オーク王とコドシの対決
おれたちは、草原と砂漠の境に来ていた。ウラから貰った弁当をここで食べる。ここで、最後の打ち合わせをすることになった。
「人族の話なんだが、荒れ地の主食はパンだ。知っているか?」
「おー、それなら、たまに荒れ地から商人が来るんだ。オレらの家畜と交換していく。少しなら、蓄えがあるぞ」
「ボイに食べさせてもらったことがある。ふわふわして、ちょっと甘い香りがする食い物だろ」
「そうそう、それ。そのパンの元をパンの実というんだが、これは、収穫すると2~3年貯蔵することが出来る。最低でも1年は、持つということだ。どうだ、生活が楽になるだろう」
「育てるのにどれぐらいかかる?」
「半年かな。もう半年は、他のことが出来る。砂漠は、草原より暖かい。だから、オークたちの半年分の収穫をおれたちが、助けてやれば、後は自分たちで、何とかするだろう。出来そうか」
「やるしかない。殺すよりいい」
「他の一家や部族にも声を掛ける。みんなで成長魔法を覚えたいからな」
砂漠に入って2Km。川に沿って歩いていると、オークのキャンプ場に着いた。昨日と同じ場所にいる。ここまでの道中、襲われることは無かった。斥侯さえ放っていないということだ。
共食いと言っても、リスクがある。BSEになってしまう。それは、亜人も人も牛と一緒で、そんなことをしたら、脳みそが縮む。それだけならいいが、肌や肉が崩れる。だから、何をしているか同族にばれる。当然、殲滅の対象になる。オークもそうだ。そうなったら、外見も苦悩も一生背負う事になる。これが初めてならそうだ。そうでなかったら、ボイとコドシには悪いが、やはり殲滅しかないだろう。これは倫理の話ではない歴史で習った話だ。学校で聞いた話だが、それが近年の話だと聞いて、宮迫、教えるなよと思った。まさか自分が、その状況に出くわす事になるとは思わなかった。確か30万人の人口都市が、その野党に襲われて最後は1万になったんだったか。同族を食いもんと認識したら際限がない。国から軍隊が出て、その軍隊崩れの野党を殲滅するまで、それが続いた。
オークの、野営地に行くと、オークたちは泣いていた。おれは、ホッとした。
「あれは、食葬というのだ。食べて弔う」
コドシは、オークたちの中に入ったのに、平然としている。
「じゃあ、あれは、普通の食事風景じゃあ、ないんだな」
「普通の食事風景で泣くか?」
「ごめん。でも、そうだったら、殲滅しかないと思っていた」
「そうだな」
「ちがいない」
ワイドオークは、ハルク族のボイと体格が変わらない。中でもひときわ大きなワイドオークは、遠くからでも認識できる。おれたちは、一直線に、そのワイドオークに向かった。
「止まれ、何しに来た」
「話し合いだ。見ればわかるだろう。3人しかいない」
ここは、ボイに任せるのが得策だ。ワイドオークに引けを取らない体格。ワイドオークが来ても、一歩も引かない押しの強さ。御用聞きに来たワイドオークは、言葉少なに背中を見せた。
「こっちだ。バウワに話せ」
バウワという、この、オークたちの大将は、戦闘慣れしている戦士といった風貌。ヘロヘロのオークたちをここまで連れてきた。ゴル砂漠を踏破させたカリスマ性を持っている。
バウワは、魔族の様に、自分だけ美味しいものを食べ、酒を飲むようなことはしていなかった。猪突タイプに見えるのに、質素で、虚飾を全く感じさせない。しかし、彼は、ワーグたちがいるオアシスを占領しに来たのだ。御用聞きの話を聞き、冷淡な目で、おれたちを見た。
「話し合うことはない。昨日は負けたが、我らの英霊が、力をくれた。お前らに、明日はない」
力って、食ったってことだろ!
「おれは、ハルク族のボイだ。この先にあるオアシスは、ワーグの縄張りだ。侵略を止めろ」
「わしは、コドシと言う。オアシスの主だ。オアシスは、譲れないが、この砂漠なら譲ってもいい。川を半分塞き止めるかもしれないが、残りは使っていい。これ以上死人を出すな。昨日食べたぐらいで、戦力は、戻らないぞ」
「ふん、やってみればわかる。だいたい、この砂漠を貰って、どうして生きていける。お前たちは、わしたちに、死ねと言いに来たのだ」
「それは、この、キビトが話す。キビトは、砂漠を畑に変える魔法が使える」
「『ヌーバ』!」
おれたちと、バウワは、相当の距離を取って怒鳴り合っていた。おれは、いきなり、この両者の間に、浅い沼を作って見せた。
「どうだ、おれは、もっと広くこれを作れるぞ。それから見ろ。これは、ハコンの切れ端だ」
おれは、この3切れを目の前にばらまいた。
「『バイオコーラス、アウレア』!」
その、ハコンの三切れから、豊かな緑の葉が、にょきにょき成長した。そして収穫。
「これは、もう、収穫できる。どうだ、食べてみろ」
そう言いながら、一つは自分で食べて見せる。そして、さっき御用聞きに来たワイドオークに2つのハコンを渡した。しかし、バウワは、これを食べようとしない。
「毒は、入っていないぞ。怖いのか?」
「バカにするな」 ガブッ!「なんだこれは?」 ガブ、ガブ、ガブッ。
「ハコンは、辛くないからな。旨いだろ。お前らは、パンを食べるだろ」
「当り前だ」
