ハインリヒが立っている。先のとは違う本を持って。午後の陽射しを受けて、彼の金髪がきれいに輝いている。

 ━━ハインリヒ様、それは私の方で戻しておきます。

 ━━じゃあ、リア、こっちにきて。私は資料室に入ってはいけない規則らしいから。

 本を受け取りに素直にリアが入口ドアまでいけば、ハインリヒはあの爽やかな笑みを浮かべて待っている。

 ハインリヒが差し出す本をリアが受けとれば、彼の指とリアの指が当たった。

 当たった箇所はほんの少し、なのに触れた指が熱い。

 そのまま本を渡して終わるのではなく、ハインリヒはリアの手を取って、強く引っ張り……


 ガタンという無骨な物音で、はっとリアは我に返った。中途半端に包みが剥かれた燭台が作業台の上で転がっている。

 部屋にはリアひとりのみ。都合のいいリアの妄想であった。

 なんてことだろう。これでは、無礼者、変質者だけではなく、妄想娘の称号までつきそうだ。恋する乙女は、ひどく滑稽である。

 気を取り直して、リアは作業に集中する。やはりときどき、入口ドアに目をやってしまいながら。

 そんなリアの期待むなしく、もちろん、ハインリヒはこなかった。



 結局ひとりで資料室で働いて、終業時間を迎えた。カウフマンに挨拶して、リアは図書室をあとにし大食堂へ向かった。

「はい、これ今日の分ね。リクエストのビスケットだけど、今日は無理だから、明日になるっていっておいて」

 大食堂で夕食を済ませると、またもや厨房のおばさんにリアは呼び止められた。

「今日の分?」

「そう。しばらくは毎日、リアに渡せっていわれたけど」

「誰に」

「料理長に」

 昨日はわからないといっていた指示者が、今日は料理長だと明確に返ってきた。

(料理長……確かに、料理長にいわれたら、厨房の人間は特に疑わないわよね)

(だから、昨日、バスケットを取り返しにこなかったのかな?)

 いつまでもバスケットを受け取らないリアに、忙しいおばさんはリアの手を取ってそのハンドルを握らせる。それは、今日もずっしりと重い。

「このバスケット、昨日の分と一緒に、明日の朝食のときでいいからこっちに返してちょうだい。次の夜食をそれに入れて運べという通達だから」

「通達?」

「料理長のところに届いたのよ。細かい指定がたくさんついていてブツブツいっていたわ。そのくせ、“しばらく”ってだけで夜食の終了日は書かれていなくてさ、料理長、慌ててワインの残り数を調べていたよ」

 と、厨房の裏事情をおばさんは漏らしてしまう。そして、昨日の赤黒い液体のボトルはワインのようだ。

 リアはまだお酒を飲んだことがない。年齢的には飲んでも問題はないのだが、リアは体が小さいからそんな年齢だと思われず下町では誰も勧めてこなかった。また、リアの母にも飲酒の習慣がなかったから、あまりお酒とは縁がなかったのである。

 だから、昨日の晩、リアは瓶の中身がワインだとは全く思わなかった。

(そんな高価なものだったの!)

(いやいや、そうじゃなくて……)

「じゃあ、頼んだよ」

 と、おばさんは昨日と同じ仕草で厨房奥へ戻っていく。

 ぽつんとリアは残されてそれきりと思ったが、おばさんは何かを思い出して振り返った。遠くから、こんなことをいって付け足す。

「そうそう、洗濯係が今日のお召し物(・・・・)を部屋の前まで運んであるから、それもよろしくとのことよ」

(お召し物?)

「あの、すみません、お召し物って?」

 お召し物なんていわれて、これにもリアは困ってしまう。

 再度リアがおばさんに説明を求めようとしても、彼女はやかましい厨房の奥で次の仕事に取りかかっていた。



 重い足を引きずって、明るくない気分でリアは自室に向かった。

 今日は仕事中にハインリヒ王子に出会い、それ以後、頭の中は彼一色で、幸せな気分のリアであった。間近でみた本物の王子様に、リアはすっかりメロメロになってしまっていた。

 だが、厨房でバスケットを渡されあれこれと注文をつけられると、現実に戻される。

 頭の中の王子のことはどんどん色褪せ消えていき、代わりに色濃くなるのは、朝の出来事。金髪のオッドアイの青年がリアのベッドにいたという悪夢だ。

 朝のことは紛れもない現実なのだが、言葉にしてしまうと極めて胡散臭く、これこそが妄想のようにきこえる。

 朝のベッドの青年は、ハインリヒ王子と同じ金髪だった。

 でも青年はハインリヒと違って鋭い目をしていたから、彼のような穏和な感じはしない。

 ハンサムには変わらないが、ハインリヒとは質が違う。どっちがよりハンサムかという論争があれば、これはもう個人の好みの問題になる。

(夜食を食べたら出ていけっていったけど、出ていっていないかも……)

 そりゃそうだ、リアの部屋にはリアの服、お仕着せと粗末な私服がほんの少し、しかない。全裸のベッドの彼が着替えようにも、部屋には彼の服などない。当然、外に出ていけない。

 青年の背はリアよりずっと高かった。間違ってもリアの服を着ること、サイズが全く合わないし女物だから、はないはず、そうリアは思いたい。

(本当に、まだいたら……どうしよう)

 普通に考えれば、あの全裸の金髪青年がリアの部屋に留まっている可能性が高い。そう結論付くと、自室へ向かうリアの足取りはさらに重くなる。

 バスケットを持つ手も、ずんと重くなった。彼のこともそうなのだが、このバスケットのことも困るのだ。

 今日から毎日、夜食のバスケットを運ぶことになっていた。リアはどこへ届けたらいいのか全くわからないのに。

 厨房のおばさんの口振りでは、料理長が通達の経緯を知っているようだ。でも彼らは、通達だからと無条件に従って、リアに渡しているだけだった。

 リアが夜食の届け先を知らないという事実を知れば、あのふたりはどうするだろう。

 驚く、怒る、呆れる、どれだろう、いや全部かもしれない。

 この状況を説明し、理解を得て、一緒に対応を考えることができればいいのだが、リアには到底できるようなような気がしない。

 そんなことを悶々と心配ながら、リアの足はついに自室にたどり着いてしまった。



 自室ドアのすぐ横に、長方形のきれいな籠が置かれている。これが洗濯係からの届け物、お召し物らしい。

(お召し物って、高い服のことよね?)

 目隠しクロスがかけられて、籠の中身はわからない。

(この籠の中に入っているものがそうよね……ああ、これも、どうしよう……)

(もう、訳、わかんない!)

 やけっぱち気分で、リアは自室のドアを開けた。


『にゃん!』


「?」

 リアがドアを開ければ、猫の声がきこえてきた。

 続いて、とんという床に着地する音。その後、たったったっという軽い足音が続く。

 やがて、ランプのついていない薄暗い部屋の奥から、白いふわふわしたものが近づいてきた。

『にゃん!、にゃん!』

「猫ちゃん?」

『にゃん!、にゃん!』

 慌てて部屋のランプをつけて部屋に入れば、白い猫がいた。昨日抱いて寝た猫だ。

 白い猫はリアの部屋から逃げていったのではなかった。


 

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