第十九話:語りかけ
勇者、英雄というものは憧れの対象だ。
だからこそ、そんな呼ばれ方をするのだ。
刃の長い、豪華な、それらしい剣を俺は持っている。
手に入れた。
深い深い洞窟の奥。
大事に守ってありますよと言わんばかりの位置にあったそれを抜き取った。
何かしらの伝説があるらしい剣とのことだが、どうでもいい。
振るうべき者が振るわれるべき剣を使えばそれで十分なのだ。
俺は勇者なのだから。
身なりもそれらしくした。
かっこいい、というイメージをそれなりに放出する。
それでいて清楚である。
値段だって口にすれば人を驚かすことができる。
身につけている布が風になびけば、そこそこの絵になるだろう。
俺は英雄になるのだから。
悪の群れが街に押し掛けてきたのであれば、それを一つ残らず街から消し去ろう。
巨悪がどこかに根を張って待ち受けているのであれば、地の底の底にまで及ぶそれを焼き払ってやる。
お姫様が囚われてしまったのならば、見事に救いだしてみせよう。
どれもやったことがある。
俺はどれもやったぞ。
一人でだ。
仲間はこれ以上いらなかったから、一人でやった。
最初に最後に挙げたことをやった。
俺はそれしかできない弱者だったから。
自分一人でないと命からがらなど夢のまた夢だったから。
それから。
俺は強くなった。
一番目も二番目も容易く何度も幾度も何千度もこなせるように、だ。
強さに見合うだけの血を見た。
流したし、流させた。
己からも敵からも噴き出た。
しかし、何万度やったところで立っているのは俺だ。
倒れるのは向こうだ。
それが強さだ。
そういう強さを、俺はあれから手に入れたんだ。
「さあ、今度こそ倒すぞ。魔王を」
今、俺は魔王よりも強い。
強いが、それを事実にしなくてはならない。
100%勝てる。ではだめなのだ。
勝っている。でなくては。
敗北という事実を突き付けてやらねば、中途半端な強者は屈しないのだ。
「さらばだ、強かった俺。強い俺の前に屈するがいい」
適当にかっこよさげな事を言っておく。
こういうことの積み重ねが人の心を掴むのだ。
大事。
特に他人と関わる人間には。
対峙。
魔王を睨む。
ついでに、今の大事と対峙で冷やかな視線を送られたのでそちらも睨んでおく。
そして、駆け出す。
だが、奇跡へ飛び込まないし、見上げないし、光へ手を振らないし、ましてや止まらない気持ちを繋いで行くわけでもなく。
剣を振るう。
一対一だが、魔王は弱い。
レベルが違うのだ。
こちらの攻撃で相手はダメージ。
向こうの攻撃は当たらない。
向こうが勇者であったのならば、
「一方的すぎる……!」
などのセリフをいただけたのだろうが、残念だな、魔王よ。
お前はここでゲームオーバーでハッピーエンドなのだ。
クハハハハ。
踊れ踊れ!
豚のような悲鳴をあげろ!
小僧から石を取り戻せ!
貴様に朝日は拝ませねえ!
死んでしまえ!
だが簡単には殺さない!
じわりじわりと――
はっ!?
なんか俺の方が悪者っぽくなってる!?
魔王は失神してた。
なんか、なかなか死なないね。
「しかし、まあ、これで済んだな」
失神しているのなら十分だ。
いつでも殺せる。
お別れの挨拶をしてから、殺せる。
この世界が必要なくなる前に、話ができる。
まー、そういうわけで。
この通り、もう他人は必要ないのだ。
この世界の主はこれで変わる。
城の中にひきこもる弱い魔王ではなく、俺が中心になるのだから、たぶん問題ない。
もし、世界の主が他人からの影響を期待して呼び込んだのであるならば、
もう十分すぎるほどに影響を受けた。
ただ己のことだけを考え、動く(主にスカートめくりをする)だけだった自分ですら、
他人のためにここまで一人で強くなるようになった。
人間とは、他人がいるから進歩するのだ。
他人の利のために。
他人から害を受けないために。
他人を押しのけて利益を自分のものにするために。
そのために進歩するのだ。
それを知れば。
それができるようになれば。
もう大丈夫だ。
だから、君たちはもうこの世界に必要ない。
魔王が動いた。
もう復活したのか。
しぶとい。
明らかに負けているのに、それでもなおひきこもるつもりか。
「仕方ないやつだな。引きこもれないようにしてやる」
魔王が逃げようとする。
抵抗?
変わることへの恐れ?
でも、見逃しはしない。
すぐに追いつき、足を払う。
転倒したところで背中を思いきり踏みつけて、押さえつける。
「毒は毒を制することがあるそうだ。俺は最終的にお前の有害物質になれて嬉しいよ」
アセトアルデヒド。
有害物質だそうだ。
そう名乗ってしまったからには、こうやってそれっぽい言い訳で正当化するしかない。
正しいことをしても悪事は悪事なのである。
そういうことを噛みしめておこう。
「それじゃあ、さようなら」
違うんだな。
魔王に言ったんじゃなくて、君たちに言ったんだな、俺は。
そこで見ている二人に。
見ているだけでいることを俺から強要されたお嬢さん二人に。
この前は言う暇もなかったからな。
魔王を殺して、しばらくして彼女たちは消えた。
俺が一人でも魔王を倒せるほどにしっかりしていることを証明できたから。
必要なくなったのだ。
彼女たちは。
ついでにこの世界も。
元々、ここは彼女たちから影響を受けるための場だったのだから、もう必要ない。
消えるのだろうか?
まあ、消えなくても需要はどこにもないかな。
勇者軍団アセトアルデヒドの冒険は確実に完結したのだ。