「パンの実でも、これと同じことが出来るぞ。おれみたいな魔術師で、更に、サブ職業が錬金術師の様に、こんな急成長は、誰にでもできるわけじゃないが、ハルク族も、ここに居るワーグから進化したコドシも風魔法が使える。お前らは、ここで、食っていける。畑は、おれが、ワイドオーク達に増殖魔法を教える。2000匹ぐらいなら、何とかなる」
「・・・・、・・・、・・分かった。オアシスの主よ。わしと勝負しろ。おぬしが勝ったら、今の話を受けよう。しかし、負けたら、オアシスで、今、言ったことをやらせろ」
「無理言うな、オアシスの森が、壊れてしまう。ここで畑をやるんだ。お前たちなら、土魔法で、ここに、家だって作れる。時間はかかるが、町だって作れるはずだ」
コドシが、おれを引いてズイと前に出た。
「いいんだキビト殿。バウワ、今言ったことに、二言はないな」
「わしは、オークの王だ。二言はない」
王!!!。主より上の存在。
ボイが、おれの隣に並んだ。
「オアシスの持ち主は、コドシだ。コドシが決めたことに、口をはさむことはない」
おれは、その言葉を受けるしかなかった。おれとボイは、二人の決闘を見守ることにした。
「そっちには、爪がある。斧を使うことを卑怯とは言わまいな」
「いつでもいいぞ」
どっちが勝っても負けても、この戦争は、ここで終わる。
「ウオーーーー」
バウワの咆哮。王の咆哮に、ワイドオークが集まってきた。全部で5体だと思っていたが、もっといる。確かに、今日戦ったら、こっちにも死人が出る。
「わしは、このコドシと戦う。わしが負けたら、コドシに従え。息子のバガダが証人だ。すまんな、コドシ、待たせた」
御用聞きは、バウワの息子だった。
「『土噴』!」
バウワの足元がボゴっと持ち上がり、バウワの巨体が宙を舞った。
「『風衣』!」
それに対してコドシは、体に風を巻きつかせた。
「ドリャー」
バウワの持っている斧が大きく感じる。それぐらい気迫ある振り下ろしだ。
フォン
それを風がいなす。が、いなしきれない。コドシは、バウワの斧を軽く避けて、その右手に爪を立てた。バウワは、これを肘を曲げただけで跳ね返す。爪が食い込むことはなかったが、バウワの右腕をひっかいて、厚く着ていた衣服を引きはがした。中から、とんでもない筋肉が出て来るかと思ったが、その想像から行くとか細い。
二人共、地に足がついたところから、ものすごい攻防が始まった。斧を振り回すバウワに対して、コドシは、それをことごとく避ける。しかし、コドシの攻撃をバウワは避けきれず衣服がはがされていく。バウワは、ぎりぎり避けているから、傷一つないが、王の威厳を保つ為に着ぶくれしていたその容姿は、どんどんはがされていった。
オークたちの価値観だと、丸々太っているほど威厳があるという。バウワは、その真逆の姿を現した。観戦に来たオークは、これを見て、涙を流している。王が痩せなくてはいけなかったのは、自分たちの性。
二人とも、どれぐらい技が続くのだと思うぐらい長い攻防。やっと距離をとった。
「馬鹿め『土んでん返し』!」
オレが出した厚さ1メートルの壁より厚い土壁が、ドオンと大地から沸き上がり、倒れるようにコドシを襲う。
「『ザイン』!」
コドシの鼻先に、風が集まり、精鋭化していく。
アオーーーーーン
コドシは、倒れ掛かってくる巨大な土壁に突っ込んだ。
ボフンと土壁に、大きな穴が空く。
ガオン
「ぐわーー」
土壁と土埃の性で見えなかったが、コドシは、土壁に穴を空けてさらにバウワに突っ込んでいた。土壁が崩れて粉塵が収まったとき、倒れたバウワにコドシが。またがって、斧を足で踏みつけ、首を噛んでいる。
「どうした、とどめを刺さないのか」
「お前は、王のままでいていい。我らの王が、お前たちの王の王になる」
コドシさんは、おれに、後始末を全部丸投げする気だ。
「何の話だ」
「あそこにいる、キビト殿が、お前らオーク全員を養うと言っているのだ。ハコンが豊かに実のるのを見ただろ、お前らは繁栄するぞ」
「あんなか細いやつが・・・」
「お前もか細い。一族をよくここまで守ってきた。キビト殿に民をしばらくゆだねよ」
「王の王か、認めよう」
バウワは、脱力した。
認めなくていいんですがーーーーー
コドシは、ワイドオークを見回した。
「バウワの決断に異議を唱える者は前に出よ。わしが相手だ」
王の敗北に、ワイドオークたちも脱力した。咆哮のような、コドシの言葉に、逆らう者はいなかった。ワイドオークたちも服の下は、やせ細っていたからだ。
ボイが嬉しそうにおれの背中をたたいた。
だから、力が強いって。おれは、また、吹っ飛んだ。
王の王って一番偉い人なのに、こいつらの下僕になった気分。2000匹分を養う広さの畑。さっき、コドシとボイとの打ち合わせで、おれが、提案したことだ。死ぬ気で頑張ろうと思った。
そんな中で、一つだけ、気が晴れることがある。
「ボイ、さっきパンの実があると言ったな。全部出せ。それを植えるしかないだろ」
「ちょっと待て、それじゃあ、おれたちの食い物がない」
「それぐらい我慢しろ。畑の提案に賛成しただろ。しばらく森で採取すればいいんだ。その上で、アウレアを打ちまくってもらうからな」
「そりゃないだろ」
「アハハハ、おれにだけに苦労させるなよ」
がっくりしているボイを見て、幾分か気が晴れた。